勇者と聖剣

「姫サマったらなんっってことを!!!」

 部屋に戻るなり怒られた。

 アーティは形の良い桜色の唇を尖らせて、むむむと唸りながら言い訳を考えてみる。

 自分を睨む、この強敵の視線からのダメージを何とか軽減できないものか。

 しかし、そうしたのはほんの少しの間だけ。

 考えるだけ無駄だと考え直し、アーティはあっさりと開き直ることにする。

「素晴らしいでしょ、アリスリン?これで魔王なんか返り討ち。なんたって、聖剣は魔王に傷を付けられる唯一の武器なのよ?」

 じゃじゃん、と得意気に掲げてみせたのは先程うっかり引っこ抜いて来た聖なるツルギ。

 つまりは、聖剣。

 勇者の証。

 魔王と戦える、唯一の。

「ああもう、この娘ったら…」

 アリスリンはアーティの姉のような存在で親友である。そんな彼女はアーティの最も身近な世話係。

 メイド服姿のアリスリンは、取り敢えず言っても聞かない妹の様なお姫様の着替えを手伝いながら、不安げに息を吐いた。

「アーティ、あなた分かっているの?今夜はね、本当に本当に危険なのよ?あたしはあなたが心配なのよ?」

「分かっているわよ。ロウンを見たのは久し振りだったからつい嬉しくなっちゃった。あの人のあんな顔、滅多に見れるものじゃないわ」

「彼は騎士の隊長だし、剣の腕も一番だからきっとあなたの護衛を任されてるのよ。からかいに行っちゃダメだからね?」

 今日だけは頼むからもう大人しくしていてくれ、ややこしくしないでくれとばかりに釘を刺される。アーティはなんだか子供扱いされているようで不愉快だった。

 ロウンと言う騎士は、幼い頃から知っている。歳も近く、言わば幼なじみという関係である。そのロウンやアリスリンなら知らない筈はない。

 アーティは今、最高に幸せなのだ。

 勇者とは、アーティが子供の頃から憧れてやまなかった存在なので。だから、つまり、

 勇者フィールの物語が大好きなアーティが憧れのフィールと同じく彼が手にしていた聖剣を手にした時、彼女をよく知る彼らが不安になるのも無理はない。

 要するに、大人しくしている訳がないとよく分かっているのだから彼女を護る人間はそれはそれは不安だろうに。

 アリスリンは胸中でロウンに深く同情した。

 まったく、いろんな意味で報われないなぁあの騎士君、と。

 

 この国には予言者が居る。

 その予言者によれば、今日は魔王が姫を拐いに来るらしい。

 この、満月の輝く夜に。


 たっぷりと心配をされた後アリスリンを追い出したアーティは、一人ベッドに入っていた。

 興奮はあったが、アーティは毎日同じ時間には床に着く。それは今日という日も変わらない。

(本当に、夢みたい。フィールに近づけたみたいで本当に嬉しい…)

 手の届く位置に置いた聖剣にそっと手を伸ばせばまるでフィールと手を重ねているようで、

 アーティはほのかに頬を紅潮させる。

 この世界にはたくさんの勇者の伝承がある。それは殆どが物語となって、書物や演劇として人々に語り継がれていた。

 幼なじみのお姫様を助けたという勇者フィールの物語はアーティの大のお気に入りだった。

 そのフィールは伝承の中では最も新しい勇者の筈。

 だから、この聖剣の一つ前の所有者はフィールという事になる。

 アーティがフィールに思いを馳せている間、聖剣はまるで彼女に同調するように、満月の光を受けてその身を輝かせる。まるで、遠い昔に別れた友を懐かしむように。

 また、会いたいと、焦がれるように。


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