うしろのおさるさん

弦龍劉弦(旧:幻龍総月)

うしろのおさるさん

 小学生の太郎くんはどこにでもいるふつうの小学生。


 ある日の放課後、同じクラスの子が話しかけてきました。


「ねえ太郎くん。『おさるさん』って知ってる?」


「『おさるさん』?」


 太郎くんは動物の猿と思いました。


「あの桃太郎に出てくるサルのこと?」


「ちがうよ。近所で噂になってる『おさるさん』。夕方に出てきて子供を襲うんだって」


「ふーん。ボクには関係無いね」


 クラスの子の話を最後まで聞かずに教室を出て行きました。

 

 廊下を歩いていると、『おさるさん』の話が聞こえてきました。


「ねえ知ってる? 『おさるさん』って欲しい物をあげるって言ってくるらしいよ」


「近付いたら手を引っ張ってどこかへ連れてっちゃうんだって」


「『おさるさん』しかいない暗い場所へ連れてかれるんだって」


 校門を出ようとした時も、先生が言っていました。


「『おさるさん』には決して近付かないように」


 太郎くんは『どうしてそんなに『おさるさん』の話をするんだろう』と不思議に思いました。

 『おさるさん』ならやっつけちゃえばいいじゃないか、そう思ったからです。


 太郎くんは家に帰ってすぐに公園に行きました。

 太郎くんのお母さんは言いました。


「早く帰って来るのよ。『おさるさん』が出てくるから」


「はーい」

 

 あまり気に留めず、走って公園に行きました。

 

 公園に着くと、友達が待っていました。

 太郎くん達は楽しくゲームを持って来て遊びました。


 気が付けば空が赤くなっていました。夕方の時間です。


「オレもう帰らなきゃ」

「オレも」


 皆家に帰る時間です。

 太郎くんも皆が帰るので帰る事にしました。


「じゃあねー!」

「また明日ー!」


 元気に別れのあいさつをして、家に帰る事にしました。


「ねえキミ」


 後ろから、声をかけられました。


 振り向くと、そこには

 『おさるさん』

 がいました。


 太郎くんよりずっと背が高くて、

 太郎くんより大きな目をしていて、

 太郎くんより大きな手と足を持っていて、

 太郎くんよりとっても暗い顔をしていました。


 太郎くんは怖くなって、何も言えなくなりました。


「ねえキミ、一人で帰るの?」


 『おさるさん』は聞きました。


 太郎くんは答えませんでした。


「一人じゃ危ないよ、送ってあげるよ」


 『おさるさん』が指を差した先には、車がありました。


「大丈夫、お菓子もあるよ、ゲームもあるよ」


 『おさるさん』は、手を、伸ばしてきました。


 太郎くんは怖くなって走り出しました。


「追いかけっこかい? いいよ。やろうやろう」


 『おさるさん』も走り出しました。


 太郎くんは暗くなる道を一生懸命走ります。


 その後ろを『おさるさん』が追いかけます。


「おいで、おいで。怖くないよ」


 『おさるさん』は太郎くんに話しかけ続けます。



「おいで                        おいで


                  おいで


      おいで                      おいで



  おいで          おいで



                       おいで


 おいで      


          おいで



                   おいで



 おいで           おいで            おいで


                          おいで



 おいで         おいで            おいで



     おいで              おいで



おいで                             おいで」


 

          お い で  怖 く な い よ 



 太郎くんはもっと早く走りました。

 今までかけっこで一番になったことは無いけれど、一番よりも早く走っていました。


 道を曲がって、せまい道を抜けて、知らない道を走りました。


 気が付くと、右も左も分からない所にやってきてしまいました。


 それでも『おさるさん』は追ってきます。


 息が苦しくなりながら、太郎くんは走りました。

 

 太郎くんは『おさるさん』をやっつけられると思っていました。

 

 でも、できません。

 あんなに恐ろしいとは思ってもいなかったからです。


 太郎くんは足が動かなくなりそうでした。

 

 ここには『おさるさん』と太郎くんしかいません。

 誰も助けてくれません。


 もう捕まるんだと思いました。

 

 ふと、顔を上げると、空き家がありました。

 ボロボロで誰もいない空き家です。


 太郎くんは空き家へ駆け込みました。


「次はかくれんぼかい? いいよ、見つけるのは得意なんだ」


 『おさるさん』も空き家へ入っていきました。


 太郎くんはうるさい床を走りながら、ふすまの中に逃げ込みました。


 『おさるさん』は太郎くんを見失ったので、探す事にしました。


「どこかな? どこかな?」


 『おさるさん』はゆっくり歩きながら、家中を探します。


 玄関に台所、居間に寝室、一つ一つ探していきます。


「ここかな? ここかな?」


 そして、太郎くんの隠れたふすまにやってきました。


 太郎くんは見つからないように、ジッと、動きません。


「ここかな? ここかな?」


 『おさるさん』はふすまに手を、かけました。


 そして、思いっ切り開けました。


「おや?」


 しかしそこに太郎くんはいませんでした。


 奥を覗いても、空の空間だけしかありません。


 すると、うるさい床の音が、玄関に走るように聞こえました。


 『おさるさん』は音のした方へ行きました。

 そのまま空き家を出て、どこかへ行ってしまいました。


 太郎くんは、床の下から出てきました。

 ふすまの床に隠された穴があったのです。

 太郎くんはそこから床下へ潜り込み、下から床を鳴らしたのです。

 

 『おさるさん』から逃げ切った太郎くんは、こっそりと空き家を出て、家に帰る事にしました。


 空は真っ暗になり、知らない家に明かりがつき始めました。


 早くお家に帰りたい。

 太郎くんは涙をこぼしながら道を歩いていました。


 しばらく歩くと、見覚えのある道に着きました。

 お家に帰る道です。


 太郎くんは走り出しました。

 早くお家に帰って大好きなハンバーグを食べたい。

 テレビを見たい。

 ベッドで眠りたい。

 

 そんな気持ちで一杯になりました。


 お母さんが待っているお家が見えました。


 太郎くんは走ってお家に向かいました。

 

 もう少しで帰れる。

 大変な帰り道でしたが、やっと帰れるんだと。


 


 思っていました。



 

 「 見 つ け た 」


 

『おさるさん』が、後ろにいたのです。


 電柱の影にいた『おさるさん』。

 それに気付かず、すぐそばに近寄ってしまったのです。


 『おさるさん』は太郎くんの手を、掴みました。


 家まで後もう少し、もう少しでした。


 太郎くんは誰かを呼ぼうとしましたが、大きな手で口を塞がれてしまいました。


 そして、そのまま車に乗せられ、暗い場所へと連れさられてしまいました。


 ・・・・・・


 それから、太郎くんはいなくなってしまいました。


 何日も、何週間も、何カ月も帰ってきませんでした。


 太郎くんのお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、友達に先生、おまわりさん皆で探しました。


 太郎くんのお父さんとお母さんは毎日泣きながら探しました。


 おじいちゃんとおばあちゃんは毎日苦しくなりながら探しました。


 友達と先生は不安でいっぱいになりながら探しました。


 おまわりさんは怖くなりながら探しました。


 皆が太郎くんを探して、見つけました。


 真っ赤な人形になった太郎くんを。


 もう動かない人形に変わり果てた太郎くん。

 真っ赤になった太郎くん。

 バラバラになった太郎くん。

 川の岸で寝ていた太郎くん。


 太郎くんは、もう、起きません。


 皆は怒りました。

 太郎くんのお父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも友達も先生もおまわりさんも、みんなみんな怒りました。


 怒った皆は『おさるさん』を探しました。


 毎日毎日『おさるさん』を探しました。


 そしてある日、おまわりさんが『おさるさん』を捕まえました。


 『おさるさん』の部屋には、太郎くん以外の子供達が人形になっていました。

 真っ赤な人形、バラバラになった人形に、なっていました。


 『おさるさん』は檻に入れられ、毎日皆から怒られました。


 しかし『おさるさん』は笑っていました。


 おまわりさんは聞きました。


「どうして笑っているんだ?」


 『おさるさん』は答えました。


「だって、皆が僕を殺してくれるから」


 ・・・・・・


 それから皆で話し合って、『おさるさん』はいなくなりました。


 しかし、『おさるさん』はまた現れます。


 それは、今日、明日、これから、


 君の後ろに現れるかもしれません。


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