シーサイドホテルへようこそ

つくのひの

シーサイドホテルへようこそ

 寝る前にスマホを手に取り、ベッドに寝ころんだ。

「死にたい」

 ツイッターに書きこんだ。

 すぐにたくさんの返信が来た。

 すべて、自ら死ぬことを否定するものだった。

 私のフォロワー数からは想像もできないほどに返信の数は増え続けていく。もはやその内容を一つ一つ確認する気にもならない。数が多すぎるからではない。みな一様に同じことしか言わないからだ。それをひと言で言えば「死ぬな」だ。


 あたりまえの話ではある。

「死にたい」と言う者に対して「死にたいなら死ね」とは言えない。

 たとえ本心ではそう思っていたとしても、そんなことを言えば、それは自殺幇助ほうじょとみなされる。犯罪行為である。


 それにしても、この善良な人たちは気づいているのだろうか。

「死にたい」と言う者に対して「死ぬな」と言うことが、死にたくなるほど追い詰められた者を否定している、ということに。否定することで、さらにその人を追い詰めていく。

 善意が、死にたい者の背中を押す。


 返信だけではなく、DMも来た。

 返信以上に読む気はなかったのだが、一つだけ、気になるメッセージがあった。



 人生はつらいですよね。わかります、そのお気持ち。

 されど、早まってはいけません。

 つきましては、当シーサイドホテルが、あなたのお悩みを解決します!

 さながら、常温で放置されたアイスのように、悩みは解けていくことでしょう。

 せっかくですから、当シーサイドホテルに投宿されてみてはいかがでしょうか。

 まことに、突然こんなメッセージで、恐縮ではございます。

 素敵なご体験を是非! 当シーサイドホテルにて! ご予約、承り中!



 下のほうにリンクが張ってあった。

 いかにも不自然な文面から、あからさまな縦読みを想像すれば、果たして縦読みだった。センスが古い。

 おそらくシーサイドも自殺スーサイドの隠語のようなものだろう。ダサい。

 自殺を手伝う裏サイトのようなものがあると、以前に聞いたことはあった。

 シーサイドホテル。これが、そうなのだろうか。

 私はリンク先へ飛んだ。


 一見するとホテルの予約ページのようにしか見えない。

 先へ進もうとすると、パスワードの入力を求められた。

 メッセージを縦読みした文言を入力してみる。

「自殺させます」

 すんなりと先へ進んだ。緩すぎないか? いちおうは違法サイトでしょ? 大丈夫なのか?


 アンケートが始まった。


 問4、どのような死に方を望みますか

 1、楽に死にたい

 2、苦しみながら死にたい

 3、痛みを伴った死を望む

 4、その他


 3を選ぶ人はいるのだろうか。

 私は1を選択しようとして、ふと我に返った。

 どうやらこのサイトは本物らしい。それならば、けっこうな金額を要求されるのではないか。

 自殺を手伝ってもらうためにお金を払う?

 馬鹿馬鹿しくないか?

 そもそもそんなお金はない。


 私はブラウザを閉じた。

 スマホが鳴った。

 ツイッターのDMが来ていた。



 【シーサイドホテルへようこそ】

 ご予約承りました。

 当サービスにご予約くださいまして、誠にありがとうございます。

 つきましては、伊切いきり様のプロフィールに間違いがないか、今一度ご確認のほどをお願いいたします。


 伊切いきり 美夢みむ 女 十七歳

 海辺うみべ女子高等学校 二年生

 住所 〜〜

 連絡先 〜〜

 〜〜


 従業員一同、心よりお待ち申し上げております。



 プロフィールには、私の名前の他にも、自宅の住所、電話番号、携帯番号が載っていた。さらには通っている高校名、卒業した中学校名、小学校名までもが書かれてあった。

 私はコンピュータには詳しくないが、スマホでリンク先を開いた結果、スマホに登録してある情報が伝わってしまったのだろうと想像することはできた。しかし、それはあくまでもスマホに登録していた情報に関してのみの話だ。何をどうやったら学校名までわかるというのか。この短時間で。

 私は後悔した。

 頭ではわかっていた。ツイッターでDMが来ても、おいそれとリンク先を開いてはいけない、と。

 不気味な予感に悶々としつつ、私は眠りに落ちた。


 朝の通学路。背後で自転車のベルが鳴る。

「おっはー、美夢みむ

 クラスメイトの村田むらたかなでが、自転車を停めた。

「おはよう、かなで

 かなでは自転車から降りた。私に合わせて自転車を押しながら歩き始める。

「昨日のアレ、見た? めっちゃヤバくない?」

 かなでは朝からテンションが高い。

「うん、ヤバかったね」

 信号が赤になる。

「でもでも、それよりもヤバいのがさあ、死に方を決めなかった美夢みむだよね」


「危ない!」

 クラクションが鳴った。

 よろめいて車道に歩み出た私の前で、車が止まった。

 誰かに腕を引かれて歩道に戻された。

 一度止まった車の列が、また流れ始める。

美夢みむ、大丈夫?」

 歩道に座り込んだ私の顔を、かなでが覗き込んできた。

 私はかなでを睨みつけた。私の背中を押した、その人物を。


 信号が青に変わる。

 私は立ちあがって、かなでを思いきり突き飛ばした。かなでが転ぶ。かなでの自転車も倒れた。

 怒っていることをアピールするように、私は道路を踏みつけて大股で歩きながら、その場を立ち去った。


 私の怒りは治まらない。少しでもタイミングがずれていたら、私は死んでいた。

 どういうつもりでかなではそんなことをしたのか。

 そういえば、背中を押される直前、何か言っていなかったか。

 死に方を決めなかったのはヤバい、とかなんとか。

 まさか……。


「ちょっと、美夢みむ。どうしたの? そんな急がなくても、まだ余裕で間に合うよ」

 クラスメイトの出口でぐち花恵はなえが私を呼び止めた。

 私は立ち止まって、乱れた息を整えた。どう答えようかと考える。

 落ち着いてから、口を開いた。

「うん、まあ、ちょっとダイエットをね」

「ダイエットにしては、鬼気迫る形相だったけど」

「そう? まあ、そんな日もあるよ」

「そういうことか。まあ、そうなるよね。わかるわぁ」

 うんうんわかる、と何度か首を上下に振って、花恵はなえは続けた。

「やっぱり、誰だって一番がいいよね」

「は? イチバン? なんの?」

 花恵はなえは微笑んだ。

「だってさあ、二番とか三番とか、わざわざ苦しい死に方を選ぶ人なんていないじゃん。最期くらい楽にいきたいよね」

 はいこれ、と言いながら、花恵はなえは鞄から栄養ドリンクのような茶色のビンを取り出した。

「睡眠薬。あ、大丈夫。昨今の睡眠薬はたくさん飲んだからって簡単に死なないように安全につくられてるらしいけど、これは特別だから。その致死性の高さはあたしが保証する。安心して飲んで」


 自分の顔が引きつっているのがわかった。

「あ、あんた、なんなの?」

「いいからいいから。絶対に一番がいいって」

 花恵はなえは、強引に睡眠薬のビンを私の右手に握らせた。

「じゃ、あたしは行くね」

 花恵はなえは満面の笑みで手を振りながら歩いていった。

 私は呆然と立ちすくんでいた。


 気がつけば、右手の中のビンを凝視していた。

 我に返る。危ない。何が危ないのかはわからないけれど。

 私はビンのフタを開け、中身を路上に捨てた。甘くて美味しそうな匂いがした。


 クラスメイトに見られないようにと身を縮めながら、私はこそこそと校門をすり抜けた。


 下駄箱から上履きを取り出す。上履きの中に変なモノは入っていないだろうか。毒の塗られた画鋲とか?

美夢みむ、おはよう!」

「ひぃっ? あ、結愛ゆあ。おはよう」

 クラスメイトの江藤えとう結愛ゆあが声をかけてきた。

「ひぃ、ってなによ。あれ? どうしたの、美夢みむ。なんか顔色がよくないみたいだけど」

結愛ゆあは? 違うよね。関係ないよね?」

「だから、なにがよ」

「ちょっと、こっちに来て」

 私は結愛ゆあの手を引いてトイレにつれていく。

 トイレには私たち以外に誰もいなかった。廊下を確認する。誰もトイレの近くにはいない。

「なんだなんだ、愛の告白か? 残念ながら、わたしにはそんな趣味はないぞ」

 結愛ゆあが笑いながら言った。

「昨日の夜、変なDMが来て。うっかりリンク先を開いてしまって。そのせいで今朝、かなで花恵はなえが……」

「うん、二人がどうした」

「私のことを、こ、こ、こ、ころ、ころ」

「よしよし、大丈夫だから。まずは落ち着く」

 結愛ゆあが私を包むように抱きしめてくれる。よしよしと頭を撫でられて、少しずつ落ち着いてきた。


「信じられないかもしれないけど、あの二人が、私のことを、殺そうとしたの」

 結愛ゆあの顔を見た。結愛ゆあは顔をしかめていた。

「ああ、やっぱり信じられないよね。私も信じられない」

「それはたぶん勘違いじゃないかな。殺そうとしたんじゃなくて、美夢みむのことを助けてくれたんだよ」

 私は結愛ゆあから体を離した。急いでトイレから出ようとした。結愛ゆあに背を向ける。背後から結愛ゆあの腕が私の首に巻きついてきた。

 私の耳元で、結愛ゆあが囁くように言った。

「大丈夫。安心して。これがいちばん気持ちいい方法だから」

 私の首が絞められていく。苦しい。


 私は結愛ゆあの足を思いきり踏みつけた。

 結愛ゆあの腕が外れた。結愛ゆあを思いきり突き飛ばす。

 私はトイレから逃げ出した。


 廊下を走る。

 どこに逃げたらいいのかわからないまま、私は走った。

 私のことを知っているクラスメイトは、もはや誰も信用できない。

 そうだ、学校の外に出よう。

 学校から逃げよう。


 下駄箱には生徒が何人もいた。

 クラスメイトはいなさそうだけど、どうしようか。

「あら、伊切いきりさん。どうしたの。忘れ物でもした?」

「あ、先生」

 保健室の先生、赤井あかいかえで先生だ。

 助かった。なにか口実を作って、保健室にいさせてもらおう。保健室にいれば安全だろう。

「あの、ちょっと具合が悪くて。しばらく保健室で休ませてもらえませんか」

「大丈夫? 本当だね、顔色がよくない。うん、私も一緒に行こう」

「ありがとうございます」

 助かった。


 赤井あかい先生に続いて保健室に入る。

「とりあえず、計って」

 赤井あかい先生から体温計を渡された。

 私は体温を測りながら、頭をフル回転させた。

 仮病を使って早退しようか。

 赤井あかい先生はどうなんだろう。

 私を殺そうとしたのは、今のところ私のことを知っているクラスメイトだけだ。

 さすがに先生なら信用できるだろう。


「うん、熱はないみたいね。でもまあ、顔色もよくないし、とりあえず休んでいきなさい」

「はい、ありがとうございます」

 私は保健室のベッドに腰かけた。

「私もね、学生時代はよく保健室に入り浸ってた」

 赤井あかい先生が、私の隣に腰かけた。

「そうなんですか」

「うん。あまり学校が好きではなくてね。友達もいなかったし」

 赤井あかい先生は私の目を見て微笑んだ。その微笑みは少し寂しそうに見えた。

 だからね、と赤井あかい先生は続ける。

「死にたいと思ったことも一度や二度じゃなかった。その時の経験が今、生きてる。じゃあ、伊切いきりさん。選んで」

「へ? なにをですか?」

「どんな死に方がいいかを、よ。一般的に、楽な方法は確実性にやや欠けるから、個人的には失敗しても後遺症の残りにくいものをおすすめする。それか、苦しくても確実性の高い方法か」

 そこでいったん言葉を切った赤井あかい先生は、視線を窓の外に向けた。その顔からは寂しげな微笑が消えていた。

 赤井あかい先生は私に視線を戻すと、魅惑的な微笑を浮かべながら、左手を持ち上げた。手に持っていたモノを私に見せる。

「注射してあげる」

 注射針が電灯の光を反射してギラリと輝いた。

「い、いえ、いいです。もう大丈夫です。元気になりました」

 私は急いで保健室から出ていった。


 私は廊下を走った。学校の外へ出なければ。もはや先生すらも信用できない。

 私は必死に走る。殺されたくない。

 全力疾走で下駄箱へ。

 下駄箱には数十人の生徒たちが整列していた。

 一人が私に気づいた。

「あ! 伊切いきりセンパイ!」


 私は急いで引き返す。

 でも、どこへ?

 私は廊下を走る。

 後ろから大勢の人間が追いかけてくる。

 私は飛び込むように階段へ。急いで駆け上がる。

 教室から生徒たちが出てくる。

 廊下に人があふれる。

 私はさらに階段を駆け上がった。

 後ろから追いかけられる。

 殺されたくない!

 さらに階段を駆け上がった。

 死にたくない!

 必死で階段を駆け上がった。


「こっちよ、伊切いきりさん」

 屋上へと続く扉の前に女性が立っていた。手招きをしている。

 誰だっけ?

 そうだ、校長先生だ。校長の出河でかわれん先生。

 出河でかわ先生が扉を開けた。

 振り返ると、生徒たちがひしめきあいながら階段を上がってくるのが見えた。

 私は屋上に走り出た。


 膝に手をついて上体を支えた。息を整える。

 屋上に出てみたはいいものの、予想通り行き止まり。

 振り返ると、開けられたままの扉から、生徒たちが続々と屋上に出てきていた。

 生徒たちの先頭に立つ出河でかわ先生は、満面に笑みを浮かべて、両手を胸の前で握り合わせた。そして言った。

「飛び降りは人気ナンバーワンの死に方だからね。わかるわ。女の子はね、飛びたいのよ」

「は? いえ、すみません。違うんです。間違えたんです。間違えてリンク先に飛んでしまったんです。私は死にたいとは思っても、誰かに殺されたくはありません」

「いいのよ。謝らなくていいの、伊切いきりさん。あなたはもうすぐ鳥になれる。空を飛べるのよ。素敵じゃない」

「キャンセルします! 間違えて予約してしまったのなら、キャンセルさせてください! キャンセル料も払いますから!」

 出河でかわ先生は、目を閉じて首を大きく横に振った。目を開けて、にっこりと微笑む。

「ううん、いいのよ。キャンセル料なんて払わなくてもいいの」

「え、そうなんですか。よかった」

「初回は無料だから。キャンセルする必要なんてないのよ」

「は?」


 出河でかわ先生を先頭に、生徒たちがじわりじわりと距離を詰めてくる。

 私は金網を背に追い詰められた。何十人もの生徒たちに取り囲まれる。

 金網の下を見れば、校庭にも無数の生徒たちが集まっていた。皆、屋上を見上げていた。私を見ている。

 出河でかわ先生は、言った。

「あたしの可愛い教え子には特別な四番をプレゼントするわ」

「四番?」

「そう、四番、その他よ。選びなさい。このまま飛び降りるか、それとも……」

「それとも?」

「それとも、生きるか」


 私は迷わなかった。


 私の答えを聞いた出河でかわ先生は、両腕を大きく広げて、言った。

「シーサイドホテルへようこそ!」

 私を取り囲んでいた生徒たちが拍手を始めた。どの顔もみな笑顔を浮かべていた。

 校庭からも拍手の音が聞こえてくる。

 拍手の大合唱が、青い空に響きわたった。


 昨日までの、私は死んだ。

 今日から新しい伊切いきり美夢みむが生きていく。

 迷うはずはなかった。

 だって、殺されるより、殺すほうがいいでしょ?


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シーサイドホテルへようこそ つくのひの @tukunohino

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