第2話 釣り合いよりも……
たとえば、小学校の頃のドッジボールでは、うまく立ち回るのが不得意で、格好の標的になっていた。うまい立ち回り方を教えたこともあるのだけど、イマイチそれは身にならなかった。その他のスポーツ、特にチームスポーツで同様の傾向があった。
勉強では、教科書のあるページで躓くと、その後一ページも先に進めなくなる事もよくあった。「わからないところは、適当に飛ばしていいんだよ」と言っても、なかなか首を縦に振らないから、結構苦労したっけ。
人間関係だってそうだ。頼み事をされても、気乗りしなければ、適当な理由をつけて断ればいいのに、「相手の人も大変なんだから、時間があるなら、引き受けてあげなきゃ」と、損な役割を押し付けられることも度々だった。それで、頼み事だらけであっぷあっぷになって居た彼女をフォローするのも僕だった。
そんな日々も、僕は嫌いじゃなかったけど、そういう所も彼女にしてみれば思うところがあったのかもしれない。
◆◆◆◆
「丸先輩ー。頼み事だらけで、頭がパンクしそうなんですけど……」
泣きそうな顔の
「僕が引き受けられるのはやるから。佳子も、断るところは断らないと」
他の人の気持ちを深く考えてあげられるのは良いところだけど、無責任に頼み事をする他人に配慮する余り、自分を犠牲にするのは良くない、と僕は思う。
「丸先輩みたいに器用じゃないんです、私は」
イジケてしまった。佳子は、ほんと、気難しい。
「ああ、もう。ほんと、仕方ないんだから」
そう言いながら、慰めるように、頭を撫でる。
「ありがとうございます。ああ、私、本当に要領、悪いですよね……」
そして、今度は凹んでしまった。自覚があるだけに、厄介だ。だから、
「僕は頼られるのは嫌じゃないからさ。それは忘れないでよ」
ただそれだけを言ったのだった。
◇◇◇◇
そんな彼女を、僕は妹みたいに思っていて、どこか放っておけなかった。
成長するにつれて、そんな彼女に、僕は自然と惹かれていた。
だから、要領の悪いところも含めて、彼女が好きだとはっきり言える。
でも、わからない。
「釣り合いってなんだろう……」
改めて考える。確かに、彼女は、色々不器用だとは思う。
一方、僕は
でも、お互いが好きなら問題ないのでは?
「ちょっと、検索してみよう……」
ネットに頼るのもどうかと思うけど、"恋愛 釣り合い" で検索してみる。
出てきた例としては、学歴が違って会話が噛み合わない。あるいは、経済力が違うせいで、買い物に関する価値観が違う。などなど。いずれも、僕と佳子のケースには当てはまらない気がする。その中で、興味を惹いた言葉に「引け目」があった。釣り合いという言葉はピンと来なかったけど、「引け目」という事ならわかる気がする。
「佳子は、僕と付き合うことに「引け目」を感じていたのかな」
彼女は、僕の友達と一緒に遊びに行くときでも「私がこの場にいていいんでしょうか」なんて事を気にする子だから。自分は、この場にふさわしくない、と。
でも、もし、そうだとしたら、佳子は大きな勘違いをしていると思う。確かに、彼女は不器用で、僕は小器用かもしれないけど、それが全てじゃない。
誰に対しても誠実に向き合う彼女の生真面目さは僕に無いものだから、羨ましく思った事がある。それに、他の事だって、僕に無くて彼女にあるものだってたくさんある。
「もう一度、佳子と話してみなくちゃ……」
さっきは、「釣り合いなんて……」て思ってしまったけど、改めて、彼女が何に釣り合いが取れていないと思っていたのか、知りたい。素直にそう思った。
◇◇◇◇
「ごめん。昨日の今日で呼び出して」
翌日の放課後。僕は、再び、佳子を呼び出していた。
「いえ。私も、昨日はちょっと色々急でしたから……」
佳子は気まずそうだ。
「改めて、ちゃんと聞きたいんだ。佳子は、どうして釣り合いが取れてない、なんて思ったの?それと、菜摘とお似合いだって言葉の意味も」
今度は、落ち着いて、ゆっくりと聞いてみる。
「そのまま、ですよ。私は、顔も地味ですし。勉強も、運動も、それ以外も、丸先輩とは月とスッポンです。それに、こんな根暗な性格ですし。それよりは、スポーツが得意で、さっぱりとした性格で、カッコイイ菜摘先輩の方がお似合いかなって思ったんですよ」
自分を卑下しつつ告白する佳子。
「そんなの、関係ない」と言うのは簡単だけど、佳子は納得しないだろう。
ただ、色々誤解している事があると思う。
「佳子はそういう性格だったね。でも、色々勘違いしてるよ」
まずは、きっぱりと言った。
「勘違い?全部事実だと思いますけど」
依然として、卑屈な態度は崩れない。
「まず、顔だけどさ。可愛いし綺麗だと思う。少なくとも、僕にとっては」
他の人にとってどうかは知らないけど。
「う、嘘です。わ、私が可愛い、なんて……」
言いつつも、髪をいじいじしつつ、照れている。
「そういう風に褒められると、すぐ照れるところも、可愛い」
「で、でも!運動も勉強も出来ないですし……」
矛先を変えてきた。とことん自虐するんだから。
「それでも、君が頑張ってるのは、僕が知ってるから」
小学校の頃から、人より不器用なのがコンプレックスで。
なんとかしようと藻掻いていたのは、よくわかっている。
「……こんな、根暗な性格の女がいいんですか?」
今度は、伺うような問い。
「佳子は、単に生真面目で不器用なだけだと思うよ」
「根暗を言い換えただけだと思いますけど」
「そんな所も僕は好きになったんだから、根暗、なんて自分を貶めないで欲しい」
気障な事言ってるなあと心の中で自嘲してしまう。
でも、照れてるだけだと、本心は伝わらないと思ったから。
気恥ずかしいのを我慢して言う。
「周りの人は、私なんかが丸先輩とって言うかもしれませんよ?」
「そこまで性格悪い奴は見つけたら、僕が叩き潰すから」
これは本気だった。勉強が、運動が、何だって言うんだろう。
それで、周りがどうこう言うのなら、単に下衆な奴だと思うだけだ。
「そうまで言ってくれるのは嬉しいですけど、でも、私は……」
割と必死で口説いているつもりなんだけど、こういうのは理屈じゃないんだろう。
だから、強引な手段に出ることにする。
本当は、恋人になる前にするのはどうかと思うんだけど。
好いてるという言質は取ったんだし、いいか。
「僕は、こういう風にしたいと思ってるんだけど。佳子は、嫌?」
背中に手を回して、ぎゅうっと抱きしめる。小学校の頃以来だろうか。
「い、嫌、じゃないです。丸先輩は、その、ほんとに……?」
この子はまだ信じきれていないのか。
「ほんとだよ。まだ信じきれないのなら……そうだね、キスでもしようかな」
ちょっと脅かすつもりで言う。
ここまで言えば、気持ちは届くと思うんだけど。
「じゃあ、キス、してください!」
「え」
声がちょっとひっくり返った。
「まだ、私は信じきれてないです。だから、キス、してください」
耳まで真っ赤にして言う彼女。
ここまで来ると本末転倒じゃないか?と思うけど、本気らしい。
もう、本当に面倒くさい。
「わかった。じゃあ、するよ?」
でも、そんなのは考えてみればわかっていた事だ。
だから、覚悟を決める。
「そ、それじゃあ……」
と言って目を閉じて、唇を突き出す佳子。
僕も初めてだから、緊張する。
少しずつ、少しずつ、顔を近づけて。
ちゅ。
と軽く唇を触れ合わせた。
「これで、わかってもらえた?」
さすがにここまでして素面では居られない。
顔も身体も熱い。
「はい。気持ち、疑ってごめんなさい。それと、キス、嬉しかったです」
嬉しそうに言いながら、そうペコリと彼女はお辞儀をしたのだった。
◇◇◇◇
「私、
帰り際に、彼女の宣言。
「そんなところは、佳子らしいね」
「私らしい、ですか?」
意外そうな顔。
「そういう頑張り屋さんなところ」
もう、いくらでも褒め言葉を言おう。
素直になるだけで、仲が拗れないなら安いものだ。
「も、もう。今日は先輩、褒め言葉がバンバン出てきますね」
「嫌だった?」
「嬉しいです」
「良かった」
「そういえば、私は、先輩のどこを好きになったのか、考えていたんですけど……」
「考えてみれば、聞いてなかったね。それで?」
「今日みたいに、ずっと、私の事を見てくれていた所なのかもしれません」
「そっか」
淡々と、それだけを返した。
本当は、そんな所を見てくれていたのが恥ずかしかったのだけど、内緒だ。
脈があると思って告白した後輩に拒絶されたんだけど、理由がわからない 久野真一 @kuno1234
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