400文字小説表現集

瀬奈

第1話 最も古い記憶


 母に抱かれながら、海に面したホテルの階段を降りている。外壁には夕陽が差し込み、浜辺の手前にある道路には背の高い椰子の木がいくつもそびえている。

 その時、僕は人間が自分の足で歩くものだということを知らなかった。でも、それはそれで構わないのだ。

 外に出ると、わずかに潮風の匂いがした。肌に吸い付いてくるような湿気の中を進んでいく。

 どこかから、こんにちは、という声がした。僕にはそれが挨拶であるということさえわからない。

 この世界は美しいでしょう?という声がした。僕にはそれがこの星のものであるということがすぐにわかった。

 細波の音が聞こえてくると、太陽が水平線を優しく撫でているのが見えた。それと同時に、砂浜に立っている母の影が少し伸びた。

 この景色は、きっと永遠ではないのだ。そう気がついた時、僕はたまらなく不安になった。

 このままでもいいの?と僕は尋ねた。

 そのままでいいのよ、と遠くの方で声がした。

 

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400文字小説表現集 瀬奈 @ituwa351058

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