姫と勇者と魔王と諸々

zoo

姫様が勇者

 アーティは姫である。

 姫たるものがなんたるかを、アーティは十分承知していた。

 しかしだからと言って、納得はしていなかった。

 姫として十分以上に美しく、それ以外の点に置いても完璧なまでに「姫様」な彼女の唯一にして最大の欠点は、

 少しばかりお転婆なところだろうか。


 小さな頃から勇者の物語が好きだった。

 勇者の活躍に胸を踊らせ、アーティは、勇者に憧れた。

 勇者に比べて姫はつまらない。そんな不満を常々口にするアーティに、教育係は渋い顔で仕事を増やすなとばかりに諭すのだ。


「姫様は姫様の役割を果たしてくださいませ」


 やなこった、というものである。

 お飾りだとか、政の道具だとか、カゴの鳥だとか、そう思えていれば、きっと大人しくしていただろうに。

 いや、むしろそう思ったからこそ、真逆になろうと思ったのか。

 とにかく、つまりはそういうこと。

 アーティという姫は、元々そういう姫様なのだ。

 たまらなく純粋でありながらも、周りの思惑通りにはなかなかいかない。

 だから、つい、うっかり

 聖剣なんか引っこ抜いちゃったりもする。

 選ばれし勇者のための、選定の儀式。その真っ最中で。

 本来なら選ばれし勇者を祝福し、見守るはずの身でありながら。ついでにいうと、魔王にもうすぐ拐われるらしいと予言を受けて絶賛守られ中だったりもするのだが。

 聖剣に選ばれし勇者は、あろうことか姫様だったのである。


 アーティは時々空気が読めないふしがあった。


 口うるさい教育係、勝手な理想ばかりを押し付ける家臣、何にも知らないくせにただ憧れてくる侍女たち。(なんなら代わってほしいくらいだというのに…)

 しかしなんと言っても一番嫌なのは、親である国王陛下のアノ宣言、


「魔王を倒した勇者を次の王とする!」


 それってつまり、姫と結婚させてやるとかいうアレではないか。

 遠回しに言ったってバレてますよお父様。

 アーティは絶対ゼッタイ嫌だったのだ。

 だから、その日は朝からずっと不機嫌で、

 次から次へと現れる勇者候補者達が、ことごとく聖剣の前に脱落していくのを横目に、アーティは早々に嫌気が差した。

 ハアアとこれ見よがしに少しばかり大袈裟な溜め息を吐き、教育係の静止の声を無視して情けない彼らの前に立ち、声を上げる。

「何なのですかその無駄な筋肉は!こんなもの、片手で引き抜くぐらいどうってことないではないですか!勇者フィールはもっとスマートだったでしょうに!」

 そう高らかに告げる華奢な姫の片手には、

 宣言通りあっさりとすっこ抜けた聖剣が、燦然と輝いてしまっていたのであった。


「あら?」

 初めは自分でもキョトンとしていたアーティだったが、彼女はやがて誰よりも冷静に状況を理解して、一同をにっこりと見回し、告げた。

「なんだかごめんなさい?わたくしが勇者だったみたい」

 と。

 極上の笑顔に加え、最高に麗しく楽しそうな声で。

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