灰色の祖父と色のない祖母について

アリス

灰色の祖父、色のない祖母

 わたしの祖父母は俳優だったらしい。母方の方の祖父母だ。


 とりあえず、まず母方の祖父母について書いておこう。と、思う。が、どういうひとたちだったのか全然よく分からない。祖父母が離婚していたので、余計によく分からなかった。特に祖母は『知らない人』と言っていいくらいに面識がない。


 自分が産まれた頃にはあったことがあるらしいが、そんなことは覚えていない。わたしが中学生(?)の頃に祖母が亡くなるまで、毎年一度電話でしか話しをしたことがない。

 お年玉が現金書留で送られて、義理のお礼を言うための電話越しの会話。

 声は何となく覚えている。

 不思議な感じだった。

 声は優しいがプリミティブな感じの抑揚だった気がする。

 長く話すのが怖かった。


 東映に所属していたらしい。祖父はあまり有名な俳優ではなかったらしい。どうやら祖母の方が有名だったらしい。祖母は喜多川千鶴という芸名ということは幼少期から聞かされて知っていた。知っていたけれど、興味はなかった。最近調べたらやたら色んな映画に出演していたらしい。が、わたしは祖母の映画も本人が水芸をやっているシーンしか見たことがない。子供の頃にビデオでそれをみて、そのシーンだけをくっきり覚えている。


 祖母はわたしが中学2年だか3年だかのころに亡くなった。ガンだった。わたしは母と一緒に葬儀に出た。


 葬儀は確か京都でおこなった気がする。葬儀の前日にどこかに泊まってマッサージチェアに座って遊んで翌日の葬儀の時に寿司だかなんだか食べて、懐石料理かなんかも食べた気がする。懐石料理は綺麗だと思った。けれど、別においしくなかった。


 葬儀当日。

 仏教式(宗派は知らない)の葬儀だった。

 両親はプロテスタントのクリスチャンだったので、「線香を突っ込むだけで手を合わせないで良い」と母が言ったので、わたしはそうした。3人の坊さんがリズミカルにお経かなんかを唱えながら、自分の順番が来るまでドキドキして待っていた。50メートル走を走る直前のような緊張感。胃が痛くなる。みんな神妙な顔をして手を合わせている中、わたしと両親は手を合わせずにじっと待っている。


 自分の番が来る。

 卒業証書をもらうような感じで、線香をあげた。それが終わってホッとした。「良い感じにふるまえたかな?」みたいな感じで心の中で思って元の場所に戻った。棺の中を見たのはどのタイミングだったか覚えていない。でも死んだ祖母の顔を見たはずだ。焼く前に見たのか、線香をあげる時に見たのか。覚えていない。祖母の髪はカツラだった。でも、綺麗な人だと思った。この人はたぶん常に美しくありたいと思っていた人なのだろうな。と、なんとなく感じた。


 坊さんの説教はそれなりに面白かった。


「葬儀は死者のためにあるのではなく、生者のために行うもので......」


 というようなことを言っいた。

 成る程、確かにそうだな。

 と、わたしは思ったのだが、両親は葬儀の後で家に帰ってからその坊さんの説教にブチギレていた。

 クリスチャンは永遠の命という形式を信じているからだろう。しかしわたしは永遠の命という形は、目に見える形ではないと思っているし、形式としての永遠の命などどうでもよいと思っている。《永遠》は生まれる以前の、あるいはわたしたちの想像の範疇にないものだ。だから、わたしは永遠の命がいかなるものか知らない。だから、その時の坊さんの言っていたことの方がわたしには理屈があっていた。


 祖母は再婚後に亡くなったので、親戚関係としては複雑だった。葬儀後に親戚が集まった時の重たくて逃げ出したくなるような空気が忘れられない。それ以降葬儀なんてものには絶対に出たくないと思った(ちなみに父方の祖父母が亡くなった時は自宅で葬儀をした)。


 ちなみに祖父も今は故人だ。

 祖父が亡くなったのは2年前の冬だった。自宅で倒れて亡くなった。トイレから出た後に倒れて死んだ。3日後に発見された。死因は大腸か小腸か忘れたが出血によるショック死だったらしい。

 祖父は一度だけ、わたしの大道芸を見ている。

 祖父の若い頃は、イケメンだった。しかし、ジジイになってからは普通の爺さんだった。なんとなく魅力はあったかもしれないが、それよりも「話がなげえなあ」という印象の方が強かった。あと、江戸っ子訛りが強く、わたしもちょっと影響を受けてしまった気がする。


 ムカつく。


 祖父の家には肖像画と写真が飾ってあった。そういえば毎年正月になると祖父の家に行った。ストーブで焼いた餅ばっかり食わされてうんざりした。あと度々わたしと2番目の弟を較べて、「弟の方が見てくれがいい」だのなんだのと幼少期から言われ続けていたので、わたしは祖父を快く思っていなかった(実際、弟の方が男らしくイケメンで身長が高かった。祖父にとっては、イケメンの弟はお気に入りの孫だったのだろう)。


 祖父の芸名は石井一夫(今調べたら東宮秀樹だかなんだかという大仰な芸名でもやっていたらしい)。が、確か本名は石井和夫だ。


 ところでわたしは俳優としての爺さんを一度も見たことがない(興味がない)。


 ただ、やはり普段から役者然としていた気はする。妙に演技がかった喋り方で、完全な江戸っ子で、淀みなく喋る人で、たぶん頭は良かったのだろうが、他人の感情に対してあまりにも無頓着だった気がする。

 わたしとはあまり相性が良くなかった。

 正直、好きではなかった。

 祖父曰く俳優になったのは『金を稼いでメシを食うため』だったらしい。

 当時は俳優という職業は金を稼げる商売だったのだろうか? 

 とにかくわたしは母方の祖父があまり好きではなかったので、彼の語る昔話はスルーしていたのでよく分からない。どんな役者で、どんな映画に出ていたか詳しく知らない。


 でも、祖父が死ぬ数年前に、1月の寒い中、祖父は80を過ぎた高齢だったにも関わらず、埼玉新都心大道芸フェスティバルでわたしの演技を見たらしい。そして、わたしには言わなかったが、わたしの両親に、


『いずれ海外でやっていける』


 などとわたしの両親に話していたらしい。


 昔から次男ばっかり褒めてわたしに素っ気なかった祖父が、わたしを褒めてくれたことに『嬉しい』と感じてしまうことに、戸惑いを感じた。身体が半分に引き裂かれそうだった。


 ちくしょう。このままこの人を嫌いなままでいられればよかったのに!


 ちなみにわたしの鬱がひどい時に祖父は死んだものだからわたしは葬儀に出ていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

灰色の祖父と色のない祖母について アリス @kusopon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ