姫様と魔王

 唐突に暗闇が満ちた。

 今までの月明かりが嘘のように。

 本当に自分が瞼を開いているのかどうかも分からない。聖剣に浮かれすぎていつの間にか眠ってしまい、夢か現かも分からなくなってしまったのかとアーティは自信なく身を起こした。

 剣の柄にそっと手を添えたまま、辺りを見渡すが広がるのは影のような闇ばかり。

『闇が姫を拐いに来るであろう』

 予言者の言葉が一瞬で頭を、胸を支配する。

 リバー・ミネルヴァはアーティの友人の一人で、昔馴染みの変人だが、寝言として紡がれる彼の予言は必ず当たる。――のだが、ひどいじゃないか、とも思う。

 予言するだけで、肝心な時に傍に居てくれない。

(バーバの馬鹿…!)

 八つ当たり気味に予言者を胸中で罵って不安を誤魔化すが、あまり上手くはいかなかった。

 分かっている。予言者も姫と同じく籠の鳥なのだ。

 だから、自分は何としても今日を無事に乗りきって、友人を安心させてあげたかった。


「やあ、こんばんは」

 穏やかな声がした。闇の中から、何処からともなく。聞こえて来る方向も、距離すら測れない。それだけで不安で…怖い。

 触れた指先から、微かに振動を感じる。

 アーティに共鳴しているのか、或いは聖剣が動揺でもしているのか。

「初対面の相手をそんなに怖がらなくてもいいじゃないか。ああ、いや、そうでもないか。君の読む物語に俺はいつも出てくるだろう?そっちの剣にいたっては全然初対面じゃないし」

 つまり二人とも失礼だ、とブツブツとこぼしながら、唐突に、闇の中から男が現れた。

 まだ若い、黒衣を纏った青年だった。

 多くは居ないが、黒髪であることはそう珍しい事でもない。この国において、一見何処にでもいる青年に見えた。

 しかし何故だろう、動揺が全身を駆け巡る。

 アーティと聖剣のどちらのものとも言えない動揺。

 アーティは恐怖と不安で。聖剣は何故か悲しんでいるような気がする。

「……っっ!!?」

 声を上げようとして、気付いた。声が出ない。恐怖からではない。闇に飲まれて声が響かないのか。

 これでは外に居る護衛にもきっと気付いてもらえないが、その方が良いかもしれない。自分の為に誰かに傷付いて欲しくはない。

「ええと、初めましてアーティ姫。俺は今日はセオリー通り君を拐いに来たわけだけど、一応これ、魔王の仕事なんだ。だから、俺の意志ってわけじゃない。だから安心して。どんなに君が美味しそうでも、食べたりしないから」

 冗談のつもりだろうか。にっこりと笑顔で告げて、丸腰の掌をこちらに向けてくる。

「ええと、……まだ、怖い?」

 というか、戸惑いしかない。困ったように眉を寄せる青年の表情だけ見ていれば確かに怖さなどとはかけ離れているように見えるのだが、問題はそこではなく、

 アーティは、混乱する。

 だって、あれは、

 あの人は――


 黒髪で、優しい笑顔で、

 アーティの知っている人物画にそれはそれはよく似ていて、

 聖剣の知っている、穏やかなのによく通る澄んだ声で――


(フィール…?)


 彼は、先代の勇者の姿によく似ている。

 いや、本人にしか感じられない。聖剣を通して、そう感じる。懐かしさが、友との再会に込み上げる嬉しさが、胸を満たす。同時に堪らなく悔しくて、切ない。

「そう、俺はフィール。有り難う。こんな綺麗なお姫様にそう呼んでもらえるなんて嬉しいな」

 思っていた通りの天然だ。軽薄に聞こえそうな台詞なのに、全くそう感じさせない。因みにアーティの知り合いの某予言者も同じような台詞を吐くが、彼の場合は完全に軟派男である。

「俺が思うに、姫が勇者なら勇者が魔王でも不思議はない。だろ?――って、ああ違うよ。君のせいじゃない。そういう風に出来てるんだよ、世界がね」

 穏やかな笑顔のまま、魔王が述べる。

 当たり前のように。

 信じたくなかった。

 けれど、そのアーティ達の心境を見透かすように魔王がアーティに近づき、

 聖剣に触れていない方の手から、護身用のナイフをそっと取り上げる。

 ほんの少し無言でそれを眺めた後、本当に気軽にそれを自らの掌に差し込むフィール。

 アーティの目の前で、フィールは自らも確認しているようだった。

「ほらね?」

 まるで手品のようだった。

 確認できたのは、魔王は聖剣でしか傷付かないという事と、フィールがやはり魔王の体だという現実。


 彼に出会うまでの喜びが嘘のように、

 アーティは深い悲しみに満たされた。


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姫と勇者と魔王と諸々 zoo @miniyon9

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