第24話 首唱先導(Initiative)


 彼女は宣言する。

「次に会うのは、次の日曜の新宿駅西口で14時。

 そのときに返してくれればいいから。

 いいわね?」

「強引だなぁ。

 なんでそこまで……」

 本当にまぁ、俺の都合なんか聞きもしないな。


「決まっているじゃない。

 君は、私の力のマスターなのよ。

 その君が力を使うなと言うから、私は使わないし使えないけれど、だからこそ安心もしてる。

 でもね、だからこそ、言いたいことは言う。そうでないと、私は君の奴隷みたいなものになっちゃうから。

 それだけは絶対、嫌」

 ああ、そうか。

 そりゃ、そうだよな。そう思うよな。


「行けっ、ピカチ○ウ!!」

「……今、なんか、言い、ました、か?」

「いや、別になにも」

 目が怖いぞ。

 一言一言区切って話していて、冗談じゃ済まさないって顔だ。

 でも、言ってみたかったんだ。俺の生命を、たった1000円と見積もられた腹いせに。


「で?」

「い、いや、俺はこの先、君に力を使えなんて命令を出すことはない。

 絶対とは言わないまでも、よほどの例外的な事態でも生じない限り。

 だから、俺がそのマスターというか、ご主人さまみたいになることは絶対にないよ」

「あのねっ、君はわかってないっ。

『使うな』も、私にとっては命令のうちなんですけどぉっ!」

 ……あ、それは反論できない。

 彼女にとって、この力は誇りのうちでもあったんだろうしなぁ。


「あー、言われてみれば、そのとおりです」

「わかった?

 だから、私が決めるの。そう決めた。

 いい?」

「はい」

「素直でよろしい」

「ちぇっ」

「舌打ちしない!

 お行儀!」

 一体全体、なんなんだ。

 俺のこと、犬みたいに扱いやがって。


 ま、コントはもういい。

「もう帰る。

 じゃあ」

 俺はそう言って片手を上げた。

 次に会うときには、もう少しお互いの話をして。相互理解を深めよう。今はまだ、踏み込みたがっちゃいけない。それくらいのことは俺も学んだし、なんせ悪魔との協議ができなかったら、1000円の借金は踏み倒すことになるんだ。

 そうなった時、なにもわからないという事態の方が、まだ彼女にとっては救いのはずだ。


「うん、またね」

「ああ」

 俺は歩きだし……。

 背中越しに小さな小さな彼女の声を聞いた。

「ありがとう」


 俺は聞こえない振りで歩き続けた。

 まだ、その言葉に相当できるだけのことが、自分にできるかわからなかったからだ。

 そして、彼女の今の言葉だって、どれほどの混乱と葛藤の結果生み出されたものかが俺にはわかる。将来、彼女は今の「ありがとう」を後悔することになる可能性だってあるんだ。だから、今は聞こえない振りでいい。


 でも、それでも、今の状態がそう悪い結果ではなかったと思うことが、その時の俺にはできたんだ……。


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