並木道

はまなす

本編

 僕とこのバイクは連れ添ってもう3年になる。当時、僕は学生でとにかく金がなかった。そのくせ時間は有り余っていて、常にどこかへ行きたかった。だけど、どこへも行けずにいた。

 偶然近所のバイクショップを訪れたときに、直感でバイクっていいなと思った。親に話すと、親は血相を変えて、自分たちが原付でずっこけた経験を持ち出して、猛反対した。それでも僕は免許を取って、とにかく安かった逆輸入でナンバーがピンク色のバイクを買った。安くて軽いという理由だけで。

 排気量の小さなこのバイクは制約が多い。馬力が足りないから登り坂に弱い。高速道路に乗ることもできない。だから普通の人は慣れたら1年くらいで卒業して、次のバイクに乗り換えてしまう。

 だけど、それでも僕はこのバイクに乗り続けている。坂を登るときはいつも登坂車線に入るし、ドライブインには側道から入る。何度も信号につかまりながら途方もない距離を1日で走ったこともある。いろんな不便を感じながらも、この愛車と走り続けている。

 深い理由はなかった。ただ僕がつらいときにこのバイクだけが救いだった、それだけだ。家族、研究室、社会、すべてに対して拒み拒まれ、破滅に向かって突っ走っている時ですら、このバイクだけは僕と素直に走ってくれた。排気量は小さくても、いっちょ前のバイクとして。そうして死ぬ一歩前まで行って帰ってきてからも、大型バイクが買えるような身分になってからも、僕はこのバイクと一緒に走っている。

 そして今、バイクに乗って近所の道を走っている。「バイクを運転したいが特に行きたい場所がない」、そういう日はバイクに乗っていると割とよくある。ツーリングスポットはたくさんあるが、どこも決め手にかけていたり遠かったりして何かちがうのだ。

 今日はそんな時に来る道に来た。並木道のバイパス道路だ。僕のバイクは高速道路を走ることができない。だからバイパス道路が一番エンジンをぶん回すことができる道路になる。もちろんバイクは速度を出すことだけがすべてじゃない。だけどスロットルを全開にして走ると、僕は愛車と一つになり、広い道を全力で駆け抜けることができる。

 バイパス道路は市街地を避けてだだっ広い田んぼの中に続く。見えるのは遠くで接続する高速道路と、道に沿って植えられた、果てしなく続く並木。まっすぐなこの道を僕は今日も走っている。

 風を切って走っていると、もう秋だなってわかる。全身で空気を感じる。いろんな匂いがする。音を感じる。感覚が研ぎ澄まされて、自然に暮らしているとあり得ない速度で流れていく世界を必死に感じようとする。こうして僕はバイクと世界と同化する。

 まっすぐ続く並木道。実際は曲がって行き止まりにたどり着くのだが、どこまでも続いている気がする。このバイクもどこまでも走れる気がする。スロットルを一生懸命回してどこまでも走っていきたい。僕はそう思った。

 

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並木道 はまなす @kadenzp

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