手袋は風に乗って

西尾 諒

第1話

ゆうたくんのおうちはこうえんの近くにあります。

白い、あたらしいおうちです。

いつもこうえんにいく子供たち、こうえんからかえる子供たちをみまもっています。


冬のあるさむい日のことでした。ゆうたくんがお母さんといっしょにかえってくると、おうちのフェンスに赤いものが見えました。

「あ、お花がさいた」

ゆうたくんが声をあげました。

「あら、こんなにさむいのに」

お母さんがくびをかしげました。


近よって見てみるとそれは赤いてぶくろでした。かたほうだけのてぶくろ。

「あらまあ、こんなところに」

そう言ってお母さんがてぶくろを手にとろうとしました。でもゆうたくんは、

「お母さん、だれかのおとしものだよ。きっととりにくるよ」

と、そう言いました。

「そうねえ」

お母さんはそうこたえると、てぶくろをそのままにしておきました。つぎの日、ゆうたくんとお母さんがいっしょにかえってくると、赤いてぶくろはなくなっていて、そのかわりに黒いマフラーと、白いかたほうのくつしたがかかっていました。


「あらあら」

お母さんはこまったように言いました。

「ここはおとしものをあずかるところじゃないのに」

「でも、赤いてぶくろはなくなっているよ。きっとだれかがとりにきたんだよ」

ゆうたくんが言うと、お母さんは、とにっこり笑って

「そうね、ゆうたの言うとおりだね」

そのままにしておきました。


つぎの日にはマフラーがなくなっていて、そのつぎの日にはくつしたがなくなっていたのですけど、そのかわりにべつのてぶくろと、赤ちゃんのはくようなくつがかたほう、かけられていました。

「あらまあ。みんなこうえんでおとしものをするのね」

「そうだね」

ゆうたくんはたのしそうにこたえました。

「みんなのおやくにたっているね」

「そうだけど」

ちょっとこまった顔をしてお母さんはゆうたくんのあたまをなでました。


そんなふうにして、いろんなものがかけられて、いろんなものがなくなっていきました。

でも、一つだけいつまでたってもなくならないものがありました。


みどりいろのてぶくろ。毛糸であんだみどりいろのてぶくろ。いつもかなしそうにフェンスで風にゆれているみどりいろのてぶくろ。

「どうしたんだろ?」

ゆうたくんがしんぱいそうにくびをかしげると、

「きっとそのうちだれかがとりにくるわよ」

おかあさんはこたえました。


そんなある夜、ゆうたくんはゆめを見ました。そこは雪がつもったみたいに白いふわふわの雲の上でした。男の子がひとりぼっちかなしそうに下をむいていました。ゆうたくんよりせの小さな男の子でした。

「どうしたの?」

ゆうたくんが見ると男の子は右手にてぶくろをしているのに、左手にはてぶくろがありませんでした。みどりいろのてぶくろ、毛糸であんだかたほうのてぶくろ、男の子のかたほうの手をあっためているみどりいろのてぶくろ。


「お母さんのあんでくれたてぶくろをおとしちゃったんだ」

男の子はかなしそうにいいました。

「それならうちにあるよ」

ゆうたくんは元気にそういいました。

「とりにおいでよ」

「うん、いちどいったんだけど、高いところにひっかかかっていてとれなかったんだ」

「じゃあぼくがとってあげるよ」

「ありがと」

男の子はうれしそうにこたえました。

「あしたのあさ、学校に行く前においでよ」

ゆうたくんが言うと、うん、と男の子はこたえました。


つぎの朝、学校へ行く前にゆうたくんはみどりいろのてぶくろを手にもって男の子をまっていました。でも男の子はあらわれません。

「どうしたのかな?」

そうゆうたくんが思った時、びゅんと風が吹きました。ゆうたくんの手の中にあったてぶくろは風に乗ってとんでいきました。あおいお空、かぜのふくお空、大きなおひさまのてるお空。

てぶくろはどこへとんでいったのでしょう?

その夜、ゆうたくんはもうひとつ夢を見ました。男の子が両手にてぶくろをしていました。みどりの毛糸であんだてぶくろ。そのてぶくろをした手を元気にふって、男の子がいいました。

「ありがと」


それから三日が立ちました。ゆうたくんが学校からかえると、しらないおばさんが家でおかあさんと話していました。黒いふくをきて悲しそうなかおをしたおばさんでした。

「こんにちわ」

ゆうたくんがあいさつすると、

「こんにちわ」

とおばさんは悲しそうに答えました。そしてお母さんと話をつづけていました。

「こうつうじこで・・・」

「そうですか、おかわいそうに」

そんなやり取りが聞こえてきます。

なんだか、し・ん・こ・くそうな話みたいでした。し・ん・こ・くなお話というのはお父さんがお母さんとときどきするお話です。ゆうたくんはし・ん・こ・くなお話はきらいだから、かいだんをかけのぼってじぶんのへやへ行きました。


でもランドセルをおろしたとたん、お母さんの声が聞こえてきました。

「ゆうた、あなたみどりのてぶくろ知らない?なくなっちゃたのよ」

かいだんをおりて、ゆうたくんはお母さんと女の人に話をしました。

ゆめをみたこと。男の子がかたほうのてぶくろしかしていなかったこと。ゆうたくんがそれをとって男の子にわたすやくそくをしたこと。でも風がふいててぶくろが空たかくとんでいってしまったこと。


女の人はゆうたくんの前にひざまづいて、ぎゅっとゆうたくんをだきしめました。ほんとうのお母さんとちがう、でもお母さんのにおいがしました。ほほがあたたかくぬれ、その女の人は言いました。

「ありがと」


今もゆうたくんのおうちのフェンスにはおとしものがかけられています。お母さんはなんにも言わなくなりました。

赤いくつ、みどりのくつした、きいろのてぶくろ、

みんなみんなもちぬしが来るのをまっています。

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手袋は風に乗って 西尾 諒 @RNishio

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