押忍! 解説道場!!

ちびまるフォイ

解説に求められる要素

父にはじめて連れて行ってもらった闘技場をまだ覚えている。

ぐるりと囲うスタンドから歓声が飛び交い、その視線の先には剣や魔法で戦う戦士たちがいた。


「どうだい。すごい迫力だろう」


父は闘技場で勇ましく戦う彼らを見てほしかったのだが、

俺の興味はもっぱら別の方へと向いていた。


『あれは! 闇から生み出した暗黒エネルギーを

 足踏みで固めることで作り出す伝説の秘術!

 これを受けた人間は足の小指の先から錆びてゆくーー!!』


俺の興味は戦いをさらに盛り上げる解説の方ばかりに向いていた。



それから数年後、解説道場の門を叩いた。

今は必死に解説道場で修行の日々。


「なっとらーーん!! 解説役たるもの、噛んではならんと何度言わせるんじゃーー!!」


師匠の竹刀が床をぶっ叩く。


「すみません師匠!」


「よいか! 解説役が噛んだら戦闘の熱も一気に冷める!

 噛まずにテンポよく、そしてわかりやすい解説を心得るのじゃ!」


「は、はい!」


ふたたび師匠の竹刀がうなる。


「このバカ弟子がーー! そんなトロ臭い解説でいいわけあるかーー!!」


「しかし師匠は噛んだらダメだと言っていたじゃないですか」


「よいか! 戦いの中では次々に技の応酬が行われる!!

 ちんたら解説していたら、解説している間に次の技になっとるわ!!」


「す、すみません!」


解説役なんてただ観客席で「あ、あの技は……!」とか驚くリアクション芸のひとつ程度の認識だったが現実は違う。

技や術、魔法の知識はもとよりそれを来たるべきタイミングと尺で語らねばならない。


それはまるで観光名所をめぐるバスガイドのようなもの。

バスガイドより難しいのは入ってくる情報は対戦者によりまちまちという点。


「このバカモノーー!!」


「なぐらないでもいいじゃないですか!」


「解説役が技を見て言葉をつまらせるなど愚の骨頂!!」


「でも今の技ははじめてみた技ですし、図鑑にものってないんですよ!」


「それがどうした! 闘技場へやってくる戦士たちは技や魔法を組み合わせ、

 ワシらが預かり知らないところでオリジナルの必殺技をたずさえてきとる!!

 それをも解説するのが仕事じゃあ!!」


「ぷ、プロフェッショナルすぎる……!」


一人前の解説役になるまでは本当に辛い道のりだった。

途中、何度諦めてユーチューバーにでもなろうかと思ったか。


「ようし、ここまでくれば合格じゃ」


「それじゃ師匠……!」


「ああ。もう貴様は一人前の解説役じゃ。はじめての晴れ舞台、楽しみにしとるぞ」


「はい! ありがとうございます!!」


ついに解説道場を卒業して初めて解説役として闘技場を訪れた。

対戦相手の情報もすべて頭に入っている。

どの技を使ってもそれにまつわるエピソードだとか属性相性だとかメカニズムを語れる。

全方位死角なし。どんとこいの状態。


戦闘がはじまると闘技場は一気にワッと歓声と熱気に包まれた。

対戦者同士はお互いの技をぶつけ合い、会場のボルテージをぐんぐん上げてゆく。


その興奮のうずに気圧されてしまって、言葉が出てこない。


「あ……あ……!」


道場でいくら練習を積んでも、道場と闘技場では環境は大きく違う。

結局、最後まで解説はできずにあわあわしていたまま試合は終わった。


「やってしまった……」


あれだけ練習し、出てくる技もすべて知っているはずだったのに

会場の空気に飲まれてなにも話せなかった。


「俺……解説役向いてないんじゃないか……」


すっかり自信をなくしてしまった。

あれだけ手塩にかけて育ててくれた師匠にも顔向けできず道場にも行かなくなった。

部屋に引きこもるばかりの毎日。


それでも、毎日技や魔法の解説のための知識収集を欠かさなかったのは

向いていないと思っていながらも諦めきれない未練からだった。


ある日のことだった。

ドアが破られて解説師匠がやってきた。


「貴様! こんなところで何を腐っておるか!!」


「し、師匠……!!」


「貴様がぜんぜん解説しないからワシのところにまで

 解説依頼が舞い込んできて迷惑しとるんじゃ!!」


「解説依頼!? 俺が!?」


「お前以外のどこに解説役がいるんじゃ! このバカ弟子がーー!!」


師匠の拳とともに送られた依頼の宛先は間違いなく自分だった。


「どうして……俺、あんなにやらかしたのに……!」


「闘技場の人たちはなにも1回や2回のミスで見限るほど冷たい人間ではないということじゃ」


「師匠……!」


「そんな涙ぐんだ目を向けて感謝するのはちがうぞ。

 お前がすべきことは、闘技場へ行って求められているお前の解説をすることだけじゃ」


「はい! 師匠!!」


自分はなにもかも終わりだと思っていた。

でもそれがちがった。

みんな自分の解説を待っていた。期待してくれていた。

その期待に誠心誠意で答えることこそ、自分の使命だ。


俺はふたたび闘技場へと足を踏み入れた。

解説役が来たことで客席はわっと賑わった。


「俺は……俺の解説はみんなに求められているんだ……!」


感動で涙が出そうなのをぐっとこらえた。

すると、客のひとりが嬉しそうにこちらへ走り寄ってきた。


「ああ、解説役だ! やっと来てくれたんだな! 待っていたよ!」


「こちらこそ、俺の解説を認めてくれてありがとう!」


「え? いや、別に認めてないけど?」

「ん?」

「解説役が来てくれりゃ誰でもよかったんだよ」

「はい?」


目を点にしている俺に、客は闘技場の中央を指差した。

今まさに戦っているはずの対戦者はお互いを睨み合ったまま静止している。

よく見ると早口で口を動かしている。


「ボクの技は生成魔術の一種でマテリアルトライデントを分解することで生み出される

 エートスの術式を自己修復する仮想演算魔術をキャストする。

 くらったお前は魔力が失われて粒子共鳴が発生してパラキオン・バランスが崩れ

 幻想領域に染み込んだアンチディスエーブルがお前の朝の星占いを最下位に落とすだろう!」


客はその様子を見てため息をついた。





「ごらんよ。闘技場に解説役が不在なもんだから

 対戦者どうしで自分の技を解説始めちゃってるんだ。

 話が終わるまで動かないから、見ているこっちは退屈でたまらないよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

押忍! 解説道場!! ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ