巣立ちの日(旧)
雨世界
1 ありがとうございました。先生。
巣立ちの日
プロローグ
卒業式の先生の話
強く羽ばたくためには、少しの間、力をためることだって必要になる。
だから、みんな諦めないで頑張ってね。
本編
ありがとうございました。先生。
「どうかしたの?」
そう先生に声をかけられたのは、教室の隅っこで、私が泣いているときだった。
「泣いているみたいだけど、なにかあったの?」
「……別になんでもありません」
と私はいった。
本当はとてもたくさんいろんなこと(進学のこととか、家族のこととか、自分のこととか、友達のこととか)があったのだけど、それを友達や先輩にならともかくとして親や先生たち、つまり大人の人たちには話したいとは全然思わなかった。
すると先生は「そうなんだ。わかった」といってにっこりと笑うと、「話したくなったら、いつでも話を聞くから、いつでもいいから私に話をしに来てね。私はずっと、『あなたの味方』だから」といって、私の前をあとにした。
私はその先生の言葉をただのその場しのぎの言葉だと思っていたのだけど、それは違った。
先生は本当にずっと、私の味方だった。
私が小学校にいる間も、卒業してからも、ずっとずっと、先生は私の味方だった。先生は私の(あるいは先生の生徒たちの)英雄、ヒーローだった。(そのことに気がついたのは、もっとずっとあとになってのことだったけど……)
孤独な小学生だった私にとって、先生は英雄(ヒーロー)だった。
私は先生に憧れて、そして自然と自分も先生のように生徒の気持ちをわかってあげられるような、そんな素敵な先生になろうと思って、日々の勉強を頑張るようになった。
そして、その願いを叶えて、私は晴れて、正式に自分の母校である小桜小学校の教師になった。
「どうかしたの? なにか悲しいことがあったの?」
小学校の教師になった私は自分の受け持っている五年一組の教室の生徒である泣いている生徒にそう聞いた。
きっと本当は、心の中がとても大変なことになっているだろうその生徒は、でも先生である私に向かって「……別になんでもないです。心配かけてすみませんでした。先生」と冷たい声で言うだけで、(まるで、あのころの私のように)本当に大切なことはなんにも私にいってはくれなかった。
(そんな涙目の生徒を見て、私はずっと昔の、自分が教師になろうと思ったきっかけの日のことを、久しぶりに鮮明な記憶として、思い出していた)
「そっか。わかった」と私はいった。
それから私は「じゃあ、今じゃなくてもいいから、あなたが私にいろんな悩みを相談したり、話したくなったらいつでも相談してね。私はいつでも『あなたの味方』だから」と言って、その生徒の前をあとにした。(焦らない。焦らない)
それから私は自分の心の中で、本当に自分のこれからの長い教師としての人生をすべてかけてでも、教室で一人泣いていた生徒のことを本気で守ろうと、ずっとその生徒の味方でいよう、と強く心に誓った。
今の私はきっとあのころの先生のように、その生徒にとっての本当の英雄(ヒーロー)にはなれないかもしれないけど、……でもそれでも、今私にできるすべての力を使ってでも、その涙目の泣いていた生徒の、あるいは自分の教室の生徒たちを守れるような、そんな生徒たちの英雄(ヒーロー)になろうと可能なかぎり努力しようと強く思った。
生徒たちの幸せのために。(みんなの笑顔を見るために)
先生に憧れた私自身のために。(私が笑顔で居られるために)
そして、これから生まれてくる世界中のすべての子供たちのために。
……そうですよね? 先生。
そう思って私が笑うと、私の心の中で、あのころのように先生がにっこりと、まるで、泣いていた私に声をかけてくれたあの日のように優しい顔で笑った。
すると、まるで本当の魔法のように、私の心と体の中に、なんだかすごく勇気と元気がいっぱい湧いてきた。
このあと残っているたくさんの仕事も、なんだかすごく頑張れそうな気がした。(もちろん、少しは気持ちは滅入ることもあるけど……)
……いつも、ありがとうございます。先生。
「うーん! よし、頑張るぞ!」といって背伸びをした私は、あのころとあんまり変わらない小桜小学校の廊下の窓ガラスに写っている自分の顔を見た。
するとそこには、見慣れた一人の(泣いてばかりいて、ずっと下ばかりを向いていた小さな子供だったあのころよりは、ちょっとだけ成長して頼もしくなった)見習いヒーローの情けない寝不足の顔が、やっぱり見慣れた小桜小学校の(ぴかぴかに綺麗に掃除されている)窓ガラスの中に写っていた。
そして、その窓の向こう側では、一羽の白い小鳥が青色の大空を気持ち良さそうに飛んでいた。
英雄(ヒーロー)はどこにいる? (ここにいるよ。と小さな声で私はいった)
巣立ちの日 終わり
巣立ちの日(旧) 雨世界 @amesekai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます