最終話 未来(From now)


 あれから、あっという間に22年という年が経った。


「すべて、君の言うとおりになったな。『生意気で、ぐうたらしていて、暇さえあれば寝ている。そのくせ、可愛い彼女がいて、足が速くて、成績もめちゃくちゃにいいんだ』、だっけ?」

「そう。

 まさか、ここにその彼女を連れてくるとは思わなかったけどね」

 妻はそう言って笑った。


 紹介された息子の彼女は、妻の友人だった莉絵さんにちょっと似ていた。

 その莉絵さんは、今や行方不明となってしまっている。おそらくは社会から隔絶した場所にいて、その死すら俺たちに伝わってくることはないのだろう。

 そう思うと、あのときの俺の判断は、間違ってはいなかったのかもとは思える。

 曲がりなりにも、俺たち2人は世間様の中で普通の家庭を築き、平和に暮らしてくることができたからだ。


 俺と美子の血を引く息子をもうけたのは、妻の予言を成就させるため。

 自分で自分の未来を固定するつもりはなかったけれど、それでもこれ以上の混乱は避けたかった。


 結果として子供は生まれてきたし、予言のとおり男の子だった。

 そのぐうたら息子が、どうやってあんな可愛い彼女を射止めたのかは、不思議ですらある。

 俺から見て、息子は自分で自分を買いかぶっている風があると思う。可怪しげな自己認識も披露する。だけど、実は俺が認識していないだけで、本当は言うとおりの凄いヤツなのかもしれない。


 その息子に、俺は死ぬ前にと昔話をした。さすがに、脚色せずにはいられない内容もあった。それでも、俺たちのどういう思いの結果生まれてきたか、息子本人には話しておきたかったんだ。

 で、話を聞いた息子が、なにかの手を打った。

 その結果、おそらく俺はもう数十年は生きることができるのだろう。そして、俺と美子の未来は完全に白紙だ。予知の範囲を超えてしまったから。



 なぜか死に損なったことが判明した病室で、俺は妻と2人きりで話している。

 俺は今回も死の淵の一歩手前まで行き、またもや戻ってきた。

 なぜ戻れたのかは、それこそ全然わからない。


 そう考えると、時の流れとは不思議すぎる。

 でも、それもまた良いのかもしれない。

 数十年も俺が考え続けたことなど、簡単に凌駕していく。それでこそ、世界は面白い。


「美子、なんか久しぶりに腹が減った。

 そこのリンゴ、切ってくれないか?

 ちょ、待て!

 だめだ!

 ナイフを使って、だ!」

「もう……、いいじゃん」

 ああ、君も俺と同じこと考えていたのか。


「いいや、だめだ」

 俺の強い言葉に、空に浮いていたリンゴがすとんとベットの縁に落ちた。


「ケチっ!」

「貧乏だからな」

「そうだよね、貧乏なんだよね」

「そうだ、そうなんだよ」

 図らずも、22年前と同じ会話。


 ケチでも貧乏でも、なんでもいい。

 もともと、生命に代償なんかない。

 俺の生命にだって本来、1000円はおろか釣り合う代償はないだろう。

 それでも、せめてもの贖罪として、俺は自分の生命を2度懸けた。これで、許してはもらえないだろうか。


 許してもらえるとすれば、そうだな、22年を遡って君と俺、そろそろ贖罪を抜きに関係を作り直してもいいのかもしれない。

 明日を信じて、だ。

 俺と君の時計の針は、これから初めて動き出すんだ。



-fin-

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生命の代償 林海 @komirin

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