第23話 私は元気です



「ねぇー、エラ〜。」

「はい、ビクトリアお姉さま。 なんでしょう?」

「きゃっはー…! 何回聞いても "お姉さま" って良いわー」

「お姉さまって…、本当に不思議な人ですね」



他愛ない会話から、いつからか皆の事を『お姉さま』と呼ぶようになった。

勿論、マダムは『マダム』だけど……。


お姉さま方の中で、一番長く働いているビクトリアさんは、その呼び方がとても気に入っているらしい。

何故なのかは……、



「ビクトリアったら、エラが不思議そうに首傾げてるじゃない。 何の用か言ってあげなさいよ」

「んもー、サラは歳上だからって歳上面して…! 私の方が先輩なんだからね…!」

「あー、ハイハイ。 ビクトリア先輩すごーーい」

「超棒読みなんですけど!?」



私でも、見ていれば何となく分かる気がする…。

そんな皆が、わたしは大好きだ。



「って、違う違う。 エラってばさーあ、」


「はい?」


「お金結構貯まったんじゃない? たまには服とかアクセサリーでも買いに行けば?」

「あら、ビクトリアもいい事言うわね」

「サラは一言、いや二言多い。」



ツンツンした言い方だけど、とても仲の良い二人。

こんな素敵な仲間の一員になれた事が、私は本当に幸せだと思う。



「え、と、服ですか……? でも、十分、」


「私達のお下がりじゃなくって…! 自分が欲しいと思ったやつ!」

「そうよ、エラ。 もう我慢しなくたってもいいんだから。 欲しいものぐらい、あるでしょう?」


「欲しい、もの……?」



そう聞かれたが、何も思い浮かばない。

私は、我慢をしてきたのだろうか?

何かが欲しいと、思う事さえも烏滸おこがましい。


私には "お下がり" と言うもので十分すぎるし、お姉さま方よりは少ないが、お客様からも贈り物をもらうことがある。

バチが当たるのではと思う程、それで、十分すぎる筈、なのに…。



「ね? お使い行くついでにさ、ゆっくり街でショッピングでもして来なさいよ!」

「えぇ、エトワール通りにでも行ってみればいいんじゃない? これはお姉さまからの命令よ?」

「そうそう。 お使いだけ済ませて、すぐ帰ってきたら許さないからね!」


「わか、りました。 頑張ってみます」


「え? 頑張ることなの?」

「流石エラはいつも一生懸命で、感心しちゃうわ」




「じゃあね、行ってらっしゃい!」と見送られ、城下町へと赴いた。

お使いに行くときは必ず、エリック様から戴いたリボンを付けて行く。

まずはちゃんとお店のお使いを済ませようとメモ用紙片手に、いつもの商店を周る。

温かい挨拶をしてくれる店主さんや定員さん達、微笑まれる度に幸せを感じられるのは、お父さんのお陰だろう。



慣れたお使いはすぐに済んでしまった。

サラお姉さまが言っていたエトワール通りとは、貴族の方々もお買い物するような高級な店が立ち並ぶ通りだ。


以前お姉さま達と出掛けた際、近道だからとこの通りを抜けたが、貴族様の視線が痛かったのを覚えている。

お姉さま達は、『貴族なんてそういう生き物だから、気にした方が負けなのよ』と堂々と歩いていた。


不安だけど、怖がっていたらお姉さま達みたいに強くはなれない。



裏通りから、一歩、表に出た──。




キラキラ輝くショーウィンドウは曇り一つ無い。

丁寧に整備された白い石畳は凹凸もなく、馬車が滑らかに走っている。

ゴミを漁る猫もいなければ、壊れた外灯も無い、座り込んで喋っている人間も居ない。

ショーウィンドウに飾られた商品達は、この通りにぽつんと佇む私よりも綺麗だった。



ただ、歩いているだけだった。


いざ店の中に足を踏み入れる勇気はない。

貴族様達の視線に、耐えるのでいっぱいいっぱいだった。

何故なら、私はここを歩く事さえも許されない、卑しい人間。

それでも、歩くだけで、お姉さま達みたいに強くなれた気がした。



私より綺麗な商品達。

その中で、思わず目に止まったものがある。


真っ白で、とても美しいドレスだった。

高級そうなレースに、高級そうなパール。

まるで妖精を見ているようだった。




「あれ、エラ……? エラ・グレン……?」

「え……?」



妖精のようなドレスに見惚れていると、突然名を呼ばれた。

こんな身分違いな場所で誰が私の名を呼ぶのだろうと、振り返れば、あの時の騎士様──。



「あ…!」


「うっわ。 こりゃまた随分と……」

「元気みたいで、安心したよ」

「は? 何お前ら、知り合いかよ?」

「な、何処で知り合うんだよ…!」



あの時馬車に乗せてくれた騎士様二人と、別の騎士様がもう二人。

「いやバルドン領のね、」と私の事を説明しているが、馬車に乗せてもらったことは勿論秘密だ。



「え!? この娘売春婦なの…!? マジで?」

「驚いたな…。 信じられないよ…」


「あ、よければ今度お店に来てください」


「うわー! 二回目されたらもう嵌まっちゃいそう…」

「お、おいイアン…!」

「は!? 二回目ってなんだよ!」

「え"!? あ、いや…!!」

「一回目があったという事だな?」

「いやいやいや…!! か、カイル、お前もだろ! 助けてくれよ…!」

「なッ…! イアン…!!」

「は!!? お前も…!!?」



まるでお姉さま達を見ているようで、思わずクスッと笑ってしまった。

クスクス笑う私を見て騎士様の一人、イアンさんは、話題を変えるように「で…!? エラは結婚でもするの…!?」と聞いてきた。



「え、結婚…ですか? いえ、する予定は…。 でも何で…」

「いや、ウェディングドレスを見ていたから…」

「ウェディングドレス……、」



妖精のように白く美しいこのドレスは、ウェディングドレスらしい。

話には聞いた事はあるが、実際こうして見るのは初めてだった。

高級なドレスを買うお金を持っていない人間は、せいぜい白のワンピースか、すこし奮発して買う普通のドレスか、もしくはお下がりか…。



「これがウェディングドレスなんですね…、初めて見ました……。」


「え、初めて…?」

「ハハッ! あの頃と変わってないね…! より安心したよ…」



見送られた時と同じように、優しく微笑む騎士様二人。

本当に本当に、自分は恵まれているなと実感する。



「あ、ごめんね、引き止めちゃって。 買い物の途中だったよね」

「いえ、お会いできて嬉しかったです」

「また、みんなを連れてお店に行くよ」

「はい! 是非!」



バイバイと手を振り、騎士様達は歩き出した。

「で!? どーゆーことなんだよ…!!」と言う会話が後ろから聞こえてきて、私はまたクスッと笑った。



さて、私も頑張ってお買い物しなきゃと意気込むが、やはりブティックに足を踏み入れるのは怖かった。

勇気を出して入ったところで、買い方が分からない。

デザートなんかでも食べようかと思うが、作法なんて知らない。

それに騎士様達と話をしていたからなのか、視線がより痛かった。



俯きそうな瞳に、ふと、目に入ったのはお花屋さんだった。

勿論、エトワール通りにある店だけあって、置いている花が全て美しい。


けれどお花の買い方なら分かる。

お客様でもあり、ビクトリアお姉さまを好いているブライアンさん。

そのブライアンさんが、ビクトリアお姉さまに花束をプレゼントしたいと、街のお花屋さんに一緒について行った事がある。


贈る相手を想い、丁寧に選ぶ。



私が此処まで歩いてこれたのは、マダム・ロージーの皆のお陰だ。

皆に、お花を贈ろうと、その店に入った──。



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それは醜いアヒルの子だった ぱっつんぱつお @patsu0

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