第12話 救援だぁ!!◇別視点〈ウェンディ〉◇



 ええと、何々?今回は主人公の和登が殆出てこない都合、真面目な話となっておりますので、ご了承下さい?ちょっと待て!?それって、俺がいたら面白おかしい話にしかならないって言ってるみたいじゃんか!?可笑しいだろ!?おい!?何とか言え!?もしもーし?作者さーん!?応答願いまーす!!!聞いてねぇのか?こら!?とても間が空いてしまって申し訳ございません。また、区切りどころが分からず無理やり詰め込んだせいで、とてもとても長くなってしまってご迷惑をお掛けします?って、俺への謝罪じゃねぇのかよ!?



※別の作品ではないと言う注意勧告です。何処かのおバカが騒いでおりますが、お気になさらないよう、お願い申し上げます。













 物心ついた時、私は城下町ではない小さな村に居た。エルドマでは、そう言った小さな村では常に魔物に襲われる危険が付きまとう。私の村でも同じだった。



 何度も魔物に襲われ、村は被害を負っていた。それでも、私は周りの子供たちと遊んで幸せな日々を送れていたと思う。でも、その幸せの時間は長く続かなかった。



 いつもとは違い、多くの魔物が村を襲った。そして、私の友人たちにもその被害が及んでしまった。幸いにも、私の家族、父と母には怪我もなかったが、友人の親だけではなく、友人をも失う事となってしまったのだ。



 悲嘆に暮れる私の姿を見て、両親は一大決心をした。それは、城下町への移住だった。のちに知ったが、両親の知人や友人にも相当な被害が出ていたらしく、死を間近に感じたのが一番の理由だったのだろうと思う。



 当時の私は、城下町に少なからず憧れを抱いていた。だから、村に残る友人に別れを告げ、希望を抱いて城下町へとやって来た。



 しかし、現実はそこまで甘いものではなかった。いくら、優しい王族がいようとも、全ての国民を救うことなど出来はしないのだから。つまり、城下町に殺到した人たち全てを救うことが出来ず、仮宿のような簡易的な居住区に押し込まれる事になったしまったという事だ。



 居住区とは名ばかりで、人がいるだけで何もないような場所だった。環境も良くないが、それでも人がその場所に留まるのは、最低限の食べの物の配給があり、そして何より、他の場所よりも魔物に怯えなくて良いと言う安心感を得られるからだった。



 しかし、その最低限で満足してしまい、何もしない者が多かった。ここから働いて脱出しようと思う者は極一部で、だからこそ、ここにこれだけの人が未だに居るのだという事を、わずか数日で私たち家族は悟った。



 父と母は、そうならないために必死で仕事を探していた。私も、奉公などの仕事がないか探そうとしたが、父と母に止められてしまった。



 それでも、そんな押し込められたような場所に長居する気持ちは持てず、町をどこともなく彷徨うように歩いている時、とても綺麗な子供と出会った。それが、お姫様、ステーシィとの出会いだった。



 その時は、彼女がまさかお姫様だとは知らずに、失礼な態度を取っていたと思う。けど、逆に何故かステーシィは嬉しそうに私の傍に居てくれた。そして、親身になって私の話を聞いてくれた。



 それから、ステーシィにとってはわずかだったのだろうけど、当時の私にとっては大金を渡してきて、こう告げた。職業鑑定を受けてみたら何かが変わるかもしれないと。



 この世界には人それぞれに適性の職業がある。これは、誰でも知る話ではあるけど、自分の適性の職業が何なのか知っている者は実は少ない。何故なら、適性職業を鑑定出来る者が少ないからだ。



 だから、私も、私の両親も、自分の適性職業を知らない。それが分かっただけで、生活が一変するような事もあると言うのに。



 しかし、適性職業鑑定はそれなりにお金がかかる上に、実際にはほとんどのものが適正職業を持っていない。つまり、お金だけ払って何もありませんでしたと言う事になる事が多いのが現実だった。



 それだけではない、下手に戦闘に関する職業を得てしまった場合、本人の意思に関係なく戦わなくてはならない可能性が出てくる。だからこそ、お金を理由に流民のほとんどは適性職業鑑定を受けようともしていなかった。



 ステーシィが私に適性職業鑑定を進めたのは、私に何か仕事先が出来るかもしれないと思ったからだったと思う。当時の私たちは、職業に関して深い知識などなかった。だから、私は彼女にお金はいつか返す事として、気軽に適性職業鑑定を受けてしまった。


 その後の運命を大きく変えるとも知らずに。



 軽い気持ちで受けた適性職業鑑定、その結果が数少ない戦闘系の職業だと誰が思うだろうか?私は、受けてすぐに後悔する事になった。どうするか親と相談してくれと頼まれてしまったから。そう、私の適性職業は『上級剣術士』と言う希少な適性職業だった。



 戦闘系の職業は数多くあるけど、大抵の戦闘系職業には階級がある。例えば、剣術士なら下から、剣術士・下級剣術士・中級剣術士・上級剣術士・極剣術士と言う具合に。



 つまり、私の上級剣術士は、上から二つ目の階級という事になる。これは、簡単に覆せるものではないのは、のちに嫌と言うほど自覚する事になった。



 とにかく、エルドマでは数少ない戦闘系の上級職の適性者が出たのだ。それは大騒ぎとなったのは言うまでもないだろう。



 私は、父と母と数日話し合った。その結果、両親にとってはしぶしぶではあるが、ハンターとなる事を了承したのだ。



 城の兵士としてもスカウトされた。稼ぎは安定すると聞き正直迷ったけど、どうしても流れ者の癖にと言うやっかみが出てくると言う話を聞き、私はハンターを希望した。そもそもにおいて、お城での作法など私にはなかったから、最初から自由なハンターの方が良いと考えていたのが大きかったのだけど。



 私は人に恵まれていたのだと思う。最初にパーティを組むことになったメンバーはとても良い人たちだった。戦闘に関する事だけではなく、ハンターとして大事な事を全て教えて貰えた。



 私は、そのパーティ『森の頂』でメキメキと力を付けて行った。そして、僅か一年でパーティで一番活躍するようになってしまった。そう、なってしまったのだ。



 私は気にも留めていなかったが、周りの反応は違った。少女におんぶにだっこのパーティだと揶揄されてしまう事になったのだから。



 大人の他のメンバーは気にするなと言ってくれたが、私が原因と分かってしまうと熱くなってしまい、一人で反論することが多かった。それが余計に悪い方向に進ませてしまうとは、当時の私は思いもしなかった。



 しばらくすると、ちょっかいを出すハンターも出てくるようになった。そのせいで、私がますます熱くなってしまうと言う悪循環に陥った。流石にまずいと感じた『森の頂』のリーダーに、反応するなと言われて無視することにしたのだけど、すでに遅かった。



 急に態度を変えた私に、今度はついに認めたなどと言う者が出て来た。それでも、リーダーの言葉に従い我慢したのだけど、終わりはあっけなく訪れた。そう、他のパーティメンバーだって思う所がなかったわけがないのだから。



 他の『森の頂』のメンバーが、私のいない所で馬鹿にされ、挙句に暴力まで振るわれたのだ。流石に我慢出来ずにリーダーに詰め寄る事になってしまった。そして、私と他のメンバーで板挟みになってしまい何も言えないリーダーを置いて、私にまで暴言を言い出してしまった。



 その場の勢いの言葉が多かったと今でこそ思えるけど、当時の私は全てが溜まっていた不満だと思ってしまい、何も言い返せずに泣いていただけだった。流石に見兼ねたリーダーが私を庇ったが、逆に二人が出来ていると、もろともに罵倒されてしまう有り様だった。



 収拾がつかないその事態を収めてくれたのが、中級ハンターパーティのリーダーのワンゼラさんだった。彼は、中立として私のパーティメンバーの話、リーダーの話、そして、私の話を順に聞き、それから私に選択肢を与えてくれた。



 自分が、知り合いを通して暴言などを吐くハンターをある程度は抑えられるだろうからそのまま『森の頂』に残るか、自分のパーティに引き抜かれるかどちらにするかと。



 前々から私の噂を聞いていたらしく、気にはなっていたとワンゼラさんは語った。更に、流石に顔も知らない私たちを庇うと言う事は出来なかったと謝ってくれた。全く関係ないワンゼラさんに頭まで下げられて熱が冷めたのか、言い過ぎたと『森の頂』のみんなも謝ってくれたけど、私の心はもう決まっていた。



 ワンゼラさんのパーティに移ろうと。



 リーダーは、仕方ないと認めて、頑張れと励ましてくれた。他のメンバーも、申し訳なさそうに謝りながら応援してくれた。私は、複雑な思いから涙しながらもしっかり頷いて頑張ると言った時の事をずっと忘れないだろう。



 それから、ワンゼラさんをリーダーとした中級ハンターパーティ『大地の土台』として、新たに頑張る事となった。因みに、この頃には両親と一緒にしっかりとした家に住んでいた。まだまだ余裕があるとは言えないけど、両親を養ってあげられるだけのハンターになることが出来ていた。



 でも、両親は危険なハンターをいつでも辞められるようにと仕事を得て頑張って働いてくれていた。両親だけの稼ぎでは、3人で暮らすには足りなかったけど、少しずつ貯めて行けば私がハンターに嫌気がさして止める事になっても大丈夫だろうと。



 お父さんとお母さんには悪いと思っていたけど、この頃にはすでにハンターを止める気はなかった。お金だけの問題ではなく、魔物の脅威を十分すぎるほど実感してしまったから。



 確かに、私たちだけでは魔物を全部倒すなんて無理だと思う。だけど、私たちが倒さなかった魔物のせいで誰かが犠牲になる可能性もある。少しでも多くの人を救いたい。それが、私がここまで来ることが出来た事への恩返しになる気がしていたから。



 『大地の土台』としての活動も、最初こそ足を引っ張ってしまったけど、私の伸びがやはり群を抜いていた。それでも、全員が中級の適性を持っているパーティだったので、前の様なやっかみは起こらなかった。



 そして、数年にわたって数々の依頼をこなした頃、ついに上級ハンターパーティとして認められた。でも、それよりも嬉しかったのが、祝賀会に駆けつけてくれた『森の頂』メンバーとの完全なる和解だった。



 数年経って、私も過去の自分が周りを余計に増長させてしまった事を謝ったのを皮切りに、『森の頂』のメンバーも大人気なく責めてしまった事を申し訳なかったと謝ってくれた。



 私は、蟠りの無くなった昔の仲間と、今の仲間全員で盛り上がり、初めて家以外で寝てしまって、翌日両親に凄く怒られる事になった。まだまだ自分が子供だと実感したけど、喜びの方が勝ってしまったのは仕方ないと思って良いのだろうか?



 それからは、『森の頂』のメンバーとも顔を合わせれば他愛のない話などをするようになった。私としては、心のつかえが無くなったようなスッキリした気分になれたのがとても嬉しかった。



 だけど、上級ハンターとしても数々の依頼をこなしているうちに、ついに危険な依頼を国王様からお願いされてしまった。劣勢に陥っているマデガル砦に向かってくれないか?と。



 南にある大きな砂漠、私は見たことはないが、とても調査し切れるような大きさではないその砂漠に、とてつもない数の魔物がひしめいていると言うのだ。そして、その砂漠から来る魔物を抑えるために砦が建てられたのだとか。



 とにかく、今までと違い命の保証はない場所だった。マデガル砦では、現在上級ハンターパーティが常駐している他、ベテランの中級ハンターパーティも数組いるそうだ。もちろん、国からも屈強な兵士たちが常駐している。



 その現状でも、怪我人が多く出て、時には死者も出ると言う。つまり、私の様な職業に頼り気味な子供にとっては、死地と言って良い場所だった。



 私は怖くなって、無言で帰路に着こうとしていたけど、その手をステーシィに引かれる事になった。そして、彼女の部屋に連れ込まれて謝罪された。



 ステーシィとは、適性職業鑑定を受けてからもずっと友達…いや、私にとっては唯一無二の親友と言っても良いと思っているほどの仲になっていた。



 一度、姫様だと知って態度を変えてしまった時、すっごく恨みがましい表情で長い時間説教されてしまった。今でも思い出すと笑ってしまう、あのすっごく拗ねた顔のステーシィを思い出すと。



 私たちは、年齢が近い事もあり、すぐに仲良くなれた。特に、お互いが勇者が大好きだった事が大きな理由だと思う。私は、お父さんが持っていた貴重な勇者が描かれていた物語の本を毎日のように読んでいたから、勇者に強いあこがれを抱いていた。



 ステーシィも、同じ本の熱狂的なファンだったらしく、私たちはお互いに時間を忘れて語り合ったものだ。一度は、どちらの勇者様への思いが強いかと言う不毛な戦いまでしたけど、もちろん決着などつかなかった。



 とにかく、そのような経緯でステーシィとは親友と言う間柄だと身分など関係なく思っている。ステーシィもそう思ってくれているみたいで、少しでも姫様扱いすると拗ねてしまう。そこが可愛いと思っているけど、言うと怒るので内緒だ。



 そして、彼女の話を聞いた結果、案の定謝った理由は砦に私たちが行かされることについてだった。まあ、他に理由なんて思い浮かばなかったけど。



 私は、内心の恐怖を抑えて国のためだからと言ったけど、ステーシィに嘘は通じなかった。もし、どうしてもと言うなら私がステーシィだけはいかなくて良いように説得すると言われ、私は本気で迷ってしまった。



 今まで、ステーシィには数えきれないほど恩を受けて来た。適性職業鑑定に始まり、ハンターとしてやって行く上での多くの悩みを相談した。もちろん、『森の頂』に居た当時の問題も、全て相談していた。



 ステーシィ曰く、私は隠し事が下手らしい。黙っていようとしてもすぐにばれてしまったので、相談せざる負えないという事が幾度もあった。だけど、相談することで自分の負担が凄く減っていた事を実感していた。だから、今回もステーシィには全て吐き出すことにした。



 それなりに経験を積んだと言っても、まだまだ自分は油断して注意されることがある事。今までは、それでも何とかなって来たけど、これから行く場所は魔物の数も、強さも今までと違い、さらには出会った事もない魔物すら現れるであろう事。そして、自分の油断で他のメンバーが怪我、更には、死ぬ事があるのではないかと言う恐怖。



 私は、自分の中にある不安の数々を全てステーシィに話した。そして、最後にそれでも行っても良いかな?とステーシィに尋ねたら、驚いた顔をされた後、愚痴を聞いて欲しかっただけなのね?と笑ってくれた。



 そう、私の中では行く事は決まっていた。ただ、不安をぶつける相手がほしかっただけ。両親にこんな話をしたら、間違いなく止められるだろう。だけど、ステーシィは、心配しながらも私の決定を尊重してくれる。だから、今回も甘えてしまった。帰って来たら、また何処か一緒に行きたいなと零すと、とびっきりの店を探しておくねとほほ笑んでくれた。絶対に戻って来ようと、心の中で誓った。



 両親の説得はとても大変だった。お父さんも、お母さんも、そんな場所に子供が行く必要はないと言い、自分が国王を説得するとまで言い出す始末だった。私は、危険だけど絶対に無事に戻ると言い含め、何とか宥められたのは夜も遅くなってからだった。



 それでも朝はやって来る。私は、『大地の土台』としてマデガルの砦に行く事を決めたのだった。


『大地の土台』、そのメンバーは、

リーダー・中級斧術士のワンゼラさんを始め、

サブリーダー・中級戦術士のドラグノフさん。

中級剣術士のランベルさん。

中級弓術士のロージーさん。

中級魔術士のナンシーさん。

そして、上級剣術士のウェンディ…そう、私の6人だ。



 同じ剣術士のランベルさんだけど、まだまだ私は彼には勝てない。技の切れなどはもうほぼ互角と言っても良いと思っているけど、まだまだ相手の動きを読む部分では勝てなかった。


 ランベルさんは、職業としての勘に頼るだけでなく、自分の目と現状を鑑みて予測するのが大事だと言うけど、私にはまだまだそこまでの観察眼はない。これからまだまだ伸びると自分でも思ってはいるけど、そんなゆっくり成長している場合ではなくなってしまった。



 私たちは、みんなが集まり次第、ジャングラに乗ってマデガル砦へ向かう事になった。


 ※ジャングラとは、移動手段である動物。最大10メートルにも育つ巨大な動物で、犀と熊を掛け合わせたような見た目。毛深い犀のような生き物と言った方が解り易いかもしれない。



 ジャングラに引かれながら移動する道中、私たちは不安を吹き飛ばす様に普段通りの何気ない会話をした。まあ、いつもの事ながら一番長い話はワンゼラさんの子供の話だった。とにかく長いので、普段は打ち切らせてもらう事が多いけど、今回は好きなだけ話させてあげた。後半は、流し聞きしてしまったけど…



 そして、数時間が経ち、私たちはマデガル砦に辿り着いたのだった。








「はぁ…やっと着いたか!!全く、魔物と戦う前にリーダーの子供の話を聞き過ぎて倒れるところだったぜ」



「おい!折角、俺が可愛い娘の話を聞かせてやったのにその態度は何だ!!」



「いや、ベルの言う通りだろ?毎回毎回、同じ話を聞かせられるこちらの身にもなれ」



「ドグまでそんな事を言うのか!?なあ?女性陣は分かってくれるよな?俺の娘の可愛さを!!」



「まあ、可愛らしいとは思うけど…」



「毎回同じ話ばかりじゃ…ねぇ?」



「ええと…アンジェラちゃんはとても可愛らしいと思います」



「くそぅ!俺の娘の事を分かってくれるのは、ウェンディだけかよ!?」



「ウェンディ、社交辞令でも乗っちゃダメよ?また、長い話聞かせられる事になるわよ?」



「そうだよ、ウェンディ!正直に言ってあげた方が、リーダーのためにもなるんだからね?」



「おい!お前ら!パーティで唯一の良心のウェンディまで、そっちに引き込もうとするんじゃねぇよ!?」



「「私たちは、ウェンディちゃんのために言ってあげてるんでーす」」



「お前らは…」



 よくあるやり取りだけど、私は感慨深げにほほ笑んで見ていた。これから、こんなふざけた話をする余裕がなくなるかもしれないし…



「まあ、娘のためにも死んでやるわけにはいかないよな」



 そう言って、ドラグノフさんはワンゼラさんの肩に手を置いた。すると、ワンゼラさんは真面目な表情に変わりこう告げた。



「全員、死ぬ事は許さん!いいな?噂では勇者召喚がなされるらしい。きっと、しばらくすれば勇者様が何とかしてくれるはずだ!だから…それまで、誰一人として死ぬことは許さん!分かったな!!」



「「おう!」」

「「「はい!」」」



 私は返事をしたものの、気持ちは少しだけ勇者召喚に移ってしまった。話はステーシィに聞いて知っている。いや、本当なら勇者様が召喚されてから魔物の戦いになれるまでのサポートを『大地の土台』が請け負うはずだった。



 そこにはもちろん、私の希望が多分に入っている。だって、小さなころから憧れていた本物の勇者様がこの国にやって来るなんて本当に夢みたいなんだもん!・・・完全に意識を持っていかれてしまう所だった。



 ステーシィはもう勇者様と出会えた頃かな?ダメだ、集中しないといけないのにどうしても勇者様の事へ意識が向いてしまう…



 などと私が独りで妄想にふけっている間に、砦の中へと入る事になった。



 マデガル砦は、マデガル砂漠の魔物から国を守るために建てられだけあって、とても巨大で頑強そうだった。石造りの巨大な砦に見えるけど、魔術によって強化がされているらしく、よほどのことがない限りは魔物の攻撃では欠けもしないほどだそうだ。



「やっとワンゼラさんご一行がお付きになったぞ?少し前に、大部隊の魔物さんと戦ってこちとら疲れているのにのんびり歩いてのご到着だ」



 中に入って最初に出迎えたのは、国の兵士ではなく、屈強な大柄の男だった。



「ゼノン、いきなり嫌味でお出迎えとは恐れ入るな。こちらだって、急な呼び出しだったんだぞ?これでも、急いで来たんだがなぁ?」



「はっ!今まで同じ上級ハンターチームとして接してきたが、この砦での経験で俺たちの方が大分上になったと思うぜ?肩慣らしに一戦やってみるか?」



「そちらが望むならな!と、言いたいところだが、そっちは戦ったばかりなのだろう?魔物がまたいつ来るかも分からないんだ、ちゃんと休んでくれ」



「口だけは達者だな?まあ、いいさ。確かに、疲れを溜めて無駄に怪我するなんてバカな事をやらかす訳にもいかないからな」



「ああ、お互いに上級ハンターパーティとして、恥をかかないように頑張ろうじゃないか」



「たとえ死んでも恥にはならないだろうがな」



「確かにな」



 そう言って、二人は笑い合う。最初こそ、いがみ合っているように見えたけど、実はこの二人はこうやってじゃれ合っているだけだ。その証拠に、こんな入り口で私たち『大地の土台』の到着を待っていたのだから…とは言っても、それを本人に言う勇気はないけれどね。



「相変わらずだな、ゼノン」



「おお、ドグじゃねぇか!いい加減、俺のチームに入らないか?歓迎するぜ!!」



「俺を高く買ってくれるのは嬉しいんだがな。やはり、俺はこのパーティが性に合っているらしい。悪いな」



「残念だがまあ、気にするな。最早、このやり取りも挨拶みたいなものだろ?」



「確かに、もうやめても良いんだぞ?」



「俺のチームに入ってくれたらやめてやるよ!」



「やめる気がないって事だな…」



 肩をすくめるドラグノフさんと、それを笑い飛ばすゼノンさん。何でも、昔に一緒に依頼をこなした時に見たドラグノフさんの戦術に惚れこんでから、会うたびに誘っているらしい。断られるのを分かっているのにと言うから、相当だと分かるよね…



「とにかく、ドグ、お前の意見を聞きたい。着いたばかりで悪いが、チームの代表を集めて話し合いをしたい」



「俺は構わないが、うちの代表はワンだぞ?そっちに話を振れよ」



「頭脳面のリーダーは明らかにお前だろうが」



「おい!一応は俺がリーダーなんだぞ!俺に話を通せよ!?」



「お前が一応とか言うな…」



「あ、いけねぇ!ついうっかりだ!」



「な?これに話を通す必要ないだろ?」



「認めざるを得ないな!」



「だから、お前が言うなよ」



 ワンゼラさんが笑い、つられてその場にいる全員が笑ってしまった。確かに、頭脳面ではドラグノフさんが上だとは思うけど、人に一番好かれやすいのはワンゼラさんだと思う。



 もしかすると、ドラグノフさんは分かっていて、ワンゼラさんをリーダーにしているのかも?ううん、何となくだけどドラグノフさんがワンゼラさんを気に入っているだけって感じがする…きっとそうなんだろう。








 それから、各ハンターパーティのリーダー達が集まって話し合いをした。その間に、私たちは魔物の襲撃に備えて戦いの準備に取り掛かっていた。



 私の使っている剣は、有名な鍛冶師が鍛えた剣らしく、今までの戦いでは致命的な損傷はしていなかった。もちろん、何度か研いで貰ったりなどの手入れはしてもらったけど、自分では少しの研ぎ真似くらいが限界だった。下手にいじると切れ味が逆に落ちるからね…



「それにしても、召喚される勇者様ってどんな人なんだろう?少し気になるわね」



「そうですよね!私もすっごく気になってます!!」



 不意に出た勇者様の話題に、私は思いっきり食いついてしまった。何となくで話を振ったであろう、ナンシーさんの顔が引きつっていた。ごめんなさい、反射的な反応だったんです…



「え?何々?浮いた話一つないお年頃のウェンディって、実は勇者様ラヴなの?」



 話を聞きつけたロージーさんが、目を輝かせて聞いて来た。どうしよう…話し出すとすぐにばれそうだけど…勇者様について語りたい!



「その…実は、昔から物語に出てくる勇者様に強い憧れを持っていまして…」



 それから、小さい頃から憧れていた勇者様について語ってしまった。話が終わると、二人とも気のせいかげんなりとしていた。気のせいだよね?



「そ、そんなに勇者様が好きなのね?じゃあ、憧れの勇者様に会うまでは余計に死ねないわね」



「はい!絶対にお逢いします!折角、本当の勇者様にお逢い出来るチャンスがやって来たんです!!死んでなんかいられません!!」



「そっか、じゃあ怪我もしないようにしないとだね?ウェンディはとっても可愛いから、もしかしたら勇者様に見初められて求婚されちゃうかもよ?」



「え!?で、でも私はまだ子供ですし…でもでも、勇者様がどうしてもと言うのなら…」



 きっと、ロージーさんはお世辞で言ってくれているんだろうけど、万が一って事もあるかもしれないよね?その時、もし本当に結婚してくれと言って貰えたらどうしよう!?



 まだまだ、ハンターとして成長途中だし、『大地の土台』として活動したいけど、断ってしまった後に他の女の人と結婚なんてなったら…でも、結婚するならハンターは危険だから止めてくれとか言われるかもだし…それでも、やっぱり…



「何一人でやってるんだかね?なるほど、これじゃ他の男なんかに興味持つわけがなかったわ」



「本当にね。あ!それなら、もし勇者様に会ったらウェンディをアピールしてあげないとだね!」



「そうね?それが良いかもしれないわね。今後のやる気にも左右されそうな勢いだもの」



「確かにね!おーい!ウェンディ?戻ってこーい!」



 二人が私に話し掛けていたらしいけど、私はしばらくあーでもないこーでもないと、勇者様との未来について考え続けていたのだった。








「とりあえず、三日だ。三日、この砦で迎え撃って、魔物の数が減るどころか増えるようだったら、また話し合うという事になった」



「やはり気になるな、魔物が段々増えている理由と言うやつが」



「だからこそだ。何を行うにしても、個々の魔物の強さをある程度把握しないとな?そのためにも、三日は魔物を撃退する事だけを考える事にしようぜ?」



「まあ、そうするしかないか」



「ウェンディちゃん!男ばっかの集まりでむさ苦しかった!慰めてくれぇ!!」



「こら!ベル!ウェンディに近付くな!こんな可愛い少女に癒しを求めるなんて、剣術士の風上にも置けない奴ね!!」



「いや、だって、お前らに癒しを求めたら金を請求されそうだしよ…」



「1000で良いわよ?」



「たけぇよ!?今回の依頼の俺の取り分全部持っていく気か!?」



「あら?私じゃ不服なのかしら?」



「くっ!?ちょっと綺麗だからって調子に乗りやがって…」



「相変わらずだね、二人とも。でも、ウェンディにとってはベル何てお呼びじゃないんだよねぇ」



「へ?なんだよそれ?」



「可哀そうなベル君に止めを刺してあげようかしらね?」



「な、何なんだ?」



「え!?まさか、二人とも!?」



 まさか、私が勇者様大好きだって事を言う気じゃ!?



「ウェンディは、勇者様が大好きだからね!ベル何て全く眼中に何てないんだよ!」



「その通りよ?ベル、諦める事ね」



「なんだそれ!?マジなのか!?」



「何よその反応?やっぱりウェンディの事を狙っていたの?」



「いや、そうじゃなくだな!マジなのか!?いや、しかし?勇者って…」



「あ、馬鹿にしているわね?ウェンディに嫌われるわよ?何と言ったって、子供の頃からの憧れだからね!女の子を甘く見ない事ね?これはマジのマジっぽいわよ」



「ほぅ…本当なのか?ウェンディ?」



「え…いや…その…」



 何でワンゼラさんまで反応しているの!?



「その反応、本当みたいだな?魔物の事は後にして、まずは我らがパーティ一行の娘と言っても良いウェンディの憧れの人の事を聞いてみるのも一興だな」



「ドラグノフさんまで!?」



「ドグに目を付けられたらおしまいだな?さあ、洗いざらい話してもらおうか!」



「リーダー、悪役も似合いそうね…」



「悪乗りが好きな人だからねぇ」



「何でこうなったの…」



 結局、私は勇者様愛についてすべて語る事になってしまった。異性に対して最初は抵抗があったものの、話しているうちに熱が入り、語り終わるころには全員同じような顔をしていた。何かあるなら言ってくれればよいのに…いくらでも反論する用意はある!



「娘には勇者の物語の本は読ませないようにしないとな」



「これだけ業の深い話を聞かされての感想がそれか…」



「流石はリーダーね」



「リーダーの娘愛の方が業が深いって事だろ?」



「私の勇者様に対する想いの方が強いです!!」



「そこは譲れんな。俺の娘に対する愛の方が深いに決まっている!!」



「えー?そんな争いに発展するの?」



「やめておけ、不毛な論議だろう?」



「「不毛じゃない!!」」



「す、すまん…」



「おお、あの副リーダー様に有無も言わせぬとは…」



「愛って深いんだね?」



「私にはまだまだ到達出来ない所にあるみたいね…」



 それからしばらく、私とワンゼラさんの討論と言う激闘が繰り広げられる事になったのだった…絶対に負けない!!








「結局、決着はつかなかったわね」



「うう、私だって勇者様にお逢い出来ていれば勝てたはずなんです!!」



「ええと、まだ会ってもいないのに妄想だけで実在の人物と張り合えるなんて凄いと思うよ?」



「妄想じゃありません!理想なんです!!」



「よ、良く分からないけどごめんなさい…」



「勇者について弄るのはタブーにしないとダメみたいね…」



「そうだね…」



「早く勇者様にお逢いしたいです!!」



「完全にキャラが変わってない?勇者様について話させたことで吹っ切れたみたいだけど、失敗した気がするわ…」



「個性って事で受け入れてあげようよ?」



「何の話ですか?」



「「何でもない」」



「?」



 二人で何かこそこそ話していたけど、何だったんだろう?それにしても、みんなに知られてしまった事で恥ずかしい思いをしたけど、勇者様の事を隠さないで良くなったのは助かったかも!だって、実際にもう勇者様がこの世界に来ているはずだし…隠すのも限界だったからね!うん、そう考えると良かったってことだね♪



「勇者様に早くお逢いするためにも、魔物なんてさっさと蹴散らしてしまいましょう!!」



「「お、おー!」」



「ねぇ、一人で突撃とかしないか心配になって来たんだけど…」



「だ、大丈夫だよ。ウェンディは見た目よりも大人だし…多分」



「また何か話してます?」



「「な、何でもないから!!」」



「さっきから何なんですか?」



 その日は結局、魔物が現れずに終わったのだった。








 そして、翌日から魔物による怒涛の襲撃が続いた。3日様子を見ると言う話だったけど、みんなの疲れもあり、話し合いが次に行われたのは5日後の事だった。



「それで、どうなると思う?」



「私に聞かれてもなぁ?勇者の未来の奥方様はどう思う?」



「そのあだ名は止めて下さい…」



「良いじゃない?それだけ勇者様への愛が理解されているって事よ?」



「複雑です…」



「あはは、それでどう思っているの?」



「そうですね…多分ですけど、例の砂漠の中に出来た森に誰かが行く事になるんじゃないかと…」



「真面目に答えて来たわね、流石ウェンディね」



「うんうん、真面目だよね」



「ええっ!?聞かれたから答えただけなのに真面目とか言われても…」



「私は、ベルよりもウェンディが話し合いに参加した方が良いと思うくらい真面目だと思っているけどね?」



「そ、そんなことはないですよ?ただ、やっぱり命に関わる事も多いからしっかり考える事は多いですけど…」



「それが真面目なのよ?私たちは日々命の危険にさらされているんだから、毎日楽しめる時は楽しまなくてはいけない!くらいに気を抜いた方が良いと思わない?」



「ええと…」



「まあ、ナンシーの言う事は大げさだと思うけどね?適度に肩の力を抜くのも大事だと思うよぉ?」



「それは大丈夫だと思うんですけど…」



 私、そんなに真面目じゃないと思うけどな?結構、勇者様の事を考えたりしていたし…でも、お父さんたちに心配させない様に怪我にも注意するようにしていたから、普通よりも真面目に見えたのかも…?



 それからしばらくすると、ワンゼラさんたちが神妙な顔つきで戻って来た。



「すまん、俺たちが砂漠の森にいくことになっちまった」



「そう…想定内だけど、ウェンディの事を考えると避けたかったわね」



「ああ、下手すると全滅…何てこともあり得なくもない場所だしな」



「いや、それだけはないだろう?」



「そうだな、ウェンディだけは逃げさないとな」



 私はえ?と小さく漏らした。だって、それは…



「それは、ただの意気込みみたいなものだったんじゃ…?」



「そうだな、それも確かにあったが…いい機会だから真剣に聞いてくれ」



 私は、様子の変わったワンゼラさんの話に耳を傾ける。



「俺たちの中ではウェンディ、君だけ10も年下だ」



「その次は私よ?」



「真面目な話だ、茶化すんじゃない」



「私も年寄りみたいな扱いは嫌だったのよ…ごめん」



「そう言うつもりじゃなかったんだが…まあいい。続けるぞ?つまり、俺たちはウェンディを娘のように思っているんだ」



「実際、俺たち二人にとっては娘でも可笑しくない年齢だしな」



「えっと…」



 女性陣二人は流石に不服そうな顔をしている。それはそうだ、二人ともまだ20代だし、ランベルさんもまだ30になったばかり…私を子供とするには若すぎるよね。私が苦笑していると、ワンゼラさんが咳払いと共に再び話し出した。



「ようするに…だ。上級に昇格した時も言ったと思うが、いざと言う時は上級職であり、まだ一番若い君を優先的に逃がすという事だ」



「でも、一人として死ぬことは許さないって…」



「もちろんそのつもりだ。だが、砂漠の中に出来た森…あそこは不気味すぎる。絶対はないだろう。だから、いざと言う時の動きを確認しておかないと…全滅何て洒落にもならんからな。情報を持ち帰るためにも、一人は生きて戻らねばならない」



 どこまでも真剣なワンゼラさんの表情を見て、私は何も返せなくなってしまった。私のためだけじゃない、国のため…住んでいる人々のためにも絶対に生き残って情報を伝えろと言っているんだ。感情だけでは反論何て出来ない…



 私は、数分考え抜いた末、了承の意を伝えた。もちろん、全員が死ぬつもりはないのはみんなの表情を見れば分かった。



「で、話を戻すが、森の調査を確実にこなすために上級ハンターパーティの俺たちか、ゼノンのパーティかどちらかが行くしかないって事になったんだが…知っての通り、ゼノンの所は防衛戦向きだ。俺たちが行くしかないと言う結論に至った」



「やっぱり、それが決め手になったのね」



「ああ、森へあいつらが行って万が一戻らなかったら、ここの守り自体が危うくなる。それ以前に、あいつらが戻るまでここを守れるかも分からないな」



 ゼノンさんのパーティ『火竜の咆哮』は、重量のある鎧などを身に着けた守りに適したメンバーが多い。ゼノンさんがそもそも、中級騎士で守りに特化している。今までこの砦を守れたのも、彼らが守りながら後衛の攻撃するまでの時間を稼いでいたのも大きいんだと思う。



 対して、『大地の土台』は、名前に反して攻撃特化のパーティだった。相手に攻撃をさせる隙を与えずにひたすら攻撃を繰り出して押し切るスタンスだ。実際、それで何とかなっていたのは確かだけど、何処か危ういのは否めない事実だった。



 正直、いざと言う時になってもみんなを見捨てて逃げるなんて出来るわけがないと思う。でも、情報を持ち帰るのも大事だと言う話も最もで…だから、その時の自分の気持ちに従う事にする。つまり、その時の自分に丸投げと言う簡単な話。



「俺の個人的な気持ちを正直に言わせてもらえるなら、ウェンディには残って貰いたいんだが…」



「私がいないと生存率が下がってしまうのでは?」



「いや、そんなことは」



「あるだろ?適当な発言で誤魔化せると思わない事だな」



「ドグ、お前…」



「分かっているはずだろ?ウェンディを置いて行くのは不可能だ。それに、もしそれで俺たちの中の誰かに何かあったらどうなると思う?」



「…分かってはいるんだが」



「分かってないんだよ、お前は。娘が生まれてから更に、ウェンディを大事にしたいって気持ちが強く出る場面が増えたのは、まあ良いだろう。しかし、パーティ全体の生存率に関わる事柄については別だ。ウェンディが俺たちの中で大きな戦力なのは否めない事実だろう?」



「それは…な」



「俺だって彼女を優先で生かすのは賛成だ。間違いなく今後一番国の役に立つ人物になるだろうからな。だが、他のメンバーも大事なんだろう?誰一人欠けたくない、それは俺たち全員が一致している気持ちだ」



「そうだな、それだけは間違いないと言い切れる」



「だったら、余計にウェンディを信じてやれ。成長が著しい彼女に、俺たちじじいは置いて行かれない様に必死に足掻いている所だろう?」



「おい、やめろよ!俺たちだってまだまだ…いけるよな?」



「「「長い間お疲れ様でした」」」



「冗談でもやめろ!?洒落にならんぞ!?」



「ええと…」



「まあ、いつもながら少しそれたが、ウェンディに残れなんて言わないって事だ。俺たち、『大地の土台』の未来のエース様だからな」



 私は、思わず他のメンバーを見てしまったけど、みんな頷いて返してくれた。ワンゼラさんだけは、頬をかいて気まずそうにしていたけど。



「任せて下さい!不気味な森なんて、私が全部切り倒してやります!!」



「言うねぇ、ウェンディちゃん。じゃあ、俺は見学に回るかな」



「ベルは、ウェンディの綺麗な肌に傷がつかない様に、盾になると言う大事な仕事があるでしょ?」



「俺の玉のお肌が傷ついても良いのか!?」



「アンタの肌何て、玉と言うより石でしょ?欠けてもくっつければ治るわよ」



「酷い!?ウェンディちゃん、聞いたか!?ナンシーの奴の暴言を!?」



「夫婦漫才はそれくらいにしたら?」



「「夫婦じゃない!!」」



「息ぴったりだねぇ?」



「それほどでもふぐっ!?」



 胸を張った隙だらけのランベルさんのお腹に、ナンシーさんの容赦ない肘が入った。ランベルさんは、お腹を押さえて悶絶している…ナンシーさん、照れ隠しでもやり過ぎじゃないかな?



「ウェンディ?何か言いたそうね?」



「な、何でもないです!」



 今のナンシーさんには、下手に絡まないのが吉。私は戦略的撤退を決めた。



「さて、いつも通りの落ちが付いたところで…明朝に森に向かって出発する事になっている。それまでに、しっかり準備して置いてくれ…以上だ」



 それぞれが無言だけど、しっかりと頷いて返した。もちろん、私も。いざと言う時、私がどう判断して動くのか…まだ、分からない。









「嫌になるほどの青空ね」



「知らないのか?この砂漠にはめったに雨何て降らないっ!?」



「五月蠅い!天気よりも、女性の機微を知りなさい!」



「あー、なんだ?一人うめいている者もいるが、準備は良いな?」



 それぞれが思い思いに返事をした。今度は脇腹に良いのを貰ったランベルさんも、呻きながらも返事をしている。



 朝早い時間のはずなのに、砂漠は嫌になるほど熱い。ナンシーさんが、天気に嫌味を言う気持ちも分かる。でも、風がないのは幸いだね。視界が一気に悪くなるから、強く吹かないことを祈るしかない。



「それでは、出発!」



 ワンゼラさんの掛け声で、私たちは砂漠に出来た森に向かって歩き出した。



砂漠に出来た森、一週間くらい前に突然現れたと言うその森は謎に包まれている。徐々に出来たわけではなく、気が付いたら当然の様にそこに存在していたと言う。正直な話、こんな状況でなければ近付きたくもない場所だ。



「それで結局、あの森は何なのかね?」



「分かってたら対策立てているでしょ?馬鹿なの?」



「あの…段々俺に辛辣になってませんかね?」



「普段の行いのせいじゃないかしら?」



「ええと…すいません」



「朝から元気だな、二人とも」



「そうだねぇ?それはそうと、あの森について何か見当はついてないの?」



 ロージーさんは気軽にドラグノフさんに質問していた。分かっていたら何か言ってくれると思うんだけどね…



「憶測ならいくつかあるが、確証が得られない。つまり…」



「つまり?」



「近付いて調べるしかないって事だな」



「あらら、早く帰るのは難しそうだね、これは」



 肩をすくめるドラグノフさんを見て、フルフルと頭を振っているロージーさん。みんな気負いはないみたいだね?かくいう私も、このメンバーなら大丈夫だと思ってしまっている。でも、油断大敵…気を付けないとね。



「お~い、お前ら?気を張り続けろとは言わないが、いつ魔物が襲って来ても可笑しくない場所なんだぞ?もちっと緊張感を持てよ?」



「「「「「はい、リーダー!」」」」」



「何で急に息が合うんだよ…」



 みんなで顔を合わせて笑ってしまった。本当に、何で息が合うんだかね?



 それから、ワンゼラさんの心配を余所に、魔物に襲われる事もなく謎の森の近くまで付いてしまった。近くで見ると、とても不気味な森だった。



「こいつは不自然だな」



「何がだ、ドグ?」



「魔物が一匹も邪魔しに来なかった事だ。もし、ここが何か重要な場所ならば大量の魔物の妨害があっても可笑しくないはずだ」



「確かにな…罠か?」



「可能性は高い。だが、行くしかないんだろうな…」



「何だ?お前にしては曖昧だな?」



「俺は勘と言うものを余り信じていないんだが…嫌な予感がしやがるんだ」



「ほう、お前もか?俺も、さっきからこの森には入るなって娘が止めてくるんだ」



「娘を出されると…どうなんだ?」



「俺は真面目なんだが…」



「引き返すってのはダメなんですかね?」



「ベル…考えても見ろ?何かあったわけでもない状況でだ。上級ハンターパーティが、不気味な森で危険な気がしたので入る前に帰って来ました。何て事が、許されると思っているのか?」



「今後、仕事が来なくなりそうだな」



「それならまだ良いが、ゼノンの奴に叩き斬られるんじゃないか?」



「ありそうだな…」



「女性陣は見逃して貰えるんじゃないかしら?」



「お前、俺たちを犠牲にして生き延びるつもりなのか?」



「違うわ、ベルだけ生贄にして生き延びるつもりよ?」



「俺だけかよ!?」



「じゃれ合いはそれくらいにしておけ。結局のところ、調査もせずに帰ることは出来ないと言う話だ」



「と言うわけだ、恨むならドグを恨むように」



「お前なぁ…」



「はは、冗談だ!さて…行くか?」



 私たちは無言で頷いて返した。みんな、森に入らずに逃げ帰るなど出来ないと最初から分かっていたのだから…









「妙だな…これだけ入り込んでも生物に全く遭遇しないとは…」



「妙だと言うのならば、全てだろう?この見た事もない植物に、地面もグネグネして可笑しい。そして、お前の言った通り生物はおろか、魔物の一匹も見当たらないのは想定外だな」



「もしかして、魔物の進行と関係ないんじゃないかね?」



「そんなわけないでしょ?馬鹿なの?こんなに怪しいのが全く関係ないとかあるわけないでしょう?」



「へいへい、俺は馬鹿だから何も分かりませんよっと」



「あんたね…」



「皆さん、気を付けて下さい…何か来ます!」



 私は、何かの気配を感じてみんなに注意を促した。流石にみんな、切り替えが早い。ふざけ合っていたランベルさんたちもすぐに臨戦態勢に入った。



「ほぅ…私の気配に気が付くとは、あの砦にはいなかったがそれなりのハンターが釣れたという事か?」



「お前は…何者だ?」



 私は思わず息を飲んだ。目の前の魔物は私でも初めて見る白人はくどだった。しかも、色人しきどと呼ばれる魔物は、基本的には人よりもサイズが小さいのが一般的なのに対し、この白人は明らかに体格が大きかった。3メートルはあるかもしれない…



「おいおい、白人何て初めて見たぞ?しかも、随分大きくないか…?」



「分かり切ったことをわざわざ口にしないで!気をしっかり引き締めなさい!!」



「わ、わりぃ…」



 流石のナンシーさんも、ランベルさんの軽口をまともに取り合わず、敵から視線を逸らす事もなかった。それほどの事態という事だろう。私も、呼吸を忘れてしまうほど緊張しているのに気が付いて、思わず深呼吸をしてしまった。



「さて、何者だ?と言う質問についての答えだが、見ての通りお前たち人間が白人と呼ぶ存在なのは見れば分かると思うのだが?」



「そう言う事を言っているんじゃない!この不気味な森に現れた白人が、ただの白人なわけがないだろう!?」



「森…か。まあ、良い。お前の言う通りだ人間。こう見えても白人の中では知恵の回る方でな、アーガマイド様から特別に名前を授かったのだ。その名を名乗ってやろう!我が名はジャーデンガ!!冥途の土産とするが良い」



「ジャーデンガ…土産をくれるなら、この森についても教えてくれないかね?」



「中々肝が据わっているな、人間?しかし、思ったよりも頭が悪いな?説明するまでもないだろう?最初に言ったはずだ、釣れたと。意味すら分からなかったのか?」



「つまり…ここは俺たちの様な馬鹿を釣りあげる囮の場ってことか?」



「半分正解だ」



「半分?」



「そうだ。囮ではなく…この場所は、我らの狩場だ!!」



 そうジャーデンガと名乗った白人が叫んだ瞬間だった。自分の足が地面に沈み、しかも動かせないほどの強度で固定されてしまった!しかも、それはメンバー全員だったらしく、全員で驚愕の声を上げてしまうほどだった。



「くそっ!?どういうことだ!?」



「まさかとは思ったが…この森自体が魔物なのか?」



「な、なんだと!?どういうことだ!?」



「はは、少しは頭の回る者がいるようだな?しかし、気が付いていたのならすぐにでも引き返すべきだったな。のこのことこんな奥まで入り込んだ時点で貴様らの命運は尽きていたのだ」



「おい!説明しろ!ドグ!!」



「可笑しいと思っていたんだ、生物のいない森…しかも、地面はぶよぶよとしている。だが、こんな巨大な生物など存在しないはずだと俺の常識が真実を拒否してしまっていた…すまない、奴の言う通りすぐにでも引き返すべきだった」



「この森が…生物…魔物だってのか!?」



「そう言う事だ。まあ、正確に言うのであれば、この森全体が大きな魔物ではないがな。小さな生物の集合体と言えば解るか?しかし、俺の言う事を聞いて動ける時点で同じようなものだがな!」



 私は、ワンゼラさんたちが話している間に脱出出来ないか足掻いてみたけど、全く足を動かせない状態だった。力を入れようとすると締め付けられると言えば良いのか…とにかく、動かすのは無理みたいだ。



 脱出の可能性があるとすれば、足を切り落とす事だけど、流石にそんな勇気はない。それに、それをやったとしてもあの白人に勝てる気がしない。更に言えば、また捕らわれて終わりと言う可能性すらある。ううん、きっとそうなって終わると思う。



「ワン、どうする?白旗でも振って見るか?」



「そうだな…降参したら助けてもらえたりしないかね?」



「すると思うのか?」



「こう言っちゃなんだが、うちの女性陣は美人ぞろいだ…殺すのは勿体ないと思わないか?」



「なるほど、必死だな?何とか仲間を助けようと考えているのが目に見える様だぞ?」



「ちっ、やり辛いな…」



「ああ、どうやら頭の切れる相手らしいな。知性のある魔物も見た事はあるが…こいつは、下手な人間よりも知恵が回りそうだ」



「ははっ!誉め言葉と受け取っておこう!それで、どうする?」



 私は思わず息を飲んだ。ジャーデンガは、まるで捕らえた獲物を興味深めに観察しているようだった。実際に、実験動物を見ている気分なんだと思う。私は、この時になってやっと恐怖が身体に沁みだして行く感覚を得ていた。怖い、すぐに逃げ出したい…



 そして、私はふと気が付いた。いつの間にか身体が暖かい?これって…確か…?



「もう良いでしょ!みんな、少し冷たいけど我慢しなさい!!アイスエリア!!」



 そうナンシーさんが叫んだ瞬間、全身が凍えるほどの寒気を感じた。でも、彼女の意図をすぐに理解して足を地面と思っていた魔物から引き抜いた。



 多少の痛みはや冷たさはあるけど、何とか足を抜くことが出来た。他の皆も成功したみたいだ、良かった。



「気を抜かないで!この森から抜けるわよ!アイスエリア!!」



 ナンシーさんは、先頭に立って魔術を唱えながら走り出した。私たちは、慌てて後に続いた。しかし、あの状況で冷静に魔術の準備をしていたなんて…流石と言うしかない。私は、ただ何もできずに恐怖していただけなのに…



「ほぅ…そう言う逃げ方もあるのか、興味深いな」



 逃げる私たちを追うでもなく、あくまでも観察し続けるジャーデンガに、私は不安と恐怖を感じた。でも、今は真っ直ぐみんなについて行く事だけを考えよう。私は、みんなと一緒に全力で森…いや、巨大な魔物から脱出することを優先した。



「おい、大丈夫か?」



「はぁ…大丈夫よ!それよりも、滑らない程度に凍らせているつもりだけど、転ばないように気を付けて!アイスエリア!!」



 本来なら、体力のある誰かがナンシーさんを背負うべきなのかもしれないが、いざと言う時に動けなくなるし、何よりも人を一人背負うと足元の不安な現状では転んでしまう可能性が高くなる。私たちは、ナンシーさん一人に負担をかける事を不本意にもしてしまっていた。







「よし!もうすぐ森から抜けられるはずだ!」



 ワンゼラさんがそう叫んだ時には、ナンシーさんの顔色はかなり悪かった。当たり前だ、魔術の行使を何度も行いながら走り続けていたんだから。私は、思わずナンシーさんに駆け寄ろうとした時、やっと気が付くことが出来た。



「待ち伏せ!!」



 私の言葉を待っていたかのように、森から出るための道を塞ぐ程の凄い数の色人たちが立ちはだかった。



「ちっ!?大人しく返してくれると見せかけてこれか!ナンシーを守りつつ切り抜けるぞ!!」



「待って!この数に無闇に飛び込んだら死にに行くようなものだよ!!」



「ウェンディの言う通りだ!落ち着け!!」



「くっ!?分かっちゃいるが、さっきの白いのがいつ追いついて来るかと思うとな…」



「呼んだかな?」



 不意の声に驚いて振り向いてみると、かの白人ジャーデンガが歩いてやってくるところだった。その顔には余裕が浮かんでいた。当たり前だよね、追い詰められたのは私たちだから…



「こうなる前に切り抜けたかったんだが…随分早いご到着だな?」



「それはこちらのセリフだ。君たちの人生の終着点にようこそ」



 ジャーデンガは、大げさに手を広げて歓迎の意を示した。もちろん、嬉しくない演出だけど。



「歓迎の用意でもしてくれているのか?」



「ああ、そちらにたくさん用意してあるだろう?」


 そう言ってジャーデンガが指し示すのはもちろん、大勢の色人たちだった。



「…嬉しくない歓迎の用意だな」



「これでも準備にそれなりの時間が掛かったのだ。少しでも長く楽しんでもらえたら幸いだ」



 ジャーデンガが手で合図を出すと、青人がこちらの3倍の18匹ほど前へと出て来た。青人?と思ったけど、その手の武器はボロボロや錆び付いた物ではなく、当たればただでは済まないような物ばかりだった。通常の青人じゃない事は一目瞭然だ。



「これだけ色とりどりいて、まさか青人とは…俺たちも馬鹿にされたもんだな?」



「やめなさいよ!弱いくせに調子にすぐに調子に乗るんだから!!」



「弱いくせにって…酷くないか?」



 油断なく構えるワンゼラさんとドラグノフさん、それにナンシーさん。それに対し、ランベルさんとロージーさんは、どこか青人だからと気が抜けている気がした。



「武器を見て下さい!気の抜いたら…青人に殺された間抜けな上級ハンターとして名を遺す事になりかねませんよ?」



「バカな…ウェンディちゃんが毒を吐くなんて…!?」



「圧倒的にベルが悪いだろう?ここは、安全なホームじゃないんだぞ?周りを見てみろ…地獄への門が開いているぞ?」



 ドラグノフさんの声を聞いて、ランベルさんを顔を引きつらせて黙り込んだ。



「ほう、半数以上が青人と馬鹿にしないのか。なるほどなるほど…中々楽しめそうだ」



 その声を聞いたからと言うわけではないのかもしれないけど、ワンゼラさんが青人の一人に斬りかかっていった。しかし、それからの青人の動きを見て、私たちはまだまだ彼らを侮っていたのを自覚させられる事になった。



 ワンゼラさんの斧が魔物に襲い掛かる前に、後ろに控えていた弓を持った青人が矢を放ってきた!その精度は高く、間違いなくワンゼラさんに当たる軌道だった。



 ワンゼラさんは軽いステップでそれをかわして見せたが、それを予期していたかのように剣を持った青人が斬りかかって来た!ステップ後のワンゼラさんはわずかに体勢を崩した状態ではかわせないと判断したようで、斧の腹で青人の剣を受け止めて見せた。



 でも、それで終わりではなかった。その隙をついて、ワンゼラさんが狙っていた斧を持った青人がいつの間にか接近して来ていて、剣を受け止めて動けないであろうワンゼラさんに力いっぱい斧を振り下ろして来た!



 私はまずいと思ったけど、そこはさすがは上級パーティのリーダーを務めるワンゼラさん。青人の剣が押し込まれる勢いすらも利用して、後方に大きくバックステップをして見せた。凄い、私は思わずワンゼラさんに見惚れてしまったほどだ。でも…



「見た通りだ…絶対に油断するなよ?」



 ワンゼラさんの言葉に、私たちは敵を見据えながら頷いて返した。そう、私たちはまだまだ敵を見誤っていた。まさか…魔物がここまで連携してくるなどとは思いもしなかった。



 最初に飛び込んだのが私だったらどうなっていただろう?ワンゼラさんのように無傷で乗り切れた自信がない。すぐに撤退出来る状況ならともかく、どれだけ戦い続けなければならないか不明な現状、少しの傷でも致命傷に繋がりかねない。



 私は、思わず唾を飲み込んでしまった。十分に警戒、緊張していたつもりだったけど、ワンゼラさんと言う解り易い物差しで現状を測ってしまったがために、より深く理解してしまった。身体が震えて動けないなんて情けない事にならない様に、気をしっかりと持って青人たちを睨みつける。



「十分に理解をしてくれたようだな?一人に3倍の歓迎を付けたんだ…油断して終わり何て間抜けな事をしてくれるなよ?さて…それでは、楽しい愉しい歓迎会の始まりだ!!」



 ジャーデンガの合図とともに、18人の青人たちが襲い掛かって来た!!連携なら負けない!私たちは、それぞれが覚悟を決め、襲い掛かる色人たちを向かい打つ!私たちの長い長い闘いが幕を開けたのだった…








 私は、荒い息と共に弱気を吐き出し、目の前の黄人へと斬りかかる!黄人は、それを見越したように私へと剣で斬りかかって来る。


 私は、それを剣で一瞬だけ受け止めた後、後方に流す様にかわし、体勢を崩した黄人を袈裟懸けに斬りつけた。すると、確かな手ごたえと共に、黄人を斬り裂いた。



 油断なく倒れ伏した黄人を見ていたが、その姿が消えて石となったのを見届けてから深い深呼吸をした。疲れはもう、限界を超えていて動くのも辛く感じる。だけど、弱音を吐いてしまえばそのまま動けなくなりそうに思えたために、私は次にやって来る色人が来るであろう方を鋭く見つめて待った。



 他のメンバーの荒い息遣いが聞こえて来る、みんな満身創痍で、全員生きていること自体が奇跡だった。すでにどれくらい戦い続けているか分からないくらいの時間が経った。



 そう、私たちは色人たちを順番に倒し続けた。最初に青人、次に緑人、そして今の黄人と。それぞれが強く、並の魔物とはあらゆる意味で違い、私たちの疲労の蓄積が多い。だけど、逃げるわけにはいかない。もし、彼…ジャーデンガの機嫌を損ねて色人全てが襲い掛かってくれば、私たちは直ぐにでも全滅してしまうだろうから…



「ふむ、興味深いな…そこの小さな女以外は、とても黄人を倒すまでもつとは思えない動きだったが…人間を侮ってはいなけないという事だな」



 ジャーデンガの言葉は的を射ていた。私たち自身、現在全員が無事…とは言えないけど、生きているのが信じられない事なのだから…



「はは、俺らの中で一番はウェンディだと言われてますよ?」



「まあ、実際そうなんだから仕方ないだろ?この危機にあって、一番成長してるからな…不幸中の唯一の幸いってやつだな」



「軽口を叩ける二人は大丈夫だろうが…女性陣はまだ動けるか?」



 ドラグノフさんの問いかけに、私たちは無言で頷いて返した。口を開く体力も勿体ないとばかりに。実際、私に関しては口を開けば弱音を吐いてしまいそうなほどギリギリの状態だった。



「これはまずいな…ドグ」



「皆まで言うな、ジャーデンガ!取引しないか!」



「言いたいことは分かる。実験動物を長持ちさせないかと言う話だろう?良いだろう、乗ってやる。実に興味深い結果だからな」



「有難い話だが、やりにくい相手だな」



「とりあえず、今は良しとするしかないだろ?」



「そうだな…」



「明日の夜明けまで時間をやろう。ゆっくり休むが良い。それと、餌もやろうじゃないか。無理に食べろとは言わないがな?」



 そう言って、ジャーデンガが合図を出すと、複数の魔物が大量の果実を持ってやってきた。その中には、良く分からない物もあるけど、市場などで見る食用の果実も多く含まれていた。



「見知った食べ物もあるだろう?毒はないと明言しておくが、魔物の言う事など信じられないと言うなら食べないのも自由だ。だが、実験動物が空腹で力が出ない何て言う理由で倒れるのも面白くないからな、食べる事をお勧めしておこう」



 そう言って、ジャーデンガは不気味に笑った。逆効果だったけど、彼なりの気配りなのかもしれない。



「では、明日も俺の予想を超える活躍を見せてくれる事を期待しているぞ」



 そう私たちに告げてから、ジャーデンガは歩き出した。



「・・・あいつがいない間に逃げるって言うのはどうだ?」



「ああ、言い忘れたが…逃げるなどと言う愚かな結末は選ばない事をお勧めしておこう」



 ランベルさんの決して大きくない軽口が聞こえたのだろうか?ジャーデンガは振り向き、最後に大きな釘を刺してから去って行った。



「・・・セーフ」



「じゃないでしょ!バカなの!?あれで機嫌を損ねていたら全滅していたかもしれないのよ!!」



「うぐ…すまない」



「あんたがバカやるのは勝手だけど、巻き込まないでっていつも言っているわよね?」



「申し訳ございません…」



 ランベルさんに説教をするナンシーさんのいつも通りの姿を見て、少しだけ気が抜けてしまった私は、一気に力が抜けてへたり込んでしまった。



「大丈夫か?」



 そんな私の様子を見て、心配そうにワンゼラさんが話しかけて来た。



「はい…流石に、もう色人と戦うのは無理そうですけど…」



「ジャーデンガは、良くも悪くも俺たちに価値を見出してくれているからな…寝込みを襲うなどと言うことはないだろう。少し休んだらどうだ?」



「すみません…そうさせてもらいますね…」



 正直、意識を保っているのが限界だった私は、その提案に乗らせてもらう事にした。



「いや、流石に女の子を地べたに直接寝かせるわけにはいかないだろう?ベル!荷物の中に何かあるだろ!?」



「すんません、逃げるのに邪魔になって途中で…」



「おいおい…じゃあ、食料なんかも全部捨てたと言うのか?」



「申し訳ございません…」



「何やってるのよ…あんたは、荷物持ちも出来ないの?」



「仕方ないだろ?フラフラだったお前をいつでもフォロー出来るように体力を温存して置きたくて…あ!?」



「・・・バカじゃないの?」



「返す言葉もない…」



「…すまん、寝心地が悪かったらベルを責めてくれ」



「いえ…限界なので…お先に」



 言い終わるか否か、私の意識は深く沈んで行ったのだった。








「ん…?」



 意識が覚醒すると、目の前にナンシーさんの顔があって思わずビクッ!?っとなってしまった。



「お?起きたか?」



 どうやら私はナンシーさんに抱き枕にされているようなので、起こさない様に視線だけを巡らせて声の方を見ると、ワンゼラさんがこちらを見ていた。



「もしかして、休んでいないんですか?」



「いや、ドグの奴と交代で休んでいるさ」



「すみません、私も交代します」



「いや、良いんだ。ジャーデンガは寝込みを襲うなんてことはないだろう。これはまあ、長年狩人をやっている間に沁みついた癖みたいなものだ。気にすることはないさ」



「…わかりました、ありがとうございます」



 私も、普段ならこんな場所でぐっすり何て眠れないだろうと思う。つまり、それだけ私は限界に近かったという事になる。目の前のナンシーさんを見る。私よりも体力の劣る魔術士であるナンシーさんは、すでに限界すら超えていたのだろう。とても深く眠っているように見えた。



 私は、ナンシーさんを起こさない様に注意を払いつつ、彼女の拘束から抜け出した。そして、ワンゼラさんの前まで移動した。



「ん?どうした?まだ休んでいて良いぞ?」



「いえ、その…」



 その時、私の返事よりも先にお腹が返事をした。簡単に言うと、ぐぅ~とお腹が鳴ったのだ。私は、頬が熱くなるのを感じた。



「ぷっ!くっくっく…なるほど、そう言う事か」



「わ、笑わなくても良いじゃないですか!」



 私は、押し殺した声でワンゼラさんに抗議をした。ワンゼラさんは、どぅどぅと私を宥めるようなゼスチャーをしつつ、右の方を指さしながら言った。



「悪かったよ、お望みの品はあちらにありますよ、お嬢様」



「・・・戻ったらアンジェラちゃんに言いつけますからね?」



 そう言って、果実が置かれた場所に移動すると、後ろからそれだけは勘弁してくれ~とワンゼラさんが情けない声を上げていた。



 よく見ると、果実が二つの山に選別されていた。どういう事だろう?と私が思っていると



「それは、左側の山が食べられるだろう果実で、右は未検証のやつだな。俺たちが食べた事があるのと、やばくなさそうなのはランベルの奴に毒見させたから大丈夫だ」



 見た事もない果実を無理やり食べさせられるランベルさんに黙祷を捧げながら、私は左側の山から適当に取って食べてみる。



 食べる事は生きる事だと思う。だから…仕方ないよね?こんな状況だからか分からないけど、美味しくて思っていた以上にたくさん食べてしまったのだった。



「・・・見事な食べっぷりだったな?」



「…喉が渇いていたんです」



「そう言う事にしておくか」



 ワンゼラさんの、まるで分かっている分かっているからと言うような物言いに、思わず頬を膨らませてしまった。それを見たワンゼラさんが噴き出す様に笑い、私の頬はますます膨らんでしまった。



 そんな場合ではないからこそ、そんな事をしてしまうのかもしれない。それが顔にも出てしまったのだろう、ワンゼラさんがふざけた様子を引っ込ませて言い放った。



「恐らく俺が何を言っても無駄だろうが、それでも言わせてくれ。もしもの時は」



「無駄だと分かっているなら話は早いですよね?」



 笑顔で会話を遮った私を見て、ワンゼラさんは深いため息をついた。どうやら本当に無駄だと悟ってくれたようだった。



 それから、しばらく無言の時間が続いたけど、不意にワンゼラさんが口を開いた。



「絶対に…勇者に会うんだぞ?」



「もちろんです!」



 私の力強い返事に満足したのか、ワンゼラさんは大きく頷いた。何かを思考してしまうと、悪い考えばかりが浮かんできてしまったけど、勇者様の話題で一気に吹き飛んだ。流石ワンゼラさん、伊達に長年リーダーをやってないよね。



「それじゃあ、もう少し寝ておけ。我らがエース様には少しでも体力を回復して貰わないとな?」



「やっぱり、私も少しくらい…」



 私も少し見張りを代わりますと言おうとした時だった。



「じゃあ、次は私の抱き枕になって貰おうかな~♪」



「わっ!?」



 私は、不意に飛びついて来たロージーさんに抱き着かれ、そのまま押し倒されてしまった。



「ちょっと!?ロージーさん!?」



「思った以上に良い抱き心地!ぐっすり寝られそう♪」



 幸せそうに抱き着いて来るロージーさんを無理やり引きはがすのは躊躇われ、諦めて抱き枕にされることになった。弱いな、私…ナイスフォローとワンゼラさんが呟いていたけど、聞かなかったことにした。何か癪だったから…



 身体はまだまだ睡眠を欲していたようで、すぐにまた私の意識は沈んで行った。









 次に目が覚めると、すでにみんなが起き、真面目な相談をしていたようだった。でも、寝起きでボーっとする頭が身体を動かそうとしてはくれない。



「起きてすぐで悪いが、早めにいつでも戦闘出来るように切り替えておいてくれ」



「ふぁい」



 はいと返事したつもりだったけど、間抜けな声が私の口から出た。羞恥心から一気に覚醒した私は、軽く身だしなみを整えてから立ち上がった。



「可愛い返事だったわよ?」



「忘れて下さい…」



 ナンシーさんの追撃で更に羞恥を高めた私だったけど、おふざけの時間は直ぐに終わりを告げた。



「全員目覚めたようだな、かなりマシな表情になったじゃないか?」



「お陰様でな?しかし、万全を期したいところだから一度ホームに戻らせてもらっても良いかね?」



「返事が分かっていることを聞くのは、時間の無駄だと思わないか?」



「万が一があるかもしれないじゃないか?」



「なるほど、それならその茶番に付き合ってやろうじゃないか。もちろん、許可などしないがな」



「餌は与えるが、逃がしはしないって所か」



「分かっているじゃないか」



 ワンゼラさんが肩をすくめたところで話は一度終わったみたいだ。確かに、万全ではないけど、昨日と比べればかなり動けるくらいには回復している。もちろん、集中力を維持していかなければならない戦いにおいて、万全だろうとなかろうと、厳しい状況なのは同じだろうけど…



「さて、それでは続きと行こうじゃないか!赤人たちから勝利をもぎ取る奇跡を私に見せてくれ!!」



ジャーデンガがそう言うと、こちらと同じ数の赤人たちが前へと出て来た。しかも、やはりこちらと同じような武器が得意なパーティだった。



 私は、赤人たちが動き出す前に一番前に居た斧を持った赤人を倒すべく、滑るように移動した。



 しかし、剣を抜き放ち赤人を斬りつける前に、私の動きを阻害するように矢が飛んで来た。私は、その矢を冷静に見切って身体をそらす事で回避した。



 でも、やはりと言うかそれだけでは終わらなかった。体勢をわずかに崩したのを見計らったように剣を持った赤人が斬りつけて来たのだ。私は、それをまともに受けるのではなく抜き放った剣で流す様に受け止め反撃しようとする。



 しかしそんな簡単に事は運ばず、それを見越したように今度は魔術の火球が私に向かって飛んで来た。流石に、魔術を剣でそらすなんて芸当は私には出来ない。私は咄嗟の判断で、受け流そうとした刃をわざと力強くぶつけ、その反動を利用して火球の直線上から逃れた。



 当たり前のように私の回避位置を見越した位置に剣線が飛んでくる。体勢が悪く、剣で受け止めるのは不可能と判断した私は、赤人の手にかわす勢いのままに蹴りを放つ。もちろん、体勢も悪いのでただでさえ威力など期待できない私の蹴りは、赤人などには効きはしないけど、相手の意表をついたことで上手く剣筋をずらし、私が大勢を立て直す隙を作れた。



 息つく間もなく、剣と斧による追撃、そして、その攻撃からの逃げ場を塞ぐように矢が飛んで来た。私は、これ以上の攻防は不利と判断し、その場で回りながら剣を放ち、それを受けさせた反動を利用して回転するままの勢いでみんなのいる後方まで戻った。



「はぁはぁ…ふうぅぅ・・・これは、想像以上にまずいかもしれません」



 私は、息を整えつつみんなに警告した。流石に、一太刀も攻撃出来なかったのは想定外だった。



「…そうみたいだな」



「顔が引きつってるぞ、リーダー?自分が出て行って挽肉になった場面でも想像したか?」



「そこまで分かっているならいちいち言うなよ…」



「確認しておかないとまずいだろう?・・・と言うわけだ、どうやら精鋭の赤人たちについて行けるのはウェンディのみのようだ…いけるか?」



「やるしかないですよ!私が前衛を務めます!援護をお願いします!!」



 みんなの遠慮がちの声を聞きつつ、赤人たちを見る。どうやら、私を警戒しているようで無闇には突っ込んでこないみたいだ。いや、今までの色人たちを振り返れば当たり前なんだけどね…



「みんなと一緒に生き残って…勇者様に会うんだ!行きます!!」



 徐々に距離を詰めて来る赤人に私は単身突撃する。私たちの絶望的な戦いが幕を上げた。








「くっ!?」



 赤人の激しい攻撃をいなし続ける。それだけでもやっとと言う状態なのに、他の赤人からの襲撃も警戒しているせいで立てているのが自分でも不思議なくらい全身ボロボロだった。



 相手が剣を使う赤人だから、何とか先読みが出来て凌げている状態だった。でも



「っ!?」



 飛んで来た矢を弾き、その隙をつかれて薄く斬り裂かれた。もちろん、急所に貰うようなヘマはしていないけど、それでも時間の問題なのは明らかだった。今みたいに、少しでも気を逸らすと、矢や魔術が飛んでくる。他の武器持ちが完全に観戦してくれているのは有難いけど、そんな事を喜べる余裕すらない。



 一度、わざと剣を激しくぶつけ後退する。でも、その着地で思ったよりも踏ん張りが利かずによろけてしまった。



「はぁ…はぁ…はぁ~」



 私は、倒れ込みそうな身体を意志の力で無理やり立たせた。今、倒れ込んでしまったら指一本動かせなくなりそうだったから。



 どれくらい時間が経ったのだろう?短いのか、長いのか、分からないくらいの時が死と隣り合わせの濃密な時間が過ぎた。現状は…私以外みんな倒れ伏していた。



「まだ倒れないとは…やはり、惜しいな。どうだ?諦めるならば、お前だけは実験動物として飼ってやるぞ?」



「ふぅ~…、お断りします!」



「もし、大人しく従うなら他の人間を助けてやっても良いと言ってもか?」



「それは…」


「聞くな!…そんなの受け入れちまったら…絶対に後悔するぞ…!」



「だそうだぞ?それだけの価値があるから譲歩していると言うのになぁ?」



 息も絶え絶えな状況のワンゼラさんが、私の代わりに条件を断ってしまう。言いたいことは分かるつもりだけど、現状は…



「バカな事を考えるのは止めなさい…勇者様に会うんでしょう?そんな条件を飲んだら…勇者様に会えなくなるわよ…」



「ナンシーさん…」



 魔術を行使する力が底を突き、地面に付したままのナンシーさんも、絶対に飲むなと言って来た。でも、このままじゃ…



「なるほど、見せしめが必要という事のようだ」



 そう言って、ジャーデンガが手を上げると、剣を持った赤人がナンシーさんに近付いて行く。私は、後を追おうとするけど身体が動いてくれない。とっくに、立ってるのがやっとな状況を、ジャーデンガも悟っていたみたいだった。



「やめて!いう事を聞くから!!」



「お前がそう言っても、こいつらが邪魔をするだろう?一人にでも現実を突きつけてやれば、その後は嫌でも分かると言うものだ。そっちの男でも良かったが、同じ女の方が効果的だろう?」



 そう言って、ジャーデンガは残酷な笑みを浮かべた。その顔を見て、私は恐怖で固まってしまった。遠くない未来、私も・・・



 そして、私が恐怖で固まっている間も時は進み、赤人はその凶器をナンシーさんへと振り下ろすために高く掲げた、その時だった。



「させるわきゃねえだろうがあ!!」



 そんな叫び声と共に、それまで地面に転がってピクリとも動いていなかったランベルさんが、必死の形相で赤人に斬りかかった。



 完全な不意打ちだったはずだけど、赤人は見事に反応してランベルさんの剣を受け止めた。もしかすると、ランベルさんが叫ばなければ一太刀浴びせる事に成功していたかもしれない。だけど、その場合はナンシーさんに凶器が届いてしまっていた可能性があるので、ランベルさんの判断は正しかったと私は思う。



「ぐっ…くそっ!?」



 暫くお互いに剣で押し合っていた二人だったけど、ランベルさんが徐々に苦しそうな顔を見せるようになって来た。人と魔物では膂力に大きな差があるのだから仕方ないかもしれない。だけど、命のかかった場面では簡単に諦めるわけにもいかない。



 でも、諦めなくても残酷な結果は直ぐにやって来る。耐えるのがやっとだったランベルさんは、赤人の気合の体当たりの様な押し込みより吹き飛ばされ、近くの木に激しく打ち付けられてしまった。



「ベル!?」



 庇われたナンシーさんの悲痛な叫びが木霊した。そのままランベルさんへ止めを刺すべく動こうとしていた赤人だったけど…



「当初の予定通り、そこの女から始末しろ」



 ジャーデンガの一声で、赤人の視線はナンシーさんへと向けられた。



「く、来るなら来なさいよ!特大の魔術をお見舞いしてやるわ!!」



 そう言って杖を相手に向けるナンシーさんだけど、その手は震えていて、どう見ても虚勢を張っているのが丸分かりだった。



「俺を先に狙え!まだ勝負はついてねえぞ!!」



 私が何か言う前に、ランベルさんが叫んだ。ただ、身体を起こす体力すら尽きてしまったのか、地面に這いつくばったままでとても勝負が出来る状態ではなかった。



「そのままその女を狙え。さて…どうなる?」



 ジャーデンガは、興味津々と言った様子で私たちを見ている。また何か起こるのか?と、期待している様子が伺えた。でも、もう誰も…



 再び、ナンシーさんに近寄った赤人の刃が高く上げられる。その状況を見て、私の思考は捕らわれた。ナンシーさんが死んでしまうと言う事実に。



 いつも余裕を持った大人だったナンシーさん。でも、最近それが虚勢だったと分かって来た。沢山相談した、本当に色々と。これからも、勇者様について色々相談したいのに…そのナンシーさんが…死んでしまう…?そんなの…!?



 長く思考してしまった気がしたけど、ほとんど一瞬だったみたいだ。まだ、凶器がナンシーさんに下ろされていない。そして、凶器が動き出した瞬間…私は叫んでいた。



「ああああ゛あ゛あ゛あ゛!!?」



 自分でもどこから声を出したのか分からなくくらいの大声と共に、私は…自分の剣を投擲していた。



 投擲をした剣は、私自身が驚く様な速度で飛び、そして…油断していた赤人の腹部を貫いてみせた。



 小さい叫び声と共に赤人は倒れ、そして石と化した。今回の戦いで初めて倒せた赤人が、投擲によるものなんて皮肉だと思う。でも、それどころではなく…



「な、何をやっているの!?武器を投げるなんて…!?」



 ナンシーさんの指摘通り、現状で武器を手放すなんて自殺行為だ。分かってはいたけど…



「身体が勝手に動いたんです、仕方ないですよね?」



 にっこり笑う私を見て、ナンシーさんは絶句した。逆の立場なら、私もそうなっただろうなぁと思いつつ苦笑していると、ジャーデンガが興奮した面持ちで喋り出した。



「ふはははは!ことごとく私の予想を裏切ってくれるな!実に良い…しかし、自分で投げた剣を拾ってやるほど甘くはないぞ?次はどうするのかな?」



 ジャーデンガの言葉と共に、斧を手に持った赤人がこちらに歩いて来る。それを見ながら、私は自分の身体の確認をしてみる。笑ってしまうくらいに立っているのがやっとだった。先ほどの攻撃が、私の全身全霊の一撃だったようだ。



 それを悟ったのかは分からないが、近くまで警戒しながら近づいて来た赤人が、にやりと笑いながら斧を掲げて見せた。私は、それを見ながらも動くことが出来なかった。



 みんなの叫び声が聞こえる…そして、自分に向かって振り下ろされる斧を見つめていた時、勇者様に会えなくなるのに諦めるの?と言う誰かの声が聞こえた気がした。



 その声が幻聴なのか分からないけど、その声を聞いた瞬間、動けないと思っていた身体が勝手に動いていた。



 振り下ろされる斧を小さな動きでギリギリで避け、そして拳を握って赤人の胴を殴りつけていた。



 私のような小娘の拳など、たかが知れている。魔物にとって…赤人にとっては脅威にもならないだろう。しかし、私を舐めてかかっていた赤人は、私の拳の軽い衝撃でも体勢を崩し、尻もちをついた。擬音を付けるなら、とすんと言う感じで。



「ふはははは!小娘の拳で何をしているんだ?貴様はそれでも、私が認めた精鋭の赤人か!?」



 ジャーデンガの大きな笑い声で、キョトンとしていただろう赤人の顔が羞恥で震え出した。そして、起き上がって無造作に私に近付き…



「あぐっ」



 私のお腹に蹴りを放った。私は、動けなかった。さっきの動きが、きっと全身全霊の搾りかすみたいなものだったのだろうと思う。もう、まともに反応すら出来なかった。



 私は、お腹の余りの痛みに思わず手で押さえようとしたけど…それすらもさせてもらえなかった。抑えようとした手を踏みつけられたからだ。折れたのではないかと思うくらいの衝撃が手に走った。



 私の口から悲鳴とも呻き声ともつかないものが溢れ出ているのを見て、ジャーデンガが落胆したように口を開いた。



「流石に終わりか?武器を失ってからも足掻いてくれると思った矢先、こんな結末なのか?」



 そんなジャーデンガの呟きなどは私には聞こえていなかった。何故なら、何度も何度も赤人の蹴りが私に降り注いでいたから。



 私の思考は、痛いと止めてに支配された。みんなが何か言ってる気もするが、それすら全く耳に入らないくらいに全身が痛かった。助けてと声を上げることも出来ずに呻き声を出すだけしか出来ないくらいに…



「もう気は済んだだろう?興が削がれた、殺してしまえ」



 ジャーデンガの声が響き、赤人が斧を取り笑いながら振り上げた。それを見た途端、私の思考が切り替わった…死にたくないと。



 さっきまで全身の痛みにのたうち回り、いっそ殺して欲しいとまで思ってしまっていた思考は、ジャーデンガの殺せの声を聞いて少しだけ正気を引き戻した。いや、戻してしまった。



 遠のいていた死の恐怖が私を支配し、助けてと声を出したいのに、痛みに呻く声しか出ない。振り上げられた斧が恐ろしい凶器に映る。私は、声にならない声を心の中で叫ぶ。



 誰か、助けて!!



 その声は、周りにいるはずのみんなに向けての声ではなかった。誰でも良い、この迫る運命から助けて欲しい。ただただそれだけを込めての心の叫び…届くはずのないその声は…



「どおおおりゃああああぁぁぁ!!?」



 一人の男の人の姿を見て確信した、彼に届いたのだと。



 その人は、赤人に体当たりの様な蹴りを入れた。赤人は、面白いほど派手に吹き飛んだ後、ゴロゴロと転がって行った。



 そして、その人は格好良く着地…など出来ずに、ぐぇ!?と言う声と共に背中から落下した。



「ははは…大丈夫か?」



「は、はい…何とか…」



 背中から落ちたことなど意に介さずに起き上がってこちらに問いかけて来た男の人に、私は反射的に返事をした。まるで夢の中の物語の様な登場をした人は、とても平凡な少年に見えた。でも…何故だか彼を見ていると安心出来た。



「何だお前は!?これは…不測の事態だ!人間どもを皆殺しにしろ!!」



 何故か焦った声を上げたジャーデンガの声を聞き、色人たちが動き出した。まずい、みんなが!?



「みんなを…助けて下さい…!」



 私は、声を振り絞って彼に訴えかけた。全身の痛みで、私は動く事すらままならない。私の必死な訴えに、彼は



「任せろ!!」



 自信たっぷりに応えてくれた。そして



「全員纏めてかかって来いやぁ!!!」



 突然そんな叫び声を上げた。私は、思わず全てを忘れてキョトンとしてしまった。でも、その効果は劇的だった。



 あちこちに向かおうとしていた色人たちが、一斉に彼へと振り返ったのだ。



「うぉ!?一斉にみられるとさすがに怖いな…しかし!俺ならやれる!!上等だぁ!!全員かかってこいやぁ!!!」



 そう叫んだ後、彼が走り出す。驚くべきことに、その後を全ての色人たちが追いかけ出した。私たちの事など目に入らないと言うかのように…



 その姿を見て、理由などないのに私は確信した。もう大丈夫だ…と。



 そう思った途端、私の意識は急速に遠のき…そして、いつの間にか意識を失っていたのだった。

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