蛇王

 改札を抜け、駅を出た。私はアパートを目指して歩き始めた。頭上に展開する夜空に「死神の鎌」を連想させる月が浮かんでいた。バスを利用しても良いのだが、自宅まで然程の距離でもない。私も活劇屋の端くれ。足腰の強さには多少自信がある。

 約一ヶ月振りの我が町になるわけだが、特に変わった様子はなかった。しかし、閉鎖の日は確実にやって来る。大晦日を経て、新年になった瞬間、この世界は跡形もなく消滅するのだ。


 閉鎖の知らせを聞いた時、私は撮影所と共に消えようと思った。その前にやるべきことをやり、魚頭亭主直伝のハイボールでも呑(や)りながら、終局を迎えようと考えていた。しかし、シオールの涙が、私の心境に変化をもたらした。悔しいことだし、認めたくもないのだが、事実である。


 帰路の途中、コンビニに寄った。客や店員が私を見て、吃驚したような顔をしている。何故だろう?と不思議に感じるほどに私はコブラ頭に馴染み尽していた。最近では、私がコブラガールを演じているのか、コブラガールが私を演じているのか、その境界線がかなり曖昧になっている。

「サインをください」

 商品を選んでいると、園児だと思われる男の子が私に近づいてきて、クレヨンと落書帳を差し出した。私が希望に応じると、幼児は「ありがとう」と云って、母親のもとに戻った。

 コブラガールは非情冷血のダークヒーローだが、意外にも、子供たちの間で人気があるらしい。偽善系のヒーローに飽き飽きした子らの眼には、蛇頭怪人の活躍が新鮮に映るのかも知れない。あまり好い傾向とは思えないが……。


 アパートに着いた私は、まず大家の部屋に行った。帰宅の挨拶をし、それから土産を渡した。その際、旅行中に届いたという私宛の荷物を管理人室の倉庫から出してくれた。差出人は「時空絵師」になっていた。シンカワメグムさんだ。

 自室に入り、早速荷物を開いてみると、中から、一幅の絵画が現われた。あの夜の絵であった。シオールが撮影した写真を素材にした作品で、巨匠クラスの映画を彷彿とさせる迫真性と重量感を有していた。

 オークションに出品すれば、相当な値がつくだろう。無論、私に売却の意思はない。

「……」

 私は絵を最善の場所に飾ってから、台所に行き、酒の支度を整えた。あの夜の翌日にシオールが持ってきた「続篇の脚本」を再読しながら、私はハイボールを呑んだ。〔おしまい〕

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スラグマンの追撃 闇塚 鍋太郎 @tower1999

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