ランディ&ウォン 森と人の関係

鎌田 真二郎

森と人の関係

 次から次へと、洞窟の奥からゴブリンが湧いてくる。ウォンは仕事の紹介者のディレクトを呪った。

「あの野郎が回すのはこんな仕事ばっかりだ!何がゴブリン5、6匹だ!くそ、ディレクトの野郎騙しやがって!」

ウォンが愚痴をこぼしながらもゴブリンを剣で薙ぎ払っていた。黒いつなぎの上に皮鎧を着込んだ、二十四、五歳の戦士。うんざりしたその顔は人並み以上ではあったが、粗暴な性格がにじみ出ているようで、印象は悪い。

ウォンの少し後ろでランディが呪文を紡いでいる。こちらは二十歳そこそこのまだ少年の面影を残した顔つきだ。可愛いと言うと本人は怒るだろうが、ウォンと見比べるとどうしてもそう見えてしまう。ランディも黒いつなぎを着ていたが、魔導士らしく鎧は着けていない。

ランディは両手を突き出してボールを持つように指先で輪を作ると、その中に炎のゆらめきが現れた。喉を潰したようなかすれた声で紡いでいた呪文が一瞬止む。

「ウォン、伏せて!」

 甲高い声でランディが言うと、ウォンは襲い掛かるゴブリンの首に剣を叩き付けそのまま横に倒れ込んだ。

「汝らに炎獣の断罪を!」

ランディがそう言い放つと魔法の炎が手の中から弾けたように飛び出した。炎は徐々に大きくなりながら洞窟を突き進み、ゴブリンを全て焼き尽くして消滅していった。

 炭化した魔物のなれの果てを見て、ランディは安堵のため息をついた。突き出していた両手を下ろし、ふと視線を落とすと、首の半ばまで剣を叩き込まれたゴブリンと並んで、ウォンがうつ伏せに転がっていた。

「あ、やべ・・・」

頬に一筋の汗が流れた。よく見れば、ウォンの着ている皮の鎧が煙を出して燻っている。

「さ、さあ、ゴブリンも退治した事だし、帰ろうか、ウォン。それにしても凄い数だったなー。僕の魔法がなければ、ウォン、死んでたかもねー。三十匹は居たもんねー。あははは」

「てめえ、言いたい事はそれだけか、このノーコン野郎!」

 がばっとウォンが勢いよく上半身を起こしてランディを見上げた。その形相に、努めて爽やかな笑顔を作っていたランディの顔が引きつる。

「い、いや・・・ちょっと暗いからさあ、距離感掴めなくて・・・あ、でもちゃんと加減はしたんだよ?」

「どこがだ!よく見ろ、俺の背中を!」

 すっかり立ち上がったウォンが背中を指した。燃えてはいなかったがまだ煙が立ち昇っていた。ランディがまじまじと見つめて言う。

「うーん、燻ってるねえ」

 ぷつん、と何か切れたような音が聞こえた気がした。ランディは本格的に引きつり始めた顔をゆっくりと上へ動かした。目の前には煙が目にしみたのか、それとも怒りが限界を超えたのか、うっすらと涙を浮かべたウォンの顔があった。

「き・さ・まー・・・!」

 次の瞬間、ランディはくるりと踵を返して脱兎のごとく走り出した。ウォンは、ゴブリンの首に刺さったままの剣を引っこ抜き、猛然と追い駆けていった。

「待ちやがれ!絶対許さん!俺の鎧を台無しにしやがって!」

 洞窟の入り口を出る手前でランディは後ろからガシッと頭を掴まれた。そのまま無理矢理体ごと回転させられる。ランディの目の前にはウォンによく似た鬼が剣をぶらぶらさせて笑っていた。

「ごめん!ごめんなさい!許して!もうしません!あ、やめて顔とかお腹とか腕とか足とかも!」

「ふっふっふー、確か来る途中に川があったよな?まだ日も高いし、水浴びしたいなー。ランディ、もちろん手伝ってくれるんだろう?」

 ウォンは楽しそうにランディに話しかける。だが、その笑顔は悪魔が生贄を差し出された時にするものとしか、ランディには見えなかった。ウォンは頭を掴んだまま外に向かって歩いて行った。

「痛たたた、痛いよウォン。悪かったってばー。そんなに引っ張らないでよ・・・あ、あれ、?ウォン、見て!」

 洞窟を出た二人の目の前で、森が赤く染まっていた。ウォンはランディの頭から手を放し、森の方を見た。

「何だ?火事か?ってやばいぞこれ!」

「僕、ちょっと見てくるよ!」

ランディはそう言うと額に指を当てて呪文の詠唱を始めた。

「我に翼竜の自由を!」

そう叫ぶと額に当てた指から光が広がり、ランディを包んだ。念をこらすと背中に白い翼が現れ、ランディは宙に浮かび始めた。

 かなり上空に上がったが、森の全体像はつかめなかった。ゴブリンの居た洞窟は森の中にあったが、そこより南の方に火の手が上がっていた。赤く燃え上がって煙が立ち込めていた。

「ウォン!森が燃えてるよ!南の方!あの辺ってエルフの集落が無かったっけ?」

 ランディが空から叫んだ。ウォンは先ほどの怒りも忘れて走り出した。エルフの居る森が火事になるのは滅多にない事だった。あるとすればそれは人為的に火を付けるくらいだ。

「ランディ!とりあえず降りてこい!案内を頼む!」

ウォンが叫ぶとランディは急降下してきた。

「こっちだよ!」

ランディは木の高さまで降りてきて先導した。ランディは空を飛び、ウォンは走っていたが、しばらくすると少し開けた所に数人の人影が見えた。全員、金属鎧で武装しているようだった。

「あれは・・・王立軍の兵士だ!でも、何で・・・」ランディが呟く。

「おい、急げ!女だ!女がいるぞ!」

 二人が近づいていくと、兵士が五人、女を取り囲んでいた。

「もう逃げられんぞ、魔物め!」

 兵士の一人が女に向かって叫んだ。兵士たちは一斉に剣を抜く。女は後ずさりながら泣き叫んだ。

「来ないで、人殺し!みんなを殺して、森を殺して・・・」

後はもう言葉にならないようで、顔を歪ませて、泣きながら兵士を睨んだ。

 兵士たちはその顔を見て笑った。一人が女に近づきながら言う。

「人殺しだあ?それはな、人を殺した時に言うんだよ!お前らは・・・」

「待ちやがれ!」

突然大きな声が響いた。兵士たちは声の方へ向き直るとウォンが突進してきた。そして女を抱え上げ少し離れた所に移動した。

「お前ら、何やってんだ?まあ、ろくなことじゃないのは分かるが」

 ランディが空からゆっくりと降りてきた。白い翼は徐々に見えなくなっていった。

「あんたら王立軍でしょ?まさか森に火を付けたのあんたら?」

ランディが尋ねると兵士たちはにやにやしながら言った。

「そうだ、我々は国王陛下の命を受けて来たのだ。魔物の討伐にな」

「魔物?この女がか?」

ウォンは女をしげしげと眺めた。華奢な体つきに美しい顔立ちをした、長い耳を持つ森の妖精、エルフだった。

「エルフじゃねえか!お前らエルフの森に火を放ったのか!何てことしやがる!」

ウォンは怒り心頭に達していた。エルフと人間は古代よりの盟友であった。

「我々は魔物を討伐に来たのだ。王国に仇なすエルフという魔物をな」

「ふざけんな!てめえら覚悟はいいか?ぶっ殺してやる!」

兵士の言葉に完全に切れたウォンがエルフをランディに預けて、兵士達に飛び掛かっていった。エルフはランディの手から滑り落ちて、その場にへたり込んだ。

「ウォン!殺しちゃだめだよ!わかってる?」

ランディが叫ぶとウォンは楽しそうに返事をした。

「わかってるよ、ぶっ殺す!」

そう言って一番近くにいた兵士を剣のひらで殴る。兵士は呻きながら吹っ飛んでいった。

「隊長!」

ほかの四人が声を上げる。どうやら殴った兵士は隊長だったらしい。

「この野郎!やっちまえ!」

兵士達はウォンに殴りかかってきたが、ウォンはひらひらとかわしながらあっという間に残りの四人を殴り倒していた。

「貴様、何をする!我々は王立軍だぞ?こんな事をしてただで済むと思ってるのか!」

隊長が体を起こしながら叫んできた。

「何言ってやがる、そっちこそ森を焼いてただで済むと思うなよ?」

 ウォンは立ち上がりかけた隊長に蹴りを入れた。

「ぐをっっ!ば、馬鹿め、もう遅いわ!森は焼けた、エルフも殺した、国王陛下の名の下にな!」

隊長は再び立ち上がりながら言った。

 少し離れたところでエルフと一緒に見ていたランディが燃えさかる森を見て叫んだ。

「ウォン、こんなことしている場合じゃないよ、火を消さなきゃ!」

 殴るのを楽しんでいたウォンはふと我に返り、周りを見ると、木々が勢いよく燃えていた。

「そうだな、何とかしなきゃな」

「ははは、無駄なあがきだ、せいぜい頑張るんだな!」

いつの間にか兵士達は立ち上がり、捨て台詞をはいて王都の方角へ走り出していた。

「ランディ、空から水、撒けるか?ほかに火を消す方法なんて思いつかないが」

ウォンは逃げて行った兵士達を見ていた。おそらく幾つかの部隊で森に入ったのだろう事は考えがいった。しかし、森に残っていたのはあの逃げていった兵士達で最後だろう。

「ちょっと炎の勢いが凄すぎて魔法が効くかわからないけど、とにかくやってみるよ。ウォンとエルフさんはこのまま西に逃げて」

ランディはそう言うと額に指を当てて呪文の詠唱を始めた。

「我に翼竜の自由を!」

 光がランディを包んで、背中に白い翼が生えた。ハッ、と息を吐くと空に飛び上がった。

 上から見ると、王都の方角、つまり西側の森の外れがが激しく炎と煙を出していた。ランディはとりあえず近くから消火しようと呪文を詠唱し始めた。いわゆる「重ね掛け」であるが、ランディは二つの魔法を同時に制御することが出来る位には熟練した魔導士だった。

 両手を突き出すと手のひらに水のボールの様なものが現れた。それは徐々に大きくなり、水色に光り輝きだした。

「大地に水竜の落涙を!」

ランディがそう叫ぶと、水のボールは燃えさかる森へ落ちていった。かなりの広範囲に水が降りかかったが、火は衰えることなく辺りを蹂躙していた。

「ウォン、駄目だ!僕の力じゃ消しきれない!」

泣きそうな声でランディが叫ぶ。

「いいから続けてみろ!何発も打ってればそのうち消えるだろうが!」

「わ、分かった!」

ランディは呪文を詠唱し始めた。そして、水色のボールがいくつも森に降りかかる。火の勢いは一瞬収まってきた様に見えたが、魔法の水がかかった場所もすぐに元の炎に戻っていた。

 しばらくすると魔法の水は止まった。ランディは空からゆっくりと降りてきた。そしてウォンのそばに来て言った。

「焼け石に水って感じだよ・・・きりがないからやめてきた」

「そうか、まあ良くやったな」

ウォンがねぎらった。ランディは続けて言った。

「何か王立軍が戻ってきてるよ。さっきより人数多いみたい。二、三十人かな?」

 先ほど降りてくる時に王都の方角から兵士の集団が見えたのだった。

「火を消したのがまずかったかな?どうしよう、火の勢いも戻っちゃったし、エルフさん、これからどうする?」

 ランディがそう言うと、エルフはびっくりした様な顔をした。

「あ、あの・・・」

「北西に行けば小さな村があるよ。ここに残れば王立軍が来るから危険だよ。火事も広がってるし。どうする?」

ランディが聞くと、エルフは困ったような表情になった。突然森を焼かれ、殺されそうになって、これからどうしたらいいか分からないのだろう。

「とりあえず北西のキサン村まで逃げるか?このままここにいれば面倒なことになりそうだ。あんたも来いよ。なあ、ランディ」

 ウォンがそう言うと、エルフはこくん、と頷いた。

「よし、それじゃ決まりだ、逃げるか!」

「先に行ってて、僕は上から様子を見てくるから。魔力も残ってるし」

 ランディはそう言うと再び空へ飛んで行った。ウォンはエルフの方を向いた。

「よし、逃げるか!ちんたらしてると火が回ってきそうだし、王立軍も来てるみたいだしな。おい、立てるか?」

「あ、は、はい・・・でも、あの」

 エルフは立ち上がろうとして、うっ、と小さく呻いた。左足のひざが痛んだ。転んだ時に何かで切った様で、血が出ていた。

「怪我してるのか、しょうがねえなあ。ほら、行くぞ!」

「あ、あの、ちょっと!」

 ウォンは座ったままのエルフの胴に抱きつくと、そのまま担ぎ上げて走っていった。



森の外には、王都とキサン村を結ぶ街道があった。線の細いエルフとは言え、人ひとり担いだまま全力で森を走り抜けるのは重労働だった。ウォンが街道に出た時にはへとへとになって、エルフを担いだまま倒れてしまった。

「きゃあ!」

 エルフは尻もちをつく形で、ウォンはそれにしな垂れかかる形で転がった。エルフは苦しいのと恥ずかしいので赤らみながらウォンを起こす。

「あ、あの、大丈夫ですか?」

「はあ、はあ、はあ、だ、大丈夫だ、はあ、はあ、」

 ウォンは息を切らしながらエルフから離れ、その場にしゃがみこんだ。

「・・・はあ、はあ、あんたも大丈夫か?ちょ、ちょっと休ませてくれ。落ち着くまで・・・」

「あ、は、はい・・・あの、さっきはありがとうございます、ウォンさん、でしたね?」

「ああ、俺はウォン。ウォン・ルーファーだ。それから、さっき空を飛んで行ったのはランディ。ランディ・マーキュレイだ。あんたは?」

 このエルフ、よく見るとまだ若かった。それに美しい。

「私はエルグレンです」

「エルグレンか、よろしくな。ところで、なんであんたがあんな目にあっていたんだ?まあ、だいたいの察しはつくが・・・」

 そう言うとウォンは口ぐもった。エルグレンはじっとウォンを見つめていた。

「ウォン!」

 突然、上の方からランディの声がした。森の方から飛んできて、ウォンたちのそばに降りる。全身を包んでいた白い光は、背中の翼とともに消えていった。

「早くキサン村に行こう!あいつらまだ探し回ってる!」

 ランディは焦った様子でまくし立てた。ウォンはエルグレンの方を見ていたが、すっとランディの方に向き直った。

「探し回ってるって?しつこいな」

「まあ、僕が上から雷の魔法を二、三発落としたら滅茶苦茶慌ててたけどね。金属の鎧を着けていたから結構効いてたんじゃないかなあ」

 ランディは面白そうに言った。

「嬉しそうだなー。お前、俺の鎧焦がしたのもわざとだろ」

ウォンが少し睨みつけるようにして言った。

「ち、違うよわざとじゃないよ!それに王立軍のやつら森を焼いたんだ、これぐらいは当然だよ」

一瞬、冷や汗の様なものが頬をつたったが、それをごまかす様にランディはまくし立てる。「それよりも、さっきより増えてるよ。四,五十人はいるよ。何してるのか分からないけど。とにかく早く逃げないと面倒だよ?」

ウォンは少し考えて言った。

「・・・ここからキサン村まで・・・日暮れには着くくらいか。ランディ、エルグレンが怪我をしているから、お前が抱えて飛んで行ってくれ」

 ウォンは周りを見渡して、場所を確認してからエルグレンを抱き起した。エルグレンは疲れ切っているのか、ぼうっとしている。

「エルグレン?ああ、僕はランディ、よろしく」

 ランディはにこにこしながら手を差し伸べた。

「あ、はい」

エルグレンは小さく呟いた。ランディは呪文を詠唱し、翼竜の魔法を身にまとった。そして、エルグレンを抱きかかえた。ウォンから見れば抱き合っているようにしか見えない。

「おい!魔法の翼なんだから背負ったっていいだろ?」

 ウォンはむかむかして怒鳴りつけた。

「じゃあねー、先行ってるよー」

 そう言うとランディは飛んで行ってしまった。

「キャアアアア!」

エルグレンははっと気が付くと空を飛んでいたので驚いて叫んだ。ランディに強くしがみつく。よだれが出そうな顔でランディはエルグレンに言った。

「しっかり捕まっててね、落ちちゃうから」

 エルグレンはブルブル震えながらさらに力を込めてしがみついた。

 ウォンは下から眺めていたが、地面を蹴るとランディを毒づいた。

「くそ、あのスケベ野郎が・・・」

そしてキサンの村の方へとぼとぼと歩き始めた。

「・・・俺がそのまま背負って行けば良かった・・・」



 ウォンがキサン村に着く頃には、太陽も沈みかかっていた。村で唯一の酒場であるディレクトの店に向かった。元々、ウォンとランディはディレクトの依頼で森の隅の洞窟に住み着いたゴブリンを討伐に行ったのだった。それが思いもよらず森の火事に出くわし、ウォンは色々と考えていた。なぜ、王立軍が森を燃やすのか。エルフを殺す意味は何か。しかしウォンに答えは見つからなかった。エルグレンに聞けば分かるだろうと思い、道を急いだ。

 ディレクトの店に入ると、店の中は活気に溢れていた。傭兵や冒険者が酒を酌み交わしていた。村の住人もちらほらと見えた。

「ウォン!遅かったね」

 カウンターの方からランディが声をかけてきた。隣にはエルグレンが座っていた。ランディは一杯やっているようだったが、エルグレンは何も口にしてはいないようだった。足の傷の手当はもう済んでいるようだった。

「おかえり、大変だったようだな」

 カウンターの向こうからディレクトが話しかけてきた。ウォンはじろ、っと睨みつけた。

「てめえ、何がゴブリン五、六匹だ!三十匹はいたぞ?報酬は上乗せしてもらうからな。あと、あの洞窟は何かの遺跡らしいぞ。王都のギルドに行って調査団を派遣してもらうんだな」

そう言うとウォンは一杯くれ、と言った。ディレクトはエールのジョッキをウォンに差し出す。ウォンはそれを飲み干した。

「そうだな、調査団を依頼しておくか。報酬については考えてやろう。五割増しくらいでいいか?」

ディレクトはそう言ったが、もちろんウォンは納得しなかった。

「倍だ、倍!六万の倍で十二万だ!」

ウォンはジョッキをディレクトに渡し、もう一杯、と言った。

「十万だ、これで手を打たないか?この美しいお嬢さんの飲み代はおごるから」

「十万か、まあいいだろう。って、エルグレン、何も飲んでないじゃないか。おい、どうした?おごりだってよ」

ウォンはエルグレンに声をかけた。エルグレンは暗い顔をしてうつむいたままだった。

「どうしたんだ?」

ウォンが問いかけるとランディが答えた。

「いや、なんか事情を聞いてたら途中でこんなになっちゃって・・・ごめんねエルグレン、嫌な事話させて」

ランディが謝るとエルグレンは涙をぽろぽろとこぼして首を左右に振った。そして、声を出して泣き始めた。ランディはあたふたと慌てていたが、ウォンは冷静な声で言った。

「まあ、泣きたくもなるだろ。森を焼かれて仲間を殺されちゃなあ」

「ウォン!そういう言い方はないでしょ!」

 ランディが怒って言った。

「それで?事情とやらは聞き出せたのか?」

ウォンは冷静な声で言った。

「それが・・・エルグレンもよく分からないみたいなんだ。今朝、集落に兵隊が来て、いきなり油を撒いて火をつけたんだって。もちろんエルフたちは火を消そうとしたんだけど、魔法も間に合わないくらいに油を撒いたらしくって。それでエルフたちは抵抗したから殺すって兵士が言って、だいぶ殺されたみたいよ。エルグレンは一人で逃げてきたら兵士に見つかって、殺されそうになった所に僕たちが来たんだって」

ランディが話していると、エルグレンも落ち着いてきたのか鼻をぐすぐすさせながら口を開いた。

「兵隊たちが言ったんです、お前ら魔物を討伐に来たって。それから火を付けられて、仲間がいっぱい殺されて・・・私は怖くて逃げだしてしまいました」

「そこに俺たちが来たってわけか。しかし何でエルフの集落を燃やすんだ?殺す理由も分からないし、エルグレン、兵士たちは他に何か言ってなかったか?」

ウォンは不思議そうな顔をしていた。なぜエルフは襲われたのだろう。

「私はただ怖くて・・・何も聞いてません・・・」

 エルグレンは悲しくてうつむいてしまった。

「そうか・・・大変だったな。まあ、生きててよかったな。しかし何も分からないな。分かっているのは森が焼かれてエルフが殺された事だけか。理由も何もさっぱりだな」

ウォンは困ったように言った。森が焼かれてしまってはエルグレンも帰るところがない。

「ねえ、エルグレン。これからどうする?どこか行くあてはあるの?」

 ランディがそう聞くとエルグレンはうつむいたまま答えた。

「どうしたらいいか分かりません・・・森は・・・森はどうなってしまったんでしょうか」

「そうだね、とりあえず明日になったら僕が空から見てきてあげるよ。まさか森全体が燃えちゃった訳でもないだろうし」

 広大な森が全て焼け落ちるにはかなりの日数がかかると思われた。その間に他の集落のエルフたちが消火活動を始めるだろう。そのことをエルグレンに伝えると、少し安堵したようだった。

 ウォンはずっと考えていた。王立軍の動きが気になったのだ。エルフの森とサーラデン王国との間には不可侵協定が結ばれているはずだった。それを破棄したなどと言う話は聞いた事がなかった。これには裏がある、とウォンは考えていた。しかし、それが何なのか全く見当がつかなかった。とりあえず、このキサン村で一番の情報通であるディレクトに聞いてみた。

「なあ、何か知らないか?王国がなにしてるのか、とか」

するとディレクトはニヤッと笑って言った。

「情報料一万な」

ウォンは舌打ちをしてディレクトを睨んだ。

「けっ、足元見やがって。ゴブリンの報酬から引いとけ!で、何かあるのか?」

「関係あるかは分からないけどな、王都から東の隣の国まで、森の中に街道を作ろうとしているんだ。今まで森を迂回してたから何カ月もかかった道のりが、十分の一以下になるんだ。途中には幾つか宿場町を作ることも決まっている。それで王国はエルフと交渉してるって聞いてるけどな」

「その交渉が決裂した、とかかな?それで王国は強硬手段に出たとか?」

ランディはディレクトに聞いた。ディレクトは首を振って答えた。

「決裂したって話は聞いてないな。俺が知ってるのはここまでだな」

「でも、王都から街道作るにはあそこのエルフの集落は関係なくない?東の国と街道を結ぶならかなりずれてると思うんだけど」

そうランディが言うと、ウォンも頷いた。

「そうだな、道を作るのにあんな所は通らないかもな。何でエルフを襲ったんだろう」

「さあな、不可侵協定が関係してるんじゃないか?破棄したという話も聞かないが」

 ディレクトはそう言うと、エルグレンにワインを渡した。エルグレンはうつむいたままだった。

「・・・私・・・どうすればいいんでしょう・・・」

ボソッとエルグレンが呟く。ランディは元気づけるように言った。

「エルフの集落は他にもあるんでしょ?そこに行ってみたらいいんじゃない?」

「そう・・・ですね。そうした方がいいかもしれません。でも、私の住んでた所がどうなったのか、確かめてみたいです。私、森へ帰ります。皆さん、ありがとうございました」

 エルグレンは立ち上がり、店を出ていこうとした。まだ足が痛むのか、左足を引きずって歩いて行った。すると、ウォンがエルグレンの肩を掴み引き留める。

「待てよ、一人じゃ危ないだろう。俺たちが一緒に行くから、今日の所はここに泊って行けよ」

 「え、でも・・・いいんですか?あなたたち、冒険者でしょ?私、あなたたちに支払うお金なんて持っていませんけど・・・」

エルグレンは少し困ったように言った。

ウォンはニヤッと笑って続けた。

「気にすんなって、乗り掛かった舟だ。俺たちも森で何があったのか知りたいし。なあ、ランディ」

ウォンがランディに声をかけると、ランディは笑って言った。

「そうだよ、僕たちに任せなよ!とりあえず明日の朝になったら森の様子を見てくるから、それからみんなで行こうよ。多分火事は収まっていると思うよ?それを確認しに行くからさ、今日はゆっくりしようよ」

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします、ウォンさん、ランディさん」

エルグレンは深々とお辞儀をした。ウォンは少し照れながらエルグレンに言った。

「敬語はやめろよ、あと、名前も呼び捨てでいいから。じゃあ、明日は三人で出掛けるか。よろしくな、エルグレン」

 そう言うとウォンは右手を差し出した。エルグレンはクスッ、と笑って手を握った。

「ありがとう、ウォン、ランディ」

「お、やっと笑ったな?」

ウォンが言うとエルグレンは恥ずかしそうにはにかんだ。

「僕も僕も!よろしくね、エルグレン」

 ランディが手を伸ばしてエルグレンの手を握る。三人は顔を見合わせると、誰からともなく笑いだした。

「それじゃあ、エルグレンとの出会いに乾杯するか!」

 三人はカウンターに戻った。エルグレンは気のいい人間に助けられた事をありがたく思っていた。仲間が殺され、森を焼かれたが、まだ自分は生きている。それならば残された自分は仲間の為に出来る限りのことをしようと思い始めていた。



 ディレクトの店は、酒場の二階に宿泊施設があった。昨晩は三人とも部屋を取り、ゆっくりと休んだ。エルグレンの宿代はウォンたちが出した。何しろ着の身着のままで逃げて来たのだ、エルグレンは金はおろか何も持ち物を所持していなかったのだった。

 朝になって、一階の酒場に降りてきた三人は朝食をとっていた。それからランディは森の方へ飛んでいき、状況を確認しに行った。

「うわ、ひどいな・・・」

 ランディは空から広大な森を眺めていた。昨日見た森より広い範囲で黒く焦げている木々があった。しかし、火の手は無かった。所々に煙が立ち込めていたが、炎は収まっているようだった。

ランディはエルフの集落の方へ向かった。簡素な建物がいくつか並んで立っていたが、燃えてはいなかった。そして、ランディはあることに気づいた。

「エルフの死体がない・・・なんでだろ」

ランディは下に降りて色々探ってみたが、エルフの死体は見当たらなかった。エルグレンは仲間が殺されたと言っていたが、集落には何もなかった。

「おかしいな・・・まあいいいか、とりあえず戻ろう」

 ランディは空に上がりキサン村へと帰っていった。



 ウォンとエルグレンはディレクトの店でランディを待っていた。今日は快晴で、気持ちのいい朝だった。朝食も終わり、二人は食後のコーヒーを楽しんでいた。

「で、今日は何をするんだ?生き残りでも探すか?弔いをするなら人手がいるが」

 ウォンは無神経ともいえる言葉を放った。エルグレンは気にしていないようだったが、この場にランディがいたら怒りだしているところだ。

「いえ、とりあえず現状を把握しておかなくちゃと思う。他の集落に行くとしてもまずは何があったのか知らないと」

「そうだな、王立軍が他の集落を襲っているかもしれないしな。ところで、エルグレンの住んでた所には何人くらいのエルフが居たんだ?」

ウォンはコーヒーを飲みながらエルグレンに聞いた。

「五十人くらいかしら。それがどうしたの?」

エルグレンは小首をかしげた。

「いや、全員が殺されたのかと思ってさ。あんたみたいに逃げ延びたやつがいるかもしれないだろ?そいつが他の集落に逃げたって事もあるかもだろ」

ウォンがそう言うと、エルグレンは嬉しそうに言った。

「そうよね!もしかしたらだけど。生きている人がいるかもしれないわね!ウォン、ありがとう!希望が見えて来たわ!」

ウォンは少し戸惑いながら言った。

「いや、もしもの話だからな?全員殺されたかもしれないんだぞ?あんまり期待しない方が・・・」

「そ、そうね。まだ分からないものね。でも、誰か生きてて欲しいわ・・・」

 少し暗い顔になってエルグレンが小さい声で言った。

「そうだといいな。さて、ランディが帰ってきたら森に向かうか。そろそろ帰ると思うんだが・・・」

そう言ってウォンは窓の外を見た。特に話すこともなく、しばらく静かな時間が流れた。ウォンはなんだか照れ臭くなってきた。するとエルグレンが口を開いた。

「ねえ、ウォン。どうしてあなたたちは私にそんなに良くしてくれるの?かわいそうだから?」

 ウォンは真面目な顔になった。そしてエルグレンをじっと見つめた。

「俺もランディも故郷を追われてきたんだ。と言うか故郷が無くなっちまったんだ。だから、あんたを見てると他人事に思えなくてな。迷惑だったか?」

「ううん、とってもありがたいと思ってるわ。でも、故郷が無いって、どういう事?」

エルグレンがそこまで言うと、店の扉がバタン、と開いた。ランディが帰って来たのだ。

「ただいま!ウォン、エルグレン、森は大変なことになってるよ。道々話すから、とりあえず行こうよ」

「わかった、それじゃ行くか、エルグレン。おい、ディレクト、馬車借りてくぞ」

カウンターの向こうにいるディレクトに声をかける。ディレクトは片手を上げてそれに答えた。三人は店の裏の馬房へ行き、馬車に乗り込み森へと出かけた。



「だからさ、死体がどこにもないんだよ。おかしいと思わない?」

馬車に揺られ、三人は街道を南東へと向かっていた。ランディは見て来た事をこと細かに話していた。

「死体が無いって?どういう事だ、そりゃ。狼にでも喰われたか?」

 ウォンは手綱を持ち馬を御しながら言った。三人の中で馬を操れるのはウォンだけだったのだ。

「そんなんじゃなくて、綺麗に無いんだよ。まるで消えちゃったみたいに」

 ウォンは難しい顔をして考え込んだ。狼に食べられたのなら、その残骸が残っているはずだ。それが綺麗に無いとすれば、エルフたちは何処へ行ったのだろう。

「それじゃあ、みんなは生きてる?・・・」

 エルグレンは期待に胸を膨らませた。もしかして、と思うとむずむずと胸が高鳴った。

「まあ何にせよ集落についてからだな。一応確認しておくが、地面とかに血の跡とかは無かったのか?」

 ウォンが聞くとランディは困った様な顔をした。

「なかったと思うけど・・・ちょっと分からないな」

「そうか・・・っと、馬車はここで終わりだな。ここから森に入ろう。ほら、行くぞ」

 そう言うとウォンは馬車を止め、近くの木と馬とに縄を結んだ。ここから歩いて居住地を目指すのだ。

「エルグレン、案内よろしくー」

ランディがそう言うと、エルグレンは苦笑した。

「ここからだと真っ直ぐ行けば着くんだけど・・・ウォン、よくこの場所が分かったわね」

「いや、昨日逃げてきた場所に戻っただけなんだが。街道まで最短距離だったんだなあ」

ウォンは一人で感心していた。

森に入ると焦げた匂いが立ち込めていた。しばらく歩いている炭になった木がたくさん立っていた。森の奥に近づくほどに燃え方は酷くなっていた。

「これは酷いな。エルグレン、大丈夫か?気分が悪くなったら言えよ?」

 ウォンらしからぬ気の使いように、ランディは驚いた。

「ありがとう、平気よ。ちょっと頭にきているだけ」

 森の妖精であるエルフにとって、森を焼かれるという事がどれだけ衝撃的なものか、ウォンやランディには分からなかったが、エルグレンは相当腹に据えかねているようだった。

「まあ、無理もないよ、自分の住んで居た所が燃やされたんじゃあね」

ランディはそう言ったが、エルグレンがだんだんと機嫌が悪くなっていくのを見て、話しかけるのをやめようと思い始めていた。

 しばらく歩いていると、三人は昨日王立軍と争った場所に出ていた。そこから少し行った所にエルフの集落があった。建物がいくつか立っていたが、キサン村と比べると大分小規模な集落だった。

「ここよ、私の住んでた所は」

 エルグレンはそう言うと、辺りを見渡した。ランディが言った通り、エルフの死体はどこにも見当たらなかった。建物の中を探してみたが、人影は無かった。

「おかしいわね、確かに昨日は仲間が殺されて・・・」

エルグレンは一瞬夢だったのかと思ったが、そんなはずはない、と思い直した。確かにこの目で仲間が兵士に斬られるのを見たのだ。それから怖くなって逃げだしたのだ。

 ウォンは辺りの地面をくまなく調べていた。無数の足跡と共に、血痕らしきものが見つかった。

「見ろ、血の跡だ。ここで王立軍がエルフを襲ったのは間違いないようだ。おそらくは何人かは殺されたのだろうが、死体が残ってないっていうのがなあ」

そう言うとウォンは腕を組み考え始めた。

「でも、殺されたかどうかは分からないよ?みんなでこの場から逃げたのかも知れないし。斬られた人だって怪我をしただけかも知れないし」

ランディがそう言うと、エルグレンもうんうんと頷いた。

「でもお前は見てないんだろう?エルフが王立軍に追われる所を。探し回っている兵士達を見ただけで」

 ウォンはランディに言った。

「確かに・・・エルフは見てないね。じゃあエルフたちは何処へ行ったの?僕が空から見る前に王立軍に捕まって連れて行かれたって事?」

ランディは首を傾げながら言った。

「そうかもな。でもその場合、何で王立軍が何を探し回っていたのか分からなくなるぞ?いや、俺たちを探していたのか?」

そう言うとウォンはまた考え込んだ。何故エルフは忽然と姿を消したのか。王立軍に捕らわれて行ったのか。それとも他の集落へと逃げて行ったのか。今のところ全く手掛かりになるものは見つからなかった。

「王都にエルフが連れて行かれたか、それを確認するしかないな。それとも逃げたと考えて他の集落に行ってみるか。どちらにせよ、ここに住んでたエルフが全滅したとは考えにくいな、エルグレン?」

 そう言うとウォンはエルグレンの背中をポンっと叩いた。さっきまで機嫌の悪かったエルグレンは仲間が生きているかもしれないと分かって嬉しそうだった。

「ええ、そうね!森は焼けてしまったけど、エルフは生き残っているわ、きっと!」

「そうだね、良かったね、エルグレン!これからどうする?エルフを探しに王都へ行くか、他の集落へ行くか。それともその他にする事ある?」

 ランディが問いかけると、エルグレンは考え込んだ。

「そうね・・・王立軍に連れて行かれたとしたら、早く助けなきゃだし・・・他の集落に逃げているのだとしたら、それはそれで安心だわね・・・」

エルグレンはどうしようか迷っていた。仲間が無事なら、早く会いたいと思った。しかし、どちらに行けばいいのか分からなかった。

悩み始めたエルグレンを見て、ウォンは言った。

「とりあえず王都に行ってみるか?エルフが王立軍に捕まったのなら、王都でも噂くらいは聞けるだろうし。助けられるかどうかは別にして、事実確認した方がいいだろう」

「そうだね、そうしようよ。あ、でもエルフが捕まってるんだったら、エルグレンが行くのはまずくない?エルグレンも捕まっちゃうよ。どうしよう、キサン村で待ってる?それとも他の集落まで行こうか?」

 ランディがそう言うと、エルグレンは少し困ったような顔をした。エルフであるがゆえに、今は下手に動けないのだ。

「そうね・・・でも、私は王都に行きたい。仲間が捕まってるなら、助け出したいの」

「まあ、捕まっているとは限らないけどな。あんたが行きたいっていうなら付き合うぜ。これでも冒険者だからな。王都のギルドに行けばエルフの情報も簡単に手に入るだろう」

ウォンがそう言って笑いかけると、ランディが難しい顔をして言った。

「でも、エルグレンはエルフだよ?町の人はともかく、兵士に見つかったら連れて行かれるかも知れないよ?」

「なあに、要はその目立つ耳を隠せればいいんだろ?ターバンでも帽子でも、何か被ってればただの美人だ。エルフだって気づかれないぜ、きっと」

 美人だ、の言葉にエルグレンはちょっと頬を赤らめた。ランディはなるほど、と手を打った。

「そうだね、耳さえ隠せば僕たちと変わらないもんね!ウォンは時たま頭が良くなるね」

そう言ってランディは笑った。ウォンは低い声で答えた。

「時たまじゃない、俺はいつも頭が良いんだよ!」

ウォンはランディの頭を小突こうとした。ランディはひょい、っと逃げるとさらに笑ってエルグレンに向かって言った。

「問題も解決したことだし、一度キサン村へ戻って準備を整えようよ!エルグレン、エルフたちが生きてるといいね!」

エルグレンは小さくありがとう、と呟いた。そしてニコッと笑いながら言った。

「そうね、頑張るわ、私」



 三人がキサン村に戻ったのは、昼を大分過ぎた頃だった。三人はそれぞれ、旅支度をする事にした。ウォンは、焦げたままの鎧では格好悪いと言って防具屋へ行った。ランディは保存食などを買いに市場へ行った。エルグレンは、今着ているエルフ独特の服はまずいという事で、冒険者らしく見える服と装備を買いに行った。耳を隠すための物も買うことにした。

 しばらくして、三人はディレクトの店に集まった。ウォンは新しい皮鎧を身に着けてご満悦だった。

「やっぱり新品は良いよなあ!ランディ、お前この鎧の代金払えよ。お前が前のやつ焦がしたんだからな」

「ええーっ!僕が出すのー?」

ランディが声を上げるとウォンはじろ、っとランディを見た。

「当たり前だろ?お前のせいで買い替えたんだからな。それよりエルグレン、似合ってるじゃないか、その服」

「ふふ、ありがとう」

エルグレンは微笑んだ。耳を隠す為に深めの帽子を被っていた。

「その帽子も似合うね!何処から見ても綺麗な人間のお姉さんだよ」

 ランディがそう言うとエルグレンはちょっと恥ずかしそうになった。

 それから三人は少し早い夕食を食べ始めた。そして食事を済ますと、明日からの王都行きについて話し合った。

「王都までは馬で三日、歩いて一週間くらいかかる。エルグレン、あんた馬は扱えるか?」

 ウォンが聞くと、エルグレンは首を横に振った。

「私たちの集落には馬は居なかったから・・・」

「そうか、じゃあ二人乗りで行くか。ランディは飛んでくか?」

ランディも首を横に振って言った。

「馬とは速さが違うから、僕一人で先に行っちゃうよ?いいよ、僕も馬に乗っていくよ。あ、それとも乗合馬車で行く?あれなら馬借りるより安いし、歩くよりは早く着くし」

「そうだな・・・乗合馬車だと四日って所か・・・よし、馬車にしよう、良いか?エルグレン」

 ウォンが尋ねるとエルグレンはニコッとして答えた。

「ええ、それでいいわ。二人にお任せするわ」

 ランディが席を立ち、外へ出て行こうとした。

「じゃあ僕、乗合馬車の予約してくるね。早ければ明日の朝に出発だけど、いいよね?」

「ああ、それでいいぞ。満員だったら金でも握らせて席取っとくんだぞ?」

ウォンがそう言うとランディは分かった、と答えて店を出て言った。

 残った二人は何を話すでもなく、しばらくぼおっとしていたがふいにウォンが話しかけた。

「エルグレンは王都に行ったことあるか?」

「いいえ、ないわ。そもそも森から出たのって初めてなのよ、今回が。だから結構楽しいわ。見たこともない物が市場にたくさんあるんだもの」

 そう言うとエルグレンは嬉しそうになった。ウォンは目先の物に心奪われてる事は良い事だと思った。悲しみを忘れられているからだ。

「王都の市場はもっと凄いぞ?この村の何十倍はあるぜ。エルグレン、声も出なくなるぞ?」

「ほんと?行ってみたいわ。今回の事が無ければ、きっともっと楽しいんでしょうね・・・」

エルグレンは少し悲しげな顔になった。やはり、完全に忘れる事は出来るはずがないのだ、とウォンは思った。

「そうだな、とりあえずエルフたちの無事を確認しないとな。そういえば、王都にはエルフって住んで居るのか?」

「何人かは居ると思うけど・・・正確な数は分からないわ。でも居るには居るわよ」

そこへ、ランディが戻って来た。ニコニコしながら歩いてきて、椅子に座った。

「馬車、予約してきたよ。僕たちの他には二、三人いるだけだったよ。無駄なお金使わなくてよかったよー」

ランディはそう言うと、ディレクトにエールを頼んだ。ウォンも続けて言った。

「俺にもエールくれ!っと、ご苦労だったな。今エルグレンに聞いたんだが、王都にもエルフが住んでるみたいなんだ。どう思う?」

ランディは給仕係の女の子が持ってきたエールに口を付けた。ぐびぐびと飲むと、息を吐いた。

「そうかー王都にもエルフがねえ・・・って、その人達は捕まったりしないのかな?あれ?」

「もう殺されているかもな。しかし、王立軍のやり方はどうも分からないな。お互い不可侵協定で守られていたはずなのに、何の前触れもなく集落を襲撃、だろ?おかしいと思わないか?」

ウォンもエールを飲んだ。半分ぐらい飲んで、ジョッキをドン、とテーブルの上に置いた。

「そうだね、でもよく分かんないや。王都に行けば分かるかな?」

ランディがそう言うと、エルグレンは申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさい、私たちの為に」

「気にしなくていいよ、僕もウォンも好きでやってるんだからさ。それより、エルグレンも何か飲みなよ。ワインが良いかな?」

そう言うとランディは給仕を呼んだ。そしてワインを注文した。しばらくしてワインが運ばれてきた。

「ありがとう、ランディ。ワイン、いただくわ」

エルグレンはグラスを傾けた。それから三人でしばらく飲んでから、各々借りている部屋に戻って行った。



次の日、朝早くにキサン村の乗合馬車乗り場には多くの人々が詰め掛けていた。大半が王都へ向かう客のようだった。

ウォンとランディ、エルグレンは人の多さに少し驚いた。

「ランディ、お前昨日二、三人って言ってなかったか?二十人以上は居るぞ?大丈夫か、乗れるのか?」

 ウォンがそう言うと、ランディは不安そうに言った。

「だ、大丈夫だと思うよ、ちょっと聞いてくるね」

 乗合馬車は六人乗りだった。それが四台並んでいた。キサン村にあるのはそれで全てだった。

「乗れるってさ!良かった良かった」

 ランディはニコニコと笑っていた。単にランディが乗合馬車を予約した時間が早かっただけの様だった。

「そうか、なら良いんだ」

 ウォンはそう言って馬車の方に向かった。先頭の馬車に近づくと、御者が大きな声で話しかけてきた。

「おはようございます!王都行きの馬車、間もなく出発いたします!お客様は馬車お乗りください!」

 その声を聞いて、人々が乗合馬車に乗り込んでいった。ウォン達三人は先頭の馬車に乗り込んだ。他に三人、行商人らしき人が乗り込んできた。

「それでは出発致しまーす」

 御者がそう叫ぶとゆっくりと走り出した。エルグレンは少し緊張したように言った。

「みんな、無事かしら・・・」

「まあ、王都にいるって限らないしな、それに王都まであと四日あるんだ、今から緊張してたら体がもたないぞ?」

 ウォンがそう言うと、エルグレンは気を取り直した。

「そうね、今から気を張ってても仕方ないわね。のんびりしよう」

「そうだよ、外の景色を見ながら馬車の揺られるのも良いもんだよ?」

 ランディはそう言って窓の外を見た。まだ村の外に出たばかりだったが、遠くには高い山々がそびえていた。街道と並行して川も流れていた。

 人の歩みより早く、馬車は街道を進んでいた。この街道は滅多に魔物も出ず、馬車に護衛は居なかった。たいていは冒険者も乗り合わせているので、いざとなれば運賃と引き換えに戦ってもらう事も出来た。しかし、ここ何年も街道に魔物が出たという話は聞かなかった。

 一日目は何事もなく旅は進んだ。エルグレンは一日中窓の外を眺めていたが、いっこうに飽きなかった。

「森の中と違っていろんな景色があるのね、面白い!」

そう言ってエルグレンは楽しそうにしていたが、ウォンとランディは見慣れた景色に感動することは無かった。

「そんなに面白いかねえ。まあ楽しんでるなら結構だ」

ウォンは半ば呆れながら言った。

二日目は雨だった。馬車は立派な作りであったので、雨漏れすることもなかった。その日は、ガラス窓を雨が叩く音が一日続いた。夜になると雨は止み、乗客は外で野営ができた。

三日目は、気持ちのいい朝日と共に馬車は走っていった。今のところ旅は順調だった。このまま行けば明日には王都に着く。ウォンは何事もない事を祈った。

四日目、最終日は曇り空で、今にも雨が降り出しそうだった。乗合馬車は休むことなく走り続け、夕方になって王都に到着した。王都の門の前で馬車は止まり、人々は次々と降りて行った。

王都の門番は、これと言って何か詮索するでもなく、すんなりと三人を通してくれた。エルグレンは緊張していたのだが、あっさり王都に入れて拍子抜けしていた。

「大丈夫か、王都。不審者をこんなにあっさり通して」

 ウォンは呆れながらそう言った。冒険者が多く来るこの街では、いちいち調べていたらキリがないのだろう。門番もいい加減になっているようだった。

「まあ、良かったじゃん。これからどうする?ギルドに行く?」

 ランディがそう言うとウォンは頷いて言った。

「そうだな、まずはギルドに行って情報を集めるか」

 王都の門から真っ直ぐに大通りがあった。その真ん中辺りに冒険者ギルドがあった。冒険者や傭兵が集まり、仕事の斡旋を受けたり、様々な情報を交換し合う場所だった。

 三人がギルドに着いた頃はちょうど夕飯時だった。ギルドには酒場や食堂も併設しており、冒険者たちがそこで飲み食いしていた。ウォンは先頭に立ってギルドの中を進んでいき、色々な情報を扱う情報部に向かった。

 情報部のカウンターに着くと、ウォンは金の入った袋から何枚か金貨を出して言った。

「エルフの森に関する情報が欲しいんだが」

「いらっしゃい、ええとエルフに関する情報ね、何が聞きたい?」

情報部の男が言うと、ウォンが続けて言った。

「最近、大勢のエルフがここに連れてこられなかったか?王立軍に」

「いやあ、そんな話は聞いた事がないな。王立軍が森に行ったのは知ってるか?」

男がそう言うとウォンは驚いたように言った。

「エルフは連れてこられてない?」

「ああ、少なくとも昨日も今日もエルフなんて王都には来てないよ。まあ、その辺に一人二人いるがね。エルフの集団なんてのは王都には来てないよ」

エルグレンはパアっと顔を輝かせた。やっぱり仲間は逃げたんだ、と思った。

「だが、こんな話がある。五日ほど前、王立軍は森に入ってエルフを皆殺しにしようとしたそうだ。だが、何人か斬るとエルフたちは忽然とその姿を消してしまったそうだ。兵士たちの目の前で、体が消えていなくなったそうだ。王立軍は森を調べたが、エルフたちの影はどこにもなかったそうだよ」

情報部の男はそう言うとウォンの出した金貨を取った。

「もう一つ聞かせてくれ。森の中に街道を作るって話は本当か?エルフとの交渉はどうなったんだ?」

ウォンがそう言うと男は続けて言った。

「本当だよ。もう工事に入ってる。エルフとの交渉なんて表向きの話さ、実際は何の断りもなく工事は進められているよ。不可侵協定も何もあったもんじゃないよ、サーラデン王国はエルフを無視するつもりだよ」

ランディが不思議そうに言った。

「じゃあ何で王立軍は森を焼いたの?何のために?」

「さあな、その辺の事情はよく分からんが、おそらく示威行動じゃないか?街道が作られて街が作られればエルフなんて邪魔なだけなんだろうさ。っと、この金じゃあここまでだな」

そう言うと情報部の男は奥へ引っ込んでしまった。ウォン達はその場を離れ、酒場のスペースに移動した。席に座り、酒を注文した。しばらくして酒が運ばれてくると、三人はまず一口飲んだ。そして、ランディが話を切り出した。

「許せないよ、見せつけの為に森を燃やすなんて!エルグレンを襲っていたあの王立軍の連中、エルフは魔物だって言ってたよね?王国はそう言う方針って訳?無視するところじゃない、魔物として討伐するつもりなんだよ、王国は!」

「それは分かっていたことだろ?あの兵士達がそう言ってたんだから。それよりも分からないのはエルフ達の行方だ。兵士たちの目の前で消えたって言ってたな。エルグレン、心当たりはないか?」

「そうね・・・考えられるのは姿隠しの魔法でどこかに逃げた、くらいかしら」

 エルグレンは難しい顔をして言った。

「ああ、それなら僕も使えるよ。でも、エルフたちの中に姿隠しの魔法が使える人はどのくらい居たの?」

 ランディが聞いた。

「結構いるわよ。そうね、姿隠しの魔法ならみんなで逃げられるわね。多分それで逃げたんじゃないかしら!」

 エルグレンはそう言うと、少し安心した様な顔になった。仲間が生きている確率が上がったと考えたのだった。

 ウォンはしばらく考え込んでいた。そして口を開いた。

「あの集落のエルフたちが姿を隠して逃げおおせたとして、その行先は何処だ?そして、王国はエルフを滅ぼそうとしてるなら、他の集落にいるエルフもやばくないか?」

 エルグレンははっとして息をのんだ。ランディが何か気付いたように言った。

「そうだよ、やばいじゃん!王立軍がエルフを殺しにまた森に入るよ!」

「まあ落ち着け、昨日の今日だ、王立軍もまだ動いちゃいないだろう。その証拠に、俺達が王都に来る時には、王立軍なんてすれ違わなかっただろう?」

 ウォンがそう言うとランディは少し落ち着いた様だった。エルグレンが焦りながら言った。

「で、でもいつかは行くんでしょ?また森を燃やすのかしら・・・」

「だが、王立軍の連中は他の集落の場所を知ってるのか?エルグレンの居た集落はキサン村から近かったから、人間も知っていたが、森の奥の集落となると・・・」

ウォンがそう言うと、エルグレンは少し考えこんだ。

「・・・そうね、私の居た所は人間と少しだけれど交流もあったわ。だけど、他の集落はどうかしら・・・人間には知られてないんじゃないかしら」

「だろう?王立軍はもしかしたら何も知らないんじゃないか?」

 ウォンはそう言ってエールを飲み干した。

「つまり、先回りが出来るって事だね!先回りして、エルフたちに危機を知らせなきゃ!あ、エルグレン、もちろん他の集落の場所は知ってるんだよね?」

 ランディが嬉しそうに言った。エルグレンも嬉しそうだった。

「ええ、幾つかは。知らない所があっても、幾つかの集落に知らせれば他のみんなが知らせてくれるわ」

 エルグレンはだんだんと希望が湧いてきた。仲間が生きているかもしれないと思うと胸が高鳴った。

「というわけで、俺たちは有利に事を運べられるんだ。エルグレン、仲間が逃げていきそうな他の集落は分かるか?」

「ええ、私の住んでた所から三日ほど行った所に一つ、一番近い集落はそこよ」

ウォンの問いかけに、エルグレンはニコニコしながら答えた。

「そうか、じゃあそこから行ってみるか?っと、その前に王立軍の動きを調べなきゃな。ランディ、朝になったら軍の詰め所に行って来い。軍がいつ動くのか聞いてくるんだ」

「えー、僕が行くのー?ウォンは?」

ランディは不満そうに答えた。ウォンはニヤッとして言った。

「俺か?俺とエルグレンは市場へ行くんだ。な、エルグレン」

ウォンがそう言うと、エルグレンは目を輝かせて言った。

「市場?!市場に連れてってくれるの?嬉しい!ありがと、ウォン」

「僕も行きたいよー。そもそも詰め所に行ったって王立軍が教えてくれる訳ないじゃん」

 ランディは不満そうに言った。

「お前の得意な姿隠しの魔法を使って探って来るんだよ。王立軍が動くかどうか調べてこい」

 ウォンがそう言うとランディはむくれた顔をした。

「ちぇ、分かったよ。その代わり今日の飲み代はウォン持ちだからね?晩御飯も食べたいなあ」

「あー分かった分かった、俺が奢ってやるよ。その代わり、調査の方はしっかり頼むぞ」

 ウォンはそう言って、給仕を呼びつけた。



次の日、ウォンとエルグレンは王都の市場へ向かった。キサン村の市場とは比べ物にならない位の規模だった。

食料品、日用雑貨、武器、防具、美術品、装飾品と様々な物が売られていた。エルグレンは喜んだり驚いたりしながら店を見回っていた。

しばらくの間、二人は色々な店を見て歩いていた。すると、エルグレンは装飾品を売っている店で翡翠のペンダントに魅了された。

「綺麗・・・すごく綺麗だわ・・・」

 そう言うとペンダントを手に取りしげしげと眺めていた。

「なんだ、気に入ったのか?買ってやろうか?」

ウォンが金を出しかけているとエルグレンは慌てて言った。

「あ、わ、私そんなつもりじゃ・・・申し訳ないわ」

 そういってペンダントを放した。

「気に入ったんだろ?買ってやるよ。おやじ、いくらだ?」

「五万だが、そんなに気にいったんなら四万五千に負けてやろう」

店の親父がそう言うと、ウォンは金の入った袋を開けて、金貨と銀貨を出した。

「金貨四枚と銀貨五枚っと、はいよ。ほら、エルグレン」

ウォンは翡翠のペンダントを掴むと、エルグレンに渡した。

エルグレンは恥ずかしそうにしていたが、おずおずと受け取った。

「あ、ありがとう・・・」

「つけてみろよ、似合うぜ、きっと」

ウォンはニヤッと笑って言った。エルグレンは照れ臭そうにしていたが、首にペンダントを付けた。

「・・・どう、似合う?」

エルグレンは照れながらウォンに聞いた。

「似合うぜ、瞳の色と同じなんだな。綺麗な色だ」

エルグレン顔を真っ赤にした。周りにいた客がヒューヒューと口笛を吹き、はやし立てたので、二人は恥ずかしくなってその場をいそいそと立ち去った。

その後もぶらぶらと歩きながら市場の中を冷かしていた。ウォンは保存食などを買っていった。ランディの報告次第では早々に王都を出発しなければならない。旅支度をしておかなければならないのだった。

「ランディ、大丈夫かしら」

 歩きながらエルグレンが言った。ウォンは荷物を抱えて隣を歩いていた。

「平気だろ、あいつなら。あれでも盗賊の心得は多少なりともあるんだ、心配ないさ」

「ふーん。ずいぶん信頼してるのね。二人の付き合いって長いの?」

エルグレンは興味深そうに聞いてきた。

「まあ、子供の時から知ってるからな。十年以上の付き合いか。信頼してるっていうか、分かるんだよ、あいつの事は」

ウォンが何か思い出したように笑った。エルグレンは首を傾げて言った

「どうかした?」

「いや、何でもない。ちょっと昔を思い出してさ」

ウォンは苦笑しながら言った。

「ふーん。何だか二人の間には深い絆があるみたいね」

 エルグレンはそう言うと、ニコッと笑いかけた。

「そんなんじゃないさ、ただの腐れ縁だよ。それより、そろそろいいか?ギルドに戻ってランディを待たないと」

「そうね、たくさんのお店があって楽しかったわ。ありがとうね、ウォン。このペンダントも」

 エルグレンが感謝の気持ちを伝えると、ウォンは照れ臭そうに言った。

「いいって事よ。それにしてもエルグレン、ずいぶん明るくなったな」

「ええ、自分でもそう思うわ。森は焼かれてしまったけれど、仲間は無事かもしれないと思うと、少しだけれど、気分が明るくなる気がするの」

ウォンはそれを聞くと安心した様に言った。

「そうか、それは良かったな。仲間が無事だといいな」

「ありがとう、ウォン。ランディもね」

そう言ってエルグレンは笑った。

「そうだ、ランディだ。もう戻ってるかもしれないな。急ぐか」

ウォンがそう言うと、エルグレンも思い出したように言った。

「そうね、行きましょうか」

 二人は市場からギルドのある大通りまで戻って来た。ギルドに帰ると、もう昼過ぎになっていた。中でランディが昼食を取りながら待っていた。

「お帰りー、遅かったね。先に食べてるよー」

そう言うとランディはサンドイッチを頬張った。

「おう、ご苦労だったな。それでどうだった?」

ウォンは給仕係を呼び止め、サンドイッチとコーヒーを二人前頼んだ。

「あのねー、結論から言うとね、エルフはもう襲われません!良かったね、エルグレン」

ランディはニコッとエルグレンに笑いかけた。

「ええと、どういう事?」

 エルグレンは少し戸惑った様子だった。ランディは続けて言った。

「つまりね、王立軍はエルフを討伐するのを止めたんだ。と言うか、出来なくなったんだ。ウォンが言ってた通り、王立軍は他の集落の事なんかちっとも知らなかったんだ。エルグレンの居た集落しか知らないんだ。それで、他の集落を探すのは諦めたみたい。そんな事より、もっと重要な任務が出来たからね」

 そこまで言ってランディはコーヒーをグイっと飲んだ。

「重要な任務?何だ、そりゃ」

ウォンが尋ねた。ランディは一息ついて言った。

「森の中に街道を作ってるって言ってたでしょ?その現場で、魔物が出たらしいんだ。それもかなりの数みたいで、王立軍はそっちの方に行ったよ。冒険者や傭兵も結構現場に向かったみたい。ギルドにも依頼が来てるってさ」

「じゃあ、エルフはもう襲われないんだな?」

ウォンが念を押すように聞いた。

「エルグレンの居た集落が襲われた時、エルフが忽然と消えたでしょ?それで連中森の中を探し回って居たんだ。あれは僕たちを探してたんじゃないんだよ、エルフを探してたんだ。それで結局エルフは見つからなくて、王立軍はエルフが森から逃げ出したと思ったんだ。で、それならもう何にも遠慮しないで街道の工事が進められるって考えたみたいよ。まあ、最初から無断で森を切り開いていたんだけどね」

ランディが話し終えると、エルグレンが複雑そうな顔をして言った。

「じゃあ、何で森を燃やしたの?何のために?」

「まあ、勢い、みたいな事らしいよ。その場のノリ、みたいな。エルフを討伐するってなって、ついでに森も燃やしちまおうって事になったらしいよ」

 ランディがそう言うと、エルグレンは急に機嫌が悪くなった。

「そんなくだらない理由で森を焼いたの?!理由が有ったって許されないけど!そんなことの為に・・・」

 エルグレンは怒りで顔を真っ赤にしていた。エルフにとって森がどれだけ大事なのか、ウォンもランディも少しだけだが分かるような気がした。

「まあ、そうだよな。訳の分からないまま、襲われて住んでる所を焼かれて・・・あんたの気持ちも分かるよ」

そう言ってウォンは慰めようとしたが、次の言葉が見つからず、結局黙り込んでしまった。

「そ、そうだよねー、酷いよね、ほんと。それで、これからどうする?とりあえずエルグレンの安全は確保された訳だし、のんびり出来るよ。このまま王都見学でもする?それとも近くの集落まで行く?」

 ランディの提案に、エルグレンは怒りを少し抑えて言った。

「・・・森に戻ってみるわ。仲間の事もそうだけど、街道の工事も気になるわ。工事が進めば、他の集落の仲間も気づくだろうし、そうなったらまたエルフが襲われるかも知れないし」

「そうか、じゃあ決まりだな。森に行ってみるか。エルグレンも早く仲間に会いたいだろう?」

 ウォンがそう言うと、エルグレンは少し機嫌が直ってきたのか、微笑んで言った。

「そうね、仲間にも会いたいわね。でも、いいの?私が安全になったのなら、一人で帰っても良いんだけど。付き合ってくれるの?」

「前にも言ったが、乗り掛かった舟だ、気にすんな。それに俺達も今回の事は頭に来てるんだ、せめて仲間に無事再会できるまで付き合うぜ」

ウォンがそう言うと、ランディが思い出したように言った。

「そうだ、船だ!ねえ、帰りは船で帰らない?馬車より船の方が早いんだよ!どう、エルグレン」

「ふふ、お任せするわ」

 そう言ってエルグレンは微笑む。ウォンが席を立って言った。

「そうと決まれば、ちょっとキサン村方面で仕事がないか探してくるわ。金はまだあるが、多いに超したことはないからな」

ウォンはギルドの仕事依頼のカウンターに向かった。そこで何やら話し込んでいた。しばらくして席に戻って来た。

「丁度いい仕事があったぞ。俺たちに因縁のある仕事だ」

 ニヤッと笑ってウォンは続けた。

「ディレクトに頼まれてゴブリン狩りに行った洞窟があっただろう?そこの調査依頼があったんだよ。あいつがギルドに依頼してきたらしい。報酬はディレクトから貰うことになっている。ちょうどいいだろ?」

「確かに因縁だねー。あの仕事が無ければ僕達は森に入らなかったし、そうしたらエルグレンを助けられなかったしね。ところで、あそこってやっぱり遺跡なのかな?」

 ランディはそう言って仕事を受けた時の事を思い出していた。確か、ゴブリンが住み着いて危険なので討伐してほしい、との事だった。街道近くまでゴブリンが出て来たので、危険だと判断したらしかった。

「さあな、あの時はよく見てなかったが、洞窟の奥は石造りだったからな。おそらくは遺跡なんだろう。古代エルフの遺跡かもな不可侵協定以前の遺跡だったら凄いぞ」

ウォンがそう言うと、ランディが突然叫んだ。

「そうだ、不可侵協定!忘れてた!いや、サーラデン王国がなぜ不可侵協定を破ったかなんだけど、酷い理屈なんだよ」

「ほう、どんな理屈だ?」

ウォンに促されてランディが続ける。

「不可侵協定は旧カルディナス帝国と結んだものであって、三年前に出来たサーラデン王国との間には何も無いって。だからこれは侵略ではなく開拓だっていうんだよ?酷くない?」

「エルフの事は完全に無視か、確かに酷いな。エルフからしたら、国が変わっても、人間とエルフの間の約束だと思ってるだろうな」

 ウォンがそう言うとエルグレンはまた怒り出した。

「ひどい、国が変わったって人間は変わらないのに!不可侵協定を何だと思ってるのかしら!」

「でもまあ、国が国策で始めたことだ、一般庶民の俺達にどうこう出来る話じゃないさ。諦めるしかないな」

ウォンは冷たく言った。それから少し冷たすぎたのではと後悔したが、何の言葉も出てこなかった。

「でも・・・」

エルグレンは不満そうだったが、実際に、自分に出来る事と言ったら何もなかったので、そのまま黙ってしまった。

しばらく三人は黙り込んでいたが、沈黙に耐えられなかったランディが口を開いた。

「で、でもさあ、森の中に街道が出来たら便利になるかもよ?町だって作るみたいだしさあ」

「でもそれが森を切り開いて良い理由にはならないわ」

エルグレンが冷たく言った。そしてはっ、と気が付いて謝った。

「ご、ごめんなさい」

「いいさ、人間のやり方は確かに酷いからな。エルフに無断で森を切り開くなんて、前代未聞だ。その上、エルフに存在そのものを無視して消そうってんだからな」

ウォンが言うと、今度はランディが謝った。

「ごめんね、エルグレン。僕、人間の都合しか考えてなかったよ。エルフにしたらただの侵略だもんね」

「もういいわ、私、頭に来ちゃって・・・ごめんなさい、仕方のない事ってあるわよね」

そう言うとエルグレンは苦笑いをした。ウォンとランディは少しほっとした気持ちになった。

「まあ、仕方のない事は考えてもしょうがないさ。俺たちは出来る事をしよう」

ウォンは気持ちを切り替えようと、明るい声を出した。

「さあ、森へ行こう。エルグレンの仲間を探すんだ。まずは一番近い集落へ行ってみようか」

「そうだね、それが良いよ。エルグレン、仲間に会えるかもしれないよ、良かったね」

ランディも明るく言った。エルグレンは少しだけだが気持ちが和んできた。二人の親切に、人間にも信頼できる人たちがいると思い、嬉しくなった。種族全体が悪い訳ではないのだ。良い事をする者もいれば悪い事をする者もいる。それはエルフと人間を問わず、全ての種族に言える事だった。そして、自分は良い人間と巡り合った。それが嬉しかった。

「ありがとう、ウォン、ランディ」

 そう言うのが精いっぱいだった。

「そうと決まれば、善は急げだ、船の様子を見に行こうか。エルグレン、船なんて見たことないだろ?すっげえんだぜ?!」

ウォンが子供のようにはしゃぎだした。ウォンは乗り物が好きなのだった。

「見たことないわ。話に聞いた事があるだけで。大きいのかしら」

 エルグレンははしゃぎだしたウォンを見てクスッと笑った。ぶっきらぼうだけど案外子供っぽいんだ、と思ったが、口には出さなかった。

 三人は川の港へ向かった。港と言っても大海に面する港とは違い、桟橋が何本かあるくらいだった。それでも、五十人は乗れるであろう大きな船が幾つかあった。川は王都の先をしばらく行った所で東から南へ折れ曲がっていて、キサン村方面か西部諸国方面かどちらかに行く船があった。ウォン達はキサン村に行く船のチケットを買った。出発は明日の早朝だった。



 船の旅は快適、とは行かなかった。何しろ揺れが酷く、エルグレンはすぐに気分が悪くなった。

「大丈夫?ほら、外の景色を見ていれば少しは気が晴れるよ」

 ランディが心配そうに言ったが、エルグレンは外を見る余裕もなかった。

「うう、気持ち悪い・・・」

「ランディ、何か船酔いに効く魔法はないか?それか薬とか」

ウォンも心配になってきたが、彼にはどうすることもできなかった。

「ごめん、薬も魔法もないんだ。そうだエルグレン、エルフなら回復系の魔法が得意でしょ?自分でかけてみれば?」

「そうね・・・」

 そう言うとエルグレンは呪文を詠唱し始めた。

「我に精霊の癒しを!」

エルグレンは自分の頭に向けて手をかざし、白い光が頭を包んだ。しばらくすると、エルグレンは顔色も良くなってきた。

「・・・ふう、気持ち悪かった。でもまたすぐに気持ち悪くなるわね、きっと」

エルグレンが言うとウォンが面白そうに言った。

「その時はまた魔法をかければいいだろ?なあに、そのうち慣れるよ」

「そうだよ、三日もあるんだから、揺れにも慣れちゃうよ、きっと」

ランディがそう言うと、エルグレンは不安そうに小さな声を出した。

「そうかしら・・・なんか二人とも、面白がってない?」

「そ、そんな事は無いよ?心配してるんだからね?」

「そ、そうだぞ、面白がってなんかいないぞ?」

二人がどもりながら言うので、エルグレンは吹き出してしまった。

「アハハ、冗談よ、冗談。それより、船って速いのね。もっとのんびりした物だと思っていたけれど」

「そうだろ、この船は小さいながら魔導推進装置が使われているからな。帆を張ったりしなくてもスピードが出るんだ。すげえだろ!?」

エルグレンは聞きなれない言葉に首を傾げて言った。

「魔導推進装置?なあに、それ」

するとランディが答えた。

「要するに、魔法の力で船を動かす機械みたいなもんだよ」

「へえ、面白いものがあるのね」

エルグレンはさして興味がある風でもなかった。問題は別の所にあった。

「それにしても、どうにかならないかしら、この揺れは。魔導推進装置って、もっと揺れないように作れないの?」

「水の上だから仕方ないさ。これでも揺れは少ない方だぜ?」

ウォンがそう言ったが、エルグレンは気に入らなかった。

「どうせなら空を飛ぶ船を作ればいいのにね。鳥みたいに飛べればもっと速いわ、きっと。あ、でも空は怖いかな・・・この間ランディと一緒に飛んだ時、すごく怖かったから」

「ははは、高い所も慣れれば怖くないよ。僕も初めは怖かったもん、魔法で飛ぶのは」

 ランディはそう言って笑った。

「まあ、船ぐらいの乗り物がちょうど良いんだよ、きっと。空を飛ぶなんて魔導士ぐらいのもんさ」

 ウォンがそう言うと、ランディも頷いた。

「そうね、空を飛ぶのはもういいわ。それにしても揺れるわね、乗合馬車の方がまだ揺れないわね」

 エルグレンは少し気分が悪くなってきた様だった。ランディが心配そうに言った。

「大丈夫?ほんとに、そのうち慣れるから、ちょっと我慢してね」

「無理もないさ、初めて船に乗った時は俺だって気分が悪くなったもんだよ」

ウォンがそう言ったが、エルグレンには慰めにもならなかった。

「・・・気持ち悪いわ・・・」

「寝ちゃった方がいいんじゃない?ほら、あっちの席で休んでなよ」

 ランディがエルグレンの肩を持ち、ソファまで連れて行った。

「うう、ありがと・・・」

エルグレンはそのまま倒れこんでしまった。その日は一日横になって休んでいた。

 次の日はエルグレンも揺れに慣れてきた様だった。船の外の景色を眺める余裕も出てきた。船は水しぶきを上げて進んでいた。

「涼しいわね!気持ちいい!」

 エルグレンの機嫌はとても良かった。

「慣れると船も良いもんだろ?」

 ウォンが聞くとエルグレンは微笑んだ。

「ええ、そうね!昨日は最悪だと思ったけど、船の旅も良いわね!」

「なあ、エルグレン、その、何だ、昨日魔法使ってただろう?回復系の何か」

「使ったわよ?それがどうしたの?」

 ウォンは言いにくそうにしていた。

「初めて会った時、怪我してただろ?あれってもしかして自分で直せた?」

「直せたわよ。でも、自分自身に回復系の魔法をかけるのって、あんまり効果が無いのよ。昨日だって癒しの魔法かけたけどすぐに気分が悪くなったでしょ?だから怪我した時は魔法をかけなかったのよ。まあ、いきなり連れて行かれたからそんなことする余裕も無かったけどね」

エルグレンがそう言うと、ウォンは慌てたように言った。

「そ、そうか。それならいいんだ。俺はてっきり余計な事しちまったのかと思ったもんだから」

「そんなことないわよ、嬉しかったわ」

「そ、そうか・・・」

それきり、ウォンは黙り込んでしまった。エルグレンは涼しい風を受けて気持ち良さそうにしていた。

その日も次の日も、船は順調に進んで行った。キサン村に着いたのは三日目の夕方だった。

 三人はそのままディレクトの店に直行した。店に入るとカウンターの奥でディレクトが迎えた。

「よう、帰ってきたか。王都はどうだった、エルフのお嬢さん」

「ええ、市場が凄かったわ!色んな物があって驚きの連続だったわ」

エルグレンがそう言うと、ウォンが割って入った。

「それよりディレクト、あの洞窟の調査依頼、俺達が受けたぜ。なんかマッチポンプみたいで悪いが」

 ウォンの進言で王都のギルドに依頼書が回したのだが、その依頼書は、ウォン達が乗って言った乗合馬車に託されていたのだった。つまり依頼書とウォン達は一緒に王都に入ったのだ。

「なんだ、それなら直接頼めば良かったな」

 ディレクトはたいして気にも留めていないようだった。

「何か悪かったな、ディレクト」

 ウォンがすまなそうに言った。

「まあ、依頼書の配達料が無駄になったってだけだ。気にすんな。それより、あの洞窟だが」

 ディレクトがそう言いかけると、ウォンが遮るように言った。

「ん?あの洞窟がどうした?」

「いや、炭になったゴブリンの死体がそのままだっただろ?村の連中に頼んで綺麗にしてもらってきたからな。王都から調査団が来ると思っていたから、片づけなきゃと思ってな」

ディレクトがそう言うとウォンはまたすまなそうに言った。

「何か面倒かけたみたいだな。調査の方はしっかりやるから。あ、そのことなんだが、調査っていつまでにやれ、とかないのか?」

「別にないぞ。ゆっくりやってくれればいいよ」

ディレクトがそう言うと、ウォンは安心した様に言った。

「そうか、良かった。実はエルグレンを森の中のエルフの集落まで送らなきゃならなくてな。調査の方はその後にしたいんだが」

「ああ、構わんよ。しっかり護衛しろよ」

 ディレクトはそう言ってニヤッと笑った。

「大丈夫だよ、すぐ近くだからな。何か出るとしてもゴブリンくらいだろ」

ウォンはニヤッと笑い返した。

 


次の日、朝早くに三人はキサン村を後にした。まずはエルグレンの居た集落に向かった。集落の風景は以前と変わらない様子だった。

「ここに死体もないし、王都にも連れてかれてなかったし、やっぱり他の集落に逃げたのかなあ」

 ランディが言うと、エルグレンもウォンも頷いた。

「そうだな、その可能性は極めて高くなったな」

「そうね、きっと姿隠しの魔法で逃げたのよ」

 ランディは少し考えて言った。

「姿隠しの魔法は範囲魔法だから、襲われてとっさに魔法を使ったんだよ。その場に居なかったエルグレンだけが取り残されて。それから姿を隠したまま逃げて行った、と」

 ウォンは少し違和感を覚えた。

「ん?エルフの中には切り付けられた奴もいたんだろ?そんなの抱えて逃げて行ったのか?見えなくなってるのに?」

ああ、とランディが声を上げた。

「あのねウォン、姿隠しの魔法って範囲魔法だから、かけた本人と指定した範囲の者が掛かるんだよ。それで、範囲の中の人たちはお互いが見えるんだ。半透明だけどね」

「そうなのか?と、いう事は一人で集落のエルフを全員隠したのか?」

 ウォンがそう尋ねると今度はエルグレンが言った。

「いいえ、たぶん何人かで手分けして魔法を掛けたんでしょうね。集落全員は一人が掛ける魔法の範囲には入らないから」

「それだとエルフが全員足並み揃えて同じ場所に逃げる、なんて事は出来ないよなあ」

 ウォンがそう言うと、エルグレンはハッ、と気付いた。

「そうね、みんなバラバラに逃げたのかもね。みんな同じ集落に逃げてるなら良いけど・・・」

「もう安全だって知らせるのもそうだが、サーラデン王国がこの森に街道を作っている事を他のエルフにも教えなきゃな」

ウォンは難しい顔をしながら言った。森の中に点在するエルフの集落に知らせに回るのは骨が折れそうだ、と思った。

「そうだよ、エルフに知らせたら戦って森を守るかも知れないし」

 ランディが言うと、エルグレンは首を横に振った。

「それはないわね。エルフは争いは好まないもの」

 ウォンはハア、っとため息をついた。

「ここで考えててもしょうがないな。とりあえず一番近い集落へ行ってみるか?そうすれば何か分かるだろうし」

ランディも賛成の様だった。

「そうだね、王国が道を作ってるのも知らせなきゃいけないし」

「そうね、一番近い集落はここから歩いて三日って所ね。途中には小川もあるから水の心配はないわ」

エルグレンが言うと、ウォンはよし、と掛け声をかけた。

「それじゃあ行ってみるか。エルグレン、案内を頼む」

ウォンがそう言うと、エルグレンはニコッと笑って言った。

「わかったわ、それじゃついて来て」

 エルグレンを先頭に、三人は森の奥に進んで行った。途中、小さな川に突き当たるとその川に沿って歩いて行った。森の中は静かだった。獣に遭遇することもなく、魔物も出なかった。エルグレンによると、ゴブリンなどの魔物とエルフとは基本的に不干渉で、住み分けが出来ているようだった。エルフが森の中を散策していて、もしゴブリンなどに出会ったとしても、たいがいはゴブリンの方が逃げて行くそうだ。

「でもさあ、ゴブリンが近くに住んでたら嫌じゃない?僕らだったら退治しちゃうけどなあ」

ランディがそう言うと、エルグレンは苦笑した。

「まあ、ゴブリンは妖魔って呼ばれるけど、妖精であるエルフやドワーフなんかと同じで、元は妖精界に居たのよ」

「へえ、そうなんだ。じゃあ何で妖精と妖魔って呼び方が違うの?」

ランディの素朴な疑問にエルグレンは答えた。

「召喚した相手の違いね。妖精たちは神族が召喚して、妖魔は魔族が召喚したの。神代戦争は知ってるでしょ?その時に召喚されたのよ、妖精も妖魔も」

「そうか、それで妖精と妖魔が居るって訳か。でも、戦争が終わったのに何で妖精界に帰らないの?」

エルグレンはランディの言葉にまたもや苦笑して言った。

「居心地がいいのかもね。妖精界じゃ、マナが満ちているから、食べ物を食べる事は無いのよ。それで、一度知った食べる事の楽しみを捨てられなかったみたいね」

「エルグレンは妖精界に居たの?」

「まさか!私は人間界の生まれよ。妖精界から来たエルフなんて、数えるか位しか居ないわよ」

 エルグレンはちょっと怒ったように言った。神代戦争は千年以上前の話だった。妖精でもそれだけ生きるのは珍しい。

「私を何歳だと思ってるの?まだ若いわよ?」

「ごめんごめん、冗談だよ。エルグレンは二十歳くらいでしょ?」

ランディの言葉にエルグレンはドキッとして声が震えた。

「そ、そうね、それくらいかしら」

ウォンは二人の会話を黙って聞いていた。エルグレンは本当は何歳なのだろうと考えたが、少なくとも自分よりは上だろうな、と思った。

「エルグレン、道は大丈夫か?」

ウォンが聞くと、エルグレンは慌てて答えた。

「え、ええ、この小川に沿っていけば着くわ」

「そうか、三日くらいだったな。ところで、この小川は魚は居るのか?」

ウォンが唐突に聞いた。

「え、ええ、小さいのなら。でも、どうして?」

「いや、エルフも魚を食うのかなと思ってさ」

エルグレンはちょっとびっくりして言った。

「そりゃあ食べるわよ、もちろんお肉だって」

「いや、何か野菜ばっかり食べているイメージがあったもんで。そういえばキサン村でも王都でも肉食ってたな、エルグレンは」

 ウォンは妙に納得した様だった。エルグレンは少し呆れて言った。

「そうよ、エルフも人間と大して変わらないわ。エルフと人間の間には子供だって出来るんだし」

「そうだよね、ハーフエルフって居るもんね。ところで、人間が妖精界に行ったりとかは出来るの?」

ランディの疑問に、エルグレンはちょっと困ったように言った。

「どうかしら・・・人間が妖精界に行ったって話は聞いた事ないわね。人間は死んだ後に行けるって話もあるけど・・・実際の所はよく分からないわ」

「そうなんだ、でもちょっと行ってみたいよね、妖精界。ねえ、ウォン」

ランディがそう言ってウォンの方を見た。

「俺はいいよ。だって、飯食わないんだろ?楽しみが無いじゃないか。エルフだって食いたいから人間界に居るんだろ?」

ウォンがそう言うとランディは不服そうに言った。

「ウォンは夢が無いなあ。妖精たちが住んでた場所だよ?きれいな景色が見れたりするかも知れないじゃん。エルグレンは行ったことあるの?」

ランディが聞いた。エルグレンは少し笑いながら言った。

「もちろん行ったことないわよ?妖精界に戻る魔法は教えられたけど、実際に使った人なんかいないんじゃないかな?もう千年くらい、誰も妖精界と行き来してないんじゃない?」

 エルグレンがそう言うと、ウォンはちょっと意地悪く言った。

「要するに、飯を食うのが楽しくてたまらないんだろう?エルフは食いしん坊だな」

「否定はしないわ。私の住んでた集落が人間と交流してたのも、小麦製品を得るためだったと言う事が大きいもの。代わりにこちらは肉を提供してたわ」

「そうか、それでキサン村は村のくせにあんなに栄えてたんだね」

ランディは納得した様に言った。

「しかしあれだな、エルフと人間は大した違いもないのに、サーラデン王国はなんでエルフを排斥するんだろうな?」

 ウォンがそう疑問を投げかけた。ランディはらしくもなく真面目な顔で言った。

「多分、劣等感じゃないかな?エルフは見た目は美しいし、頭も良い。魔法にだって長けてるし、人間から見たら理想の種族なんだよ、きっと。だから逆に、認めたくないんだろうね」

 ランディがそう言うと、エルグレンは少し悲しげに言った。

「似てるからこそ、小さな違いでも気になるのかも知れないわね。人間にとって、やっぱりエルフは異質なのよ」

「森に住んでるエルフと平地に住んでる人間じゃあ、価値観も違うだろうしなあ。山に住んでるドワーフとかはどうなんだろうな?」

 ウォンはドワーフに会ったことはあるが、深い話をするような付き合いはしたことが無かった。

「私もドワーフには会ったことは無いけど、エルフと人間よりも違いがあるって聞いてるわ」

 ドワーフは戦いの好きな種族で、鍛冶などの腕も優れている。ウォンの剣もドワーフ製だった。

「俺の剣もドワーフが作ったんだぜ。よく切れるし、長持ちしてるよ」

ウォンはそう言うと剣を抜いてブン、と縦に振った。

「危ないよ!当たりそうになったじゃん!」

 ランディが怒りながら言った。

「はは、すまんな。しかし、やっぱり王国のやり方は酷すぎる。エルフも黙って逃げてばかりじゃ悔しいだろうに」

 エルグレンはウォンの言葉を聞いて悔しそうに言った。

「このままやられっぱなしなのは悔しいわ。でも、エルフは争いを好まないの。何とか平和的に解決する事を考えないと」

「でも、エルフの存在を無視して街道建設は進んでるみたいだし、このまま泣き寝入りかな?」

ランディが言うと、エルグレンは複雑そうな顔をした。

「それは嫌だわ!でもまあ、人的被害は少ないみたいだし、森が焼けたのだって何十年かすれば元に戻るけど・・・私たちはどうすればいいのかしら?」

「さあな、とりあえず集落に向かってるんだ、そこで考えたらいいさ。仲間がいるだろうしな」

 ウォンはそう言って剣を鞘に収めた。

「そうね・・・エルフ全体で考えなくちゃいけないわね」

エルグレンは何か決意した様に言った。ウォンは少し考えていた。サーラデン王国相手に平和的な解決は難しそうだと思った。実際に王国のやり方は、侵略しているのと同じなのだ。エルフが団結したとして、どれくらいの人数がいるのか分からないし、そもそも争いは好まないと言うのだから抵抗しようにも非暴力で行くしかない。そんな抵抗が王国にとってどれほどの意味があるかだ。

「エルグレン、この森にエルフは全部で何人くらい居るんだ?」

ウォンが聞くと、エルグレンは困ったように言った。

「・・・ちょっと分からないわ。五百人は居ると思うんだけど・・・私もこの森にエルフの集落がいくつあるか分からないの。でもたぶん、十個は無いと思うわ」

「そうか、そんなに多くはないって事だな。この広大な森にその人数が点在してるのか。こりゃあ事を知らせるのも骨が折れそうだな」

 ウォンはそう言ってまた考え込んだ。ランディが気楽そうに言う。

「まあ、知らせるのはエルフたちが手分けして知らせてくれるよ。エルフが集まって話し合えば何とかなるって、頭良いんだし」

「そうね、何とかしないとね」

 エルグレンは苦笑して言った。ウォンは何やら考え込んでいるようで、黙り込んだままだった。しばらく三人は会話もなく歩いていた。そして、ウォンが話し出した。

「・・・東部諸国との交易の為の街道建設は、サーラデン王国にとってエルフとの不可侵協定を破棄してまで推し進めたい事なのか?」

 まるで独り言のように話し出したので、ランディもエルグレンも答えるのをためらっていた。ウォンはなおも続ける。

「そうか、推し進めたいのか。旧カルディナス帝国だった国々と、東部諸国との交易の玄関口になりたいんだな」

 ウォンは一人納得した様な顔で言った。ランディが答えるように言った。

「東部諸国の珍しい物産をサーラデン王国が一手に引き受けて交易すれば、儲けは莫大なものになるよ」

「それじゃあ街道建設はどうあっても止めてくれないだろうなあ」

 ウォンはため息をついた。

「やっぱり泣き寝入りかしら・・・」

 エルグレンが悲しげに呟いた。

「仕方ないかもな。その辺を他のエルフ達と話し合えばいいだろ?何か対抗策が浮かぶかもな」

「そうね、出来る事をするわ。それじゃあ、急ぎましょうか」

エルグレンはそう言って、足早に歩いて行った。ウォンとランディも急いだ。



 旅の二日目、ウォン達は順調に進んでいた。保存食の節約のため、小川で小魚を捕ったりしていた。

三日目になると次第に雨が降ってきた。と言っても小雨がぱらつく程度だったので、大した被害もなく進んで行った。

雨が上がって夕日が沈むころ、目的地であるエルフの集落に着いた。その集落は、エルグレンの居た集落によく似ていたが、少し規模が大きいようだった。集落は周りに囲いがしてあり、入り口には門番らしきエルフが居た。

エルグレンはその門番と顔見知りの様で、門番の方から話しかけてきた。

「おや、エルグレンじゃないか!どうしたんだ、一人で。って一人じゃないか、そちらの二人は人間だね?こんな森の奥に人間が来るなんて珍しいな」

「みんなは?仲間が逃げて来たでしょう?みんなは無事なの?」

エルグレンが掴みかかるように言うと、門番は困惑して言った。

「誰も来てないよ?って言うか逃げて来たって何だ?何かあったのか?」

「誰も来てない?どういう事?」

今度はエルグレンが困惑した様に言った。

「どういう事って、こっちが聞きたいよ。本当に、何かあったのか?エルグレン」

「森が・・・私たちの集落が襲われたのよ。森に火を付けられたわ。それでみんな逃げたんだけど・・・本当に誰も来ていないの?」

エルグレンが聞くと、門番はびっくりした様に言った。

「何だって、襲われただって?誰に、誰にだ!」

「王立軍よ、サーラデン王国の」

 エルグレンが悔しそうに言った。

「それに火を付けただって?森は、森は大丈夫なのか?そうだ、村長に知らせないと!エルグレンも来てくれ!」

そう言うと門番のエルフは走って行ってしまった。

「ちょ、ちょっと待って!」

エルグレンもそれに続く。

「お、おい、ちょっと待てよ!ランディ、俺達も行くぞ!」

ウォンとランディも走り出した。集落の中は普通の村、と言う感じだった。キサン村と比べると規模はかなり小さかったが、それでも広場があり、その周りに家々が立ち並んでいた。

「お、あそこだ!ランディ、ついて来てるな?」

「はあ、はあ、あ、うん、ちゃんと居るよ。あのでかい家かな?」

 そう言ってランディが指さした先には、少し大きめの家があった。エルグレンがそこに入るのが見えたのだった。

「そうだな、よし、行くぞ!」

 ウォンは俄然張り切っていた。何か面白い展開になりそうな予感がしたのだ。

 村長の家に入ると、奥の部屋から声がした。エルグレンと門番のエルフ、そしてもう一人、話す声が聞こえた。ウォンとランディはずかずかと部屋に入って行った。

「エルグレン、話はどこまで進んだ?」

部屋の中にはエルグレンと門番と若そうなエルフが居た。ウォンの問いかけにエルグレンが答えた。

「ああ、ウォン、ランディ。こちら、この集落の村長。話はまだこれからよ」

「初めまして、お二方。私はこのデュラ村の村長、スペクトと申します」

「ああ、俺はウォン、こっちはランディだ。よろしくな。それより、この集落って名前あったんだな。エルグレンの集落にもあるのか?」

ウォンが尋ねるとエルグレンは苦笑しながら言った。

「当たり前じゃない、ちゃんとキシス村って言う名前があるわよ」

「そんな事より、キシス村が襲われた経緯を話してもらえるかな?」

スペクトはそう言って促した。

「そう、そうだわ。それで、急に襲ってきて、森に火を付けられて、何人か斬られて、私は怖くて逃げてしまったの。そうしたら兵隊に追いかけられて・・・そこでこの二人に助けられたの。次の日、村を見に行ったら誰もいなかったの。亡骸も無かったから、もしかしてサーラデン王国に連れて行かれたんじゃないかって思って王都まで行ったけど、誰も連れて行かれて無かったわ。それで、他の集落に逃げたのかもって思ってデュラ村に来てみたんだけど・・・」

そこまで言うとエルグレンはがっかりした顔をした。

「このデュラ村にも誰も逃げて来てはいない、と」

スペクトはそう言うと何やら考え込んだ。するとウォンが口を開いた。

「それから、王立軍がエルグレンの村を襲ったのに関連してるんだが、サーラデン王国は森の中に東西に伸びる街道を建設し始めたんだ。その事は知ってるか?」

「あ、ああ、道を作っているという話は聞いてるよ。この村からも偵察に向かわせたからな」

スペクトは少し怒気をはらんだ声で言った。

「しかし、人間がエルフの集落を襲うとは・・・しかも森を燃やすなんて・・・協定はどうなったのだ?」

スペクトの言葉にランディが答えた。

「不可侵協定の事?あれなら、サーラデン王国は無効だって言ってるみたいだよ?旧カルディナス帝国との間の協定だから、王国には関係ないって」

「何だと!・・・そうか、そういう事か・・・これはとんでもない事だ。森のエルフ全体に関わる問題だな。村長たちを呼び集めるか」

そこまで言うと今まで黙って聞いていた門番が話し始めた。

「村長!私が、人を集めて事情を説明して、各地に伝えに行ってもらいます。それで村長たちにデュラ村に来てもらうようにします」

「うむ、そうしてくれ。なるべく速くな」

「はい、それでは!」

門番はそう言うと部屋から出て言った。スペクトはまた考え込んでいたが、しばらくしてエルグレンに疑問を投げかけた。

「それで、キシス村の連中は何処に行ったんだろうな?もっと森の奥に逃げたのか、それとも・・・」

「私もてっきりデュラ村に逃げたとばかり思っていたから・・・みんな、どこ行っちゃったんだろう・・・」

エルグレンは暗い表情を浮かべた。

「ああ、忘れていた。ウォンさんにランディさんでしたね。エルグレンを助けていただいて感謝します」

スペクトがそう言うと、ウォンは照れ臭そうに笑った。

「気にしないでくれ、好きでやった事だ。それより、俺たちはこれからどうすればいい?とりあえずエルグレンを送っては来たが、仲間の行方がいまだ分からないんじゃ、俺達としても中途半端で心残りなんだ」

 ランディもうんうんと頷いた。

「そうだよ、最後まで見届けないと気持ち悪いよ」

「そうですか・・・それではこうしたらいかがでしょう?お二人には正式にエルグレンの護衛を依頼します。あなた方は冒険者でしょう?契約はエルグレンが仲間と再会できるまで。お礼もそれ相応にお支払いしましょう」

 スペクトの提案に、一番喜んだのはエルグレンだった。

「いいのか、俺達は構わないが。あんたには何の得もないぜ?」

 ウォンはそう言ったが、スペクトはエルグレンを見て言った。

「エルグレンを守る事が森の安全に繋がります。それに、あなた方は人間の中でも良い人間の様だ。人間に襲われた森を人間が守る、なかなか面白いでしょう」

 スペクトは楽しそうに言った。エルグレンは嬉しそうにしていた。

「しばらくはまだ一緒に居られるね、エルグレン。良かったね、ウォン」

「お、おう」

ランディの言葉にウォンはびっくりしていた。まさかそんな事を聞かれるとは思わなかった。

「良かったわ!村長、ありがとう!あ、それで、私たちはこれからどうすればいい?しばらくデュラ村に居てもいい?」

エルグレンが聞くと、スペクトはニコリとして言った。

「ああ、構わんよ。好きなだけ居てくれたらいい。というか、村長たちの会議に出席してもらえないだろうか?情報は多い方がいいからな」

「ありがとう!そうね、そうさせてもらうわ。ウォンもランディも良いでしょ?」

エルグレンははしゃいでいた。

「俺達は良いぜ。でも、いいのか?こんな事態になって、人間を集落に置いといて大丈夫なのか?」

ウォンが難しい顔をして言った。エルグレンは笑っていた。

「大丈夫よ!あ、まさかエルフに意地悪されるとか思ってるんでしょー。心配ないわ、エルフにそんなことする人はいないから」

「そ、そうか。まあ、それだけじゃないんだが・・・まあいいか」

ウォンはそう言って黙った。

「それでは、ここにいる間はこの家を我が家だと思って使って下さい。四、五日で村長たちは集まるでしょう。それまではゆっくり休んで下さい」

スペクトはそう言うと人を呼び、食事の準備を指示していた。それを聞いて、三人はお腹がすいてることを思い出した。

「そういえば、今日は昼ご飯食べてなかったね。お腹すいたー」

ランディがそうぼやいた。

三人はくたびれ果てたのか、ぼーっとしていた。しばらくして、食事の用意が出来たからと、食堂に案内された。

「あー腹減った。お、うまそうじゃないか。これは何の肉だ?」

ウォンが尋ねると、食事の用意をしてくれたスペクトの妻であろうエルフが答えた。

「その大きいのはイノシシです。こっちのは鳥ですね」

「そうか、ありがとうな。お、野菜もちゃんとあるじゃないか、良かったな、ランディ」

ウォンはそう言ってランディを見た。ランディは肉も好きだが野菜も好きなのだった。

「ああ、ありがたいね。旅をしていると干し肉ばっかりで野菜はなかなか取れないからね」

ランディが嬉しそうに言った。

「さあ、それではいただこうか。ウォンさん、ランディさん、酒はいかがですか?果実酒の美味しいのがあるのですが」

スペクトがそう言うとウォンもランディも嬉しそうになった。

「いやあ、ありがたい。ここに来るまで三日間、酒なんか飲まなかったからな」

「そうだね、久しぶりだね」

二人がそう言うと、エルグレンは呆れたように言った。

「たった三日じゃないの。いつもそんなに飲んでるの?」

 ウォンは諭すようにエルグレンに言った。

「エルグレン、俺達は冒険者だ。冒険者って言うのはなあ、死と隣り合わせの職業だ。いつ死ぬか分からないんだ。だからこそ、その日一日を大切に生きるんだ。酒だって、飲める時に飲んどかないと、次はいつ飲めるか分からないだろう?」

「はあ、そんなものかしらねえ」

エルグレンは気が抜けたように言った。

「と、言う訳で、喜んでいただこう、村長。それじゃ、かんぱーい!」

ウォンもランディもおいしそうに果実酒を飲み干し、それから料理にかかった。

 しばらく皆食事を楽しんでいた。そして食べ終わった後、食後のお茶を飲んでいる時にウォンが言った。

「そう言えば、パンが出ていたが、森の中で小麦は出来ないよなあ?この集落も森の外と交易してるのか?」

「いいえ、デュラ村は森の外と交流はありません。森の外と交易をしているのはキシス村だけです」

スペクトはそう言った。エルグレンが続ける。

「キシス村は特別なのよ。いわば森の玄関口ね。キシス村で仕入れた小麦なんかは森の奥の集落に分配してるのよ。だからこんな森の奥でもパンが食べられるって訳」

「そうなんだ。と、いう事は、他の集落は割とここから近いのかな?さっき、言ってたよね、四、五日で集まるって」

 ランディが言うと、スペクトが答えた。

「そんなに近いって訳でもないですよ。エルフは足が速いですからね、それに遠い集落にはドライアドの力を借りて知らせますから」

「ドライアド?何だそりゃ」

ウォンが間の抜けた声を出した。

「木の精霊よ。木々のネットワークはとても速くて、森全体に行き届いているからエルフが行くよりも速いのよ」

 エルグレンが言うと、ウォンは納得した様な顔をした。

「なるほど、要は伝言ゲームだな?」

「まあ、そんなところです。この森には八つの集落がありますが、一番遠い所は走って五日くらいかかります。ドライアドのネットワークは速いですから、そこの集落の村長はもう出発しているでしょう」

「村長が走って来るのか?大丈夫か?」

ウォンは少し驚いた様に言った。

「村長と言っても長老や古老ではありませんから。それなりに若いですよ」

スペクトが言うと、説得力があった。

「そうだよな、あんたも若いもんな」

 ウォンから見ると、スペクトは二十代前半にしか見えなかった。しかしエルフは見た目で年齢は判断できない。きっと自分より何十歳も上なのだろうと考えていた。

「そう言えば、エルグレンの仲間のエルフ達だけど、行先は本当に分からないの?一人もこの集落には来てないの?」

 ランディが聞くと、スペクトは困ったように答えた。

「他の集落に逃げたのかもしれませんが・・・少なくともこの村には誰も来てませんね。村長達が集まれば何か分かるのでは無いでしょうか」

 ふと、思い出したようにウォンが口をはさむ。

「なあ、エルグレンの居た集落、キシス村って言ったか、その近くに遺跡らしきものがあるんだが、何か知らないか?」

「キシス村の近く・・・ああ、あの遺跡ですか。あれは千年以上前に作られたものらしいんですが、何の遺跡なのかさっぱり分からないのですよ。我々は誰かの墓だと思っていましたが、何かあるのですか?」

スペクトがそう言うと、ウォンは少しがっかりした様に言った。

「いや、あの遺跡を調べなきゃならなくてな。何か知っているなら手間も省けるしラッキーかな、と思って」

「何百年か前に我々が一度調べた事があるのですが、奥の部屋に魔法陣があるだけで、何もない遺跡でしたね。魔法陣の意味も分かりませんでしたし」

「そうか、奥に部屋があるのか・・・ああ、ありがとうな」

ウォンがそう言うと、スペクトはいいえ、と言って微笑んだ。

 それからウォン達とスペクトは色々と情報を交換し合った。サーラデン王国が森を切り開いているのはエルフにも伝わっていた。これからどう対処するか森全体で話し合うところだと言う事だった。

 森に火を付けた事に関しては、強く抗議をするとスペクトは言ったが、王国は聞く耳を待たないだろうとウォンは思った。

「サーラデン王国はエルフを完全に無視するつもりだぜ?それどころか魔物だから討伐するって言ってたぞ」

ウォンが言うと、ランディが続けて言う。

「でも、王立軍はエルフの集落の場所を知らないから、実質これ以上被害はないと思うよ」

「まあ、街道建設の場所にエルフの集落が無ければ、の話だがな。その辺はどうなんだ?」

 ウォンが尋ねるとスペクトは難しい顔をして言った。

「今、サーラデン王国が切り開いている場所の東への延長線上には、幸いな事に我々の集落はありません。ただ・・・」

「ただ、何だ?」

「森の真ん中あたりは、良い狩場なんです。そこを道にされてしまうと、森の生態系が崩れるかも知れませんね」

スペクトはそう言うと、少し困った顔をした。ランディはスペクトに同情するように言った。

「それは困ったね。でも、街道建設を止めさせるなんて出来るのかなあ?」

「そういう事を話し合うために村長達に集まってもらうのです。何か良い考えが出てくるでしょう」

「そうだね、そのために皆を呼ぶんだもんね。最初から無理だって決めつけない方がいいよね」

ランディが言うと、エルグレンも同調した。

「そうよ、やって見なきゃ分からないわ。仲間だって見つかるわ、きっと」

「そうだな、希望は持たないとな」

ウォンがそう言うと、その場に居た全員が一斉に頷いた。



 翌日、村長達が集まるまですることが無いので、ウォンとランディは村を見物しようと思ったが、たいして見る所は無かった。あまりに暇なので、二人は狩りに出かける事にした。道に迷うと困るので、エルフの狩人に付き合って貰った。

 エルフの狩りと言うのは、基本的に弓矢で行うのであった。ウォンは多少は弓の扱い方を知っていたので良かったが、ランディはナイフくらいしか扱えないので、雷の魔法で獲物を感電死させるくらいしか出来なかった。しかし、肉をとるのと同時に毛皮もとりたいエルフにとっては、ランディの魔法はありがたかった。

「いやあ、助かるよ。特にあんたの魔法は便利だなあ。傷一つ付けずに狩りが出来るもんな」

 狩人がランディを誉めると、ウォンは意地悪そうに言った。

「お前の魔法も役に立つことがあるんだな」

ランディは猛然と抗議した。

「いつも役に立ってるじゃん!ウォンの方こそ、今日の成果はウサギ一匹じゃないか。僕なんかイノシシとったんだよ?」

「うるせえな、弓はあんまり得意じゃ無いんだよ」

ウォンはそう怒鳴ると弓を放した。

「くそ、剣だったら負けねえのに」

「おいおい、毛皮を切り刻むなんてよしてくれよ?もったいない。それより、あんたの魔法便利だなあ。俺達にも教えてくれないか?」

狩人がそう言うと、ランディは得意げになって言った。

「いいよー。エルフはあんまり攻撃魔法は使わないみたいだね。雷の魔法は良いけど、力の調節をしないと相手が焦げちゃうから気を付けてね」

 そう言ってランディは狩人に魔法を教え始めた。ウォンは地面に座り込み、愚痴をこぼしていた。

「け、やってられないぜ。良いよなあ、魔法が使える奴は」

「そうそう、そのくらいの大きさだと焦げないで感電させられるよ」

 ランディは丁寧に教えていた。エルフは飲み込みが早く、しばらくすると上手に扱えるようになっていた。丁度よく、鹿が出て来たので、狩人は呪文を紡いだ。

「汝に雷獣の怒りを!」

狩人がそう叫ぶと、手のひらから雷が真っ直ぐ飛んで行った。そして、鹿に当たってピカッと光った。鹿は横に倒れて動かなくなった。

「いやあ、こりゃ便利だなあ。傷つけないで獲物をとれるなんてな。ありがとうな」

「どういたしまして。あ、雷の魔法使った直後に獲物に触っちゃ駄目だよ?こっちも感電しちゃうからね」

 ランディがそう言うと、獲物に向かっていた狩人は足を止めた。

「そ、そうか。気を付けないとな。そろそろ戻るか?おいあんた、剣士さんよ、鹿とイノシシを荷車に乗せてくれないか?」

「ん、ああ、分かった。ランディ、これは俺の勝ちだな、お前にはこんな重い物持てないだろう?」

 ウォンは得意げに言った。と言っても、イノシシはさすがに持ち上がらなかったようで、ずるずると引きずりながらなんとか荷車に乗せた。

「よし、帰るか。おいランディ、俺が荷車を引いていくから、後ろから押して来いよ」

「そうだ、重力制御の魔法をかけてあげようか?」

ランディがそう言うと、狩人は呆れたような声を出した。

「そんな魔法まであるのか?」

「うん。・・・かの者の重圧を解放せよ!・・・これで良しっと。どう、ウォン」

ランディが魔法を唱えると、ウォンは荷車を引いてみた。すると、何も乗っていないかの様に軽かった。

「おお、こりゃあ楽ちんだな。この魔法ってどのくらい持つんだ?」

 ウォンが聞くと、ランディはニコっとして答えた。

「デュラ村に帰るまでは十分に持つよ。エルフさん、この魔法も教えてあげようか?」

「た、頼む、教えてくれ!ありがとう、これで狩りが楽になるよ」

 狩人は嬉しそうにしていた。人間の開発した魔法はエルフ達には伝わっていないようだった。

「お返しと言っては何だが、回復魔法でも教えようか?エルフの特別のやつでも」

狩人が言ったが、ランディは少し寂しそうに言った。

「僕、回復系は無理みたいなんだ。特性が違うみたいで。エルフは良いね、どんな魔法でも覚えられて」

「そ、そうか、何かすまなかったな。でもそれじゃあお礼は何しようか・・・」

狩人は申し訳なさそうに言った。

「ああ、気にしないで。さあ、ウォン、行こうか」

ランディはそう言ってウォンを促した。

デュラ村への帰り道、ランディは狩人に重力制御の魔法を教えながら歩いていた。

「その魔法ってさあ、人にかける事は出来るのか?」

 ウォンが荷車を引きながらランディに尋ねた。

「出来るけど、止めといたほうが良いよ。重力が無くなると、ふわふわ浮いちゃうし、ジャンプでもした時には空の彼方に飛んで行っちゃうからね。魔法が切れるまでずっとだから、結構危険だよ。エルフさん、気を付けてね。重い物を動かすぐらいにして置かないととんでもない事になっちゃうから」

 狩人は真面目な顔で分かった、と答えた。

「まあ、重力を少し残しておけば飛んで行っちゃうこともないから。この獲物だってちょっと重さを残しているからね。その辺の調整は呪文の詠唱の強さでやってよ」

「ああ、分かった。ありがとうな」

 ウォンが立ち止まり、試しにウサギをポイっと空に投げてみた。するとウサギはある程度上昇してから、ゆっくりと下に降りて来た。

「なるほど、こういう事か。しかし便利だな、魔法って」

 ウォンが感心しているとランディは苦笑して言った。

「まあ、便利ではあるけど、万能じゃあないからね」

「何か俺も魔法が使いたくなってきたな」

「あはは、ウォンには無理だよ、魔力が無いもん」

ランディが笑うと、ウォンは悔しそうに言った。

「畜生、俺も魔導士の家に生まれたかったぜ」

横で聞いていた狩人がウォンを慰めるように言った。

「人間にも色々あるんだな。でも、魔法が使えなくってもあんたは剣が使えるんだろう?俺達は戦うなんて好きじゃないが、あんたらは戦うのが仕事だろう?」

 ウォンは苦笑いして言った。

「そうだな、剣一本で生きていくって決めたんだよ、昔。魔法は羨ましいが、ただのない物ねだりさ、気にすんな」

そう言うとウォンは荷車を引き始めた。

「しかし、エルフって言うのはどんな魔法でも使えるんだな」

「人間は大体、攻撃型か回復型、補助型のどれかに偏るから、攻撃魔法と回復魔法の両方を使える人間は少ないよ」

ランディは攻撃型に偏っていたが、補助魔法も使えた。しかし、回復魔法は使えなかった。

「その点、エルフは万能型とでもいうのかな、全ての系統の魔法を使えるんだ。でも、エルフは戦いを好まないらしいから、攻撃魔法を覚えるエルフが減ってきてるのかな?」

ランディがそう言うと、狩人が答えた。

「そうだな、少なくとも雷の魔法は知らなかったな。炎の魔法なんかは料理の時に便利だから使うけどな」

「回復魔法以外は、人間が開発したものが多いから、エルフには伝わっていないのかもね」

ランディは少し考え込んだ。エルグレンの居た集落のエルフ達は姿隠しの魔法を使った様だった。しかし、一番近い集落には逃げて来ては居ない。いったいどこに逃げたのだろう、と考えていた。

「ん、どうした、ランディ」

 ウォンが黙り込んだランディに声をかけた。

「いや、キシス村のエルフは何処に行ったのかな、と思ってさ。人間と交易してたんなら攻撃魔法を覚える機会もあっただろうに、襲われた時に反撃もせずに皆で一斉に逃げたのがちょっと引っかかってさ」

ランディの疑問は、ウォンも同じく考えた事だった。

「そうだな、仲間が目の前で斬られて何の反応もせずに逃げたとは考えにくいよな、人間にとっては」

「そうなんだよ。それに、一斉に、って所が気になるよ。普段から避難訓練でもしてたのかな?」

 ランディはよく分からない、といった顔をしていた。

「うちの村じゃあ避難訓練なんてした事無いけどなあ。キシス村は森の外に近いから万が一の為にやってたかもな」

狩人がそう言った。

「帰ったらエルグレンに聞いてみるか。どうもその辺に手掛かりがありそうだ」

ウォンが言うと、ランディも頷いた。

 ウォン達がデュラ村に帰って来たのはそれからしばらくたった頃だった。村に入ると子供たちが荷車を囲んできた。久しぶりの大猟に皆はしゃいでいた。ウォンは荷車を狩人に預けて村長の家に向かった。

「ただいま、っと、エルグレン、着替えたんだね」

ランディが家に入るとエルグレンが出迎えてくれた。

「おかえりなさい、ランディ、ウォン。やっぱりこっちの服の方がいいわね」

 エルグレンはキサン村で買った服から、エルフ独特の服装に着替えていた。

「良く似合ってるよ、エルフらしいね、そっちの方が」

ランディが言うとエルグレンは嬉しそうに笑った。

「ふふ、ありがと。それで?狩りの成果は?どうだったの?」

「ウォンがウサギ一匹、僕がイノシシ一頭、あとは鹿が一頭かな」

ランディは自慢げに話したのでウォンは舌打ちをした。

「すごいじゃない、沢山とれたわね。今夜もおいしいお肉が食べられそうだわ」

 エルグレンはご機嫌だった。

「そんな事より、エルグレン、ちょっと聞きたい事があるんだが」

ウォンが尋ねると、エルグレンはニコニコしながら答えた。

「ん?なあに?」

「エルグレンの集落、キシス村では日ごろから避難訓練、何てしてないよなあ?」

「え?避難訓練?してたけど?どうして?」

 ウォンが一瞬びっくりした様な顔をした。

「避難訓練、してたのか!え、どうやって?どこに避難してたんだ?」

今度はエルグレンがびっくりして答えた。

「え、ええと・・・敵が襲ってきたら、まずは姿隠しの魔法を使って、それから皆で近くの洞窟まで避難して・・・」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。近くの洞窟って、あの遺跡の事か?」

ウォンが動転した様に言った。

「遺跡かどうかは知らないけど・・・あの辺には洞窟は一つしかないわよ?」

「じゃあ、僕達はエルフと入れ違いであの遺跡に居たって事?姿隠しの魔法で見えなかっただけで」

ランディも驚いていた。

「それで、何でエルグレンは一人で逃げてたんだ?」

ウォンが聞くと、エルグレンは恥ずかしそうに言った。

「あの時は・・・気が動転して訓練の事なんてどこかに行っちゃって・・・気が付いたら一人で逃げだしていたの」

「という事は、エルグレンが一人でいたのは突発的な事だったんだな?仲間は皆、遺跡に逃げたんだな?」

「た、たぶん・・・」

「あれ、でもそれじゃあキサン村の人がゴブリンの片付けに行ってくれた時にはもうエルフは居なかったはずだよね?それに、そもそも何であの洞窟にゴブリンが居たの?」

ランディの問いかけに、ウォンは考え込んでいた。

「うーん、分からん。エルグレン、どうしてもっと早く遺跡の事を言わなかったんだ?分かっていれば、別の探し方もあっただろうに」

エルグレンは困ったようにもぞもぞとしていた。

「だって、避難訓練の事なんて今の今まで忘れてたし、あなた達の言っていた遺跡と洞窟が結びつかなかったのよ」

「遺跡にゴブリンが居たんだが、前から居たのか?」

「少なくとも今年の初めには居なかったわよ。年に一回、避難訓練するんだけど、今年は何も居なかったわ」

「とすると、ここ半年くらいの間にゴブリンが住み着いたって訳だね。どこから来たんだろう?」

ランディは首を傾げた。

「大方、王立軍に追いやられたんじゃないか?結構前から街道建設は始まってるんだろう?」

 ウォンはそう言ったが、街道建設の始まった時期は誰も知らなかった。

「あの洞窟って、入り口がちょっと分かりにくいでしょ?だから避難場所にしたのよ。ゴブリンも、隠れるには丁度いいと思ったんじゃないかしら」

 エルグレンが言うと、ウォンは納得した様に言った。

「それで、王国軍に住んでた所を追いやられて、あの遺跡に住み着いたのか。そして街道付近で目撃されて、ディレクトの所に依頼が来たんだな」

「じゃあ、エルフは何処に行ったのかなあ?あの遺跡にはゴブリンしか居なかったみたいだし、キシス村にも誰もいなかったし。あの遺跡が関係してるのかなあ?」

 ランディの疑問に、ウォンは考え込んだ。

「・・・たぶん、エルフ達が遺跡に逃げた、って事は確かだろう。問題はその先だ。どうして近くの集落に逃げていないのか、それとも他の集落に逃げたのか・・・いや、遺跡で何かあったのか・・・うーん、分からん」

 ウォンはしばらく考え込んでいたが、煮詰まった様で、考えるのを止めた。

「今考えても仕方が無いな、情報が少ないし。村長達の話し合いで何か分かるかも知れないな。それまでこの事はお預けだ」

「あと三、四日で村長達も集まるでしょ。それまでのんびりしてようか」

 ランディはそう言って、外に出ようとした。

「ウォン、お風呂行こ、お風呂」

 デュラ村には温泉が湧いていて、公衆浴場があるのだった。ランディはそこに行こうと言うのだ。

「ん、そうだな。狩りで汗もかいたしな。エルグレンも行くか?」

ウォンはそう言うと、ニタ、っといやらしく笑った。

「わ、私はまた後にするわ。お二人でどうぞ」

エルグレンはそう言うと顔を真っ赤にした。

「そうだよねー、夕方は混浴だもんねー。恥ずかしいよね」

そう言ってランディも笑った。公衆浴場は時間によって混浴になるのだった。昨日は浴場の中で鉢合わせをして、エルグレンは恥ずかしい思いをしたのだった。

「そうか、それは残念だな。それじゃあちょっと行ってくるな」

 ウォンとランディは家を出て言った。エルグレンはほうっ、とため息を一つついた。そこに、村長のスペクトがやって来た。

「おや、エルグレン、どうしたんだ?今、ウォンさんとランディさんの声がした様に思ったんだが」

「な、何でもないわ、あの二人なら公衆浴場に行ったわ」

「そうか、温泉は気に入ってもらえたかな?と、それより、今ドライアドのネットワークから連絡があって、三日後に村長達が集まれそうだよ。仲間の行方もその時分かるかも知れないな」

 スペクトの言葉に、エルグレンは少し暗い顔をした。

「そうだといいわね」

「ん、?どうしたんだ、何かあったのか?」

 スペクトが聞くと、エルグレンは不安そうに答えた。

「どうも、皆は他の集落には行って無いみたいなのよ。村の近くの洞窟に逃げたらしいんだけど、その先が分からないのよ」

「洞窟というと?昨日ウォンさんが言っていた遺跡の事か?」

「そうみたい」

スペクトは考え込んだ。

「・・・あの遺跡か・・・何かあるとは考えていたが、キシス村の連中の行先と関係しているのか?・・・もしかして・・・」

「村長?何か知ってるの?」

エルグレンが聞くと、スペクトは首を振った。

「いや、何も分からないんだ。あの遺跡が何の為に作られたのか、さっぱり分からないんだ。おそらく我々エルフが人間界に来るか来ないかくらいの前からからあるのだろう。魔法陣が中にあるが、人間の書いたものなのだろう、我々には解読出来なかったんだ」

「そう、そうなのね。皆、どこ行っちゃったのかしら・・・」

エルグレンは悲しそうに言った。

「そう悲観するものではないよ。たまたま入れ違いになっているだけかもしれないし。希望は持たなければな」

スペクトはそう言って慰めた。エルグレンは気を取り直して言った。

「そうね、希望は持たないとね。ありがとう、村長」

「いや、いいんだよ。それにしてもウォンさん達はどうしてここまでエルグレンに肩入れするのかな?人間にしては真っ直ぐな人たちだな」

スペクトが言うと、エルグレンは頷いた。

「そうね、いい人たちだわ。あの二人が私に良くしてくれるのは、境遇が似ているからだって言ってたわ。二人とも国を追われたんだって」

「そうか、国を追われたのか・・・カルディナス帝国のどこかだろうな、きっと」

「村長は詳しいの?その、カルディナス帝国っていう所の事」

エルグレンが尋ねると、スペクトは苦笑して言った。

「いや、噂程度だよ。何年か前、カルディナス帝国に内乱が起きて、帝国はバラバラになったと聞く。各都市は独立して国を作ったんだ。サーラデン王国もその一つだよ」

「そうなんだ。じゃあ、その中の一つがウォンやランディの故郷なのね」

「おそらくはな。エルグレン、あの二人は良い人間だが、あまり深入りしない方がいいかも知れんな」

 スペクトがそう言うと、エルグレンは不思議そうに言った。

「どうして?あんまり仲良くしない方がいいって事?」

「そういう訳じゃないんだが・・・何かあの二人には影がある。仲良くするのは構わんが、あまり中に突っ込んでいくなよ。悲しい思いをするかも知れないしな」

「そうかしら・・・」

エルグレンは納得していない顔をした。村長の言いたい事がよく分からなかった。

「まあ、エルグレンが良いならそれでいいんだ。さあ、もうすぐ晩御飯だ、手伝ってくれ」

「あ、はい」

 間の抜けた返事をすると、エルグレンは台所に向かった。



「ああー、気持ちよかった。やっぱり温泉は良いねえ」

ウォンとランディが公衆浴場から戻って来た。

「そうだな、毎日風呂にはいれるのは良いな」

二人が気持ち良さそうにしていると、エルグレンが出迎えた。

「おかえりなさい。もう食事の用意は出来てるわよ。早く食べましょう」

「お、それはありがたい。丁度腹も減って来てたんだ。エルグレンも作ったのか?」

ウォンの問いかけに、エルグレンは少し照れながら言った。

「サラダを作っただけよ。さあ、食べましょ」

 三人は食堂に向かった。スペクト夫婦はもう席に着いていた。

「温泉はいかがでしたか?」

 スペクトが聞くと、ウォンは満足げに言った。

「ああ、とても良かったよ。村に温泉があるなんて羨ましいな。俺達が根城にしているキサン村にはないからな」

「そうですか、ゆっくりと堪能してくださいね」

「ありがとう、村長。じゃあ、食べようか」

ランディがそう言うと、皆は一斉に食べ始めた。昨日とあまり変わり映えしないものだったが、皆おいしく食べた。酒もふるまわれ、ウォンとランディは楽しく飲んでいた。

食事が終わってお茶を飲みながら一息入れている所で、スペクトが話し出した。

「三日後には村長達が集まります。その席でウォンさん達には状況の説明をしていただきます。そこで今後について話し合われるでしょう」

「わかった。でも、俺達が知っている事なんて、ほとんどあんたに話しちゃったぜ?」

 ウォンが言うと、スペクトは真面目な顔をして言った。

「当事者の口から聞いた方がいいでしょう。もちろんエルグレンにも証言してもらいます」

「当事者と言っても、俺達は巻き込まれただけだしなあ・・・まあいいか、人間の代表として参加させてもらうよ」

「ありがとうございます」

「それで、村長達が集まるまで、僕達は何をすればいいの?」

ランディが聞くと、スペクトは笑った。

「特にする事はありませんよ。ゆっくりしていて下さい」

「そういわれてもなあ、俺達、何かしてないと落ち着かないんだよ。あ、そうだ、また狩りの手伝いでもしようか?」

ウォンがそう言うと、スペクトはまた笑って言った。

「ははは、ウォンさん達は戦うのが好きなようだ、ええ、そうして下さい。最近、鹿が増えているみたいですから、鹿狩りをお願いしましょうか」

「おう、任せとけ。な、ランディ」

 ウォンはそう言って隣にいるランディの席まで行って、その頭をこぶしでグリグリとこすった。

「い、痛い痛い、何すんのさ!あ、分かった、今日活躍出来なかったから明日こそはって思ってるんでしょ」

「うるせえな、分かってるなら言うな!弓もだいぶ慣れて来たんだ、明日は負けないぜ!」

 そう宣言するとウォンはランディの頭をさらにグリグリとした。

「痛い、痛いってば!もー、エルグレン、何とかしてよー」

 ランディが助けを求めるとエルグレンは微笑んで言った。

「ふふ、頑張ってね、ウォン。ランディもね」

 その微笑みに二人はドキッとした。エルグレンの顔はとても美しかった。

「お、おう、任せとけ」

「そ、そうだね、頑張るよ」

 二人は何だか照れ臭くなってどもってしまった。ウォンは席に戻ると誤魔化す様にお茶を飲んだ。

「あー、お茶がうまい」

 エルグレンはくすくすと笑っていた。ウォンは顔を真っ赤にしていた。そしてお茶を一気に飲んでむせ込んだ。

「ゴホッ、ゴ、ゴホッ」

「だ、大丈夫?肺に入ったらやばいよ?」

ランディが心配そうに聞いたが、ウォンは聞こえないのか、ずっとむせ込んでいる。

「ほら、しっかりしなよ」

 ランディが席を立ち、ウォンの所に行き、背中をバンバンと叩いた。

「ゴホッゴホッ、ん、んん、はあ、はあ、びっくりしたぜ、はあ」

 しばらくしてようやく呼吸が整ったウォンは、お茶の残りを飲むと、一回咳をした。

「ゴホン、あー、びっくりした。死ぬかと思ったぜ。エルグレン、まだ笑ってんのか」

「あはは、大丈夫?ウォン。真っ赤になっちゃって、おっかしいー」

 エルグレンはずっと笑っていた。ウォンは半ば呆れながら言った。

「そんなに人の不幸が楽しいのか。嫌な奴だぜ」

「ごめん、そういう訳じゃないんだけど・・・なんかおかしくって」

 エルグレンは謝ったが、まだくすくすと笑っていた。

「まったく、しょうがねえなあ。おう、笑いたきゃ笑え」

ウォンはやけになって言った。エルグレンはやっと笑うのを止めた。

「あー、おかしかった。ウォン、明日は頑張ってね」

「あーはいはい、頑張るよ」

 ウォンは適当にあしらう様に言った。エルグレンはにっこりとほほ笑んだ。ウォンはまたドキッとしたが、今度は顔には出さなかった。



次の日もその次の日も、ウォンとランディは狩りに明け暮れた。ウォンは弓の扱い方がかなり上達してきていた。二人が狩りに加わった事で、収穫量が何倍にも増えて、エルフ達は喜んでいた。新しく覚えた雷の魔法と重力制御の魔法はとても便利で、エルフの狩人は毎日大猟で帰って来るので、子供たちからは英雄扱いをされた。

 三日目、エルフの村長達が集まる日、ウォンとランディは村の集会所に居た。ちょっとした片付けと掃除をしているのだった。 集会所は、さほど大きくなかったが、五十人は入れる広さはあった。

 その日の夕方頃から、エルフの村長達が集まり始めた。デュラ村に来たのは、各村の長と、その従者が一人か二人だった。

 総勢二十数人が集会所に集まった頃には、もう日も傾いていた。村長達には食事が振舞われ、皆は黙々と食事をしていた。エルグレンとウォンとランディも同席していた。

 食事がひと段落したところで、スペクトが話し出した。

「皆さん、良く集まって下さいました。今日集まっていただいたのは他でもありません、森に降りかかった危機について皆で話し合うためです。エルグレンに被害者として話してもらいます。エルグレン、お願いするよ」

スペクトがそう言うと、エルグレンは少し緊張した様に言った。

「ええと、今から十日ほど前、キシス村がサーラデン王国の王立軍に襲われました。そして、村の周辺の森を燃やされました」

そこまで言うと、村長の一人が声を上げた。

「なぜ襲って来たんだ?不可侵協定はどうなった?」

「それについてはウォンさんから説明していただきましょう。ウォンさんとランディさんはその日、たまたま森の中でエルグレンが襲われている所に居合わせ、助けて下さった人間の方々です。それでは、ウォンさん、お願いします」

「おう。まず、サーラデン王国は森の真ん中に街道を建設し始めている。東部諸国との交易が目的らしい。当然、森の木々が切り倒されている訳だ。その延長線上というか、勢いでエルグレンの居た集落は襲われたみたいだ。不可侵協定については、サーラデン王国は一方的に破棄するようだ。そして、エルフを魔物として討伐することも考えているらしい。エルグレンの集落はその足掛かりだったようだな」

ウォンが話し終えると、村長達はざわざわと話し始めた。しばらく話し合っていたが、一人の村長が手を上げた。スペクトが促すと村長は話し始めた。

「それで、不可侵協定の破棄というのは、いったいどういう事なんだ?それに、キシス村の連中は無事なのか?」

「それも、ウォンさんから話してもらいましょう」

そう言うとスペクトはウォンの方を見た。ウォンは分かった、と言って話し出した。

「不可侵協定は旧カルディナス帝国と結んだものであって、サーラデン王国としてはそんなものは存在しない、という事らしい。エルグレンの仲間に関しては、行方不明だ。何処に行ったのか分からん」

すると、他の村長が話し出した。

「道を作るって事は、森を南北に分割するって事か?」

「そういう事になりますね。あの辺は絶好の狩場ですから、近くの村には悪い影響も出るかも知れませんね」

スペクトが言うと、村長達は考え込んだ。スペクトは続けて言った。

「以上の事を踏まえまして、これからどうするのが良いのか、という事を考えたいと思います」

 村長達はしばらく考え込んだり、隣りの村長と話したりしていた。しかし、決定的な意見は出てこなかった。

 すると、スペクトがおもむろに話し出した。

「みなさん、いろんな意見があるでしょうが、私は現実的な意見を申し上げたいと思います」

 村長達は静かになって聞いていた。

「森を閉ざすのです。人間が森に入って来られないようにするのです」

 スペクトはそう宣言するように言った。すると、村長達の中に一瞬どよめきが起きた。

「そんな事出来るのか?」

「どうやってるんだ」

「現実的と言っても、やり方が・・・」

村長達は口々に疑問を呈した。それを制するようにスペクトは言った。

「森全体に、迷いの森の魔法を掛けるのです。それが一番現実的でしょう」

それを聞いた村長達は、賛成の声を上げた。

「迷いの森の魔法か・・・それならば、あるいは・・・」

「それが良い!そうしよう」

「そうか、あの魔法があったか!」

その中で一人の村長が意見を出した。

「しかし、あの魔法は強力すぎないか?森に入ったら最後、人間は出られなくなるぞ」

スペクトは皆に説明するように言った。

「迷いの森の魔法は、ドライアドの力を借りて、森を迷路のようにして入った者を迷わせる魔法です。その者を永遠に迷わす事も出来れば、迷わせた末に森の外に出す事も可能です。その辺のさじ加減は自由に出来ます。それに、元々中に住んで居る我々エルフや動物達は迷いません」

「でも、今現在、街道が作られているだろう?そこはどうなるんだ?南北に森を分断されたら魔法も途切れないか?」

 村長の一人が疑問を投げかけた。スペクトは苦笑して答えた。

「残念ですが、切り開かれた場所には木が無いのでドライアドの力は及びません。街道に分断されれば魔法の効果も無いでしょう。ですから、魔法を南と北、両方に掛けるのです。そして、エルフと動物だけは行き来出来るように調整するのです。というか、人間を通せなくするように調整するのです」

スペクトがそこまで言うと、村長達は納得した様だった。スペクトは続けて言った。

「人間が森を切り開く事を止めることは難しいですが、迷いの森の魔法を掛ければ、人間は森の恵みを一切得られなくなります。それが、不可侵協定を一方的に破棄し、森を焼かれて仲間を襲われ、魔物扱いしてくる人間に対するせめてもの対抗手段ではないでしょうか」

そこまで言うと、ウォンが口をはさんだ。

「魔法の効果の調整なんてできるのか?人間だけ迷わせるとか、そんな細かい事まで指定できるのか?」

「できますよ、ドライアドに頼むだけですから。それほど難しい事ではありません」

スペクトが言うと、ウォンは感心した。

「そうか、魔法ってホント便利だよなあ。あ、そうだ、街道建設で森が分断されたらドライアドのネットワークはどうなるんだ?これも途切れてしまうのか?」

ウォンはそう言うと、スペクトは笑って答えた。

「大丈夫ですよ、木々が見えていればネットワークは健在です。まさか木々が見えなくなるほど広い道を作りはしないでしょう?」

 それを聞いたウォンは安心した。道が作られる事でエルフに生活に支障が出ないかと心配していたのだ。

「ああ、それから、キシス村の辺りは迷いの森の魔法から除外する事とします。キサン村との交易が無くなると我々もパンが食べられなくなりますからね」

スペクトがそう言うと、村長の一人が話し出した。

「しかし、キシス村の連中は行方不明なんだろう?それに、村の周りは燃やされてしまったんだろう?村の再建は難しいんじゃないか?」

「確かにそうですね。それで、キシス村の連中の捜索を、こちらのウォンさんとランディさん、それにエルグレンに頼もうかと思っています。このお二方は人間ではありますが、信頼のおける方たちです。もし何か厄介な事に巻き込まれていても、このお二方は冒険者だそうですので、荒っぽい事も慣れてらっしゃるでしょう。任せてみたいのですが」

そう言ってスペクトは皆を促した。村長達に異存はない様だった。

「それでは、これで話し合いを終えたいと思います。迷いの森の魔法を掛けるのをいつにするかは、明日また改めて話し合いましょう。皆さんには今日はここに泊っていただきます。お酒も用意致しますので。今夜はのんびりお過ごしください」

 スペクトがそう言うと、主に若い従者の方が喜びの声を上げた。若いエルフ達にとっては退屈な話し合いだったのだろう。

 その夜はすっかり宴会になっていた。ウォンとランディもその場に残り、エルフ達と夜遅くまで酒を酌み交わした。

 その宴会の中で、ウォン達は不思議な話を聞いた。東部諸国に一番近い集落の村長から、キシス村の近くにある洞窟とよく似た遺跡があるという話を聞いたのだった。それは、森の外にも近く、エルフ達が調べたのだが使用目的が全く分からなかったのだった。ウォンは、偶然にしては何か引っかかるものがある、と考えていた。

 その夜は結局皆酔いつぶれてしまい、雑魚寝をしていた。村長達が連れて来た従者の中には女のエルフもいたが、一緒になって寝ていた。

 あくる朝、ウォン達は二日酔いの頭を覚ますため温泉に入った。

「ああー気持ちいい。皆の村にも温泉があったりするのか?」

特に仲良くなった若いエルフに聞いた。

「ああ、ほとんどの所はあるんじゃないかな。温泉が無くても、川の近くに集落があるから毎日風呂には入れるしな」

「そうか、エルフはきれい好きなんだな。人間で毎日風呂に入れる奴は金持ちとか貴族とかだぜ。貧乏人は行水をするくらいだな」

 ウォンがそう言うと、若いエルフはふーん、と気のない返事をした。

「あれかい?人間の村には温泉は無いのかい?」

「少なくともキサン村にはないよ。まあ、井戸はあるけどな」

ウォンの言葉に隣りにいたランディが言う。

「この森は特に温泉が多いみたいよ。温度も入るのにちょうどいいし」

「そうなのか?この森は特別なのかな?」

若いエルフはランディに聞いた。ランディが続ける。

「そうだよ、平地でそんなに温泉があるなんて珍しいよ」

「まあ、この森は色んな面で恵まれてるって事だな」

ウォンはそう言うと、温泉から上がった。

「じゃあな、先に行ってるぜ」

そしてウォンは脱衣場の方へ向かった。

「僕はもうちょっとしたら出るよ」

 ランディがそう言った。ウォンは体を拭き、服を着て村長の家に戻った。丁度、エルグレン達が朝食の用意をしている所だった。遠くから来た村長達の分は、ここで作って、集会所に運ぶのだった。

「あ、ウォン、おはよう。運ぶの手伝ってくれる?」

エルグレンがウォンを見つけると、仕事を押し付けて来た。

「ああ、分かったよ」

ウォンはやれやれ、と言った感じで返事をした。何しろ二十人以上の分の食事を持っていくのだ、人手の居る仕事だった。

「なあ、これ持ってったらあっちで食っていいか?」

「いいわよ、ウォン達の分もあるから。でも、お茶を入れるからまた戻って来てくれる?」

「そのうちランディも戻って来るから、あいつに持って行かせろよ」

「わかったわ」

そうしてウォンは大きな盆を抱えながら集会所まで歩いて行った。途中、ランディに会ったので、お茶を持ってくるように伝えた。

集会所では、村長達が何やら話し込んでいた。ウォンが来る前に半分くらい食事は運んであったらしく、皆それを食べていた。

「追加の食事、持ってきたぞー」

ウォンが言うと、持ってきた盆を村長が受け取り、皆で急いで食べ始めた。

「お、おい、俺の分もあるんだからな」

 そう言うとウォンも食べ始めた。

しばらくすると、大きなやかんを持ってランディが入ってきた。

「おはよー、お茶持ってきたよー」

 集会所に備え付けの茶碗を出すと、お茶を注ぎ始めた。お茶が全員に行き渡るころ、スペクトが入って来た。エルグレンも一緒だった。

 あらかた食事が終わってるのを見て、スペクトは話し出した。

「皆さん、おはようございます。朝食のサンドイッチはいかがでしたか?うちの家内とエルグレンが朝早くからつくったものです」

「ああ、うまかったぞ。お茶もな」

一人の村長がそう言うと、他の村長も次々に誉め出した。

「ありがとうございます。それで、食事も大体終わった様ですので、今日の話し合いを始めたいと思います」

 スペクトがそう言うと、村長達は真剣な顔になった。従者たちも同じであった。

「さっそくですが、迷いの森の魔法を掛ける事について話し合いたいと思います。まず、魔法を使う場所についてですが、これは森の中心辺りが良いかと思います。そこから、二手に分かれて、南と北に移動して魔法を掛けるのです。そして、誰が魔法を掛けるのかという事ですが、ここにいらっしゃる村長の皆さんで掛けるのが適当だと思います。キシス村の村長が居ませんが、それはキシス村は除外する事にしましたので問題は無いでしょう。それから、いつ魔法を掛けるか、という事ですが、これは早ければ早い方が良いでしょう。出来れば今日にでも森の中心に向かいたいのですが、いかかでしょう?」

 スペクトはそこまで一気に話すと、一同の顔を見た。

「異議なし!」

「異議なし!」

 次々に村長達が声を上げる。スペクトは満足した様に言った。

「それでは、今日の昼過ぎに村を出発します。ウォンさんとランディさんには一応護衛としてついて来てもらいます。サーラデン王国の王立軍がいるかも知れませんからね」

ウォンがニヤ、っと笑って言った。

「それじゃあ、護衛料はタダにしてやろう。ここ数日、村で世話になったからな」

 サンドイッチの残りを食べていたランディもうんうんと頷いた。

「エルグレンも行くでしょ?」

「ええ、キシス村の代表として行くわ」

「迷いの森の魔法なんて、滅多に見られないよ?ラッキーだね」

 ランディが嬉しそうに言うと、エルグレンも笑って言った。

「そうね、私も初めてだわ」

そこで、スペクトが手をたたいて言った。

「では、今日の昼過ぎに出発、という事で。皆さん、よろしくお願いします」

 それで話し合いは終わった。話し合いというよりはスペクトの独壇場だったな、とウォンは思った。しかし、誰も反対する者は居なかったので、すんなりと終わって良かったとも思った。

 それから昼までの間にウォン達はバタバタと旅支度をしていた。ウォンは剣の他に、エルフに弓を借りていく事にした。ここ何日か、弓を使いだして、何だか面白くなってきたのだった。

 皆は昼ご飯を食べてから村の広場に集まった。森の中心へは各村の村長とその従者達、それにスペクトとウォン達が行く事になる。

「皆さん、揃っているでしょうか?とりあえず、森の中心まで皆で行きましょう。三日もあれば着くでしょう。それでは、出発しましょうか」

 スペクトがそう言うと、皆はぞろぞろと歩き出した。森の中は薄暗くもなく、時折鹿の声や鳥の声が聞こえた。ウォンは、三日の間に狩りをする事もあるだろうと思って弓を借りて来たのだが、一行は狩りをする事もなく進んで行った。一行は途中、干し肉と硬めに焼いたパンを食べながら行ったのだった。

 三日ほどたった日、森の中心と思しき所に着いた。そこは少し開けていたが、何もない所だった。スペクトは皆に指示を出した。

「それでは、二手に分かれましょう。南と北に移動します。分断された時を想像して、森全体をカバー出来るように魔法を掛けるのです」

十人づつ位に分かれて南北へ分かれて言った。ウォン達はスペクトについて南へ行った。一日ほど歩くと、南の中心と思しき場所へ着いた。木だらけで、固まっている余裕も無い位だった。

「では、始めましょうか。村長の皆さん、宜しくお願いします」

スペクトが言うと、一緒に来た三人の村長達と一緒に、呪文を紡ぎ始めた。低い声が、、地を這うように響く。すると、周りの木々がほんのりと輝き始めた。

「わあ、綺麗・・・」

 エルグレンが小さく呟いた。輝く木々は、どんどんと広がって言った。やがて、森全体に広がったであろう輝きが、眩しいほどになった時、呪文が完成した。村長達が声をそろえて叫んだ。

「この森に、永遠の迷いの路を!」

すると、輝きは一瞬強さを増した。それから徐々に和らいでいき、輝きも失せて元の森に戻った。

「何だ?終わったのか?」

 ウォンが聞くと、スペクトが答えた。

「はい、終わりました。これで迷いの森の魔法は完成です」

 少し疲れた顔をしたスペクトはふらついていた。

「おい、大丈夫か?かなり消耗してるみたいだが」

「大丈夫です、ありがとうございます。これで、人間が森に入ってきてもすぐに迷って森の外へ弾き出されますよ」

息を乱しながらスペクトが言った。エルグレンが心配そうにしていた。

「回復呪文、掛けようか?」

エルグレンの言葉にスペクトはありがとう、と言って座り込んだ。

「・・・汝に精霊の癒しを!」

 簡単に呪文を唱えるとエルグレンの手から光が広がってスペクトを包んだ。スペクトは徐々に顔色が良くなってきた。

「ありがとう、エルグレン。だいぶ楽になったよ」

 他の村長達も、同様に疲れ果てていたが、仲間の従者に回復魔法を使ってもらって元気になっていた。

「これで、本当に人間だけが森に入れないの?動物とかは大丈夫なの?」

ランディが疑問を投げかけた。

「はい、これで人間だけが入ってこられません。動物やエルフには影響はありませんよ」

「え、それじゃあ僕とウォンはどうなるの?このまま置いてきぼり?」

スペクトは笑って言った。

「まさか、ちゃんとデュラ村に一緒に帰ってもらいますよ。ただ、我々から離れないで下さいね?迷いますから」

「う、うん・・・エルグレン、一緒に居てね?」

ランディが不安そうに言うと、エルグレンはくすくす笑っていた。

「ランディ、子供みたいー」

「い、いや、だってこんな森の中に取り残されたら・・・」

「はいはい、分かったわよ、何なら手を繋いであげましょうか?ねえ、ウォン」

 ウォンは急に振られてびっくりしていた。

「あ、ああ、そうだな、手を繋いで・・・って、いらねえよ、大丈夫だ!」

 それを聞くとエルグレンは大きな声で笑った。

「あははは、ウォンも子供みたい―」

 ウォンもランディも顔を真っ赤にしていた。しばらくエルグレンは笑っていたが、不意に真顔になって言った。

「二人とも、私たちから離れないでね?迷うと、最悪の場合、一生出られなくなるから。まあ、運が良ければ出られるかもだけど」

「あ、ああ、分かった。離れないようにする」

「うん、離れないよ」

三人がそんなやり取りをしていると、すっかり回復したスペクトが話し出した。

「それでは、帰りましょうか。同胞の方々もお疲れ様でした。皆ここから自分の村へ帰って下さいね。何か問題が起きましたらまたドライアドに知らせてもらいますから」

 そこで、皆は挨拶をして別れて言った。ウォン達はデュラ村に向けて足を運んだ。まっすぐ行けば一日半位で着くとの事だった。

「まあ、万が一はぐれても、ドライアドに聞けば居場所は分かるんだけどね。色々と面倒だから、離れないでね」

 エルグレンがそう言うと、ランディは少し安心した様に言った。

「何だ、エルフが一緒に居れば大丈夫って事じゃん」

「まあね。ただ、迷いの森の魔法は、精神にも影響するから、気を付けた方が良いわよ。人間が森に入ると、心を焦らせて判断力を奪ったりするから、余計迷い込んじゃう人もいるのよ」

「何か、さっきから嫌な感じがするのはそれか。エルグレンと距離を置かない方が良いみたいだな」

 ウォンはそう言うとエルグレンの隣りへ来た。すると、嫌な感じは薄らいでいった。

「やっぱり、手を繋ぐ?」

「い、いや、いい。近くに居ればいいんだろ?」

ウォンはしどろもどろに答えた。エルグレンはくすくす笑いながら言った。

「何照れてんのよ、ウォン」

「でも、近くに居ると嫌な感じが無くなっていくよ。ウォン、やっぱり手を繋いで貰おうか?」

 ランディが言うと、ウォンは慌てて首を振った。

「いいよ、俺は。ランディ、お前が繋いで貰えよ」

「うん、そうする」

そう言うとランディはエルグレンの手を握り締めた。

「あ、何かすっきりしたよ?もやが晴れたみたい」

「そうか、それは良かったな」

 少し悔しそうにしていたウォンだったが、ふと疑問を持った。

「何でエルグレンに触ると魔法の影響が無くなるんだ?」

「ああ、それは、エルフが迷いの森の魔法で守られてるからよ。人間に与えている悪影響を、エルフに与えている好影響が打ち消すのよ。だから、手を繋ぐのは理にかなってるわ」

エルグレンはそう言ったが、いまさら手を繋げるはずもなかった。

「要はエルフとくっ付いていればいいんだろ?おい、スペクト、手を繋ぐぞ」

ウォンはスペクトの手を握った。スペクトはびっくりしたが、ウォンの頑固さに呆れて苦笑した。

「何も、こんなおっさんと手を繋がなくても・・・素直にエルグレンと手を繋いだらどうですか?」

「うるせえ、エルフだったら誰でも良いんだろ?って、おっさん?スペクト、あんた、今何歳だ?」

「今年で百五十歳です。人間だったら死んでますね」

そう言ってスペクトは笑った。エルグレンは年齢の話はまずいと思ったのか、話を逸らす様に言った。

「あ、小川が見えて来たわ。これを辿っていけばデュラ村よ。急ぎましょ」

エルグレンはランディと手を繋ぎながら歩いて行った。

「ねえ、エルグレン、君は一体何歳なの?」

ランディの質問に、焦ったように答える。

「あ、あなたとあまり変わらないわよ?そんな事より、先に進みましょ」

エルグレンは少し早歩きになった。ランディは、こりゃ何十年も年上なんだろうなと思ったが、口には出さなかった。



その日は川のせせらぎを聞きながら一夜を明かした。次の日は半日歩いて、夕方にデュラ村に着いた。村は前と変わらない様子で、迷いの森の魔法など関係ない様だった。

「なあ、村の皆には魔法の事、言わなくていいのか?」

 ウォンが聞くと、スペクトは笑って答えた。

「もちろん話しますよ?ただ、あんまり意味はないですけどね。この辺りに人間が来た事はありませんし、これからは人間が森に入ることはありませんから、って言っても、だから何?って、言われそうですけどね」

「デュラ村からエルフが人間の街に行くことはないのか?」

「たまにありますけどね。十年に一人とか、そんな程度ですよ」

話しているうちにスペクトの家に着いた。中に入るとスペクトの妻が出迎えてくれた。

「おかえりなさい、皆さん」

「ああ、ただいま。食事の用意をしてくれないか?」

「はい、わかりました。エルグレン、手伝ってくれる?」

「ああ、はい」

 エルグレンはスペクトの妻と共に台所へ向かった。

「食事の前に、一杯、どうですか?」

スペクトが果実酒を出してきた。ウォンもランディも喜んでいただくことにした。

「それで、これからどうするのですか?」

「エルグレンの村の近くにある遺跡に行ってみようと思っている。集落の皆が行方不明になったのも、あの遺跡が関係しているような気がするんだ」

「しかし、あの遺跡は用途も目的も分かりませんよ?」

「手掛かりはあの遺跡しかないんだ、今のところ。他に何もないんだ。最後にエルフ達が行った場所だからな、何か見つかるかもしれないし」

ウォンはそう言ってため息をついた。果実酒を飲みながらランディが言う。

「遺跡の中に魔法陣があるんでしょ?エルフには解読できなかったって言ってたけど、人間の魔導士の僕なら分かるかも知れないよ」

「たしかに、あの遺跡は人間が作ったものみたいですからね。ランディさんの様に魔法に精通している方なら、あるいは・・・」

「い、嫌だなあ、魔法に精通しているなんて・・・僕が分かるかもって言ったのは、もしかしたら魔法陣が神代文字で作られているかも知れないと思ったからだよ」

ランディは照れながら言った。スペクトが首を傾げる。

「神代文字?それは何ですか?」

「神代戦争以前に使われていた文字だよ。人間でも、今はごく限られた者しか読めない文字なんだ。なんでも、文字自体に魔力があるとかで、解読法はあまり伝わってないんだ」

「それを、ランディさんは解読できる、と」

「まあね。もしかしたら、その文字を使った魔法陣じゃないのかなあ?」

ランディがそう言うと、スペクトはふむ、と言って考え込んだ。

「その、神代文字とやらならば、我々エルフが解読できない訳ですね。エルフが人間界に召喚されてから作られた物なのでしょうか?それとも、それ以前からあったのでしょうか?」

「それはどうか分からないけど、千年は経ってるだろうねえ」

「そうですか・・・では、遺跡の探索次第でキシス村のエルフ達の行方が分かるかも知れないんですね」

 スペクトが言うと、ランディは難しい顔をした。

「どうかねえ。あの遺跡まで行ったのは確実なんだけど・・・次に行った場所の手掛かりがあるかどうか・・・」

「行ってみないと分からない、という事ですか・・・」

スペクトはまた考え込んだ。ウォンが気楽に言う。

「まあ、何か分かるだろ。いざとなりゃ、森の中を探し回れば見つかるんじゃないか?」

「!!それですよ!ウォンさん!」

スペクトが大きな声を出したので、ウォンもランディもびっくりしてしまった。

「どうしたんだよ、急に。俺、何か言ったか?」

「そうですよ、森の中ですよ!エルフが森を出るわけはないんだ、必ず森に中にいるはずです!私は森を守る事ばかり考えて、キシス村の連中がどこへ行ったのかなんてあんまり考えていなかったんです」

 スペクトは申し訳なさそうに言った。

「それで、森の中に居るとして、どうやって調べるんだ?」

ウォンが聞くと、スペクトは嬉しそうに答えた。

「ドライアドのネットワークですよ!ドライアドに聞けば、どこに誰がいるかはすぐに分かりますよ」

「そうか、それならすぐ分かりそうだな」

「ええ、さっそく聞いてきます!」

そう言ってスペクトは家を出て行った。その時ちょうど、エルグレン達が食事を持ってきた。

「お待たせ、あれ、村長は?」

「今ちょうど出て行ったよ。なんでもエルグレンの仲間の居場所が分かるかも知れないってさ」

「ええ!そうなの?でもどうやって・・・」

エルグレンの疑問にウォンが答える。

「ドライアドのネットワークに聞くんだと。すぐに分かるそうだ」

「ああ、そういう事ね。やっぱり森の中に隠れてるのかしら。無事だといいけど・・・」

エルグレンが心配そうに呟くと、ランディが慰めるように言った。

「大丈夫だよ、きっと。仲間は無事だよ」

「ありがとう、ランディ」

そう言ったが、エルグレンはまだ不安そうだった。

「スペクトが帰ってくるまで待つか。エルグレンも一杯どうだ?」

「え、ええ」

ウォンの言葉にエルグレンは適当に返事をした。心ここにあらず、と言った様子だった。

しばらく待っていると、スペクトが帰って来た。その顔は不思議な物を見て来たような顔つきだった。

「ただいま、ああ、食事の用意も出来てるんだね。お待たせしました、話は食べながら聞いて下さい」

 スペクトがそう言うと、一同は食事をし始めた。果実酒を一杯飲むと、スペクトは話し始めた。

「ドライアドに聞いたところ、十日以上前、森に火を付けられた日に、エルフの集団が現れたのを見たそうです。場所は、森の北東にある遺跡だそうです。ドライアドの情報だと、確かにキシス村の連中だったそうです。彼らはしばらくその遺跡の周りに居ましたが、何日か前、森の外へ出て行ったそうです」

 そこまで言うと、スペクトは一息ついて果実酒をもう一杯飲んだ。

「じゃあ、皆は無事なのね!良かった・・・」

 エルグレンは安堵のため息をついた。

「森の北東にある遺跡って、この間聞いたところだよなあ?エルグレンの居た集落の近くにある遺跡と何か関係があるのか?」

ウォンが疑問を呈すると、ランディも不思議そうに言った。

「森の外に出て行ったって、どういう事?まさか、東部諸国のどこかの国に行った、とか?」

「ドライアドの話では、二つの遺跡は非常に似通ったものらしいです。中の広さなども同じ位だそうです。魔法陣がある事も」

 スペクトがそう言うと、ランディは考え込んだ。そして、一つの仮説が浮かんできた。

「ねえ、もしかして・・・あの遺跡って、転移魔法の装置じゃないの?」

「転移魔法?そんなものがあるのか?」

「うん、古代の魔法にそう言うのがあるよ、確か。今はその魔法は伝わってないけど」

「じゃあ、村の皆は転移魔法で森の反対側へ飛ばされたって事?」

エルグレンは驚いて言った。

「多分ね。他に考えられる事は今の所ないね。森に火を付けられたあの日、南西にあるあの遺跡から北東にある遺跡まで行くには、転移魔法以外には考えられないね」

 ランディはある程度確信を持っていた。しかし、なぜ魔法陣が発動したのかは分からなかった。

「それで、消えたように居なくなったのね。でも、森の外に出たって、どういう事かしら?」

「それはおそらく、東部諸国のどこかの国に助けを求めたんじゃないか?東部の国にとっても、この森の資源は魅力的だからな」

ウォンが言ったが、エルグレンはあまり納得していない様だった。

「そんな森全体に関わる事を、キシス村だけでやるかしら・・・」

「それはそうかも知れない。すると、なぜ森を出たのでしょうか」

 スペクトがそう言うと、ウォンはしばらく考え込んでから言った。

「うーん、分からん。大体、転移の魔法かどうかも分からないしな。どうする、エルグレン」

ウォンが聞くと、エルグレンは困ったように答えた。

「どうするって言われても・・・ランディ、どうすればいいと思う?」

「うーん、そうだね、やれる事は二つかな。一つは森の外に出たエルフを追いかける。もう一つは南西の遺跡を調べて、可能ならば転移魔法を使ってみる。他に何かあるかな?」

「・・・ないわね。そうね、皆が無事なのは確実そうだし、遺跡を調べてみましょうか?」

エルグレンの言葉に、ウォンはニヤッと笑った。

「もともとそのつもりだったんだ。じゃあ、決まりだな。明日さっそく行ってみるか。エルグレンの居た集落まで三日位だったな。スペクト、世話になったな。ありがとうな」

「いえいえ、こちらこそお世話になりました。ちょっと待っててくださいね」

 そう言うとスペクトは部屋を出て行った。しばらくして戻ってくると、手に何やら皮の小袋を持っていた。

「これはエルグレンの護衛料です。お納めください」

 スペクトはウォンに小袋を渡した。ウォンが小袋を開けてみると、綺麗な宝石が入っていた。

「!!これ、ダイヤモンドじゃないか!しかも、大きい!こんなもの、貰えねえよ」

ウォンが慌ててダイヤモンドを小袋にしまい、スペクトにつき返した。

「これは必要経費も入っていますので」

 スペクトはウォンに小袋を渡し直した。

「いや、でも、良いのか?こんなに貰っても」

「構いませんよ。それははるか昔、ドワーフの職人から譲り受けたものです。私が持っていても仕方ないですし、あなた方の役に立つのなら」

「・・・そうか、それじゃあ、ありがたくいただくとしよう。エルグレンの事は任せてくれ。必ず仲間のもとへ送り届ける」

ウォンは決意するように言った。

「よろしくお願いしますね」

 しばらくして、食事を終えた頃、エルグレンは公衆浴場に向かった。ウォンとランディは、スペクトと酒を飲みながら話をしていた。

「しかし、転移魔法なんて本当にあるのか?そんな魔法があったら、旅なんてしなくても色んな所へ行けるじゃないか」

ウォンが言うと、ランディは苦笑しながら言った。

「そんなに便利じゃないよ。一つの魔法陣で転移できる場所は一つだし、そもそもそんな大魔法なら触媒も必要だから、簡単にホイホイどこにでも行けるって訳じゃないよ」

「そんなもんか。エルフには転移魔法は伝わってないのか?」

「残念ながら伝わってませんね」

「そりゃそうだよ、人間にとっても伝説級の魔法だよ?僕も書物で見ただけだもん。実際は何にも分からないよ」

 ランディの言葉に、ウォンは呆れたように言った。

「それでよく転移魔法だって決めつけられるな」

「だって状況的に他にあり得ないんだもん。長距離を瞬間で移動する魔法なんて、転移魔法しか考えられないよ」

「古代の伝説級の魔法か・・・俺にはまだ信じられんな」

ウォンがそう言うと、ランディはむきになって言った。

「じゃあ、他に何か考えられる?転移魔法以外で、エルフが行方不明になった事、説明出来る?」

「いや、おそらくはお前の言う事が正解なんだろうな。ただ俺はこの目で見ないと納得できないたちでね。推測ばっかりじゃ何だか面白くないぜ」

ウォンの言葉に、スペクトが笑い出した。

「ははは、ウォンさんは現実主義者なんですね。エルフも割とそういう所がありますよ」

ウォンは苦笑して言った。

「現実主義っていうか、想像だけで話を進めるのがあんまり得意じゃ無いだけだ。それより、エルグレンの仲間が森の外に出たって言うのはどういう事なんだろうな?」

「東部のどこかの国に救援を求めたのかも知れませんが、さっきエルグレンも言っていたように、キシス村の連中だけでするとは思えません」

「エルグレンは王立軍に突然襲われたって言ってたけど、そこの所はどうなのかな?」

 ランディの疑問にスペクトがさらに問いかける。

「と、言うと?」

「エルグレン達は、サーラデン王国が森を切り開いて街道を建設する事を知っていたのかな、と思ってさ」

「それは、エルグレンに聞いた方が早いでしょうね」

「もし、知っていたなら他の村と連携をとるとかするだろうしな。それをしないで森の外に出たって言うのはどうしてなんだろうな。それとも、街道建設を知らなかったのか?」

ウォンの言葉に二人は黙り込んだ。しばらく沈黙が続いていたが、少しするとエルグレンが公衆浴場から帰って来た。

「ただいまー、あー気持ちよかった」

首にタオルを巻いて、顔は赤らんでいた。湯上りの美女にウォン達は見とれていた。ランディがどぎまぎしながら声をかけた。

「お、お帰り、エルグレン。あのさあ、聞きたい事があるんだけど」

「ん?なあに?」

「エルグレン達は街道が作られてる事を知ってたの?」

「ええ、知ってたわよ。でも知ったのは襲われたあの日だったけれど」

「それじゃあ他の集落と連絡は取ってないんだね?」

「取ってないわ。どうしようか話し合おうと集まって居た所を襲われたのよ」

「そうか・・・という事は、転移した先で何かあったのか・・・」

 ウォンはそう呟くと一人で考え込んだ。

「何の話?」

 エルグレンが聞くと、ランディが答えた。

「いや、エルグレンの仲間は何で森を出たのかなと思ってさ」

「もう森へは戻れないと思ったんじゃないかしら。森は焼かれてしまったし」

「それにしたって、他の集落に行くとか出来たんじゃないのかなあ?」

ランディの疑問に、エルグレンも首を傾げる。

「そうね、そこが分からない所よね」

「うーん、考えても分からんな。とりあえず、この話は止めよう。明日、遺跡へ向かえば何か分かるだろう」

 ずっと考えていたウォンが言った。皆もその意見には賛成だった。四人はそれから夜遅くまで酒を飲んでいた。



次の日、朝早くからウォンとランディは公衆浴場に居た。

「ねえ、ウォン」

「ん、なんだ?」

「スペクトから貰ったダイヤモンド、かなり大きかったよね」

「そうだな」

「あれ、売れば何百万になるだろうね」

「そうだろうな」

「あんな物、貰って良かったのかな?」

「貰える物は貰っておこうぜ」

「でも、いいのかなあ」

「いいじゃねえか、くれるっていうんだからさ」

 そこまで言って、ウォンは湯船から上がった。

「気にすんなよ、ランディ。俺達はエルグレンを仲間の元に帰せばいいんだよ。これまでだって結構タダ働きみたいなもんだっただろ?良いんだよ、貰っとけば」

「そうかなあ・・・」

 ランディは釈然としないようだったが、ウォンは気にせずにさっさと出て行ってしまった。ランディはゆっくりと湯船につかってから出て行った。

 二人がスペクトの家に戻ると、朝食の用意が出来ていた。皆で食事を取り、ウォン達は旅支度を始めた。エルグレンは冒険者風の服に戻っていた。

「あれ、エルグレン、服変えたの?」

ランディが不思議そうな声を出した。

「ええ、キシス村の周りは王国の兵隊がいるかも知れないから、用心のためにね」

 エルグレンはそう言うと、深めの帽子を被った。耳が隠れ、人間と変わらない容姿になった。

 旅支度も済んで、ウォン達はエルフ達に見送られて出立した。村の入り口で、エルフ達はエルグレンに励ましの言葉などを掛けていた。

「では、道中お気を付けて。エルグレンの事、頼みましたよ」

 スペクトが右手をウォンに差し伸べて言った。

「ああ、あんたがたも元気でな。それじゃあ!」

 ウォンは手を握り返した。そして三人はデュラ村とお別れした。

 そして三人はキシス村に向かって歩き出した。

「ほら、ウォン!しっかり手を繋いで!迷っても知らないわよ!」

 エルグレンが怒ったように言うので、ウォンは渋々手を繋いでいた。ランディは何の抵抗もなくエルグレンの手を握り締めていた。エルグレンを真ん中に、左右にウォンとランディが居た。

「何だか子供のピクニックみたいだね」

 ランディが笑って言った。

「笑い事じゃねえよ。迷ったら命に係わるからな」

ウォンはそう言って手を繋ぐ言い訳にしていた。

「でも、はたから見たら結構間抜けに見えるかもね」

ランディが面白そうに言った。

「じゃあ、私は引率の先生かな?」

エルグレンがくすくす笑って言った。

その日は一日歩いて、小川に沿って南下した。途中、川で魚を取ったりしていた。

次の日も三人仲良く手を繋いで歩いていた。まだまだ迷いの森の魔法の範囲から出る事は無かった。

三日目、イノシシが突っ込んできた以外は、何事もなく過ぎて、夕暮れにはキシス村についた。村の中は以前と変わらず静かだった。周りの森は、迷いの森の魔法は掛かっておらず、エルグレンと手を放しても嫌な感じはしなかった。

「ふう、やっと着いたわね。今日は私の家に泊まりましょう」

 そう言ってエルグレンは自分の家に二人を案内した。そんなに大きくなかったが、三人が泊まるには十分な広さだった。

 ウォンとランディは顔を見合わせ、お互いに頷いた。そしてウォンが言った。

「エルグレン、俺達は他の家に泊まらせてもらうよ」

「なんで?一緒に泊ればいいじゃない」

「いや、そういう訳にはいかないだろう」

「どうして?今までだって一緒に寝てたじゃない。何をいまさら」

「それは、旅の途中だったから・・・とにかく、俺達は別の所で寝るからな」

「・・・そう、分かったわ。でも、食事は一緒にするでしょ?ここで」

「ああ、それはもちろん」

「じゃあ、ちょっと待っててね。今用意するから。お酒でも飲んでて」

エルグレンは酒瓶をウォンに手渡した。それから台所からコップを二つ持ってきてランディに渡した。

「ありがとう、エルグレン。晩御飯は何?」

ランディが聞くとエルグレンは少し困ったように言った。

「それがね、大したものはないのよ。干し肉と、あとジャガイモがあるくらいで。他の野菜は駄目になってしまっているし、あとはパンね」

「十分だよ、ねえ、ウォン?」

「そうだな、それで十分だ」

「ごめんなさいね、何のおもてなしも出来なくて」

そう言うとエルグレンはジャガイモを茹で始めた。ウォンとランディは静かに酒を酌み交わしていた。

しばらくしてジャガイモが茹だると、半分に切ってバターを落とし塩をかけた。

「おいしそうだね。このジャガイモはこの村で取れたの?」

ジャガイモを食べながらランディが聞くと、エルグレンは首を振った。

「いいえ、これはキサン村から来たものよ。森の中に自生しているのもあるけど、少ないし小さいのよ」

「バターは?これもキサン村から仕入れたの?」

「これは村で飼ってるヤギの乳で作った物よ」

「え、村で飼ってるの?エルフが居なくなって大丈夫?死んだりしてない?」

 驚いた様にランディが聞くと、エルグレンは笑って答えた。

「大丈夫よ、放し飼いだから。皆賢いから心配ないわ」

「そう、それならいいんだけど。って、ウォン?どうしたの、さっきから黙り込んじゃって」

ランディがウォンに話しかけると、ウォンはびっくりした様に答えた。

「は?あ、ああ、何でもない。ちょっと遺跡の事を考えてたんだ」

「遺跡の事?気になる事でもあるの?」

「いや、お前が言ってただろう?転移魔法は大魔法だから触媒が必要だって。エルフ達が転移したとして、触媒はどうしたんだろうなと思ってな」

 ウォンがそこまで言うと、ランディは首を傾げた。

「そう言えばそうだね。何か持っていたのかなあ。でも、緊急事態だったろうから、何も持って行って無いよね、きっと」

「だろう?だから、分からんなと思ってな。もしかしたら触媒は必要なかったかも知れないな」

「でも、それでも何で遺跡の魔法陣が発動したのかなあ?まさかエルフに神代文字が解読出来たとも思えないし」

「そこだよ、そこ。もしかしたらその魔法陣は一定の条件下になると発動するんじゃないか?」

ウォンが言うと、ランディは少し考えてから言った。

「・・・そういう魔法、幾つかあるよ。そうだね、そうかも知れないね。でも、その条件って何だろうね?」

「それが分かればなあ。遺跡に行けば分かるんじゃないか?何か書いてあるかも知れないし」

「そうだね、明日、行ってみようか。エルグレン、いいかな?」

ずっと二人の話を聞いていたエルグレンは、少し微笑んで言った。

「ええ、いいわよ。仲間の行方が分かるんですもの、行かなくちゃ」

「じゃあ、明日の朝、出発だ。ところで、この村って温泉あるのか?」

 ウォンが聞くと、エルグレンは笑って答えた。

「もちろんあるわよ?ここは男湯、女湯に分かれてるから、心配ないわよ」

「それは良かった。心配って、何の心配だ?」

 ウォンの疑問にランディが答える。

「中で鉢合わせになる心配だよ、ウォン」

 そしてランディはけらけらと笑った。エルグレンは顔を赤くしていた。

「そ、そうか、そういう事か」

 そう言うとウォンは酒を一気に飲み干した。

「あー、酒がうまい。これは何の果実酒だ?デュラ村で飲んだのはブドウだったが」

「これはカシス酒よ。このあたりで取れるの」

 エルグレンは顔を赤くしたまま答えた。

「そうか、カシスか。癖があってなかなか旨いな」

「普通はジュースとかに混ぜて飲むんだけど・・・」

「そのままでもいけるよ」

ランディも酒を飲み干した。結局、その夜ウォンとランディは酔っぱらってしまい、その場で眠り込んでしまった。

次の日、少し二日酔い気味のウォンとランディは風呂に入っていた。デュラ村と比べると狭かったが、気持ちの良いお湯だった。

風呂から上がると、昨日の残り物のジャガイモとパンを食べた。エルグレンがお茶を入れた。それを飲んだら出発することにした。

三人はお茶を飲み干し、家を出て、遺跡に向かって歩き出した。周りの森は黒く焼け焦げた木が多くあった。エルグレンは木々を丹念に調べながら歩いていた。

「大丈夫、森はすぐに再生するわ。木は死んでいないもの。ちょっと焦げちゃったけど、何とかなるわ」

エルグレンは嬉しそうに言った。

「良かったね、エルグレン。これで仲間が戻ってきても安心だね」

ランディがそう言うと、エルグレンは喜んでいた。

 しばらく歩いていると、遺跡の入り口が見えて来た。入り口と言っても、草が生い茂っていて、よく分からなかった。知っている者でないと入り口があるとは気づきもしないだろう。

「よくこんな入り口を見つけたよな、ゴブリンどもは」

「そうだね、僕らでも分からなかったもんね。あの時はゴブリンがちょうど出てきたところだったから分かったけど」

「この入り口の草は私たちが植えたの。少しでも分かりにくくするようにって」

エルグレンはそう言って草を割って入って行った。ウォンとランディもそれに続く。入り口からすぐに石造りの通路があった。キサン村の人が片付けてくれたおかげで、ゴブリンの死体は無かった。通路は傾斜がついていて、下の方に向かって伸びていた。しばらく進むと、広い部屋に出た。そこは、人が五十人位は入りそうな巨大な部屋だった。部屋の中は、魔法の光でもあるのか、なぜか明るかった。

「おー、すごいなこれは」

ドーム状の天井を見て、ウォンは驚いていた。

「こんなに広い空間が森の地下にあるとはねえ。お、床を見て!魔法陣だ!」

ランディは興奮した様に言った。床には巨大な魔法陣が描かれていた。

「すごいわね、こんな文字見たことないわ」

「これが神代文字だよ。ちょっと待ってて、今調べるから」

ランディはそう言うと、巨大な魔法陣を調べ始めた。

「これは・・・ふん、ここがこうなって・・・」

ランディは魔法陣の端から順繰りに調べていた。

「おい、時間かかりそうだな。俺ら休憩しててもいいか?」

「ああ、いいよー。ちょっと待っててね」

広い部屋をぐるりと一周して、徐々に内側を調べていく。

「ふんふん、なるほど、これがこうだから・・・」

部屋をらせん状にくるくると回って、中央に近づいていった。

「ああ、そうか、それでここにある、と」

 魔法陣の中央には石板が置いてあった。そこにも神代文字が書かれていた。

「よし、分かったよ!ウォン、エルグレン、ちょっと来て!」

ランディが叫ぶと、部屋の隅で壁に背をもたれて休んでいた二人は、立ち上がって部屋の中を進んだ。

「分かったのか?これが何の遺跡か」

歩きながらウォンが尋ねると、ランディは得意げになって言った。

「ふふん、分かったよー。これはね、やっぱり転移魔法の魔法陣だよ」

「そうか、やっぱりな。それで、どうやって発動させるんだ?」

「普通なら、まあ呪文を唱えたりするんだけどね。これは触媒になるものをこの石板に置くだけでいいんだ」

「で、その触媒って言うのは何だ?」

 ウォンの問いかけに、ランディは口を濁した。

「それが、その・・・言いにくいんだけど・・・その石板に書いてあるんだよ」

「何だ、恥ずかしい物なのか?」

「いや、そうじゃなくて・・・石板にはこう書いてあるんだ。妖精の血を捧げよ、って」

 ランディが決まり悪そうに言った。

「妖精の血、だって?何なんだ、この遺跡は」

 ウォンは少し腹が立ってきた様だった。

「どのくらいの血が必要なの?」

 エルグレンが真面目な顔をして聞いた。

「そんなにいらないよ。ほんの一滴、それでいいみたい」

「ちょっと整理してみるか。エルフ達は王立軍に襲われ、手傷を負った者もいた。それで、この遺跡に避難してきた」

そこでウォンは一息ついた。そして続けた。

「ここからは想像になるんだが、エルフの中の怪我をした者がこの石板に血を落とし、魔法陣が発動した。この魔法陣に乗っていたエルフ全員がどこかへ飛ばされた。それが、話に聞いた北東の遺跡だろう」

「でも、何で妖精の血が触媒になってるんだろう?神代文字で造られた魔法陣だから、少なくとも神代戦争の前後に造られたはずだよね?ちょうどそのころ妖精が召喚されたんでしょ?」

ランディはよく分からなくなってきた。

「神代戦争と言えば、千年くらい前か。確かその時に妖精が召喚されたんだったな。この遺跡がその頃造られたとしたら、妖精の血が触媒になってもおかしくはないな。しかし、何で妖精の血なんだろう・・・」

 ウォンがそう言うと、ランディも首を傾げた。

「まあ、それは考えても分からないわよ。それより、この魔法陣を発動させてみる?」

エルグレンは針のようなものを右手に持っていた。そして、左手の人差し指をその針で突いた。

「痛っ」

「ちょ、ちょっと、何してるの!」

「だって、妖精の血がいるんでしょ?」

そう言ってエルグレンは指を握り締めた。血が玉の様になって指先で膨らむ。そして、指の腹を下に向け、石板に血をこすりつけた。

「!反応してるわ!」

 エルグレンが血をこすりつけた場所から、淡く光りだした。そしてその光は魔法陣全体に広がった。

「何か引っ張られてる感じだね!」

ランディが嬉しそうに言った。光は輝きを増し、三人は周りが光で包まれ、何も見えなくなった。



 パン、と大きな音がして、一瞬意識が途切れた。そして、目の前の光が徐々に弱くなっていった。光が消えると、三人は魔法陣の中央に居た。

「あれ、同じ所?失敗かな?」

「いや、よく見てみろ、天井が違う」

ランディが天井を見ると、ウォンの言う通り、天井の形状が違っていた。ドーム型だったのが、平らな天井になっていた。

「凄いよ、ほんとに転移したんだ!って、エルグレン、いきなりやらないでよ、びっくりするじゃん」

「ごめんなさい、言ったら反対されると思って」

「そりゃ反対するぜ、ちょっととは言え血を流すんだからな」

ウォンが怒ったように言った。エルグレンは申し訳なさそうにしていた。

「とりあえず、外に出てみない?ほんとに転移したのか確かめようよ」

 ランディは少し興奮した様に言った。

「まあ、転移したのは間違いないがな。外の様子を見てみるか」

 ウォンがそう言うと、三人は部屋から出て行った。部屋の外の通路は、転移する前の遺跡と同じく石造りであったが、少しカーブしていた。部屋の周りをなぞるように道が伸びていた。

「ほら、やっぱり造りが違うよ。本当に転移したんだね」

ランディが嬉しそうに言った。しばらく歩くと、通路は終わり、外に出た。入った遺跡とは明らかに違う場所だった。遺跡の入り口は草が生い茂り、一目見ただけでは分かりにくくなっていた。

「ちょっと調べてくるね。そこで待ってて」

ランディはそう言うと額に指を当てて呪文を紡ぎ始めた。指先から光が溢れ出し、全身を包んだ。そして、背中に白い翼が現れた。

「我に翼竜の自由を!」

 そう叫ぶと、ランディは空に飛んで行った。かなり上昇して、下を見下ろすと、西の方に森が広がっていた。ランディの居る場所は、東の外れだった。東に目を向けると、草原が広がっていた。その先に、蜃気楼の様にどこかの国の街並みが見えた。

 ランディはウォン達の所へ降りて行った。

「やっぱりここは話に聞いた北東の遺跡みたいよ。ほら、あっち、東の方、森が終わってるでしょ」

 ウォンが東の方を見ると、確かにすぐそこで森が終わっていた。

「本当だ、ここは東の外れなのか。エルグレン、どうする?」

 針で突いた指をくわえながら、エルグレンは答えた。

「え、どうするって?」

「ここで帰るか、仲間のあとを追うかだ」

「そうね・・・ウォン達は、東の国には行ったことあるの?」

「いや、ないな。話には聞いているが、西の国々とは随分と違うみたいだな」

 そこへ、草原の向こうから兵士と思しき一団が近づいてきた。馬に乗った者が十人位だろうか、だんだんと迫って来る。

「おい、どうする?隠れるか?」

ウォンが小声で話すと、ランディも釣られて声を落とした。

「別に悪い事してるわけじゃないし、隠れる事ないんじゃない?」

「そうよ、仲間の手掛かりが掴めるかも知れないし、話をしてみましょうよ」

 エルグレンがそう言ったので、ウォンはため息をついた。

「はあ、揉め事にならなきゃいいが・・・」

 ランディが手を振って一団に呼び掛けた。

「おーい、おーい!」

森の端まで来た一団は、馬を降りてウォン達の方に歩いてきた。顔が分かるくらいまでに近づいてくると、先頭に居る兵士らしき者が話しかけた。

「貴公らは何者だ。ここで何をしているのだ?」

「人にものを尋ねるなら名前ぐらい名乗ったらどうだ」

ウォンは挑発するように言った。揉め事にはしたくないが、筋は通したかった。

「これは失礼。私はゾーン公国国境警備隊隊長、フェルナンドだ。貴公の名を聞こう」

「俺はウォン、冒険者だ。こっちの魔導士はランディ、もう一人はエルグレンだ」

「そうか、それではウォン殿、改めて聞こう。ここで何をしておられる?」

「何って言われても・・・今そこの遺跡から出て来た所だ」

ウォンがそう言うと、フェルナンドは驚いて言った。

「なに?!それでは、転移してきたのか?どこから?」

「知ってるのなら話は早い、俺達はここから南西にある、ちょうどこの森の反対側の遺跡から転移して来たんだ。十日以上前に、エルフの集団が来ただろう?それを追ってやって来たんだ」

「・・・貴公らはエルフの方々の知り合いか。確かに、彼らは我が国で保護している。なんでも、サーラデン王国に襲撃されたとか」

「みんなは無事なのね?良かったー」

エルグレンが安堵の声を上げた。

「この娘は?」

「エルフだよ。あんたらに保護されてるって言うエルフ達の仲間だ」

「ねえねえ、フェルナンドさん、あんた達はこの遺跡がどういうものか知ってるの?」

ランディが話に割って入った。

「分からない。だから今日は遺跡を調べに来たのだ」

「そこに俺達がいたから怪しんだ、って所か」

 ウォンが言うと、フェルナンドは真面目な顔で答えた。

「この遺跡は何なのだ?森の果てから転移してくるとは、いったい・・・」

「この遺跡はねえ、神代戦争の辺りからある遺跡で、転移魔法の魔法陣が描かれてるんだよ」

ランディが答えると、フェルナンドはさらに聞いてきた。

「どうやって魔法を発動させたのか、教えてはもらえないだろうか?」

「え、ええと・・・その・・・」

ランディが口ごもっていると、エルグレンが答えた。

「エ、エルフの秘密の魔法よ」

「そうですか。実際の所、魔法陣の文字が読めないので困っていたのだよ。あれは西部諸国に伝わる文字だろう?我々には解読できなかったのだ。今日は魔法に詳しい者を連れて来たのだが」

「そうか、それはタイミングが良かったのか?悪かったのか?分からんが、エルフ達に話は聞いていないのか?」

「ただ、気が付いたらここにいた、というだけで、何も分からない様子だったぞ。我々国境警備隊が見回りに来て見つけたのだ。サーラデン王国に襲撃されたという事で、とりあえず我が国まで来てもらったのだが」

ウォンは考えていた。触媒の事は話さない方が良い。それはランディもエルグレンも分かっている。しかし、秘密の魔法、で通すのは無理がある。使い方を知りたいはずだ。

「とりあえず、エルフ達の所へ連れてってくれないか?」

 ウォンは無理矢理話をそらそうとした。

「仲間の所へ連れてって、お願い」

 エルグレンも頼み込んだ。フェルナンドはそれ以上追求しようとはしなかった。

「分かった、お連れしよう。馬には乗れるな?」

「ああ、貸してくれるならありがたい」

「では、参ろうか」

 ゾーン公国の兵士とウォン達は馬に分乗して進み始めた。草原の中をしばらく走ると、町が見えて来た。かなり大きい都市だった。サーラデン王国の王都よりも数倍大きかった。南北に川が走っていて、その川の向こうに町はあった。そこには大きな橋が架かっていた。

「大きい町だねー」

 ランディが言うと、エルグレンも驚いた様に言った。

「王都より大きいわね・・・ここがゾーン公国?」

「そうですよ、ようこそ、ゾーン公国へ!」

 フェルナンドはそう言うと、橋を進んで行った。

「こちらだ、着いてきたまえ」

 長い橋を歩いて岸まで着くと、検問所があった。

「お疲れ様です、フェルナンド隊長!」

検問所の兵士はフェルナンドを見ると敬礼をした。

「ああ、ご苦労。今日は客人を連れて来た。この間保護したエルフ達の仲間だそうだ」

「そうですか。一応規則ですので、こちらに名前と出身地を書いてもらいますが・・・」

「ああ、分かった」

 ウォンはそう言うと、帳面に名前を書いた。ランディとエルグレンも一緒に書いた。

「ありがとうございます。それでは、どうぞ」

兵士は門を開けて町の中へと促した。

「なーんか、街並みも違うねー」

ランディがきょろきょろと見渡した。

「服装も何だか違うわね」

 エルグレンは興味深そうに人の往来を見ていた。

「こっちだ、きたまえ」

フェルナンドが三人を呼んだ。三人はきょろきょろしながらついて行った。しばらく大通りを歩いていくと、大きな公園が見えた。

「ここだ、この公園に避難してもらっている」

中の広場には、いくつものテントが張ってあった。外には何人かのエルフが居て、談笑していた。エルグレンが帽子を取って近づいていくと、エルフ達は驚いて声を上げた。

「エルグレン!エルグレンじゃないか!無事だったのか」

「エルグレン!どうやってここに?心配したんだよ?」

「おい皆、エルグレンだぞ!エルグレンが来た!」

 エルフ達は口々にエルグレンの無事を喜んだ。エルグレンは泣きながら謝ったり抱き着いたりしていた。

 五十人ほどのエルフがテントから出て来た。エルグレンを囲むようにして集まっている。皆エルグレンに声をかけていた。その光景を見て、ランディはもらい泣きをしていた。

「良かったねー。うんうん、良かった良かった」

「これで俺達の役目も終わったな」

ウォンがそう言うと、エルグレンが近づいてきた。

「村長、この人たちが連れてきてくれたの。森で襲われている所を助けてくれたのよ」

「ありがとうございました、私は村長のポールです。エルグレンがお世話になった様で、感謝します」

村長、ポールが言うと、ウォンは手を振った。

「いやいや、大した事はしてないさ。それより、あんたら何人か殺されたって聞いたが」

「いえ、誰も死んではいませんよ?大けがをした者は居ましたが、回復魔法で直して皆元気ですよ」

「そうか、エルグレンの思い違いだったんだな。ところで、何でここにいるんだ?森に帰らないのか?」

「帰るに帰れないじゃないですか、森が燃やされてしまっては」

「森の火は消えたわ。被害もそんなに出ていないわ森は死んではいないのよ」

エルグレンがそう言うと、ポールは驚いた様に言った。

「なんと!森は無事なのか!私はてっきり燃え落ちてしまったんだとばかり思って・・・」

「森は無事よ。ほとんどの木は生きてるわ、ちょっと焦げちゃったけどね」

「そうか・・・ところで、エルグレンは我々がここにいるってどうして分かったんだ?」

「ドライアドに聞いたのよ。エルフ達が森を出て行ったって。それで、追い駆けて来たの」

「ドライアドか、そうか、伝言を頼めばよかったかな。エルグレンがいないって気づいたのは、遺跡に入ってからなんだ」

ポールがそこまで言うと、ウォンが食いついた。

「そうだよ、遺跡だ!あんたはあの遺跡が転移魔法の魔法陣があるって知ってたのか?」

「転移魔法?いや、今初めて聞きましたよ。たしかに、遺跡に入ると魔法陣が光りだして、気が付いたら森の反対側に来てるじゃないですか。どうしようと思っていると、そこにいる国境警備隊の人が助けてくれたんですよ」

今度はフェルナンドが食いついてきた。

「そう、その転移魔法だよ。どうやって使ったのか、教えていただきたいのだが」

「私は何も知りませんよ?いきなり魔法が発動したみたいで、何が何だかもうさっぱり」

 フェルナンドはウォンの方を見た。

「貴公らはどうやって魔法を発動させたのだ?エルフの秘密の魔法、と言っていたが」

「ああ、あれは嘘!私たちも訳が分からないの。気が付いたらこっちの遺跡に来てて」

エルグレンが必死に言い訳をすると、フェルナンドはいぶかしげにエルグレンを見た。

「ほう、嘘、ですか。なぜ嘘をついたのだ?」

「み、見栄を張ってました・・・すみません・・・」

「・・・まあ、いいだろう。上に報告しなければならんが、貴公らは本当にあの遺跡の使い方を知らんのだな?」

「あ、ああ、知らない。というか分からない」

「う、うん、魔導士の僕にも解読できなかったよ」

ウォンとランディが口々にそう言うと、フェルナンドは一つため息をした。

「そうか、それではそういう事なのだろうな。上には礼拝堂だった、とでも報告しておこうか」

 触媒の事を知っている三人はほっとした表情を浮かべた。

「それと、エルフの方々がサーラデン王国に襲撃された件について、詳しく聞きたいのだが」

「ああ、それなら知ってる事を話すぜ」

「それでは、国境警備隊の詰め所まで来ていただきたいのだが」

「ああ、分かった。俺とランディでいいか?」

「出来れば、そのエルフの娘にも来てもらいたい」

「わかった、いいか?エルグレン」

 ウォンの問いかけに、エルグレンは頷いた。

「ええ、いいわよ。皆、ちょっと行ってくるわね」

 フェルナンドは三人を連れて公園を出た。入り口の門の方へ引き返すと、門の近くにある国境警備隊の詰め所に三人を案内した。

「ここが詰め所だ。入ってくれ」

 ドアを開けてフェルナンドが中に入って行く。三人もそれに続いた。

「隊長!お疲れ様です」

中に居た兵士が挨拶をした。フェルナンドは六人掛け位の机に三人を座らせた。

「こちらの方々にお茶を」

「はっ!分かりました」

それから、主にウォンが話を進めた。サーラデン王国が森に火を放ち、エルフを襲った事、森に街道を建設中だという事を話した。

「ううむ、サーラデン王国が森を切り開いている、と・・・森に火を放ったのはただの示威行為だと。許せませんな」

「だろう?だから俺達はエルグレンを護衛してきたんだ」

 ウォンが言うと、ランディが思い出したように言った。

「あ!そうだ、これも話しとかないと。あのね、エルフ達が森に迷いの森の魔法を掛けたんだよ。だから、むやみに森に入らない方が良いよ」

「迷いの森の魔法、とは?」

フェルナンドの問いにエルグレンが答える。

「簡単に言うと、森の中を迷路にして奥へ入れないようにする魔法よ。入った人は森に吐き出されるか、一生出られないかのどちらかね。精神にも異常をきたすから、森には入らない方が良いわよ」

「そうか、そんな魔法が・・・これはすぐに上に報告せねばな。貴公ら、ご苦労であった。今日の宿なら案内するが」

「いや、俺達は公園でいいよ。何かあったらまた呼んでくれ」

ウォンはそう言うと立ち上がり、詰め所を出ようとした。ランディとエルグレンもそれに続く。

「私も今から城へ赴くので、途中まで一緒に行こう」

四人は連れ立って詰め所を出た。大通りを公園の方へ歩いていく。しばらく歩くと公園についた。

「では、私はこれで。何かあったら、詰め所か城に来てくれ」

 そう言ってフェルナンドは去っていった。三人はテントの近くにあるベンチに腰掛けた。

「ねえ、ウォン」

 ランディが声をかける。

「なんだ?」

「触媒の事なんだけど・・・」

「ああ、それな。お前らが喋っちまうかと思ってひやひやしたぜ」

「僕だって二人が言っちゃうんじゃないかって思ったよ」

「私だって。うまく誤魔化せたのは良かったわね」

 ウォンは真面目な顔をして言った。

「いいか。触媒の事は絶対に言うなよ。もしばれたら、エルフがどんな扱いを受けるか、分かったもんじゃないからな。ゾーン公国にも、サーラデン王国にもだ」

「でも、ゾーン公国は魔法陣を解読出来なかったみたいだけど、サーラデン王国はどうかな?いつかはばれちゃうんじゃない?神代文字を読める魔導士はまだまだいるからね」

 ランディがそう言うと、ウォンはニヤッと笑って言った。

「だからさ、遺跡を壊しちまおう。誰も使えない様にするんだ。エルフの血を流させないためには、これしかない」

「だけど、たった一滴で発動したわよ?そんなに深刻になる事もないんじゃないかしら」

 エルグレンがそう言うと、ウォンは諭すように言った。

「いいか、人間ってのはな、欲深いもんだ。転移魔法の遺跡だと分かれば、こぞって使いたがるだろう。その時、エルフがどんな扱いを受けるか考えると、もう道具でしかなくなるんだ。人間とエルフがそんな関係になって欲しくない。だから、遺跡を壊した方が良いんだ」

「実際、サーラデン王国はエルフを魔物扱いして襲ってきたしね」

ランディがそう言うと、エルグレンは黙り込んだ。そして、しばらくしてから話し始めた。

「・・・そうね、その方が良いかも知れないわね。でも、森が切り開かれてるのは、どうしたらいいの?人間に転移魔法の遺跡を使わせれば、森に街道は必要無くなるんじゃないかしら」

「それは・・・そうかも知れないが。でも俺は、他人を傷つけた上での便利さなんていらないと思うんだ。森に街道が作られても、迷いの森の魔法で、人間は森からの恩恵を受けられない。それでいいんじゃないかと思う」

「そうかも知れない・・・村の皆はどう思うかしら。私、ちょっと村長を呼んでくるわね」

 エルグレンはそう言ってテントの中へ入って行った。村長のポールが出て来て、ベンチの前にやって来た。ウォン達はポールに事の次第を説明した。迷いの森の魔法を掛けた経緯や、触媒の事も話した。

「そうですか・・・私としては、遺跡を壊す事については賛成です。迷いの森の魔法も、キシス村の周りにも掛けた方がよさそうですね。しかし、ゾーン公国がどう出るか・・・」

ポールが言うと、ウォンが尋ねた。

「この国がどうかしたのか?」

「いえね、サーラデン王国に襲撃されたという話をしたら、ゾーン公国としてはサーラデン王国と一戦交えることも考えていると言われましてね」

「エルフ保護を大義名分とした戦争か・・・」

 ウォンはそう呟いた。ポールが続ける。

「我々としては、そんな大事にしてもらいたくないのですが・・・キシス村の周りの森も無事なようですし、森に街道を造られるのは癪ですが、キサン村との交流もありますし」

「そうだね、とりあえず村に帰らない?」

 ランディが提案すると、ポールは頷いた。

「ええ、そのつもりですが・・・果たしてすんなりと帰してくれるでしょうか?」

「サーラデン王国と戦争するつもりなら、迷いの森の魔法を解け、と言ってくるだろうな」

「だからさ、何とか騙して帰ろうよ。魔法を解くには森に入らなきゃいけないとか言ってさ」

 ランディが言うと、皆は考え込んだ。しばらく沈黙が続いたが、ウォンが話し出した。

「そうだな、森に入って魔法を解くことにして、そのままとんずらしちまおう。村に戻ったら、村の周りにも迷いの森の魔法をかける。俺達はキサン村に帰りがてら護衛、という事で」

 ウォンがそう言うと、ランディが続けた。

「そして、遺跡を壊す、と。村長、それでいいかな?」

「結構です。そうなれば、善は急げ、ですな。城に行って、説明してきましょう」

ポールは城に向かった。ウォンはポールを追いかけ、くぎを刺した。

「いいか、いかにも協力します、って感じで話せよ。こっちがとんずらするつもりなのは悟られるなよ」

「分かってますよ、その辺は。うまく話を付けて来ます」

 そう言って城の方へ歩いて言った。

「さて、エルグレン。仲間に事の次第を説明しといた方が良いんじゃないか?」

「そうね、そうするわ。皆、ちょっと来てー」

エルグレンが叫ぶと、エルフ達がわらわらと集まって来た。

「なんだなんだ?」

「どうしたんだ、エルグレン」

「晩御飯の準備してるんだけど・・・」

エルフ達はいろいろ言っていたが、エルグレンはパン、と手をたたいて皆を注目させた。

「皆、いいかな?あのね、私たちは森へ帰ることにしましたー。今、村長が城に行って説明してる所でーす。詳しい日時は村長が帰って来てから報告があると思いますが、一応旅立つ準備をしておいて下さーい」

 エルフ達はざわざわと話し合っていた。一人のエルフが手を上げた。

「あのー質問、いい?」

「はい、どうぞー」

「森に帰るって言うけど、村も森も燃やされてしまったんじゃないの?」

「村は無事でーす。森も、ちょっと焦げちゃったけど、生きてまーす」

皆の中に安堵の空気が広がった。

「でも、旅立つ準備ったってなあ。着の身着のまま逃げて来たから皆何も持ってないぞ」

 年配のエルフがそう言うと、エルグレンは笑って言った。

「じゃあ、心の準備をしておいて」

 それから、エルフ達は晩御飯の支度にかかった。一応、自炊できるように食器やなべ、食料などは支給されているようだった。ウォンとランディも晩御飯にあずかることにした。

 しばらくすると、ポールが慌てたように帰って来た。

「村長、おかえりなさい、話はうまくいった?」

エルグレンが尋ねると、ポールは困ったような顔をした。

「まずいことになった。大臣に話したら、護衛の兵士を付けてやると言うんだ。森の中は安全だからと言っても聞かないんだ。明日の朝、出発することになった。どうしようか」

 ウォン達はそれを聞いて考え込んだ。そして、ランディが思いついた様に言った。

「そうだ、姿隠しの魔法で今夜中に逃げちゃおうよ」

「そうですね、お世話になったのに心苦しいですが・・・」

「そんなこと言ってたら利用されるだけだよ」

「そうよ、逃げちゃいましょ」

エルグレンがそう言うと、ポールは決心し、皆になぜ逃げなければいけないのか、事情を説明し始めた。

しばらくたって、ポールが事情を説明し終えた。皆は納得した様だった。

「そうと決まれば、とりあえず飯だ。飯を食ってから出掛けよう」

 ウォンが言うと、皆は食事を取り始めた。食事が終わると、ポールはエルフ達を五人づつ位に分けて、班を作った。班ごとに、姿隠しの魔法を掛けようというのだ。

「では、この間逃げた時と同じように、姿を隠して森に帰ろう」

「じゃあ、行きましょうか。今は周りに人もいないし、絶好のチャンスじゃないかしら」

「そうだな、皆、魔法を掛けてくれ」

あちこちで呪文を紡ぐ声がした。しばらくすると、皆が徐々に消えて行った。

「皆、いいかな?よし、皆消えたな。それでは行こう」

ウォンとランディはエルグレンとポールと一緒の班だった。魔法の範囲に居た者は半透明で見えていた。皆、慎重に歩いて門を目指した。

門のところまで来ると、門番が立っていた。門はまだ空いていたので、一行は門番の横を通って町の外に出た。長い橋を渡って川を超えると目の前に森が見えた。

ポールは小声で皆がいるか確認した。

「皆、いるか?このまま森に入るぞ」

草原をしばらく歩いて、一行は森に近づいて行った。

「確かに、迷いの森の魔法を感じますな」

 街から離れて安心したのか、ポールが声を上げた。

 かなり歩いてから、やっと森の端についた。皆は魔法を解き、点呼を取った。幸い、遅れる者もなく、皆揃っていた。

「全員いるな。それでは森に帰ろう。人間の方は、皆の真ん中に居て下さい。魔法の効果が薄らぎますから」

ポールがそう言うと、ウォン達はまだ名乗っていなかった事に気が付いた。

「名乗りが遅くなってすまん、俺はウォン、こっちはランディだ」

「私はポールです、宜しく」

「よろしくー、あ、ねえ、また手を繋ぐの?」

 ランディが聞くと、エルグレンは笑って答えた。

「これだけエルフが居れば、手を繋いでなくても大丈夫よ。それとも、繋ぎたい?」

「う、ううん、大丈夫」

「あー、自分で壊すと言っておいてなんだが、遺跡を使わなくていいのか?まあ、壊すのはこっちの遺跡じゃないんだが」

ウォンが聞くと、ポールは言った。

「使いませんよ、遺跡は。歩いていきましょう。まっすぐ行けば六、七日もすれば村に着くでしょう」

 そう言うとポールは皆に向かって話し出した。

「ここから村まで歩いて行こう。ウォンさんとランディさんを囲むように進んでくれ」

 総勢五十数人の一行はぞろぞろと歩き始めた。辺りは暗かったが、光の魔法を使って照らしていた。しばらくは、皆無言で歩いていた。森の奥に進むにつれて、一行は話を始めた。それは、たわいもないお喋りだったが、だんだんと大きくなり、皆の笑い声が森に響いた所でポールが諫めて一行はまた静かになった。それからかなり歩いて、もし人が入って来てもたどり着けないほどの所に来た時に、一行は休息をとった。



次の日は昼近くまで皆寝ていた。皆が起きてからまた歩き始めた。しばらく歩いていると、小川に突き当たった。これはデュラ村にと続く小川だった。皆は川で魚を取り、焼いて食べた。魚を取ったのはランディの魔法だった。川に雷の魔法を落とすと、感電した魚がぷかぷか浮いてきたので、エルフ達は道具がないのに魚が取れた事に感動していた。

 火の始末をして、一行はそれから三日間、川を南下して行った。三日目に、デュラ村に着いた。突然現れた一行に、門番は驚き、そして無事を喜んだ。村の奥へ走り、村長のスペクトを呼んできた。

「ポール!無事だったんだな、良かった。キシス村の皆も元気そうで何よりだ」

そしてスペクトはウォン達を見つけると駆け寄って来た。

「ウォンさん、ランディさん、ありがとうございます。皆を救って下さったのですね」

「いや、俺達は何も」

「まあ、立ち話もなんです、村へどうぞ」

そう言うとスペクトは皆を集会所に案内した。

「今、食事の用意をさせますので、酒でも飲んでいてください」

 集会所に着くと、中に居たエルフに食事と酒の用意を申し付けた。酒は集会所の中にあり、一行はすぐに喉を潤す事が出来た。

 ウォン達はスペクトに遺跡の事とゾーン公国での事を話した。スペクトはうんうんと聞いていたが、ゾーン公国の今後の出方が気になる様だった。

「逃げてきた経緯は仕方のない事でしょう。しかし、ゾーン公国がそれをどう思うかですな」

「まあ、迷いの森の魔法はそう簡単には解けないし、大丈夫じゃない?」

 ランディが呑気に言った。

「まさか、森を焼くなんて事は無いでしょうが、森に入れないとなると、森を迂回してサーラデン王国と戦争する事はあるのでしょうか?」

ポールが言うと、ウォンは首を振った。

「エルフが逃げた以上、矛先はエルフに向けられるかも知れないな。しかし、迷いの森の魔法のせいでエルフには手が出せない。となると、サーラデン王国と手を組んで、東側からも街道を造るかもな」

ウォンがそう言うと、ポールは青い顔をして言った。

「もしかして、私達はとんでもない事をしてしまったんじゃあ・・・」

「森を守るためだ、仕方なかっただろう。遺跡の事にしても、偶発的に起きた事だしな」

「そうだよ、だから遺跡を壊す事にしたんでしょ?」

ウォンとランディがそう言ったが、ポールは顔を青くしたままだった。

「まあ、何にせよ、皆が無事で何よりだ。ウォンさん、ランディさん、本当にありがとうございました」

 スペクトは二人に礼を言った。二人は少し照れていた。

「いやあ、大したことはしてないさ」

「そうだよ、ただ一緒に居ただけで」

「いえいえ、あなた方が居なければ森は守れなかったでしょう。感謝します」

 スペクトがそう言うと、二人はまんざらでもない顔をしていた。

「ところで、これからどうするのですか?我々としてはこのまま居て貰っても構わないのですが」

「いや、それは悪いから明日には立つよ。なあ、ポール」

 ウォンがそう言うと、ポールは頷いた。

「そうですね。スペクト、私たちは村に帰ったら迷いの森の魔法を掛けようかと思ってるんだ」

「ほう、とするとキサン村との交易はやめるという事かな?」

「いや、交易はやめない。今まで村に運んで来て貰っていたのを、我々が取りに行く、という形にしようと思っている」

「そうか、それなら今まで通りパンが食べられるな。っと、食事の用意が出来たみたいですな。それでは皆さん、ごゆっくりどうぞ」

 集会所に食事が運ばれてきた。パンやサラダなどだった。暖かい肉は今焼いているとの事で、保存用のベーコンやソーセージが並んでいた。

 それからは宴会の様に皆騒がしく食べていた。エルグレンも珍しく酒をいっぱい飲んでいた。仲間と再会できて安心したのだろう。

 皆が騒がしく食事をしている中、ランディとポールは真面目な顔をして話し込んでいた。

「だからさ、僕が雷の魔法と重力制御の魔法を教えてあげるから。それで狩りも交易も楽になるよ」

「それは助かります」

 ランディはその場で重力制御の魔法を教え始めた。ポールは覚えたての魔法を使い、酒瓶を宙に浮かせていた。それを見た周りのエルフが面白がって騒ぎ始めた。

「何、それ!どうやってやったの?」

「魔法か?俺にも教えてくれよ!」

「凄い凄い、面白い!」

 次々にエルフが興味を持ちだしたので、ランディは大きな声で全員にいっぺんに教えることにした。

「注意することは一つ、重力をゼロにしない事!呪文の詠唱で加減して、少しだけ重力を残す事!これだけは気を付けてね」

エルフ達は呪文を次々に紡ぎだし、目の前にある物や自分自身を浮かべたりしていた。羽根の様に軽くなってふわふわと浮かんでいる物やエルフが飛び交って、集会所の中は大混乱になった。

かなりの時間、皆ふわふわと浮かんでいたが、魔法が切れるとゆっくりと落ちて行った。

「呪文の調整で効果の強弱や時間が変わるのは他の魔法と同じだから。気を付けて使ってね」

ランディがそう言うと、皆ははーい、と返事をした。

「皆結構素直なんだね」

「酔っぱらってるからでしょう、いつもは偏屈な奴もいますよ」

 皆が物を浮かせたり自分を浮かせたりしているのを羨ましそうに見ていたウォンが口を開いた。

「いいよなあ、魔法が使える奴は。ところでポール、俺達は遺跡を壊しに行くんだが、迷いの森の魔法を掛けるのは遺跡を壊してからにしてもらえるか?そうじゃないと俺達が迷ってしまう」

「ああ、いいですよ。距離的にもここからだと同じような距離ですしね。それとも一旦キシス村に寄ってから行きますか?」

「そうだな、村に寄ってからにするか。出来れば誰か一緒に来て貰いたいんだが」

「それならエルグレンと行けばいいでしょう。今までもずっと一緒に旅をしてきたんですから」

「私は良いわよ、付き合うわ」

エルグレンは嬉しそうに言った。

「そんじゃまあ、よろしく頼む」

ウォンが真面目な顔をして言うと、エルグレンは吹き出した。

「アハハ、何よいまさら!助けてもらったのは私の方よ、ありがとう」

そう言うとエルグレンは深々と頭を下げた。すると、ポールが思い出したように言った。

「そう言えば、お礼をしてませんでしたな、すみません。村に帰ったらきちんとお礼をさせてもらいますので」

「いや、金はいいんだ。スペクトにでかいダイヤモンドを貰ったからな」

ウォンがそう言うと、ポールは驚いて言った。

「スペクトが?迷惑をかけてしまいましたな。それはそれとして、私からもお礼させて下さい。いい物があるのですよ」

 そう言ってポールはニヤッと笑った。

「お、何だ、いい物って」

「それは後のお楽しみ、という事で。魔法の使えないウォンさんには特に喜んでもらえると思いますよ」

「そうか、それは楽しみにしておこうか」

ウォンは騒がしい周りを見て、笑いながら言った。

「それにしても、あれだなあ。エルフは宴会とか好きだよなあ。もちろん人間も宴会は好きだが、エルフは本当に楽しそうだ」

「エルフは祭り好きなんですよ。めでたい事があるとすぐにお祝いをしますしね」

「そうか・・・」

 ウォンはこの陽気なエルフ達とずっと一緒に居たいと思った。しかし、村に帰ればお別れが待っている。もう少しだけ、時間があればと思った。

「・・・もうすぐ、お別れね・・・」

 エルグレンが唐突に言った。同じことを考えていたのかと、ウォンは驚いた。

「なあに、会いたいと思えばいつでも会えるさ」

「そうだよ、僕達はだいたいキサン村に居るし」

ウォンもランディも呑気に言った。しかしエルグレンは少し暗い顔をして言った。

「それでも、もうすぐお別れね・・・」

 ウォンとランディは何だかしんみりとしてしまった。エルグレンはそんな二人を見て、急に明るく振舞った。

「ごめんね、何かしんみりさせちゃって。そうよね、会いたいと思えば会えるわよね。これが最後のお別れって訳じゃないんだし」

「そうだよ、エルグレン!僕たちは仲間じゃないか」

ランディが叫ぶ様に言った。

「うふふ、仲間、か。良い言葉ね」

エルグレンは楽しそうだった。

「そうだな、旅仲間ってとこだな。ここ十何日か、エルグレンと会ってからは旅ばっかりしていたような気がするな」

ウォンがそう言うと、ランディも頷いて言った。

「そうだね、いろんなところに行ったね」

「ほとんど森の中に居た気もするけどな」

「それでも、楽しかったわ」

エルグレンが懐かしそうに言った。

「おいおい、懐かしそうに言ってるが、そんなに時間経ってないぞ?」

「そうだよ、まだやる事はあるんだし」

「そうね・・・でも、楽しかった・・・ありがとう、ウォン、ランディ」

「だから、まだ終わりじゃないっての」

ウォンがそう言うと、エルグレンは微笑んで言った。

「そうだ、これ、大切にするわ」

 そう言って服の中から翡翠のペンダントを取り出した。

「ちょ!そ、それ!」

「何、それ。どうしたの?」

ランディが聞くと、エルグレンは嬉しそうに答えた。

「王都でね、ウォンが買ってくれたの」

 ウォンは顔を真っ赤にしていた。

「へえ、やるじゃん、ウォン。プレゼントなんて」

 ランディがからかうように言った。

「ち、違うんだ、エルグレンが欲しそうにしてたから・・・」

「それで、プレゼントしたって事?」

ランディはニヤニヤしていた。

「う、うるさい!」

 ウォンはそっぽを向いてしまった。

「ふふ、ありがと、大事にするわね」

 エルグレンはペンダントを握り締めた。ウォンはちらっとそれを見て、真っ赤な顔をしながら酒を飲んだ。



夜が明け、ウォンとランディは公衆浴場に行った。キシス村のエルフ達も一緒に入っていた。旅の垢を落とし、気持ち良くなって公衆浴場を出た。入れ替わりに、エルグレンがそそくさと入って行った。

「一緒に入ればよかったのにね」

ランディがそう言うと、ウォンは半分怒りながら言った。

「馬鹿言うな、恥ずかしいだろうが」

 それから朝食を取り、旅支度をして、デュラ村に別れを告げた。キシス村までは三日ほどの道のりだった。小川に沿ってしばらく歩いていた。途中で川は曲がり、見えなくなって行った。一行はそのまま真っ直ぐ進んだ。

 二日ほど歩いたところで、迷いの森の魔法の効果が薄らいでいった。エルフに囲まれて歩いていたウォンとランディには分からなかったが、村に近付いて行くに連れて魔法はどんどん弱まっていた。

 三日目、キシス村に近付くと、一行の先頭のエルフが異変に気付いた。村のあるあたりに黒煙がもうもうと立ち昇っているのが見えたのだ。

「何だ、あれ。もしかして、村が燃えてるのか?」

 ウォン達にも煙が見えた。ポールは皆に向かって叫んだ。

「急げ!村が燃やされてるぞ!」

 それを聞いたエルフ達は一斉に走り出した。ウォン達もそれに続く。

「また王立軍か?しつこい奴らだぜ」

 しばらく皆で走っていた。村の近くに来ると、十数人の兵士が居た。村の建物は全て燃えていた。ごうごうと炎が上がっていた。

「てめえら、またやりやがったな!許さねえ!」

 ウォンが叫んだ。剣を抜き、兵士達に斬りかかって行った。ウォンは一人、交戦状態になった。エルフ達は水の魔法を使って火を消そうとしていた。ランディは迷ったが、火を消すのはエルフに任せて、ウォンを助けることにした。

「汝に雷獣の怒りを!」

 ランディは雷の魔法を兵士達に向けた。かなりの魔力を込めたので、半分位の兵士が黒く焦げて倒れて行った。

 ウォンは怒りに任せて剣を振るっていた。バタバタと切り倒していき、六人位倒した。残った兵士達は声を上げながら逃げて行った。

「大地に水竜の落涙を!」

エルフ達が水の魔法を次々と掛けていた。大きな水の塊がいくつも上から落ちてくる。しばらくすると、村の建物の炎は消え去っていた。

 皆しばらく呆然としていた。そして、すすり泣く声や怒りの声が聞こえて来た。

「何でこんな事に・・・」

「村が・・・村が・・・」

「くそ、王国のやつらめ・・・」

「何で私達ばっかり・・・」

 ほとんどの家が燃え落ちていた。ウォンはポールに申し訳なさそうに言った。

「済まない・・・人間がこんな事をして、本当に済まなかった」

「あなた方のせいではありませんよ、気にしないで下さい。それにしても、ここまでやるとは・・・」

「ああ、本当に酷いな。いったい、何を考えているのか・・・」

「こうなった以上、もはや一刻の猶予もありません。すぐに迷いの森の魔法を掛けましょう。そうだ、あれを渡しておきましょう。ちょっと待ってて下さい」

 そう言うとポールは一軒の燃え尽きた家に入って行った。黒く焦げた床板をめくり、床下から小さな箱を取り出した。そして、それをウォン達の所に持ってきた。

「良かった、燃えてはいなかったようです。これをあなた達に差し上げます」

「何だ、これ?」

ウォンが手渡された箱を開けると、中に二つの指輪が入っていた。ランディが一つ手に取ってみた。

「シンプルだけどいい物だね。魔法が掛かってるね、すごい魔力を感じるよ」

「これは、妖精の指輪という物です。これを付けると、どんな者でも妖精になります。そして、魔力を宿すようになります。ウォンさん、あなたが付けるとなんと魔法が使えるようになるんですよ、すごいでしょう?」

「本当かよ、すげえじゃん!良いのか、こんなもん貰っちまって」

ウォンが驚いて言うと、ポールは真面目な顔をして言った。

「これはエルグレンを私たちの元に送り届けて下さったお礼です。それと、これからあなた方の力が必要になるでしょう。森に自由に出入りできるようになって置いて欲しかったのです」

「そうか、妖精になるって事は迷いの森の魔法の悪影響を受けないって事なんだね。すごいじゃん!」

ランディが言うと、ポールは自慢げに言った。

「この指輪を魔力のあるランディさんが付けると、魔力が上がりますよ。当然、魔法の威力も上がります」

「それはすごい、ありがとう。でもいいのかな、こんな物貰っちゃって」

「これから働いていただく分も入ってますから」

そう言うとポールは少し笑った。そして、ウォンとランディを促した。

「では、指輪を付けて下さい。今から迷いの森の魔法を掛けます。エルグレン、手伝ってくれ」

「分かったわ、村長」

 ウォンとランディは指輪を付けた。大きさが合う指があるかと思ったが、魔法の指輪らしく、付けた指にぴったりとはまっていた。

 ポールとエルグレンは呪文の詠唱を始めていた。皆が見守る中、呪文は続いていた。そして、周りの木々が白く光りはじめた。燃やされてしまった木々も光りはじめた。まだ死んではいなかったのだった。光は輝きを増していく。辺りは真っ白になって、目の前が見えないほどだった。

「この森に、永遠の迷いの路を!」

 二人が同時に叫んだ。一瞬、強くなった光は、徐々に和らいでいった。そして、完全に光が消えると、森は元に戻った様だった。

「これで、完成です。お二人とも、大丈夫ですか?」

「ああ、平気だ。というか、何か支援魔法を掛けられてるみたいな感じがするぞ」

「うんうん、何か守られているような気がするね」

二人は似たようなことを言った。

「そうでしょうそうでしょう。お二人は今妖精になっているのですから。このまま妖精界だって行けますよ」

「凄いな、この指輪。何でこんな物があるんだ?何に使う目的だったんだ?」

ウォンが不思議そうに言った。

「目的は分かりませんが、ドワーフに造らせたものだそうです。おそらく、人間を妖精界に連れて行く事があったのかもしれませんが、良くは分からないのですよ」

ポールも指輪の事は詳しくは知らなかった。

「しかし、今回の事件を見越していたとしか思えませんな、これを造らせた者は」

「そうだな、こんなに都合のいい物があるとはびっくりだぜ」

 ウォンが感心した様に言った。

「それよりも、遺跡が心配だよ、王立軍の奴らが見つけたかも知れないよ?」

 ランディが少し焦ったように言った。

「そうだ、遺跡だ!早いとこぶっ壊しておかないと。どんな形で使われるか分かったもんじゃないぜ」

「でも、迷いの森の魔法が発動しているでしょ?心配なくない?」

エルグレンがそう言った。

「まあ、それもそうだな。王立軍が見つけたとしても、エルフが居なけりゃ発動しないんだし」

「じゃあ、のんびり行こうか。エルグレンも行く?ただ壊しに行くだけだけど」

「そうね、行ってみようかしら」

「じゃあ、そういう事だ、ポール、俺達は遺跡を壊しに行く。壊したら、キサン村によって情報を集めてくるよ」

ウォンがそう言うと、ポールはエルグレンに向かって言った。

「エルグレン、村の代表としてキサン村の村長と話をしてきてくれ。森を閉ざすから、定期的に運んで貰っていた物は我々が森の外まで取りに行く、と。いつも使っていた道の入り口で受け渡しがしたい、と伝えてくれ」

「分かったわ。村長に話せばいいのね」

「それじゃあ行くか」

「行って来まーす」

ウォンとランディが手を振って挨拶をして、それから歩き出した。後ろからエルグレンがとことこと付いて行った。

しばらく歩いていたが、ランディはある事に気が付き、興奮するように言った。

「ねえ、エルグレン、この指輪で妖精になったんだったらさあ、もしかして魔法の特性とかも無くなるのかなあ?エルフって、どんな魔法でも使えるでしょ?」

「使えるけど・・・その指輪の効果がそこまで及ぶかは知らないわ。試しにやってみたら?」

「じゃあ、回復魔法を教えてよ」

「分かったわ」

そう言うとランディとエルグレンは何やらぶつぶつと言い始めた。呪文を教えているのだったが、ウォンから見ると内緒話をしているだけにも見えた。

「・・・よし!汝に精霊の癒しを!」

 そう言ってランディは片手をウォンに向けた。白い光がウォンを包む。ウォンは先程の戦闘の疲れが無くなって行くのを感じた。

「どう、ウォン。効いてる?」

「ああ、何だか疲れが抜けたようだ」

「やったあ!これで回復魔法が使える!エルグレン、どんどん教えて!」

ランディは子供の様にはしゃいでいた。エルグレンはクスクス笑っていた。

「まるで子供みたいね。あはは、おっかしー」

「な、なあ、俺も魔法が使えるようになったんだよな?何か教えてくれよ」

ウォンが期待交じりに言うと、ランディは馬鹿にした様に言った。

「魔法の基礎も知らないウォンに使える魔法なんて、ほとんど無いよ?これから基礎を叩き込んであげるから、覚悟しといてよ」

「えー、何でもいいから出来るやつ教えてくれよ。魔法が使ってみたいんだよ」

 ウォンが子供のわがままの様に言った。ランディは仕方ない、と言った顔をした。

「しょうがないなあ。一番簡単な魔法を教えてあげるから」

そう言って呪文を教え始めた。一番簡単な魔法と言っても、素人のウォンには難しいものだった。何度も何度も練習して、間違えないで言える様になる頃には、遺跡に着いていた。

「よし、覚えたぞ!最後には何て言うんだ?」

「我が前に炎の光を!だよ」

「そうか、分かった。・・・我が前に炎の光を!」

 ウォンがそう言うと、突き出した指の先からろうそく位の火が出て来た。体から魔力が少しづつ出て行くのが分かった。

「おお!すげえ!ほんとに使えた!」

ウォンも子供の様にはしゃいでいた。

「これが着火の魔法だよ。今のその魔力が出て行く感覚、覚えておいてね。それをうまくコントロールすると大きな魔法も使えるようになるから」

「で、どうやって消すんだ?この火」

「魔力を止めるよう、意識してみて。そうそう、ほら、消えたでしょ」

「本当だ、消えた。もう一回やってみよう。・・・我が前に炎の光を!」

 再び火が指先に灯った。

「もう、いい?遺跡に入るよ」

「あ、ああ、ありがとうな、ランディ」

遺跡に入りながらウォンが言った。ランディは居心地悪そうにしていた。

「何、気持ち悪い。ウォンがお礼なんて」

「いや、魔法を使うのは俺の夢だったからさ。使えて嬉しいんだ」

 長い通路を進んで行き、魔法陣のある部屋に着いた。中は以前と変わらずにほのかに明かりが付いていた。

「じゃあ壊すけど、いいかな本当に」

「ああ、遠慮なくやってくれ。俺達には必要ないし、サーラデン王国にこんな物渡せない。壊すしかないんだ」

「分かった。じゃあ、行くよ!」

 ランディは呪文を紡ぎ始めた。長い詠唱のあと、力を込めて魔法を放った。

「汝らに炎獣の断罪を!」

人の背丈程の火の玉が飛んで行った。それは、中央の石板に当たり、石板は砕け散った。

「何か、前より威力が増しているよ!凄い威力だ!」

ランディは次々と火の玉を飛ばしていく。天井や壁に、そして床の魔法陣に当たり、砕いて行った。

「よし、崩れ始めた!逃げるよ、二人とも!」

ランディが叫ぶと、天井がぼろぼろと崩れて来た。これで、魔法陣も使えなくなった。三人は通路を走って行った。ランディは振り向いて魔法を放ち、通路も崩していった。ウォンは楽しそうに叫んだ。

「これでばっちりだ!」

三人は外に出た。遺跡は天井が抜けてへこみ、何があったのか分からないほどに瓦礫に埋まっていた。入り口もなくなった。

「魔法陣も壊したから、北東の遺跡も発動しないよ」

「良くやった、ランディ。エルグレン、ケガはないか?」

「大丈夫よ。でも、本当に良かったのかしら、便利そうだったけど・・・」

「何をいまさら。便利だろうが何だろうが妖精の血を使うなんてとんでもない。これで良かったんだ」

「そうだよ、それより早くキサン村に行こうよ。僕はエールが飲みたい!」

 ランディがそう言うと、ウォンが呆れながら言った。

「お前、疲れてないのか?あれだけ魔法を打っといて」

「そう言えば疲れたね。エルグレン、魔法を掛けてくれる?」

「はいはい、お疲れ様」

そう言うとエルグレンは回復魔法をランディに掛けた。

「ランディお前回復魔法覚えたんだろう?自分で掛ければいいじゃないか」

「船に乗った時エルグレンが言ってたでしょ?自分で掛けても効果が薄いって」

「そう言えばそんな事言ってたな」

「ありがとう、エルグレン。楽になったよ」

ランディはそう言うと、キサン村の方に歩き始めた。

「ほら、早くしないと日が暮れちゃうよ」

ウォンとエルグレンも後ろから歩いて行った。

「ところで、さっき遺跡を壊す時、炎の魔法を使ってたよな、ランディ」

「?うん、使ったけど」

「何で炎で物が壊れるんだ?」

 ウォンが素朴な質問をした。

「それはね、あの魔法の炎には核があるんだよ。それが当たって壊れるんだよ。まあ、魔法の核だからすぐに消えちゃうんだけどね」

 ランディの答えに、ウォンはよく分からない、といった感じだった。

「何で炎の魔法なんだ、そもそも。他に壊せる魔法はあるだろうに」

「あれが一番威力が大きいんだよ、僕の使う魔法の中じゃ」

「なるほど。魔法使うのも色々あるんだな」

 それから三人はキサン村に向かっていた。ウォンは何度も着火魔法を唱えて、一人で喜んでいた。ランディとエルグレンはそれを見て苦笑していた。

「そんなに嬉しいの?」

エルグレンが聞くと、ウォンはニコニコして答えた。

「嬉しいさ!念願の魔法が使えるんだからな」

「じゃあ今度私が回復魔法を教えてあげるわよ」

「ありがとう!宜しくお願いするぜ」

「何か、素直なウォン、気持ち悪いー」

そう言ってエルグレンは笑った。ウォンは気にもせずにニコニコしていた。

「次は何の魔法を教えてくれるんだ、ランディ。着火魔法はもう覚えたぜ」

「ダメダメ、もっと魔法の制御が出来る様にならなきゃ。ほら、火が大きくなったり小さくなったりしてるでしょ。魔力を安定させて制御しなきゃ」

「お、おう、そうか・・・結構難しいな」

「だいたい、いきなり魔法を覚えるなんて普通は出来ないんだからね?学院に通って、理論を一から叩き込まれて、それから魔法を教えて貰えるんだよ?それをすっ飛ばして教えてあげたんだから、感謝してよね」

ランディが恩着せがましく言ったが、ウォンは嬉しそうにしているだけだった。

「ありがとう、ランディ。恩に着るよ」

「やっぱり気持ち悪いね、ウォンが素直だと」

ランディは嫌そうに言った。それでもウォンは機嫌良くしていた。

「ははは、魔法が使えるっていいなあ。ポールに感謝しなきゃな。あー嬉しい」

ウォンがそう言うと、エルグレンはたまらなくなって吹き出してしまった。

「あははは、本当に気持ち悪いー!あは、あははは!」

 ランディもつられて笑い出した。そして何故かウォンも笑っていた。そしてひとしきり笑った後、エルグレンが言った。

「ウォンは本当に嬉しいのね。そう言えば私も、一番最初に魔法を覚えた時は嬉しかったな」

「まあ、ウォンの年で魔法を始めて覚えるって、なかなか無いからね。普通はもっと小さい時に覚え始めるもんだからね」

ランディが言うと、エルグレンはまた笑いそうになる。

「そうよ、だから子供みたいでおかしくて、あはは!」

 結局エルグレンは笑ってしまった。ウォンは怒る様子もなく、繰り返し呪文を唱えていた。



しばらく三人は話もせずに歩いていた。キサン村が見えてきた頃には日が暮れかかっていた。

やがてキサン村に着き、三人は村長の家に行った。エルグレンが事の次第を話し、快く了承して貰えた。ただ、村長は気になる事を言った。

 サーラデン王国から、エルフとの交易を止める様に通達があったというのだった。村長は交易は止めるつもりはないと言っていた。キサン村にとっても、森の恵みは魅力的だった。三人は村長の家を後にして、久しぶりにディレクトの店に立ち寄った。カウンターが空いていたので、そこに座った。

「やあ、久しぶりだな、ウォン、ランディ。それにエルフのお嬢さんも」

 ディレクトが気さくに声をかけて来た。三人は酒を注文した。

「久しぶりだったな。その後、王立軍の動きに何かあったか?」

ウォンが尋ねると、ディレクトはニヤッと笑って言った。

「一万な。王立軍のお偉方はエルフをせん滅できなくて大層ご立腹だったそうだ。それでもう一回森に入って、せめてエルフの集落を燃え落としてしまおうと考えたらしい。それで今日にも実行するって言ってたな」

「そうか・・・それで、王立軍は森に魔法を掛けたことを知っているのか?」

「森に魔法?何だそりゃ。王立軍は何も知らないと思うぞ。俺が知らないんだからな。それで、魔法って何だ?」

「エルフが森に迷いの森の魔法を掛けたんだ。もう人間は森に入れない。入ったら迷った挙句放り出されるか、一生森の中をさまよい続けるんだ。村長には話したが、村の皆にも教えといた方が良いぞ」

「そうか、そんな魔法を・・・王立軍に売れるな、この情報は。さっきの一万は無しでいいぞ」

「そりゃ助かる」

そう言ってウォンは運ばれてきたエールを飲み干した。

「かーっ!うめえな、やっぱり。それで、王立軍は帰って来たか?」

「いや、まだだ。そのまま王都に帰ったんじゃないか?」

「もしかしたら森の中で迷っているのかもな。エルグレン、その辺はドライアドに聞けば分かるか?」

「ええ、分かるわよ、もちろん」

「じゃあ森に帰ったら聞いてみるか」

「え?森に来るの?」

エルグレンが素っ頓狂な声を上げた。

「行っちゃいけないか?何か問題でも?」

「い、いえ、ここでお別れだと思っていたから・・・そう、まだお別れじゃないのね」

「俺達だけだろ?森に入れる人間は。だったら、それを有効活用しないとな」

「そう、そうね、それが良いわね」

 エルグレンは嬉しそうだった。ウォンはそれを見て、何か安心した様になった。

「それで、街道建設の進み具合はどうだ?」

 ウォンが思い出したようにディレクトに聞いた。

「それがな、あんまりうまくいって無いそうだ。ゴブリンが出て来て邪魔したりするそうだ」

「そうか、ゴブリンも役に立つ事があるんだな」

「それで、王立軍が森の現場に常駐することになってな。この村に時々物資の補給に来たりしてるよ」

「そうか・・・ありがとうな、ディレクト。村の連中に行っとけよ、森には入るなって。森は閉ざしちまったが、交易は続けるから安心しろって言っておいてくれ」

「分かった。で、お前さん達はどうするんだ?」

「とりあえず森に入るよ。やる事もあるしな」

「森に入るって、どうやって・・・ああ、エルフのお嬢さんがいるから入れるのか?」

ウォンは勝ち誇るように言った。

「いや、エルグレンが居なくても俺達は自由に森の中を動き回れるんだ。すげえだろ?」

「よく分からんが、お前さん達は特別って事か?」

ディレクトが不思議そうな顔をすると、ランディが自慢げに答えた。

「まあ、そんな所かな。僕たちは人間であって人間ではないのだー」

「まあ、何でもいいやな。交易が続くのなら結構だ」

「交易の事は王立軍には内緒だからな。実は、サーラデン王国からエルフとの交易を止めろって言って来たらしいぞ。村長は突っぱねたみたいだが」

 ウォンがそう言うと、ディレクトは首を傾げた。

「おかしいな。王立軍はエルフを襲ったんだろう?交易する相手を襲っておいて、交易するなとはよく分からん話だな」

「エルフが逃げたからだろ。またどこかで生きていくと思ったんじゃないか?実際、集落の方に戻って来てるしな。燃やされちまったけどな」

「ウォン、お前さん森に居たのか?」

「ああ、王立軍が集落を燃やしている所に遭遇してな。交戦したんだ」

「そうか・・・もしかしたらお前さん達、指名手配されるかもしれないぞ」

「げ、マジで?参ったなあもう。昼間は勢いでやっちゃったけど、許してくれないかなあ?」

 ランディが困った顔をして言った。

「半分くらい殺したのお前だしな。許してくれないだろうな」

 ウォンが淡々と言うと、ランディはため息をついた。

「はあ。だよねえ」

「まあ、いざとなったら森にこもってほとぼりが覚めるまで待つしかないな」

「一応、ギルドに報告しておこうか?今回のエルフとの交渉、襲撃に関してはギルドは不干渉の立場をとっているが、森に魔法を掛けて閉ざしたとなれば、王都に居るエルフの身も危ないかも知れないしな」

ディレクトは一応キサン村のギルド窓口だった。

「そうだな、ギルドに言っといた方が良いな。俺達の指名手配も握りつぶしてくれるかもな」

「まあ、まだ指名手配された訳でもないから、そう心配することもないけどな」

 ディレクトは呑気にそう言った。

「でも、王都に居るエルフが危ないかもだろ?保護するなり森に帰って貰うなりした方が良いんじゃないか?」

「分かった、ギルドに連絡しておこう。そうだ、すっかり忘れていたが、遺跡の調査はどうなった?」

 ディレクトの問いに、ランディは焦ってしまった。

「あ、いや、それがね、ねえ、ウォン?」

「遺跡はランディが壊した。あの遺跡は危険な物だったんだ」

 ウォンがしらっと言う。

「何?壊しただと?危険って、何だ?」

「危険は危険さ。壊したから、安心していいぞ」

「いやでも、壊したって・・・どう言う事だ、ランディ?」

「あの、だからね、そ、そう、あの遺跡は妖魔を呼び出す魔法陣が書かれていたんだよ。だからゴブリンが湧いたんだ。だから、壊したんだよ」

 ランディはしどろもどろになりながらも作り話をした。幸い、ディレクトは納得した様だった。

「そうか、そんな危険な物が近くにあったなんてな。ありがとう、壊してくれて」

 そう言ってディレクトは金貨を持ってきた。

「報酬だ、受け取ってくれ」

「え!い、いいよ、僕達は・・・」

「ありがたく貰っておこうぜ、ランディ。俺達は調査だけでなく破壊もしたんだ。これで妖魔が出てくる心配は無くなった訳だな。良かった良かった」

ウォンはそう言って金貨を受け取った。

「良いの?調査なんてしてないし、壊したのだって別の理由でしょ?」

 ランディが小声でささやくと、ウォンは小声で返した。

「良いんだよ、貰っておこうぜ」

 エルグレンは我関せずといった風でワインを楽しんでいた。

「ところで、この村にエルフは居るの?」

エルグレンはディレクトに聞いた。

「いや、いないよ。最近じゃあんた以外は見てないな」

「そう、ありがとう」

「ん?どうした、エルグレン」

ウォンが尋ねると、エルグレンは手を振った。

「ううん、何でもないの。この村にエルフが居たら、森に帰るように言ってあげようと思っただけで」

「そうか・・・王都の方は大丈夫かな。エルフが迫害されてなきゃいいが」

「ギルドが動いてくれれば大丈夫でしょ」

 ランディは気楽に言ったが、エルグレンは心配になって来た。

「大丈夫かしら・・・」

「まあ、それはここで心配してもどうしようもないからな。それとも、王都まで行くか?」

ウォンがそう言うと、エルグレンは少し悩んだ。

「そうね・・・いえ、森に帰るわ。村の皆の事が心配だし」

「そうか、じゃあ今日はここに泊って、明日帰るか」

「でもさあ、あんまり情報なかったね。僕達の方が詳しいんじゃない?」

 ランディが言うと、ウォンは馬鹿にした様に言った。

「当たり前だろ、俺達が事の中心にいるんだからな。俺はただ、王立軍の動きを確認したかっただけだ」

 そう言ってウォンはディレクトに部屋を二つ頼んだ。エルグレンの部屋を一つと、ウォンとランディで一つを用意して貰った。しばらく三人は食事をしたり酒を飲んだりして楽しんでいた。それから、部屋に入って休んだ。

 次の日、三人は早くから起きていた。下の酒場で軽く朝食を済ませ、キシス村に向かった。森に入って、エルグレンがドライアドに王立軍の兵士が森の中に居るかどうか聞いた。すると、数人の人間がさまよっているとの事だった。エルグレンは、ドライアドに森の外に誘導するようお願いをした。ドライアドは快く引き受けてくれた。

「これで、兵士達は王都に戻るわ。また来たら、少し迷わせてから森の外に出す様に頼んでおくわね」

「ああ、そうしてくれ。王立軍の兵士が王都に帰るのと、ディレクトのギルドへの報告が王都に着くのは、同じ位か?」

 ウォンがそう言うと、ランディが頷いて言った。

「そうだね、ギルドから王城に報告が行けば、迷いの森の魔法が掛けられたことも伝わるね」

「そうなると、王立軍はどう出るか?しばらくは、強行突破しようとするだろうな。早めに諦めてくれればいいんだが・・・それから、街道建設を今よりもっと推し進めるだろうな」

 森の中をキシス村に向かって歩きながら、三人は色々と話をした。

「そうだ、ゾーン公国の連中が森にはいってないか分かるか?」

「ちょっと聞いてみるわね。・・・・・・そう、ありがと。あのね、結構な数の兵隊が東から入って来たって。もちろん、皆迷って森から出されたけどね。それで諦めて帰ったみたい」

「ちゃんと忠告しといたのになあ。森には入るなって」

「まあ、一回入って諦めたならそれでいいさ」

 ウォンはそう言うと、一つさっきから疑問に思った事をエルグレンに聞いた。

「あのさ、俺達、指輪の力で妖精になってるんだよな?」

「ええ、そうね」

「それじゃあ、もしかして俺達もドライアドと話せたりするか?」

「どうかしら・・・やってみれば?」

「どうやってやるんだ?」

「念じてみて。木の方に集中して」

「・・・!?わ、分かったぞ!話が出来た!挨拶したら返事が返ってきたぞ!」

 ウォンが興奮しながら言った。ランディも同じようにやってみた。

「声が聞こえたよ!わ、木から何か出て来た!エルフ?じゃない、ドライアドだ!」

「本当だ!半透明のエルフみたいだ!」

エルグレンがクスクス笑いながら言った。

「それが木の精霊、ドライアドの本体よ。それにしても、精霊が見えるようになるなんて、その指輪、凄いわね」

「ああ、凄い物貰っちまったな。良いのかな、こんな物貰っちまって」

ウォンが指輪をしげしげと眺めながら言った。

「良いんじゃない?エルフが持ってたって、何の役にも立たないもの。あなた達が使うのが一番良いのよ」

「そう言えばそうだな。妖精には意味のない物だもんな」

ランディはまだドライアドと話をしていた。

「おい、そろそろ行くぞ」

「あ、ああ、うん、じゃあまたね。さあ、行こうか」

 ウォンに促されてランディは歩き始めた。ウォンとエルグレンも後に続く。

「でも、よくこんな短い時間で情報が得られたな。ドライアドのネットワークってそんなに早いのか?」

 ウォンの問いにエルグレンは答えた。

「森の端から端まですぐに伝わるわよ。ドライアドは一は全、全は一だから。全てのドライアドは繋がってるのよ。それでいて個々の人格もあるの」

「へえ、そうなのか。それで早いんだな」

ウォンは感心するように言った。

「それにしても凄い指輪だな、これ。もしかして、あの壊した遺跡も、俺達の血を垂らせば発動したのかな?」

「かもね。その指輪、どうやら体が造り替えられるみたいだから、もしかしたら寿命も延びるかもね」

エルグレンが言うと、ウォンもランディも驚いた。

「寿命が延びる?本当かよ、それ。エルフみたいに千年も生きられるのか?」

「もしそうなら本当に凄いよ!寿命も延びるなんて」

「もしかしたら、だからね?村に着いたら村長に聞いてみたらいいわ」

「凄いな、この指輪。こんなもんがあっていいのか?人間に知れたらえらい事だな。俺達、襲われまくっちまうぜ。ランディ、絶対に誰にも言うなよ?」

「分かってるって。僕も襲われたくないしね」

「せっかく魔法が使える様になったんだ、他人に取られちゃたまらないからな。あ、そうだ、新しい魔法教えてくれよ、ランディ」

「もう?着火魔法も満足に扱えないのに、何言ってるの。もっと精度を上げて、安定した火に出来ないと駄目だよ」

「そ、そうか・・・よし、練習するぞ」

そう言ってウォンは着火魔法を唱え始めた。火を着けては消し、着けては消し、を繰り返して歩いて行った。エルグレンの目から見れば、一日でここまで出来るのは大したものだと思ったが、やはり次の魔法を覚えるにはまだ時間がかかるなと思った。

 しばらくウォンは魔法の練習をしながら、ランディは風の精霊や地の精霊を見ては喜びながら歩いていた。

「念を凝らすと精霊が見える、ってのがまたいいね。普段から見えてると鬱陶しいよね、きっと」

「用事がある時は向こうの方から姿を現すわよ。滅多にないけどね」

「へえ、そうなんだ。何か危険が迫ったりすると出て来る感じ?」

「そうそう、森が焼かれた時もドライアドが出て来たわ。相当焦ってたみたい」

「そりゃ焦るよね、自分に火を付けられたんだから。そう言えば、ドライアドって全ての木に宿ってるの?」

「いいえ、全ての木ではないわ。私たちが家を造ったりするときは、ドライアドの居ない木を選ぶの。数で言ったら、半分位じゃない?ドライアドが宿っているのは。でも、ドライアドが宿っている木でも、切れない訳じゃないの。使いたければ、ドライアドにお願いして、他の木に移って貰うの」

「そうなんだ、それでドライアドの見えない木もあったんだね。別に、一つの木に一人の精霊って固定されてるわけじゃないんだね」

「トレントなら完全に固定してるんだけどね。滅多に見られないから幻の精霊とも呼ばれてるわ」

ランディは首を傾げた。

「トレント?樹の人って呼ばれてる、あのトレントが、この森に居るの?」

「前に見かけたエルフが居るって噂が流れたけど、どうなのかしらね。居てもおかしくはないけど」

エルグレンの言葉にランディは嬉しそうに言った。

「会ってみたいなあ。色んな所に行けば、色んな精霊にも会えるよね?嬉しいなあ、精霊が見えるようになって」

 ウォンはまだ一人で火を付けたり消したりしていた。ランディは少し呆れながら言った。

「熱心だねえ。しょうがない、このまま頑張るんだったら、村に着いたら新しい魔法、教えてあげるよ」

「本当か?よし、頑張るぞ」

 そうは言ったが、ランディは何の魔法を教えればいいか、迷っていた。

「ねえ、エルグレン、次は何教えたら良いと思う?」

「そうねえ、重力制御の魔法はどうかしら。ちょっと危険だけど、あれなら魔力の調整の仕方が学べるし、便利だし良いんじゃない?」

「そうか、そうだね。ありがとう、エルグレン」

「その次は私が簡単な回復魔法を教えてあげるわ」

「そうしてやって。まさかウォンが魔法使えるようになるなんてね・・・しかも、特性に偏りがないなんて、人間じゃ珍しいよ。まあ、指輪のおかげなんだけどね」

ランディがそう言うと、エルグレンはクスッと笑った。

「ウォンはすごく喜んでるわね。ほら見て、だいぶ安定してきたんじゃない?もしかしたら、結構素質があるのかもね」

「それも指輪のおかげじゃない?でも、昔から暗記は得意だって言ってたから、それもあるのかな?」

「そうじゃない?暗記が得意なら、魔法はパターンさえ覚えてしまえば、新しい魔法を覚えるのはそう難しくないから、案外向いているのかもね」

 エルグレンがそう言うと、ランディは少し考えてから言った。

「・・・そうだね、これからの事を考えるとウォンに色々な魔法を覚えてもらうのは良い事だよね。そうだ、ウォンには魔法剣士になって貰おう!」

「ええ?魔法剣士?ふふ、そうね、なって貰おうかしら。魔法剣士なんて珍しいから、役に立ちそうね」

「でしょ?何か便利そうだよね。魔導士の家系は体がそんなに強くないから、剣を教えられる人間はあまりいないんだ。体が強くて魔法が使える人間は凄く少ないから、魔法剣士は貴重だよ」

そんな話をしていると、いつの間にかキシス村に着いていた。村は焼けて崩れ落ちた家が並んだままだった。

「おお、ウォンさん、ランディさん、エルグレン、おかえりなさい。キサン村はどうでしたか?」

 ポールが笑顔で出迎えてくれた。村の真ん中の広場で、皆集まって何か飯試合をしている様子だった。

「ただいま、村長。交易の事はちゃんと話して来たわ。いつもの日時に森の外で物の受け渡しをする事になったわ。それで、何をしているの?」

「ああ、今これからどうするか話し合ってたんだよ。村を再建するにあたって、物資も人手も足りないだろう?だから、森の仲間たちから援助してもらう事にしたんだ。各村から人手を出して貰って、家を作るのを手伝って貰おうかと思ってね」

 ポールがそこまで言うと、ウォンが横から口をはさんだ。

「エルフだけで家が建てられるのか?ドワーフとかに頼まないのか?」

「家を建てる位、私達で出来ますよ。ドワーフに頼むまでもありません」

「そうか、それならいいんだが。俺達も手伝うからな」

「ありがとうございます。それで、何か新しい情報はありましたか?」

 ポールがそう言うと、ウォンは首を振った。

「いいや、目新しい話はなかったよ。ゾーン公国が森に入ったって位で。それもすぐに外に出されたみたいだし。後は街道建設の現場にゴブリンが出て工事が進んでいない事位かな」

「そうですか。それで、遺跡の方は、どうなりました?」

「ああ、そっちは完璧だ。ぶっ壊してきた」

「そうなんだよ、指輪の力で魔法の威力が凄く上がっててさあ、驚いたよ。あ、そうだ、聞きたい事あったんだ。この指輪ってさあ、人間が付けると寿命、延びたりする?」

ランディの問いにポールはさらっと言った。

「ああ、延びますよ、寿命。人間のあなた方ですと、十倍位に延びますよ」

「!本当かよ!すげえ、すげえよ!」

ウォンが興奮して言った。ランディも気を高ぶらせていた。

「凄い、凄いよ!いよいよ内緒にしておかなくちゃ!ウォン、分かってる?」

「ああ、分かってるよ!て言うか、この指輪ってもう作れないのか?売ればかなりの値が付くぞ」

「それは難しいでしょうね。それを作ったドワーフは指輪に自分の魔力を込めすぎて、死んでしまった位ですからね。作ろうと思うドワーフは居ませんよ、たぶん」

それを聞くとランディは顔を青くした。

「もしかして、これって呪いの指輪?死んだドワーフの呪いが掛かっているんじゃない?」

「まあ、呪いとも言えますかね。心配しないで大丈夫ですよ、悪い効果はありませんから。妖精になって、魔力が増えて、寿命も延びる。良い事だらけじゃないですか」

「・・・それもそうだね。まあ、気にしても仕方ないか」

「それで村長、他の村の援助はいつ来るの?」

エルグレンが聞いた。

「さっき、ドライアドに頼んだから、近い村の連中ならは三日もすれば来るだろうな。それまでに出来る所までやっておこうと思っているんだ」

「そうね・・・それで、何をやるの?」

「まずは燃えてしまった家の解体だな。更地にしておけば後々楽だろうからな。それから、仮の寝場所を作る。テントが作れればいいんだが、とりあえず雨がしのげる所を作らないとな」

「そうだ、ランディ、村に着いたら新しい魔法を教えてくれるって言ったよな?早く教えてくれ!」

「分かった分かった、教えるから」

そう言ってランディはウォンに重力制御の魔法を教え始めた。着火魔法よりも難しかったが、ウォンは一生懸命になって覚えようとしていた。夕暮れになり、皆が夕食の支度を始める頃になって、ようやく呪文を覚えることが出来た。

「いい?この魔法は強弱をつけて呪文を詠唱しないと重力がゼロになってしまうから、気を付けてね。加減しつつ、呪文を唱えるんだ」

「分かった。それで、最後に何て言うんだ?」

「かの者の重圧を解放せよ、だよ」

「そうか、じゃあやってみるか。・・・かの者の重圧を解放せよ!」

 ウォンは呪文を唱えると、自分の剣に魔法を掛けてみた。

「掛ったかな?ポイっと」

 剣を空に放り投げると、ある程度上昇した後はふわふわとゆっくり降りて来た。

「よし、成功だ!」

ウォンは喜んでいた。ランディはそんなウォンを見て厳しく言った。

「後は色んな重力の強さで魔法を掛けてみて。重さを調整して、呪文の強弱の付け方を学ぶんだ。これは、他の魔法にも共通する技術だから、しっかりとやるんだよ」

「わ、分かった。ありがとうな、ランディ」

「だから気持ち悪いって、止めてよ」

 ランディは嫌な顔をしながら言った。しかし、ウォンの呪文を覚える速さには内心驚いていた。本当に素質があるのかもしれないと思った。

 夕食を皆で取りながら、明日からの作業について村長のポールが説明をしていた。ウォンは焼けた家の解体に手を貸す事にした。ランディは食糧確保のために狩りを手伝う事にした。その日は皆で焚火を囲んで寝た。

 次の日からは大忙しだった。まずは焼け残った使えそうなものを集めた。鍋やフライパンなど料理用品は残っていた。食糧も少しはあった。酒が燃えないで残っている家もあった。服や布なども残っている家もあった。全てまとめて分配するようにした。

 それから家の解体を始めた。柱や床板などは使えそうなものは取って置き、残りは薪にするために小さく切った。

 幸い、村の共有の倉庫は燃え落ちていなかったので、中にある物はほとんど使えた。小麦粉や農機具、大工道具などがあった。

 作業を始めてから三日目、半分位の家の解体は片付いた。昼頃になって、デュラ村から来たというエルフが二十人位、村に姿を見せた。食糧や服など、生活必需品を持って来てくれていた。

「ありがとう、助かるよ」

 ポールが代表して礼を言った。デュラ村から来たエルフは、手を振って答えた。

「いえ、お互い様ですから。村長のスペクトがよろしくと言っていました」

 デュラ村から来たエルフ達は、早速作業に参加してくれた。次の日から続々と他の村からエルフがやって来た。応援の手は総勢百人位の規模になった。それだけの人数を養うのは簡単ではなかった。狩りの人数を増やし、女性陣は食事の準備に専念した。

 キシス村のほとんどのエルフは重力制御の魔法が使えたので、家の解体は比較的楽に出来た。しかし、木材を切り出し、新しい家を建てるのには時間がかかった。

 ウォンもランディもエルグレンも、三人とも違う仕事をしていたので、ゆっくり話す機会は少なかった。それでも、ウォンはエルグレンに回復魔法を教えて貰えた。

「ありがとうな、エルグレン」

ある日の焚火を囲んでの夜だった。久しぶりに三人で話す機会が出来た。

「いえいえ、それにしてもウォンは魔法覚えるの速いわね」

エルグレンが感心するように言った。

「そ、そうか?自分では分からないが・・・」

「速いよ、この数日で三つも覚えたでしょ?ちょっとハイペースだね。少しセーブする?」

ランディはそう言って意地悪そうな顔をした。

「おいおい、もう教えない、何て言うんじゃないだろうな」

 ウォンは慌ててそう言った。

「ははは、冗談だよ。でも、本当に速いよ。驚いた」

「まあ、一日中呪文を唱えているからな。それでかな?」

「皆そうだよ、最初のうちは。パターンを掴めればもっと速くなるけど」

「そう言えば、ランディがエルグレンに回復魔法を教えて貰った時はすぐ使えたな」

「ウォンもパターンさえ掴めればもっと速くなるよ。まあ、あと幾つか覚えればコツも分かるでしょ」

「そんなもんか。まあ、頑張ってみるか」

 ウォンはそう言って魔法の練習を始めた。

「そう言えば、エルグレンって家族は居ないの?」

唐突にランディが聞いた。エルグレンは首を振った。

「いないわ。父さんも母さんも小さい頃に亡くなってしまったわ。兄弟もいないし、村の皆が家族みたいなものね。ランディは?」

「僕も家族は居ないよ。ウォンもそう。僕たちは戦災孤児、とでも言うのかな、カルディナス帝国の内乱の時に、家族を失ってしまったんだ」

「そう・・・二人は昔からの知り合いなのよね?」

「そうだよ。幼馴染ってやつかな。腐れ縁だね」

「ふふふ、ウォンも同じ事言ってたわ。仲が良いのね」

「仲が良いって言うか、分かるんだよ、ウォンの事は」

 エルグレンは笑ってしまった。

「あはは、それもウォンが言ってたわよ。本当、仲が良いのね」

 ランディは照れ臭そうにしていた。エルグレンの隣りで呪文を唱えていたウォンがランディに向かって言う。

「ん?どうした、ランディ。顔が赤いぞ」

「何でもない。さあ、続けて続けて」

「お、おう」

ウォンは戸惑いながらも呪文の詠唱を続けた。エルグレンはそんな二人を交互に見て微笑んだ。



家を作り始めてから二ヶ月ほどたった。元々簡素な家ばかりだったので、建てるのはそう難しい事ではなかった。全ての家が建った頃、他の村から来ていたエルフ達は徐々に帰って行った。

なんと、ウォンとランディにも小さな小屋が用意されていた。ウォンもランディも定住するつもりはなかったが、村の皆の好意と受け止め、ありがたく頂戴した。小屋は、エルグレンの家の隣りだった。

二ヶ月も一緒に居ると、エルフ達もウォンとランディを村人として扱うようになっていた。流れの冒険者の二人には、何だかむずがゆいものがあったが、悪い気はしなかった。

ウォンはこの二ヶ月の間に五つの魔法を覚えた。飛行魔法、姿隠しの魔法、炎の魔法、雷の魔法、水の魔法である。ランディの方が威力は上だったが、ウォンは実戦に耐え得る強さの魔法を身に付けていた。

穏やかな、そして退屈な日々が続いていた。いつもと変わらないそんなある夜の事だった。

「おい、そろそろ行かないか?いくら何でもこれじゃあなあ」

 ウォンが酒を飲みながら言った。

「行くってどこへ?」

 同じく、酒を飲んでいるランディが聞き返した。

「冒険だよ、仕事だよ!そろそろ仕事しようって言ってんだよ!」

「えー、いいじゃん楽出来て」

「楽なのもいいけどな、俺はもう飽きちまったんだよ!毎日毎日だらだらと酒を飲んで、することと言えばちょっと狩りに出る位で。お前は何も思わないのか?退屈だろう、ランディ」

「まあ、確かに家が建ってから結構経ったよね。する事もなくなってきて、暇といえば暇だね」

「だろう?久しぶりにキサン村に行ってみないか?何か面白い仕事があるかも知れないぞ」

「そーだね、エルグレンも誘ってみようよ。きっと来るって言うよ」

「そうだな、よし、エルグレンの所に行ってみるか」

二人は小屋を出て、隣りのエルグレンの家に行った。扉をノックすると、エルグレンの声が聞こえてきた。

「はーい、誰?」

「俺達だ」

「ああ、ウォンにランディ。どうしたの?」

エルグレンが扉を開けて二人を中に入れた。

「実はな、俺達はキサン村に行ってみようと思ってるんだ。エルグレンも行かないか?」

「行く!行く!それで、何しに行くの?」

 小さなテーブルを囲んで、三人は床に座っていた。ウォンはエルグレンの問いに答えた。

「王立軍の動きをちょっと探って来るのと、何か面白い仕事がないかと思ってさ」

「そう!それは面白そうね。最近ちょっと退屈してたの」

「そうか、エルグレンもか。実は俺達も退屈してたんだ。丁度良い、三人で行こうか」

ウォンがそう言うと、ランディが注意するように言った。

「そうだ、エルグレンは服を変えてった方が良いよ。帽子もかぶってね」

「そうだな、もしエルフの迫害が進んでいたら大変だからな。あの冒険者の服にした方が良いな」

「そうね、そうするわ」

「じゃあ、明日の朝にでも出発するか。良いか、それで」

 ウォンが聞くと、エルグレンは微笑んで答えた。

「ええ、いいわよ。久しぶりね、三人で出掛けるなんて」

「そうだな」

 ウォンとランディはエルグレンの家を後にした。小屋に帰り、二人はさっさと寝てしまった。

 翌日、朝食を食べてから三人は旅立った。と言っても今回はいつもと少し違った。エルグレンもランディに飛行魔法を教えて貰っていたので、三人で飛んでいく事にしたのだった。ウォンもエルグレンも、もう何回も練習したので、ランディの速さについていく事は出来た。

「それじゃあ、行こうか。・・・我に翼竜の自由を!」

 三人が呪文を紡ぐと、額に当てた指から光が広がり、背中に白い翼が生えた。三人は飛び上がり、キサン村の方へ飛んで行った。

 途中、魔法が切れて森に降りたが、もう一度魔法を掛けて飛んで行った。歩くのとは桁違いの速さで、昼前にはもうキサン村に着いていた。

 三人は早速ディレクトの店に立ち寄った。ランチの時間はまだだったので、客は少なかった。カウンターにいるディレクトにウォンが声をかけた。

「よう、久しぶりだな」

「おう、久しぶり。どこに行ってたんだ?」

気さくに返事をしたディレクトに、少し安心した様にウォンが言った。

「いや、ちょっと森の中にね。それより、王立軍の最近の動きはどうだ?」

「そうだな、街道建設の護衛に来てる連中が時々飲みに来るが、工事はあんまり進んでないようだな。何でも、ゴブリンの巣が近くにあったみたいで、毎日邪魔しに来るそうだよ。なかなかしぶといらしい。でかいゴブリンもいたとかいないとか」

「でかいゴブリンって、ホブゴブリンかなあ。結構強いんだよね」

 ランディが嫌そうな顔をして言った。

「それで、この間言ってた魔法のせいか、森に入ると迷ってしまってろくに食糧調達も出来ないってんで、村に買いに来るのが増えたよ。村としてはありがたい話だが、サーラデン王国はこれ以上金がかかるなら計画の見直しも考えるそうだ」

ディレクトはそこまで言うと、片手を出してきた。情報料をよこせと言うのだ。ウォンは金貨を出して言った。

「計画の見直しって、工事は中止って事か?」

「そうなるかもな。まあ、サーラデン王国は森の開墾を甘く見すぎていた。本来なら何年もかけてやるような工事を数ヶ月で出来ると思っていたんだな。その間の人件費や何やらも、甘く見積もっていたんだな」

「そうか・・・ありがとな、じゃあ、ランチ三つくれ」

「あいよ、ちょっと待っててくれ」

ディレクトは給仕の娘にランチを三つ持ってくるように言った。娘はすぐに持ってきた。今日のランチは、サンドイッチとサラダとミルクだった。

「しかし、ゴブリンが邪魔しているおかげで工事が滞っているとはな」

サンドイッチをほお張りながら、ウォンが言った。

「ずっと滞ってればいいのにね。ゴブリンさまさまだね」

ランディがサラダを食べながら言った。

「そうだ、ディレクト、王都の方でエルフが迫害されている、なんてことはないか?」

 ウォンが聞くと、デレクとは首を振って答えた。

「いいや、そんな話は聞かないな。大体、王都にエルフなんて数えるほどしかいないだろうに。そんなもの迫害してどうしようってんだ?」

「それもそうか。あと、俺達が指名手配されている、なんて事はないだろうな?」

「森で王立軍を襲った二人組を探していたみたいだが、事情を知ったギルドが握りつぶしたよ。ギルドはエルフに好意的だな」

「そうか、それならいいんだ。それから、何かいい仕事はないか?」

「仕事なら、あっちの掲示板を見るんだな」

 ディレクトは壁の方を指差した。

「おう、そうか」

 そう言ってウォンは掲示板の方に向かった。

「ええと、・・・ろくな仕事がないな。お、王立軍が街道建設の護衛に傭兵を募集してるぞ。あとは・・・駄目だ、何もない」

 ウォンはとぼとぼとカウンターに戻って来た。

「ろくな仕事が無かったぜ・・・どうする、ランディ。仕方ないから、森に帰るか?」

「うーん、せっかく出て来たんだから何か仕事したいけど・・・ちょっと僕も見て来るね」

 そう言うとランディは掲示板に向かった。しばらく物色していたが、一枚の依頼書を手に持って戻って来た。

「これなんか良いんじゃない?ドラゴンの卵探しだって」

「何、そんな依頼があったのか?見えなかったぞ」

ウォンはそう言ってランディの手から依頼書を取った。

「なになに、依頼主は王都の豪商か。崖の上に産み落とされたドラゴンの卵を取ってきて欲しい、だと」

「報酬は八十万だってさ。それに卵は一個でいいから他にあれば持ってって良いって」

「ドラゴンの卵なんて、持ってこられるの?親のドラゴンがいるんじゃない?戦って勝てるかしら」

エルグレンが心配そうに言った。

「大丈夫だよ。ドラゴンは卵を産んだら産みっぱなしなんだ。生んだ場所には居ないよ。それに、だれもいけないような崖の上とかに産み落とすから、なかなか取りにいけないんだ」

ランディが言うと、エルグレンは不思議そうに言った。

「じゃあ、どうやって取りに行くの?」

「それはほら、僕達は空が飛べるじゃないか。飛んでいけば楽勝だよ」

「そうか、そうよね。私たちは飛べるんだったわ。何だ、楽な仕事じゃない」

「そういう事。ウォン、いいよね?」

「ああ、構わんぞ。この依頼を受けよう。ディレクト、王都まで行けばいいんだな?」

ウォンが聞くと、ディレクトは不思議そうに言った。

「ああ、そうなんだが・・・ウォン、お前さんいつから魔法が使える様になったんだ?」

「あ、ああ、まあ、なんとなくいつの間にかな」

「そんな事があるのか?」

「魔力が無いと思っていたらあったんだよ。それで、最近覚えだしたんだ」

「そうか、そんな事もあるんだな」

 ディレクトは納得した様だった。

「この、ジャクソンさんって商人の所に行けばいいんだね?って、この人、あのジャクソン商会の人?」

 ランディが驚いて言った。

「ああ、そうだ。王都でも一、二を争う大商会の豪商だ。何でも、城に献上するみたいだぞ」

 ディレクトがそう言うと、ウォンも驚いていた。

「あのジャクソン商会か、聞いた事あるぞ。何でも冒険者上がりで、凄いやり手だって話だが」

「そのジャクソン商会だ。最近、王子が生まれたんだ。それでお祝いにドラゴンの卵を贈りたいらしい」

「今はドラゴンの繁殖の時期だしね、丁度いいよ。で、どこに取りに行くの?ドラゴンの繁殖場所なんて分かるの?」

ランディが聞くと、ディレクトは首を傾げた。

「さあな、そこまでは知らん。何かつてでもあるんじゃないか?」

「そうか・・・まあ、行けば分かるさ。じゃあ今から行くか?飛んでいけば夕方までには着くだろう」

ウォンがそう言って席を立った。

「そうだね、そうしようか。エルグレンは、いい?」

 ランディがそう言うと、エルグレンはニコッとして答えた。

「大丈夫よ。行きましょう」

「それじゃあな、ありがとよ」

 ウォンはカウンターに銅貨を三枚置き、ディレクトに別れを告げた。三人は店を出て、村の入り口まで歩いて行った。

「それじゃあ、行こうか」

 ランディがそう言うと、ウォンもエルグレンも頷いた。三人は呪文を詠唱した。背中に白い翼が生えて、最後の言葉と同時に飛び上がった。

「我に翼竜の自由を!」

 三人は川に沿って飛んで行った。途中、何回か魔法を掛け直して、王都に向かった。王都に着く頃には、日も暮れかかっていた。

 王都の門より離れた所に三人は降り立った。少し歩いて、門をくぐった。門番は何も言わなかった。

「どうやら、俺達の顔は覚えられていないようだな」

 門を通り過ぎてから、ウォンが言った。

「どうする?ジャクソン商会に行く?大通りの突き当りだからすぐ分かるよ」

 ランディが言うと、ウォンは頷いた。

「そうだな、行ってみるか」

 三人はてくてくと大通りを歩いて行った。大きな建物に突き当たると、看板にはジャクソン商会と書かれていた。扉を開けて中に入ると、店の者が出て来た。

「いらっしゃいませ、何か御用でしょうか?」

「これを見て来たんだが」

ウォンはそう言うと、依頼書を取り出した。

「ああ、冒険者の方ですね。今、主人を呼びますのでこちらでお待ち下さい」

そう言って、三人は奥に通された。しばらく待っていると、恰幅のいい中年の男がやって来た。

「これはこれは、ようこそおいで下さいましたな。この度はドラゴンの卵を取って来て下さるとの事で、ありがとうございます」

 一方的に言ってきたので、三人は戸惑ってしまった。

「いや、とりあえず話を聞いてから・・・」

 ウォンが困惑しながらもそう言うと、男は何か気付いた様に言った。

「おっと、これはご挨拶が遅れましたな。私がジャクソンです」

「俺はウォン、こいつはランディ、そっちのがエルグレンだ」

「それで、ジャクソンさん、ドラゴンの卵の場所は分かっているんですか?」

 ランディの問いに、ジャクソンは自慢げに答えた。

「もちろん、分かっていますよ。ただ、なかなか行きにくい所にありましてなあ。ちょっと困っていたんですよ」

「分かりました、我々がお引き受けしましょう。それで、場所は?」

 ランディがそう言うと、ジャクソンは嬉しそうに言った。

「ありがとうございます。場所というのは、ここから北にある、ゴール山脈の中のガバル山です。南側の絶壁に洞穴がありまして、そこにドラゴンが卵を産んだようなんです。これが周辺の地図です」

「そうですか。ではお預かりします。早速明日から取り掛かりますので」

「卵は一個でいいですから。他にあったらお好きにどうぞ」

「ジャクソンさん、あんた何でドラゴンの卵の場所なんて知ってるんだ?」

ウォンが疑問をぶつけると、ジャクソンはニヤッと笑った。

「それは企業秘密、という事で。冒険者時代のつて、とでも言っておきましょうか」

「そうか、それならそれでいいんだ。これは他言無用って事でいいんだな」

「なるべくそう願います。何しろ命がけの情報ですので」

「そうですか。それでは、依頼を引き受けますので」

ランディがそう言って立ち去ろうとした。

「お、おい、まだ報酬の話が済んでないぞ」

 ウォンが慌てて言うと、ランディは思い出したように言った。

「そうでした。報酬は依頼書によると八十万との事でしたが」

「不足でしょうか?」

ジャクソンがそう言うと、ランディは首を振った。

「いえいえ、十分ですよ。これは成功報酬という事でいいですね」

「はい、それでお願いします」

「分かりました。では、行って来ます」

「はい、お願いします」

 三人はジャクソン商会を出た。日は暮れてすっかり夜になっていた。

「これからどうする?今日はもう宿屋に行くか?」

「そうね、ずっと飛んでたから疲れたわ」

 エルグレンが言うと、ランディは同調するように言った。

「そうだね、疲れたね。宿屋に行って休もうか」

三人は近くにある宿屋に入った。幸い部屋は空いており、一人部屋と二人部屋を一つずつ取った。割と良い宿屋で、共同だが風呂もあった。三人は汗を流し、食堂で夕食を取り部屋で休んだ。

次の日、朝早くから起きだして、朝食をとっていた。

「それで、どうやって山まで行くの?やっぱり飛んで行くの?」

エルグレンが聞くと、ランディは当然の様に言った。

「いまさら、ちんたら歩いて行くなんて面倒でしょ?皆飛べるようになったんだからさ、楽に行こうよ」

「そうね、確かに歩くよりは速いし。でも、私達まだコントロールに必死で気が疲れるけどね。ランディはよく重ね掛けなんてできるわね」

「そのうち二人も出来る様になるよ。それにしても、妖精の指輪は凄いね。魔力ゼロだったウォンがここまで魔法を覚えるなんてね。魔力も相当ついてるし、魔導士の家系じゃないなんて信じられないよ」

「付けるだけで魔力が身に着くなんてな。凄い物貰っちまったな」

 ウォンも感心した様に言った。ランディは少し真面目な顔をして言った。

「やっぱり、呪いのアイテムなんじゃないかなあ。何回か、指輪を取ろうと思ったんだけど、取れないんだよ」

「げ、マジかよ。・・・本当だ、取れない・・・」

ウォンは指輪を引き抜こうとしたが、どうしても取れなかった。

「ね?やっぱり呪いの指輪なんだよ。エルグレン、こういう事は先に言ってくれなくちゃ」

「ええ!?私?私は知らないわよ?そんな指輪がある事も知らなかったし、私のせいじゃないわよ?」

「まあ、村長のせいだろうな。悪い効果はないみたいだが、帰ったらちょっと文句でも言うか」

ウォンがそう言うと、ランディは仕方ない、と言った顔で言った。

「そうだよ、村長が悪いよ。でも誰かに文句言いたかったんだ」

「だからって私に言わないでよね。本当に知らなかったんだから」

「分かった分かった、エルグレンは悪くない。悪いのは黙っていたポールだ。それよりも、ちょっとギルドに寄って見ないか?王立軍の動きについて、もうちょっと聞いておきたいんだ」

「そうだね、じゃあギルドに行こうか。丁度皆食べ終わった事だし」

 ランディがそう言って席を立った。ウォンとエルグレンもそれに続く。三人は宿屋を出ると、ギルドの方に歩き始めた。

 ギルドに入ると、人がごった返していた。三人は真っ直ぐ情報部のカウンターに行った。

「王立軍の最近の動きについて知りたいんだが」

ウォンがそう言うと、情報部の男は話し始めた。

「特に変わった事は無いよ。森の街道建設の護衛に行ってるが、なかなかゴブリンを退治できないみたいだな」

「工事は滞っているのか?」

「そうだな。国の方じゃそろそろ中止にするか検討している様だよ」

「そうか、ありがとよ」

そう言うとウォンは銀貨を三枚置いた。三人はギルドを後にした。

「情報、無かったね」

「そうだな、結構じゃないか」

「ゴブリン、森の役に立ってるね」

「妖魔もたまには良い事するんだな」

 三人は大通りを入り口の門へと歩いていた。ランディがジャクソンに貰った地図を広げて確認をしていた。

「ええと、フォールデン王国の北、か。結構北に行くんだね。街道沿いに飛んで行こうか。途中に村もあるし」

「そうだな、歩いて行けば十日は掛かるが、飛んで行けば三日もすれば着くだろう」

 門を抜け、町の外に出た。しばらく歩いて、人目が無くなった所で飛行魔法を使った。三人は街道に沿って飛んで行った。途中、何度も魔法が切れて下に降りたが、順調に進んでいた。街道沿いの村に寄って休憩したりしていたが、フォールデン王国には立ち寄らないで通り過ぎた。出発から三日後にはゴール山脈のふもとまで来ていた。



 三人はゴール山脈のふもとにある村に来ていた。季節は夏だったが、空気はひんやりとしていた。

 村は山登りをする人で賑わっていた。地図を見ても、ドラゴンの卵の場所であるガバル山の位置がいまいち分からなかったので、村の人に聞いてみた。すると、教えてはくれたが、あんな絶壁の山に登るのかと変な目で見られた。

「何だか一気に信ぴょう性が増してきたな。村人も近づかない絶壁の山。いかにもドラゴンの卵がありそうだな」

 ウォンが楽しそうに言った。

「こんな情報、どうやって手に入れたのかね?さぞかし凄腕の冒険者が居るんだろうね」

 ランディが地図を見ながら言った。地図には、ガバル山の中腹辺りに洞窟があると書いてあった。

「やっぱり飛んで行くしかなさそうね」

 エルグレンが横から地図をのぞき込んで言った。

「そうだ、ドラゴンの卵を運ぶのに、何か入れ物がいるね」

 ランディが気が付いて言った。

「卵はどれぐらいの大きさなんだ?」

「ええと、これくらいかな?」

 ランディは両手で抱えるような仕草をした。

「それなら、登山用のリュックで間に合うんじゃないか?ほら、そこの店で売ってるぞ」

ウォンが指を差すと、リュックがつり下がった店があった。

「ああ、あれくらいだよ、たぶん。じゃあ、買ってくるね」

そう言ってランディは店に入った。しばらくしてリュックを二枚持って店から出て来た。

「おい、卵は一つでいいんだろ?何で二つも買ったんだ?」

「へへへ、僕達も持って行こうよ。何かと便利かもよ?それに僕、ドラゴンを飼ってみたかったんだよねー」

 ランディがニコニコしながら言った。

「まあ、いいけどな。ドラゴンなんて、飼うの大変じゃないか?でかくなったらどうするんだ」

「大丈夫だよ、たぶん。大きくなったって、牛位だからそんなに大きくならないよ」

「森で飼えるかしら?」

 エルグレンが心配そうに言った。

「大丈夫じゃないかな?まあ、卵が幾つあるか分かんないし、手に入れてから考えようよ」

「それもそうね。でも、ジャクソンさんの口ぶりだと、ドラゴンが卵を産んだのは確実みたいだったわよね」

 エルグレンがそう言うと、ランディは少し真面目な顔になった。

「そこなんだよ。まるで見て来たかの様だったから、不思議だったんだ」

「冒険者時代のつて、って言ってたな。知り合いに優秀な冒険者が居るのか、自分で行ったのか・・・」

ウォンは少し考えた。この村はフォールデン王国の領内だろう。ドラゴンの産卵場所など国家機密ではないだろうかと思った。

「まあ、卵を持って帰れば大金が貰えるんだ、気にしてもしょうがないか」

「そうだね、依頼人の事はあんまり詮索しないのが冒険者だもんね」

ランディがそう言って地図に目を向けた。

「どうする?今すぐ行くか、休憩してから行くか。この地図によると、村から歩いて数時間みたいよ?割と近いね」

「今から行こうか。早ければ早い方が良いだろうしな」

「そうね、それじゃ行きましょうか」

ウォンもエルグレンも早くドラゴンの卵が見たかった。しかし、そんなことは顔には出さなかった。

「二人とも、そんなに早く卵が見たいの?しょうがないなあ、じゃあ行こうか」

ランディはお見通しだった。しかし、ランディもまた、卵を見るのを楽しみにしていた。

「村の外れまで歩いて行って、人目を避けて飛んで行こう。ランディ、先導してくれ」

「うん、分かった」

 三人はてくてくと歩いて行った。村の外れまで来ると、人気もなく静かだった。今から登山しようとする人は居ない様だった。呪文を紡ぎ、空へと飛んだ。ランディが先に飛んで行った。ウォンとエルグレンはその後を着いて行った。

 しばらく飛んでいると、絶壁の山が見えて来た。南側が崩れたように平らだった。

「たぶんここだよ、ガバル山は!」

ランディがそう叫んだ。そして、絶壁に沿って上昇して言った。中腹辺りに、洞穴を見つけた。

「あれだよ、あそこ!降りよう」

そう言うとランディは洞窟に入って行った。ウォンとエルグレンも後に続いた。洞穴の中は薄暗かった。

「・・・我が前に天使の光を!」

ランディが魔法を唱えた。丸いこぶし大の光の玉が浮かび上がった。光は洞穴を照らした。「おお、すげえ!卵があるぞ!」

洞穴の床には大きな卵が三つあった。卵には赤い炎の様な模様が付いていた。

「これはファイアドラゴンの卵だね。・・・袋に丁度入りそうだ。三つもあるなら、もう一個リュックを買って来れば良かったかな?」

 ランディがそう言うと、エルグレンが言った。

「一個は残しておきましょうよ」

「そうだな、何も全部持っていく事はないさ」

「分かってるって。さて、どれにしようかな?皆同じに見えるね。ウォン、好きなの持って行きなよ」

「じゃあ、これな。・・・丁度良い袋だったな」

 ウォンは一番近くにあった卵をリュックに入れた。背負ってみると、小さな子供を背負っている様だった。ランディも重そうにしてリュックに入れていた。

「結構重いな。大丈夫か、ランディ」

「大丈夫だよ、重力制御の魔法があるでしょ?」

ランディはリュックに向かって重力制御の魔法を掛けた。ウォンのリュックにもついでに掛けた。

「今の魔法は持続時間長くしたから、サーラデン王国まで持つよ」

「そりゃありがたい。で、さっきの光の魔法なんだが、まだ教えて貰ってないぞ」

「そうだっけ?じゃあ、帰ったら教えるから」

「じゃあ、行きましょうか」

 エルグレンが言うと、ウォンとランディは頷いた。三人は飛行魔法を掛け直して、洞穴を後にした。

 三人はふもとの村には寄らず、全力で飛んでいた。街道沿いの幾つかの村に立ち寄って休憩したりしていたが、基本は休まずに飛んでいた。何回か魔法を掛け直して、行きよりも少し早くサーラデン王国に帰って来た。

「しかし、休まずに来たらかなり早く着いたな。お陰で魔力が尽きそうだぜ」

 ウォンがふらふらしながら言った。魔力だけでなく、神経も参っている様だった。

「大丈夫?ウォン。なんかふらふらしてるけど」

エルグレンが心配そうに聞いた。

「平気だ。それよりも早く卵を届けよう」

 三人の居る所は町の門より少し離れた場所だった。そこから歩いて門まで行き、くぐり抜けた。特に不審がられたりもしなかった。

「大丈夫か、門番。チェックが甘すぎるんじゃないか?」

門を抜けて少したった所で、ウォンが呟いた。

「まあ、いいじゃん。さあ、早く行こう?」

「あ、ああ」

 三人は大通りを進んで、突き当りのジャクソン商会まで来た。入り口から中に入ると、店の中は従業員が慌ただしく働いていた。

「あのー、ジャクソンさんに頼まれた物を持ってきたんですが」

 ランディが店の者に声を掛けると、すぐにジャクソンを呼んでくれた。

「旦那様!お客さんです」

「ああ、分かった、今行く。おや、あなた方は・・・え?もう取って来られたんですか?」

「はい、持って来ました」

「そうですか、とりあえずこちらへどうぞ」

 そう言ってジャクソンは三人を店の奥に連れて行った。三人は奥の一室に通された。

「それにしても速かったですね。王都からだと片道十日は掛かると思うんですが」

 ジャクソンは不思議そうに言った。

「まあ、これも企業秘密って事で」

 ランディは楽しそうに言う。

「ははは、これは一本取られましたな。それで、卵の方なんですが」

「あ、はい、こちらです」

ランディはそう言うとリュックからドラゴンの卵を取り出した。

「おお、これはまさしくドラゴンの卵!ファイアドラゴンですな」

 ジャクソンは嬉しそうに卵を撫でたり叩いたりした。

「ありがとうございます。これで、王子殿下の誕生祝いが出来ます」

「それは良かったですね。それで、礼金の方は・・・」

「ああ、そうですね、すみません、今用意しますので」

そう言うとジャクソンは部屋を出て行った。しばらくして戻ってくると、その手には革袋が握られていた。

「ありがとうございました、これが礼金です。お仕事が速かったので、少し上乗せしておきました。百万入っています」

「これはどうも」

ランディが革袋を受け取ると、ジャクソンはウォンの持っているリュックを見て言った。

「あなた方も卵を持ってきたんですか?もしかして他に頼まれているのですか?」

「いいえ、自分たちで育てようと思いまして」

「そうですか、大変だとは思いますが頑張って下さい」

「はあ。大変、ですか」

「いえね、エサ代が掛かるかと思いましてね。まあ、あなた方の様な優秀な冒険者の方には無用の心配でしたかな。あっはっは」

「はあ。それじゃあ我々はこれで。また何かありましたらよろしく」

「ああ、どうも、ありがとうございました」

三人は部屋を出て店の入り口に向かった。そこで、ウォンのリュックが急に重くなった。

「おい、重力制御の魔法が切れたみたいだぞ」

「あ、そう。また掛け直す?」

「・・・いや、大丈夫だ」

そう言ってウォンは店を出た。ランディとエルグレンも後に続いた。

「どうする?これから。今日はもう疲れたでしょ。宿屋に入って休もうか?」

 ランディがそう言うと、ウォンもエルグレンも同意した。

「そうだな、もう魔力が切れかかってるし、疲れた。卵を置いて楽になりたい」

「そうね、だいぶ疲れたわね。飛びっぱなしだったから」

「まあ、そのおかげで二十万上乗せしてくれたんだし。急いで良かったじゃん」

「それはそうだが。とにかく、休もう」

ウォンは疲れ切った顔で言った。

「じゃあ、この間の宿屋に泊まろうか。ほら、すぐそこの」

「そうしよう。飯も旨かったしな」

「そうね、そうしましょう」

 三人はジャクソン商会の近くの宿屋に入った。あいにく、一人部屋も二人部屋も空いていなかった。四人部屋なら空いているとの事で、三人はしばらく考えたが、泊まることにした。宿代は四人分払ってくれと言われた。仕方ないと割り切って気持ちよく払うと、何だか悪いね、と言って宿の人が高そうなワインを一本よこした。普通に買えば宿代一人分にはなる様な代物だった。

 部屋に入り、ウォンはリュックを下ろして一息ついた。

「やれやれ、疲れたぜ。そのワイン、飲んじまおうか。せっかく貰ったんだしな」

「そうだね、一仕事終えたんだし、乾杯しようか」

ランディは水差しと共に置いてあったコップを持って来ると、ワインのコルクを抜き、コップに注いだ。

「それじゃあ、仕事も無事終わったって事で、乾杯!」

「乾杯!」

「かんぱーい!」

 三人はぐっとワインを飲んだ。

「かーっ!うめえ!やっぱり仕事終わりの酒は最高だな!」

ウォンがそう言うとエルグレンは皮肉っぽく言った。

「ただ飛んでいただけの様な気がするけど」

「運び屋の仕事なんてそんなもんだよ。無事に商品を運べばそれでいいんだよ」

 ランディは二杯目を注いでいた。

「それにしても、エルグレンはよく飛べるようになったね。怖かったんでしょ?」

「ランディにしがみついて飛んだ時は怖かったわ。でも、自分で飛ぶようになって、案外楽しいのかなって思えたのよ」

「魔法が切れる時もいきなりじゃなくて徐々に落ちていくからね。急に落っこちる心配が無ければ、怖くはないよね」

「そうよ、最初にランディと飛んだ時は、しがみついてないと落ちると思ったから怖かったのよ。自分で魔法を掛けた時も最初は怖かったけど、そのうち楽しくなって来たわ」

 エルグレンも二杯目を注いだ。

「空を飛ぶ魅力を知っちゃったら、歩いて旅なんて出来ないでしょ?」

「そうでもないわよ。空を飛ぶのって、まだまだコントロールが大変だし、気を張ってるから疲れるのよ。もう少し慣れるまでは何とも言えないわね」

エルグレンはそう言うと、ウォンの方を見た。すると、ウォンはベッドにもたれかかって寝ていた。

「さっきから静かだと思ってたら、寝てたのね。よっぽど疲れたのかしら」

「魔力切れになると眠たくなるからね。僕らの中で一番魔力が少ないし、仕方ないね」

 妖精の指輪の影響で魔力を持つことが出来たウォンだったが、元から魔力を持っているランディやエルグレンに比べて総量は少なかった。それでもウォンの魔力は人間の平均よりは多かった。

「少し寝かせておこうか。僕らは先にご飯食べる?」

「そうね、でもこの格好じゃ体が痛くなるわ、ベッドにちゃんと寝かせましょう」

「分かった」

 ランディとエルグレンはウォンの足と手を持ってベッドに乗せようとした。

「う、ううん・・・な、何だ?」

 動かしてる途中でウォンが起きてしまった。

「あらー、起きちゃった?ウォン、気持ち良さそうに寝てたから、ちゃんとベッドに寝かせようと思って」

 ランディがウォンの手を放して言った。

「そうか、それは悪かったな。大丈夫だ、ちょっと眠いだけだ。飯を食いに行くか?」

「僕らはそのつもりだったんだけど」

「じゃあ行きましょうか」

三人は食堂に行って夕食を取った。ウォンは疲れを吹き飛ばすかの様にすごい勢いで大量に食べていた。

「大丈夫?そんなに食べて」

 エルグレンが心配そうに聞いた。

「大丈夫大丈夫、魔力が切れかかると腹が減るんだな。知らなかった」

「そんなのウォンだけだよ。普通にお腹が空いてただけでしょ」

 ランディが呆れ顔で言った。

「そうか?とにかく腹が減って腹が減って」

「分かったから、もうちょっとゆっくり食べたら?のどに詰まっちゃうわよ」

 エルグレンがそう言うと、ウォンは素直にゆっくりと食べ始めた。

「それにしても、よく食べるねえ。僕たちの倍は食べたよね」

ランディが半ば感心しながら言った。

「でも、面白いわね。ウォンの魔力は、指輪に宿っている訳じゃなくて、ウォンの体にあるって事でしょ?魔力が付加されたというよりは、魔力のある体に造り替えられたみたいね」

 エルグレンがそう言うと、ランディは少し考え込んだ。

「・・・眠たくなるって事は、エルグレンの言う通りなんだろうね。指輪はきっかけに過ぎないというか。指輪が外れないのは、体を造り替えるから付け外しを簡単にできない様にしてるのかな?外すたびに造り替えなきゃならないからかな」

「呪いの指輪、というよりは制約の指輪って事かしらね」

「外せなくなる代わりに、魔力が持てたり増幅したりするのか」

 食べるのに夢中だと思っていたウォンが口をはさんだ。ランディとエルグレンは少し驚いた。

「聞いてたの?まあ、そんな所だね。もう食べ終わった?じゃあ、部屋に戻ろうか。卵が心配になって来た」

「鍵を掛けたから大丈夫だろう?まあ、いいか。戻るか」

三人は席を立ち、部屋に戻った。置いてあるリュックをランディが確かめると、卵はそこにあった。

「あー、良かった。卵、ちゃんとあったよ」

「そりゃあ、あるだろうよ。帰りはお前が背負って行けよ」

 ウォンが言うと、ランディは嬉しそうになった。

「えへへー、僕、この子の親になる。名前も僕が付けてもいいよね?」

 ランディは卵に頬ずりしながら言った。

「好きにしろよ。お前が飼いたいって言い出したんだからな。責任もって飼えよ」

「分かってるよー。みんなに迷惑はかけないからさ」

「当たり前だ。面倒起こしたら食ってやるからな」

ウォンはそう言うと、あくびを一つしてベッドに横たわった。

「俺は寝るぞ。眠たくてしょうがない。風呂は明日の朝にする。おやすみ」

 ウォンはぐうぐうと眠りだした。

「本当、子供みたい。いっぱい食べて眠くなるなんて」

 エルグレンは呆れた声を出した。それから、ワインの残りを嗜もうとした。

「ランディもどう?」

「どんな子が生まれるかなー、楽しみだねー」

 まだドラゴンの卵に頬ずりしているランディを見て、エルグレンは笑ってしまった。

「あはは、あなた達本当に子供みたい。大人な私はワインでも嗜むか」

 そう言って、エルグレンはコップにワインを注いだ。それにランディが抗議の声を上げる。

「エルグレン、僕は親としてやってるんだよ?子供なわけないじゃん」

「はいはい、そうね。それで、ドラゴンはいつ生まれるの?」

「うーん、正確な時期は分かんないけど、たぶん一ヵ月くらい先じゃないかな?」

「卵だから、やっぱり温めなくちゃいけないの?」

「いや、ドラゴンの卵は温めなくても勝手に生まれるよ。だから、親のドラゴンは産みっぱなしにするんだよ」

エルグレンは一番知りたい事を聞いた。

「それで、刷り込みは出来るの?」

「それが、出来るんだよー!あ、駄目だよ、僕が親になるんだからね!」

「えー、私もドラゴンの親になりたいー」

「駄目駄目、こればっかりは譲れないよ!」

「ちぇ、残念。じゃあ生まれたら抱っこさせてね?」

「それ位ならいいよ。でも、親は僕だからね!」

「はいはい、分かったわよ」

エルグレンはワインを飲み干すと、瓶に手をやった。三分の一位残っていたので、ランディも飲むかと思い、聞いてみた。

「ランディも飲む?あと少しだけれど」

「ああ、貰うよ」

ランディは卵から離れて、椅子に座った。テーブルの上にあるワインの瓶を取り、コップに注いだ。

「ランディってドラゴンに詳しいわよね」

 エルグレンが聞くと、ランディは自慢げに言った。

「まあね、小さい頃たくさん調べたからね。昔から好きだったんだ」

「そうなんだ。じゃあ、寿命って分かるの?」

「えーとね、一般的には二、三百年位だけど、五百年とも千年とも言われてるよ」

「結構ばらつきがあるのね」

「個体数が少ないからね、統計が取れないんだよ。国に一匹か二匹でしょ?今回、卵が手に入ったのだって奇跡に近いよ。ドラゴンの産卵場所が分かるなんて、思ってもみなかったよ」

「それが分かるジャクソンさんって、何者なのかしら?」

 エルグレンがそう言うと、ランディも不思議そうにしていた。

「それなんだよね、ドラゴンの産卵場所なんて、国家機密になってるだろうに、あっさり僕達みたいな冒険者に教えるし」

「出所は教えてくれなかったけどね」

「それもおかしな話だと思わない?調べた人より、調べた事の方がはるかに重要なのに」

「そうね。何だか、私達にドラゴンをあげたいがために依頼したみたいね」

「まあ、そんな事は無いだろうけど。不思議な人だね」

「そうね」

 それから二人は黙り込んだ。静かに、ワインを飲んでいた。



次の日、さっぱりとして起きたウォンは、風呂に入った。寝汗を流し、気持ち良くなった。部屋に戻ると、エルグレンはもう起きていたがランディは眠ったままだった。

「おい、ランディ、起きろ。朝だぞ」

 ウォンがランディの頬を軽く叩いた。

「うーん、痛い、っは!ああ、おはようウォン」

「飯行くぞー」

 ウォンはぶっきらぼうにそう言った。

「あ、うん、今行く」

ランディは急いで起きた。

「ねえ、ランディ」

 エルグレンが小声で話しかけた。

「何?」

「ウォン、機嫌悪くない?何かぶっきらぼうだし」

「ああ、ウォンは機嫌がいいとぶっきらぼうになるんだ。心配ないよ」

「そうなの?面倒くさい人ねえ」

エルグレンが呆れる様に言った。

「何か言ったか?」

ウォンがエルグレンの方を向いた。

「ううん、何でもない」

エルグレンは手をひらひらさせて答えた。

「そうか。じゃあ飯行くぞー」

そう言ってウォンは部屋から出て行った。ランディとエルグレンも続いた。

「そう言えば二人とも昨日は風呂に入ったのか?」

 食事を取りながらウォンが聞いた。

「あ!忘れてた。後で入るよ」

「私も忘れてたわ」

 食事が終わると、風呂を忘れた二人は風呂に入った。その間、ウォンは一人で部屋に居た。機嫌良さそうに鼻歌など歌っていた。

「それにしても、ドラゴンか・・・また凄い物を手に入れたな」

 ドラゴンと言えば、昔の英雄譚に出て来て、勇者を支える従者として活躍するのをウォンは思い出した。

「ふふふ、俺が勇者になったら、こいつが従者か・・・」

 ウォンは少年の様な目をしていた。まだまだ夢を見たい年なのだろう。

「ちょっと触ってみるか・・・ん?あんまりあったかくないな。こんなもんか?」

 触った卵は、温かくもなく冷たくもなかった。

「いつ、生まれるんだろう?」

 卵に耳を当ててみたが、特に何も聞こえなかった。

「いやあ、気持ちよかったー」

丁度その時、ランディが部屋に戻って来た。ウォンは卵からさっと離れた。

「朝風呂も良いもんだねー。ん?どうしたの、ウォン」

「いや、何でもない」

 ウォンはぶっきらぼうにそう言った。

「そう?何か顔が赤いけど」

「う、うるさい!それより、もう立つんだろ。エルグレンはどうした」

「まだみたいね」

「あー、気持ちよかった、朝のお風呂も良いわね」

突然、エルグレンが部屋に入って来た。

「よし、揃ったな。じゃあ、行くか」

ウォンがそう言うと、ランディはドラゴンの卵に重力制御の魔法を掛け、リュックを背負った。

 三人は大通りを通り、町を出た。しばらく歩いて、人気が無くなった所で、飛行魔法で空へと飛んだ。来た時と同じように、川沿いに飛んで行った。何回か魔法を掛け直し、夕方近くにキサン村に到着した。

 村はずれに降り立った三人は、これからどうするかを話し合った。

「今日はもうキサン村に泊まる?それとも、着くのは夜中になるけど、キシス村に帰る?」

ランディが聞くと、少し疲れた顔をしたウォンが答えた。

「急ぐ旅でもなし、キサン村に泊まって行こうぜ」

「そうね、それが良いわ」

「じゃあ、そうしようか」

 三人はキサン村に向かって歩いて行った。しばらくして村に着くと、真っ直ぐディレクトの店に向かった。

ディレクトの店の中は、夕食前という事もあってか、結構な賑わいだった。見渡すと、カウンターが空いていたので、そこに座ることにした。

「よお、ディレクト」

「おお、ウォンか。どうだった、ドラゴンの卵は」

「馬鹿、でかい声で言うなよ。卵は無事取って来たぜ。依頼者の分と、俺達の分もな」

「じゃあ、ランディが背負っているそれが・・・」

「そうだよー、良いでしょ?」

ランディがニコニコしながら言った。

「ドラゴンか、ちゃんと飼えるのか?」

「大丈夫だよ、心配ないって。これでもドラゴンの生態には詳しいんだから」

「そうか、それならいいんだが。しかし、ドラゴンの卵なんてどこにあったんだ?」

「そいつは教えられないな。守秘義務ってやつだ。まあ、北の方とだけ言っておこうか」

ウォンがそう言うと、ディレクトは納得した様に言った。

「まあ、そりゃそうだわな。ところで、飯を食ってくのか?」

「ああ、そのつもりだ。エルグレン、好きなもの頼めよ。金はたくさんあるんだからな」

 エルグレンはメニューを見ながら、考え込んでいた。そして、悩んだ末に言った。

「日替わり定食と、ワイン下さい」

「おいおい、そんなのでいいのか?牛のステーキとかさあ、高いもんがあるだろ?まあ、この店じゃあ高いと言ってもたかが知れてるが」

「ううん、いいの。今日の日替わり定食はとっても美味しそうだし」

「そうなのか?・・・本当だ、旨そうだな。ディレクト、俺も日替わりだ。それとエールな」

「僕も僕も!」

「よし、分かった、ちょっと待ってろよ」

ディレクトはそう言うと、ワインとエールを用意した。それから、奥の厨房に入って行った。

「じゃあ、かんぱーい」

「乾杯」

「乾杯」

 三人はグラスを傾け、乾杯をした。ウォンとランディはエールを一気に飲み干した。エルグレンも、ワインを一口、二口飲んだ。

「ぷはーっ!旨い!ディレクト、もう一杯!」

「僕も僕も!」

 丁度、給仕の娘と一緒に定食を持ってきたディレクトに、二人はエールのグラスを突き出した。

「お前さん達、とりあえず食べな。今酒を注ぐから」

「いただきまーす。・・・うん、美味しいね」

「ああ、今日の飯は旨いな」

 ディレクトがエールを注いで二人に渡した。二人はまたぐびぐびと飲んだ。

「ところで、王立軍にその後変わった様子はあるか?」

 ウォンが何気に聞くと、ディレクトは面白そうに言った。

「最近じゃあ、ゴブリンに大分手間取ってるみたいだよ。街道建設の工事もはかどらないみたいだ。何でも、でかいゴブリンが増えたとか言ってたな」

「ホブゴブリンか。王立軍じゃあ、手に余るか」

「ちょっと待って、そもそも、ゴブリンは迷いの森の魔法の影響は受けないの?妖精でも無いんだし」

ランディの疑問にエルグレンが答える。

「たぶん、動物として認識されてるんじゃないかしら、ドライアドには。一応、ゴブリンも森の住人だから」

「ドライアドから見れば、妖魔もイノシシも変わらんのか。それとも、妖精と妖魔の区別が無いのか・・・」

ウォンがそう言うと、ランディは呑気に言った。

「まあ、ゴブリンも街道建設の邪魔をして役に立ってる事だし、良いんじゃない?特にサーラデン王国に恩義もないし、王立軍の手伝いをする気もないし」

「そうだな、放っておいてもいいか。ギルド経由で街道建設の護衛の依頼が来てる様だが、誰も行きたがらないだろうな」

ウォンが言うと、ディレクトが困ったように言った。

「そうなんだよ、王立軍から催促が来ているんだが、誰も行きたがらないんだよ。エルフに対する仕打ちが酷いって皆、頭に来ているらしい」

「確かにサーラデン王国のやり方は酷いわ。勝手に森を切り開いてるし」

 エルグレンが怒りをあらわにしながら言った。

「森を燃やすわ、エルフを傷つけるわ、確かに酷いな」

 ウォンも怒りながら言った。

「それで、ゴブリンもエルフに同情してるのかなあ?」

ランディがそう言ったが、ウォンは呆れたように言った。

「まさか、ゴブリンがそんな事思わないだろう?何か別の理由があるんだよ、王立軍を襲っているのは」

「理由って何かしら?」

エルグレンの問いに、ウォンが答えた。

「縄張りを荒らされたとか、そんな理由じゃないか?動物と同じさ」

「なるほどねえ、ゴブリンにも事情があるんだね」

ランディが呑気に言った。

「まあ、そんな事はどうでもいいさ。それよりも、ドラゴンの事だ。いつ生まれるんだ?」

ウォンが興味深そうに聞いた。ランディが答える。

「一ヵ月位先だよ」

「そうか、楽しみだな」

「エルグレンにも言ったけど、僕が親になるんだからね?刷り込みは僕がするからね」

「分かったよ、お前が飼うんだ、好きにすればいいさ」

「名前ももう決めてあるからね」

「はいはい、分かったよ」

ウォンは呆れて言った。

 そろそろ食事も終わり、三人は部屋を取った。二人部屋と一人部屋が空いていたので、それを取った。ランディはドラゴンの卵を人目につけない様にしたいと、早々と部屋に入った。エルグレンも疲れたからと一人部屋に入った。ウォンだけがカウンターに残り、エールを何杯も飲んでいた。

次の日、ウォンが少し寝坊をしたが、予定通りにキシス村へと向かった。村の外れまで行き、人気が無いのを確認してから、飛行魔法を使った。別に悪い事をしている訳ではないのだが、なんとなく人目を避けたかった。森に入るのを見られると面倒だ、という事もあった。

キシス村には昼前についた。村長のポールにはドラゴンの卵の事は話しておこうと思い、ポールの家に行った。

「村長、ちょっといい?」

「何だ、エルグレンにウォンとランディじゃないか。キサン村に行っていた様だが、何か変わった事はあったかい?」

「街道建設の工事が滞っているよ。ゴブリンが邪魔しているって。ホブゴブリンも出たって」

「そうか、そんな事になっているのか」

「それより、村長。頼みたい事があるんだけど」

「なんだい?」

「実は、ドラゴンの卵を手に入れたんだ。それで、村で飼ってもいいかな?もちろん、世話は僕達が全部やるから。村にとっても良いと思うんだけど、どう?」

ランディがそう言うと、ポールはにこやかになって言った。

「何、ドラゴンだって?それはありがたい、村の守護神になって貰おう。エサの事なら心配するな、村で持ってやるから」

「ありがとう、村長!で、やっぱりエサ代ってそんなに掛かるの?」

エルグレンが聞くと、ポールは当然の様に言った。

「そりゃあドラゴンだからな。食欲も旺盛だろう。何、大きくなったら自分で狩りをするだろうから、それまでの事だよ」

「そうか、それならいいんだが。迷惑じゃないか?」

ウォンがそう言うと、ポールは笑って答えた。

「何を言ってるんだ、ドラゴンだぞ?嬉しいに決まってるだろう。村を守ってくれるからな」

「そんなもんか。ドラゴンは人気が高いな」

 実際の所、村に脅威が迫っている事は無いのだが、ポールは守ってもらえると喜んでいた。そんなポールを見て、三人は少し安堵した。

「じゃあ、そういう事で。これからよろしく」

「ああ、村の皆には私から伝えておこう」

「ありがとう、村長」

 エルグレンが改めて礼を言うと、ポールは笑って答えた。

「なーに、ありがたいのはこっちだよ。ウォンとランディが来てから、色んな事があったが、来てくれて良かったよ。ありがとう、ウォン、ランディ」

「改まって言われると、何だか気恥ずかしいな。俺達こそ、妖精の指輪を貰ったりして・・・って、そうだ!この指輪、取れないんだが!どういうことだ!」

ウォンが思い出したように怒り出した。ポールはしれっとして答えた。

「まあ、いいじゃないか。こうして仲間になれたんだ、小さい事は気にするな」

「やっぱり、呪いの指輪だったんだな!」

「呪いと言っても、悪い事は無いんだし、良いじゃないか」

「それはそうかも知れないが!指輪を付ける前にひとこと言って欲しかったと言うか!」

 エルグレンがなだめる様に言った。

「まあまあウォン、それくらいで。村長も反省してるし」

「してない!確信犯だ!」

ポールは悪びれもせず言った。

「まあ、死ねば取れるから」

「死ななきゃ取れねえって事じゃねえか!」

「もういいでしょ、言いたい事は言ったんだから。許してやりなよ」

ランディがそう言うと、ウォンは大きく息を吐いた。

「はあーっ。まあ、仕方ないか。魔法も使える様になった事だし、今回はいいにしてやるか」

切り替えが速いのがウォンの良い所であった。

「あれ?意外とあっさりしてるのね」

 エルグレンが拍子抜けして言った。

「いつまでも過ぎた事を言っていても仕方ないだろう?言いたい事は言ったし、気は済んだから良いんだ」

「そんなものかしら」

「と、言う訳で、ドラゴンの件、よろしく頼むよ」

 さっきまでの怒りはどこへやら、ウォンはさっぱりした様子だった。

「分かった、エサの事は任せておけ」

三人はポールの家を出た。そして、自分たちの家の向かって歩いていた。

「まあ、今回の旅も楽しかったわ。それじゃあ、またね」

 エルグレンがそう言って自分の家に入って行った。ウォンとランディも自分達の小屋に入った。

「おいおい、卵も家に入れるのか?」

 卵を背負ったランディを咎める様にウォンが言った。

「当然でしょ?いつ生まれるか分かんないんだから。刷り込みをするためにはいつも近くに居なきゃ。それに、外に置いておくわけにもいかないでしょ?」

「それはそうだが・・・狭いじゃないか。それに、生まれるのは一ヵ月も先なんだろう?」

「そうだよ。だから、僕は家にこもるから、あとよろしくね」

「こもるって何だよ、一ヵ月家から出ないつもりか?」

「トイレとお風呂は行くよ。でも後はずっと家にいる」

「狩りの当番も俺にやらせるのか?まあ、いいけどな。せいぜい頑張ってくれ」

 ウォンは呆れながら言った。こうと決めたら人の言う事は聞かないランディだった。それが分かっていたので、これ以上は言わなかった。



 ランディが小屋にこもって数日が経った。ウォンは朝風呂に入ろうと小屋を出た。すると丁度エルグレンも外に出て来た。

「おはよう、ウォン」

「ああ、おはよう。エルグレンも風呂か?」

「ええ、そうよ。ランディは?」

「何か一日中卵を抱えてるぞ。何でも、魔力を注いでいるらしい。魔力を与えると強いドラゴンが生まれるんだとさ」

「へえ、そうなんだ」

「まったく、家の事はしないし、いい迷惑だぜ」

ウォンがそう言うと、エルグレンはクスッと笑った。

「ふふ、でもウォンだって楽しみでしょ?ドラゴンが生まれるの」

「まあ、それはそうだが。しかし、生まれるまでこれが続くと思うとなあ」

「一ヵ月の我慢じゃない。無事の生まれてくれればいいわね」

「そうだな」

 二人は公衆浴場の前に来た。

「それじゃあ」

「おう」

 それぞれ男女別の入り口に入った。ウォンが風呂に入ると、先に入っていたエルフの一人が話しかけて来た。

「よお、おはよう。ドラゴンの卵を手に入れたんだって?」

「ああ、ランディが世話をしているよ」

「そうか、生まれるのが楽しみだなあ」

「ああ、あと一ヵ月位で生まれるみたいだよ」

「そうなんだ、皆楽しみにしてるよ」

 ウォンは体を洗い、湯船につかった。しばらくして風呂から上がると、何人かエルフが入って来た。口々にドラゴンの事を言われた。村の皆が生まれるのを待ち焦がれていた。

 小屋に帰ると、ランディがもう起きていて、ドラゴンの卵を抱えていた。

「ウォン、おはよう。ご飯作って」

「ああ、ちょっと待っててくれ。お前も風呂に行ってきたらどうだ?」

「僕は夕方入ることにしたから」

「そうか。・・・なあ、魔力でドラゴンが強くなるって本当なのか?」

「そうだよ、本当だよ。国で飼われているドラゴンは、魔導士が毎日卵に魔力を込めているんだ。野生のドラゴンより強いよ」

「そうなのか?それじゃあこいつも強くなるのか」

 そう言ってウォンは卵を触った。心なしか温かく感じられた。

「そう言う事。ほら、お腹空いたから早くご飯、早く!」

ランディが急き立てる様に言った。

「はいはい、分かったよ」

ウォンは呆れて言った。こんな事があと一ヵ月も続くのかと思うと、うんざりした。しかし、元来面倒見の良いウォンはランディを見捨てることは出来なかった。何より、ドラゴンの誕生を心待ちにしているのはウォンも皆と同じだった。

それから三週間ほど、同じような毎日が続いた。ランディは一日中卵を抱え、ウォンは食事の支度を一人でこなしていた。時折、エルグレンが来て、食事の支度を手伝ってくれたりもした。

そろそろ一ヵ月が経とうとしていた。そんなある日のお昼時、ランディはある変化に気付いた。

「!動いてる!動いてるよ、ウォン!」

 卵を抱えたまま、ランディが叫んだ。

「何だ、もうすぐ生まれるのか?」

「そうだよ!もう、生まれるよ!」

 ランディは興奮していた。卵はごそ、ごそ、と微妙に動いている。ウォンの目にもそれは分かった。

「とりあえずエルグレンを呼んで来よう」

「駄目!呼ばないで!て言うかウォンも出てって!」

「えーっ!俺もか?」

「そうだよ!刷り込みするんだから!」

「ち、分かったよ。出て行きゃ良いんだろ」

 ウォンは小屋から出て行った。ランディは一人残って卵を抱えていた。

 ウォンが外に出ると、エルグレンが洗濯物を干していた。

「あら、どうしたの、ウォン」

「ドラゴンが生まれそうなんだ。それで、刷り込みをするからって追い出された」

「え、ドラゴン生まれるの?もうすぐ?」

「ああ、すぐらしい。ちょっと覗いてみるか?」

 そう言うとウォンは窓から中を覗き始めた。エルグレンも覗いている。小屋の中では、ランディが興奮しているのが見えた。

「生まれろ!生まれろ!」

 ランディが掛け声をかけていた。

 卵はだんだんと大きく動き始めた。抑える様に抱える腕に力を込める。と、その時だった。

「!か、殻が!」

 ランディが叫んだ。ピキピキと音を立てて、殻にひびが入って来た。

「もうすぐだ!もうすぐ!頑張れ!」

 ランディは励ましながら卵を抱え続けた。窓の外から見守っていたウォンとエルグレンも手に汗を握っていた。

 やがてひびは全体に広がり、上の方から殻が割れ始めた。殻の欠片が下に落ちる。すると、真っ赤な顔をした小さいドラゴンが首を出した。

「う、生まれたーっ!」

ドラゴンは周りの殻を破った。全身真っ赤な体をしていた。ランディの方を見て、ひと声鳴いた。

「キュイ!キュー!」

 ドラゴンは嬉しそうにランディの顔をなめていた。ランディは感極まったのか、ブルブルと震えながら泣いていた。

 外に居たウォンとエルグレンも中に入って来た。

「おめでとう、ランディ!良かったわね!」

 エルグレンが声を掛けると、ランディはぐじぐじと泣きながら答えた。

「ありがとう、ありがとう!」

「で、名前は?決めてたんだろう?」

 ウォンが尋ねると、ランディは嬉しそうに言った。

「うん!この子の名前は・・・インターフェルドだよ!」

「な、何だかごつい名前だな。そもそも、こいつはオスなのか、メスなのか?」

ウォンの疑問はエルグレンも感じていた。

「そうよ、女の子だったらもっとかわいい名前を・・・」

「この子はインターフェルドだよ!性別は・・・」

ランディはドラゴン、インターフェルドをひっくり返した。インターフェルドはキュウ、と鳴き声を上げた。

「性別は・・・分かんない・・・どっちだろう」

 ランディはインターフェルドを元に戻した。親だと思っているのか、キュウキュウと鳴きながら甘えて来る。

「オスかメスか分からないのか」

「もうちょっと大きくならないと分からないかも」

「どっちでもいいわよ、それより私にも抱っこさせて!」

 エルグレンが待ちかねたかのように言った。

「あ、ああ、うん、どうぞ」

 ランディはインターフェルドを差し出した。

「よーしよしよし、いい子ね」

エルグレンは嬉しそうに抱っこして愛でている。

「キュウ、ウギャウギャ」

 インターフェルドも楽しそうにエルグレンの顔を舐め回していた。

「あはは、可愛いー。あ、そうだ、村長に知らせて来るわね。生まれたって」

 エルグレンはそう言うとインターフェルドをランディの元に戻した。

「な、なあ、そいつ腹減ってないかな?」

 ウォンがおずおずと聞いてみた。

「うーん、どうだろうね。試しに何か食べさせてみようか?」

 ランディがそう言うと、ウォンは昼食に食べようと思っていたベーコンの切れ端を持ってきた。

「ベーコン食うかな?」

 ウォンがベーコンを鼻先に突き出すと、インターフェルドはベーコンにかぶりついた。

「キュー、キュキュ!」

 インターフェルドは嬉しそうに鳴いた。

「おー、食べた食べた。もっと食うかな?」

「ちょっと待った!ウォン、村長の所に行ってきて」

「ん?何でだ?」

「エルグレンと一緒に、村の人たちに知らせて来て。生まれたから何か食べ物持って見に来いって」

「わ、分かった」

 ウォンは小屋を出て行った。しばらくするとポールが小屋に入って来た。

「ランディ、生まれたって?おお、ドラゴンだ!凄いな」

「村長、この子はインターフェルドって名前だよ。それで、食べ物持ってきた?」

「ああ、何かウォンが言ってたから、とりあえず肉を持ってきたぞ」

「それじゃあその肉、あげてみて」

「ああ、・・・おお、食べたぞ。可愛いなあ」

 おいしそうに食べるインターフェルドを見て、ポールの顔も緩む。

「は!もしかしてこの可愛い体験を皆にして欲しくて食べ物持って来いって言ったのか?」

「まあ、だいたいそうだよ」

しばらくポールはインターフェルドを撫でたりしていたが、村の皆が徐々に集まって来たので、皆と入れ替わりで帰って行った。

 皆はウォンに言われた通りに食べ物をもってやって来た。一人ずつ並んでもらい、ランディは名前を紹介しながら食べ物を与えて貰った。

 皆口々に可愛いと言いながら食べ物を与えていた。インターフェルドは上機嫌で、キュウキュウと鳴きながら食べていた。

 途中、ウォンとエルグレンが帰って来た。ランディはエルグレンにインターフェルドを任せた。

「何で皆に食べ物持ってこさせたんだ?」

 ウォンが聞くと、ランディは答えた。

「ほら、見てごらんよ。皆、楽しそうでしょ?これを味わって貰いたかったんだよね。それに、色んな人から食べ物を貰えば、警戒心も薄れるでしょ?この村で暮らすんだ、村の人に慣れなきゃね」

「そう言う事か。ランディお前、色々考えてるんだな」

「まあ、昔読んだ本の受け売りだけどね」

 村のエルフは全員来ていた。最後のエルフが帰ると、エルグレンが言った。

「私も何かあげたい!何かない?」

「ここにベーコンがあるぞ」

 ウォンがそう言ってエルグレンにベーコンを渡した。

「ほーら、ベーコンだよー。あ、食べた!」

 インターフェルドはエルグレンから貰ったベーコンを美味しそうに食べると、キュウ、と鳴いてあくびを一つした。そして、眠りについた。

「お腹いっぱいで眠くなったのかしら。とりあえずベッドに寝かしておきましょうか」

 エルグレンはインターフェルドを抱えて立ち上がり、ベッドまで運んだ。

「しかし、たくさん食べていたな。毎食あの位食べるのか?」

「ウォンは途中からしか見てないから、ウォンが見ていた倍は食べるよ。でも、基本は一日一回ぐらいだよ、食事の回数は」

 ランディがそう言うと、ウォンは驚いた。

「そんなに食うのか?俺達すぐに破産するぞ?」

「だから、村長が面倒みるって言ってくれたでしょ?そのために村の人たちにも食べさせて貰ったんだよ」

「どういう事だ?」

「つまり、うちだけじゃなくて、村の皆にご飯を与えて貰うんだよ。散歩しながらでもいいし、村を回って食べ物を貰ってくるんだよ」

「そうか、皆で面倒見ようって事だな。あれ?でもランディ、お前自分で面倒見るって言ってたよなあ?」

「それはそれ、これはこれ。しつけとかは僕が責任持ってするよ。でも、食事は皆に分担して貰う。そうすればインターフェルドも皆に慣れるし、皆も楽しいでしょ」

「そうか、トイレのしつけとかはお前がするんだな?」

ウォンがそう言うと、ランディは素っ頓狂な声を上げた。

「え?トイレ?・・・ウォン、ドラゴンはトイレ行かないよ?」

「は?何だって?トイレに行かない?」

今度はウォンが素っ頓狂な声を上げた。

「知らなかったの?まあ、そうか。僕は小さい頃から調べたりして知ってるけど、普通は知らないのかな?ドラゴンはトイレに行かないよ。食べた物全部を魔力に変換できるんだ。だから、全部消化しちゃうんだよ」

「そ、そうなのか」

 ウォンはまだ驚いていた。

「ああ、それかこれも言っとかなきゃね。この子、もう飛べるから」

 ランディが言うと、エルグレンが驚きの声を上げた。

「ええ?もう飛べるの?」

「うん、本来ならドラゴンは生まれた時にはもう親は居ないから、すぐに自分で食べ物を探さなきゃならないんだ。それで、あんな断崖絶壁に生まれるでしょ?飛べないと困るんだよ」

ランディがそう言うと、ウォンはインターフェルドを見ながら言った。

「こんな小さな翼で飛べるのか?」

「ドラゴンは翼で飛ぶんじゃない、魔力で飛ぶんだ。常時、飛行魔法を使っている様なものなんだよ」

「こんなに小さいのに飛べるなんて凄いねー、インターフェルド」

 エルグレンがインターフェルドの頭を撫でた。キュウン、と鳴いてまた眠った。

「あと、相当頭良いからね、この子。もしかしたら僕達よりも頭良いかも」

「そんなに頭良いのか、こいつ」

「うん、だからこの子の前ではなるたけ嘘は言わない方が良いよ。すぐばれるし、警戒されるから」

ランディがそう言うと、ウォンは感心して言った。

「凄いな、こいつ。あ、もしかして火も吹くのか?ファイアドラゴンだけに」

「うん、吹くよ」

「じゃあ、頭がそんなに良いなら、私達の話してる事も理解してるの?」

エルグレンの問いに、ランディは答えた。

「今日は生まれたばかりだから分かんないけど、すぐに理解する様になるよ」

「そうなんだー。凄いわね、この子。何か凄く可愛くなって来たわ」

 ウォンも同じ気持ちだったが、口には出さなかった。

「そうでしょそうでしょ、可愛いよねえ、やっぱり」

ランディがインターフェルドにそっと触れた。

「そんなに頭が良いなら、しつける事もたいして無いんじゃないか?」

ウォンが言うと、ランディは笑って言った。

「あはは、実はあまり無いんだ。戦闘訓練とかはしなきゃ駄目だけど、それも狩りの延長線上だしね」

「じゃあ、結構、村に丸投げ状態じゃないか」

「それも、自分で狩りをするまでの間だよ。半年もすれば狩りをするようになるよ」

「そうか・・・と、そう言えば、すっかり忘れていたが、光の魔法を教えて貰うんだったな」

「そう言えばそんなこと言ってたね。じゃあ、今教えてあげるよ」

 その場でウォンは魔法を教えて貰った。何度も練習して、割とすぐに使える様になった。

「へへ、ありがとな」

「いいよ、ここ一ヵ月お世話になったからね」

「それにしても、この村には何で子供がいないんだろうな?デュラ村にはいただろう?子供がいれば、ドラゴンは大人気だろうに」

「ここ五十年ほど、子供は生まれてないのよ。元々、私達エルフは繁殖力が弱いって言われてるけど、最近は特に子供が出来ないわね」

 エルグレンがそう言うと、ウォンとランディは顔を見合わせた。そして、エルグレンを見た。

「五十年も子供が生まれてないって事は、エルグレンは五十歳以上?!」

エルグレンがしまった、という顔をした。

「二十歳くらいだと思っていたが、本当は何歳なんだ?」

「うう、は、八十歳です・・・」

「八十歳?!」

 ウォンとランディの声が重なった。

「で、でも、エルフに中じゃあ若い方よ?人間と比べたらそりゃあ長生きだけれど、精神年齢は人間で言ったら十五、六歳よ?心は若いの!」

「分かった分かった、そんなに興奮するなよ。俺達も妖精の指輪のおかげで寿命が延びたんだ、エルグレンと変わらなくなるよ、その内に」

「どうせおばあちゃんだと思ってるんでしょ」

「そんなこと思ってないって。ただちょっとびっくりしただけなんだ」

ランディは取り繕う様に言った。

「本当?年寄り扱いしない?」

「しないって。エルグレンはエルグレンだからね」

ランディが言うとエルグレンは安心した様に言った

「良かった。年は上だけど、心はあなた達よりも若いんだからね?ちゃんとその様に扱ってよ」

「はいはい、分かったよ。それにしても、俺達より年上には見えないよなー」

「そうだねー、八十歳なんて信じられないよ」

「だから年を言うのは止めてって」

「あはは、まあ、さっきも言ったけど、エルグレンはエルグレンだから。今までと何も変わらないよ」

「キュウ、キュウ」

 その時、インターフェルドが起きだした。あくびをしてから、翼をばたつかせると宙に浮かんだ。

「おお、本当に飛んでるぞ!」

 インターフェルドはランディの所に飛んでくると、顔をぺろぺろと舐め始めた。

「ははは、分かった分かった、くすぐったいよー」

「キュウ、キュー」

「また、お腹が空いているのかしら?」

「たぶん甘えたいだけだよ」

ランディが抱きかかえてお腹をさすってやると、インターフェルドは気持ち良さそうに目を細めた。

「キュイ、キュウ」

「お前は甘えん坊だなあ、インターフェルド。まあ、甘えん坊の方が強くなるって言うし、良いのかな」

「ランディ、お前のそのドラゴン知識はどこで仕入れて来たんだ?」

ウォンが訝しげに聞くと、ランディは答えた。

「本で読んだんだよ。ドラゴンの飼い方って本だよ」

「誰が読むんだ、そんな本。だいたい、どこにあったんだ?」

「家にあったんだよ。誰が書いたかは忘れたけど、ドラゴンの生態が詳しく書いてあったよ」

「お前もよく読んだな」

「ドラゴン飼いたかったからちょうど良かったんだよ」

ランディはずっとインターフェルドのお腹をさすっていた。気持ち良くなってインターフェルドはまた眠ってしまった。

「まあ、でも実際にドラゴンの卵を手に入れて、生まれて、本が正しかった事が分かったよ。これからの育成にも役立つよ」

ランディはそう言うと、インターフェルドを再びベッドへ寝かせた。

「あれ?ちょっと待てよ?ドラゴンは生まれた時から一人きりだよなあ?何で半年も狩りをしないんだ?おかしくないか?」

 ウォンは疑問に思った。ランディが答える。

「ああ、ドラゴンは半年やそこらは食べなくても生きていけるよ。個体差があって、狩りを始めるまでに長い子は半年くらいかかるって事だよ。インターフェルドは食べ物をあげちゃったから、くれるものだと思ってるかもしれないけど、本来、自分で体得するものなんだよ」

「じゃあ、食べ物やらない方が良かったかな?」

「いや、狩りを教えること自体はそんなに難しい事じゃないから、心配しなくていいよ」

「そうなのか?」

「早く食べ始めた方が強くなるって本に書いてあったから、そうしたんだよ」

「その本、凄いな。何でそんなに詳しく分かるんだ?飼ってたのかな、作者も」

ウォンが感心するように言った。

「さあ、そうは書いてなかったと思うけど」

「まあ何にせよ、お前の昔の知識が役に立って良かったな。これでようやく生活が元に戻るな。ランディ、飯の支度ちゃんとしろよ」

 ウォンがそう言うと、ランディは意外そうな声を出した。

「何言ってるの、これからが大変なんだよ?狩りを覚えさせなきゃならないし、戦闘訓練だってしなきゃ」

「えーっ、そうなのか?何だよもう」

 ウォンはむくれ返ってしまった。エルグレンはクスクスと笑っていた。

「ふふ、ウォン、しばらくはインターフェルドに振り回されるわね、きっと」

「勘弁してくれよー。村長に世話は僕達でやるとか言ってたが、こう言う事か。ランディ、お前がドラゴンの世話をして、俺はお前の世話をするのか?」

「そうなるかねえ」

「ふざけんな、こうなったらエルグレン、あんたも手伝えよ」

「えーっ!いいけど。何するの?」

「食事の支度にドラゴンの世話だ」

エルグレンはしばらく考えてから言った。

「まあ、いいわ。手伝ってあげる。それより、ちょっと気になることがあるんだけど」

「何だ?」

「ウォン、あなたさっきからインターフェルドの名前、呼ばないわよね。どうして?」

「い、いや、それは特に理由がある訳じゃなくて・・・タ、タイミングの問題というか・・・」

ランディがニヤニヤしながら言った。

「恥ずかしいんでしょ?単に」

「う、うるさい、分かってるなら言うな!」

「そうなの?照れてるの、ウォン?」

「うるさいなー。悪かったよ、ちゃんと名前で呼ぶから」

「じゃあ言って」

「うぐっ。い、今は寝てるし・・・」

「起こすから」

「おい、エルグレン、それはちょっと・・・」

ウォンが慌ててエルグレンを止めようとした。しかし、エルグレンはインターフェルドの所へ行き、お腹をゆすった。

「ほら、インターフェルド、起きなさい」

「ウギャ?ウギャウギャ」

インターフェルドは急に起こされてびっくりしていた。

「さあ、ウォン。呼んで」

「わ、分かったよ・・・イ、インターフェルド・・・」

「キュウ!キュウ!」

 名前を呼ばれて分かったのか、インターフェルドはウォンの所まで飛んで行った。

「ワハ、ワハハ、舐めるなって!」

 インターフェルドはウォンの顔を舐め回した。

「分かったから舐めるなって、インターフェルド」

 ウォンはインターフェルドの脇を持ち、突き放した。

「キュウ、キュウウ」

インターフェルドは寂しそうに鳴いた。

「ほら、貸してごらんよ」

ランディはインターフェルドをひったくると、抱きしめて頬ずりをした。気持ち良さそうに鳴いている。

「キュキュウ!」

「ウォンは照れ臭いらしいから、あんまり甘えちゃ駄目だよ、インターフェルド」

「ウギャ」

「僕とエルグレンには甘えていいからねー」

「ウギャ」

「おい、何か会話が成立してるように見えるんだが」

ウォンがそう言うと、ランディは少し驚いて言った。

「うん、何か分かるみたいね。この子、相当頭良いよ」

「インターフェルド、ちょっと飛んでみてくれ」

「ウギャ!」

 ウォンが頼むと、インターフェルドはランディの手を離れ、宙へと飛んだ。部屋の中をぐるぐると回っていた。

「よーし、おいで、インターフェルド」

「ウギャ」

 エルグレンが呼ぶと、胸に飛び込んできた。

「凄いよ、もう人の言葉を理解してるよ!まだ生まれたばっかなのに」

 ランディが興奮して言った。

「ランディ、お前が毎日膨大な魔力を注ぎ込んだからじゃないか?」

ウォンは妖精の指輪で増幅されたランディの魔力のせいだと思っていた。

「いや、それもあるかもだけど、この子の持ってる資質だよ、たぶん。これは当たりを引いたね、ウォン」

 何しろ、ウォンが卵を選んだのだ、ウォンは悪い気はしなかった。

「へへ、俺が選んだおかげか、感謝しろよ?」

「調子に乗らないの、近くのあった卵を持ってきただけでしょ?まあ、いいか。明日から狩りの練習に入ってもよさそうだね、この調子じゃ。ウォンも付き合ってよ」

「まあ、どうしてもって言うなら付き合ってやってもいいが」

「じゃあ、よろしくね」

 インターフェルドはエルグレンの胸の中で寝息を立てていた。



次の日から、インターフェルドの狩りの練習が始まった。と言っても、狩りとは程遠いものだった。

「おい」

「何、ウォン」

「これが狩りの練習か?虫で遊んでるだけじゃないか」

 ウォンの言う通り、インターフェルドは虫を弄びながらウギャウギャ喜んでいるだけだった。

「最初はこれでいいんだよ。徐々に大きな獲物に変えていくんだ。遊びの延長だからね、狩りは」

「それも本の受け売りか」

ウォンが皮肉っぽく言った。

「そうだよ、あの本は凄いよ。小さい頃何回も読んでいてよかったよ、だいたい暗記してるから」

「あ!インターフェルド、虫食べちゃったぞ?大丈夫か?」

「良い事じゃないか、食べ物だって認識したんだね。偉いぞ、インターフェルド」

 ランディはインターフェルドの頭を撫でた。

「ウギャ!」

「次はもうちょっと大きい虫で遊ぼうか」

 そう言うとランディは森の中に入って行った。インターフェルドも後に続く。

「おーい、俺は小屋に戻るぞー」

「分かったー。お昼には帰るから」

 ウォンは少し心配になったが、最強の生物ドラゴンとあのランディだ。何かある事は無いだろうと思い直した。

 小屋に戻ると、エルグレンが食事の支度をしていた。

「おかえりなさい、ウォン。早かったのね。狩りの練習はどうだった?」

「それがさ、聞いてくれよ。インターフェルドの奴、虫を食ったんだぜ。その内ネズミとかも食うんじゃないだろうな」

「まあ、ドラゴンは雑食らしいから。昨日も村の人が持ってきたパンとか野菜とか食べてたでしょ?でも、ネズミを食べた後に顔を舐められたらちょっと嫌だわね」

「そうだよなあ。俺達が食べる物と同じ物を食べさせた方が良いんじゃないか?」

 エルグレンは少し難しい顔をした。

「うーん、でもそうすると狩りの練習に支障が出るんじゃないかしら。野生に近い方が良いじゃない?」

「そうかも知れないが。ネズミやらリスやら食べる所は見たくないなあ」

「そうね、せいぜいウサギね」

「まあ、ドラゴンの育成に関してはランディが一番詳しいって言うか、あいつしか知らない事だらけだからな。あいつのやり方を見てるしかないんだが」

「そうね・・・まあ、元気に育ってくれればいいわよ、なんでも」

「そうだな・・・ところで、エルグレンは何でうちで飯の支度をしてるんだ?」

「何言ってるの、ウォンが手伝えって言ったじゃない」

「そうだったか?まあ、いいや。今日の昼は何だ?」

「シチューよ」

「そうか、それでこんなに早くから作ってるのか」

ウォンは納得すると、思い出した様に言った。

「そうだ、俺はこれから剣の練習をするから。あとよろしく」

「どうしたの、急に」

「いや、最近全く使ってなかったからな。勘を取り戻さないと」

 そう言ってウォンは剣を取り出した。ずっと使っておらず、手入れもしていなかったが、鞘から抜くと剣は光り輝いていた。

「このところずっと魔法の練習ばっかりしてたもんね。良い運動になるわね」

「ああ、ちょっと表でやってくる」

ウォンは小屋から出て素振りを始めた。様々な角度から素振りをしていると、段々と勘が戻って来たような気がした。しばらく続けていると、体が汗ばんできた。

「よし、良い調子だ!筋肉も落ちてないし、まだまだいけるな」

 調子が出て来た所で、昔習った剣術の型を幾つかやってみた。体が覚えていて、スムーズにこなせた。秋の初めだったが、動いていると汗でびっしょりになった。

 一通り型をこなすと、ウォンは練習を止めた。汗をかいたので、公衆浴場に行こうとしたのだった。小屋に戻り、エルグレンに声を掛けた。

「ちょっと汗かいたから風呂行ってくる」

「はーい」

 エルグレンは鼻歌を歌いながら料理をしていた。ウォンは一瞬見とれたが、すぐに小屋を出て行った。

 風呂に入りながら、ウォンは色々と考えていた。しかし、うまくまとまらず、もやもやした気持ちでいっぱいになった。

「ああ、くそ!なんで俺がこんな気持ちにならなきゃならないんだ」

 ウォンは桶で水を汲み、頭からかぶった。火照った体が冷やされて、少し気持ちが落ち着いた。ウォンは何度も水を被り、気を静めた。

 しばらくしてウォンが風呂から上がると、ちょうどランディとインターフェルドが帰って来た。公衆浴場の入り口でばったり会ったのだった。

「おう、帰って来たか。どうだ、狩りの練習は」

「うん、思ったよりはかどってるよ。インターフェルドは賢いね。さっきもネズミを食べようとしてたからネズミは駄目だよって言ったらちゃんと分かったもんね」

「そうか、やっぱりネズミはなあ」

「病気とか持ってるかも知れないしね。あと、僕がネズミ嫌いだから」

「そういう理由なのか・・・まあ、いいか。今日の昼はエルグレンがシチュー作ってくれてるぞ」

「そうなんだ。ああ、これから村を回ってインターフェルドにご飯食べさせるよ」

「ウギャ」

ランディはインターフェルドを連れて行った。ウォンは一人で小屋に戻った。

「こんにちは、ご飯ください」

「おお、インターフェルド。肉、食うか?」

「ウギャ、ウギャ」

インターフェルドは出された肉を美味しそうに食べた。

「ありがとう」

 こんな調子で家々を回って食べ物を貰って歩いた。村を一周すると、インターフェルドは満腹になった。ランディは小屋に戻った。

「ただいまー」

「あら、お帰りなさい、ランディ、インターフェルド。狩りは楽しかった?」

「ウギャウギャ、キュウ」

 インターフェルドはエルグレンの所に飛んで行った。

「そう、良かったわね。インターフェルド、あなたネズミは食べてないでしょうね」

「ウギャ」

「ああ、心配ないよ、食べてないよ」

 ランディが言うと、エルグレンは安心してインターフェルドに顔を舐めさせた。先に帰っていたウォンは、それを見てふっ、と笑った。

「二人とも帰って来た事だし、お昼にしましょうか。インターフェルド、あなたも食べる?」

「ウギャ、キュウ」

「じゃあ、四人で食べましょうか」

 低いテーブルを囲んでシチューを食べた。皆は床に座り、インターフェルドはテーブルの上に乗っていた。

「今日はあとどうしようか?何かする事ある?」

 ランディが食べ終わってから言った。

「俺は魔法の練習でもしようと思っているが」

「私は特に」

 ウォンとエルグレンが答えた。

「僕はインターフェルドと昼寝でもしようと思っているんだけど」

「ウギャ」

ランディが言うと、インターフェルドも鳴いた。

「まあ、好きにしてくれ、。俺はこれから毎日、剣と魔法の練習をする事にするよ」

ウォンがそう言うと、ランディは不満そうに言った。

「えー、インターフェルドの狩りの練習、手伝ってくれないの?」

「俺がいなくても問題ないだろう?実際、今日だっていなかったじゃないか。まあ、戦闘訓練なら付き合ってもいいが」

「それはそうだけどさあ。戦闘訓練なんて何ヶ月も先の話だよ?」

「だから、それまで狩りの練習頑張れよ」

 ウォンは突き放す様に言った。

「私は家に帰るわね」

 そう言ってエルグレンは立ち上がった。

「おう、ありがとな」

 ウォンが礼を言った。

「またね、インターフェルド」

 エルグレンは小屋から出て行った。

「さてと、俺は魔法の練習をしてくるよ。お前たちは寝るんだろ?」

「うん、そのつもり」

「じゃあな」

ウォンは小屋を出て、どこで練習しようか悩んだ。広場でやる訳にもいかず、考えあぐねて壊した遺跡ならいいだろうという事になった。ウォンは飛行魔法を掛けて、遺跡まで飛んで行った。

遺跡に着くと、そこはがれきの山だった。ウォンはがれきに向けて魔法を打ち始めた。

「・・・汝らに炎獣の断罪を!」

「・・・大地に水竜の落涙を!」

「・・・汝に雷獣の怒りを!」

 炎と水と雷の魔法を次々と放った。がれきはそのたびに爆発する様に舞い上がった。

 ウォンは繰り返し何回も魔法を放っていた。魔力が少なくなった頃、日が傾いてきた。ウォンは飛行魔法を掛け、村へと帰って行った。

「ただいま・・・っと、まだ寝てるか」

ウォンが小屋に帰ると、ランディとインターフェルドは寝息を立てていた。

「おかえりなさい、ウォン」

静かな声でエルグレンが言った。

「うわっ!びっくりしたぜ。何やってるんだ?」

ウォンが驚いて聞くと、エルグレンは小さな声で言った。

「何って、夕飯の支度よ。シチューが余ったから、グラタンを作ってるの」

「そうか、何だか悪いな」

「気にしないで、インターフェルドの為だから」

「そうか・・・なあエルグレン、これから毎日飯を作ってくれるのか?」

「?そのつもりだけど?」

 エルグレンは当たり前の様に言った。

「そうか、ありがとうな、エルグレン」

「何よ、あらたまって」

「いや、ドラゴンを飼いたいなんてランディのわがままに付き合ってくれてありがとうな。村の皆にも感謝しないとな」

「いいのよ、皆喜んでいるんだから」

「そう言って貰えると助かる」

 ウォンが頭を下げる。エルグレンは少し怒る様に言った。

「本気で言ってるのよ?嫌なら皆、はっきり言うわよ。皆インターフェルドが好きなのよ。この村には子供がいないから、なおさらよ」

「ありがとう、感謝するよ」

「何よ、気持ち悪いわね」

 そう言ってエルグレンはクスッと笑った。

「それにしてもよく寝るなあ、こいつら」

 話題を変える様にウォンが言った。

「そうね、私が来た時も寝ていたわ」

「起こすか?」

「起きるまで待ちましょうよ、かわいそうよ」

 エルグレンがそう言うと、ウォンは黙り込んだ。しばらく、無言状態が続いた。その沈黙を破ったのは、インターフェルドだった。

「・・・キュ、キュウ・・・ウギャ!」

インターフェルドがまず起きだした。隣で寝ているランディの顔を前足でパンパンと叩く。

「う、うーん、何だい、インターフェルド」

次にランディが起きだした。起き上がり、周りを見渡した。

「ウォン、エルグレン、おはよー」

「おはよー、じゃないぞ。一体いつまで寝てるんだ。もう飯だぞ」

「え、もうそんな時間?」

 ランディが窓の外を見ると、もう日は暮れていた。

「随分寝ちゃったね。今日の晩御飯は何?」

「グラタンよ」

 そう言ってエルグレンがテーブルにグラタンを出した。

「おおー、美味しそうだね」

ランディはテーブルの前に座った。インターフェルドはまたテーブルの上に乗った。

「それじゃ、いただきます」

ウォンとエルグレンもテーブルの前に座った。当然の様に、インターフェルドの分のグラタンも用意されていた。

「ウギャウギャ」

インターフェルドは美味しそうに食べていた。

「熱くないのかしら。ドラゴンだから熱に強いとか?」

 エルグレンが心配そうに言うと、ランディが答えた。

「ファイアドラゴンだからね、熱いのは平気なんだよ。ちなみに、寒いのも平気だよ、ドラゴンだから」

「そう、良かった。この辺は冬になると雪が降るから、ちょっと心配だったの」

「そうだね、キサン村でも降るもんね」

「だいたい、あんな北の山奥に卵があったんだ、寒さには強くなけりゃな」

ウォンがそう言うと、二人は納得した様だった。

「それもそうね。寒い冬も食べ物を探さなきゃならないもんね」

 皆がグラタンを食べ終わると、インターフェルドは眠そうにあくびをした。

「もう眠いのか。良く寝るやつだなあ」

ウォンが呆れて言った。

「寝る子は育つって言うからね。それに、生まれてまだ二日目だよ?赤ちゃんだよ」

 インターフェルドはふわふわと飛んで、ベッドに向かった。そして、ベッドに降りると寝息を立てて眠り始めた。エルグレンはその姿を見て微笑んだ。

「本当、よく食べるしよく寝るわね。思ったほど手が掛からないわね」

「これからだよ、大変なのは。噛み癖が出て来るだろうし、炎だって吐くから、人に向けちゃいけないとか教えなきゃならないし」

ランディが言うと、ウォンが楽観して言った。

「まあ、生まれてすぐ言葉を理解したんだ、大丈夫じゃないか?」

「それもそうか。言葉で言って分かってくれるだけ楽かな?」

ランディはそう言うと、少し真面目な顔をした。

「実際、今日一緒に居てインターフェルドの賢さが分かったよ。僕より頭良いんじゃないかなあ。何でも聞き分けるし、凄いと思うよ」

「やっぱり当たりを引いたのか?」

 ウォンが茶化す様に言った。しかし、ランディは真剣だった。

「たぶん、卵を抱えて魔力を注いだからだと思う。ほら、妖精の指輪で僕の魔力がかなり上がってるでしょ?その影響だと思うんだ」

「つまり、通常よりも高い魔力を注いだから頭が良いって事?」

エルグレンが言うと、ランディは頷いた。

「そうじゃないかと思う。確かに、高い魔力で知性が上がるって本に書いてあったよ」

「じゃあ、狩りの練習も早く終わるか?」

「たぶん、半年もかからないと思うよ。三ヶ月くらいかな?それから戦闘訓練に入れば、来年にはもう戦えるよ」

「そうか・・・って言うか、誰と戦わせる気だ?」

「王立軍」

「なるほど、街道建設の邪魔をさせようってんだな?」

 ウォンが面白そうに言った。

「そう言う事。村を守るんだから、王立軍とも戦わなきゃね」

「でも、あんまり危険な事はさせないでね?」

 エルグレンが言うと、ランディは笑って言った。

「大丈夫だよ、今のままでも普通の人間じゃあ相手にならないくらい強いよ。それに、インターフェルドにとっては全てが遊びみたいなものだから、心配ないよ」

「だいたい、ドラゴンって普通の武器じゃあ傷つけられないよな、確か」

ウォンが言うと、ランディは少し驚いて言った。

「よく知ってるね。そうだよ、魔法の掛かった武器じゃないと傷つけられないよ」

「じゃあ、心配ないな。王立軍が魔法の掛かった武器なんて高価な物、持ってる訳ないしな」

それを聞いてエルグレンは少し安心した。しかし、また疑問が生まれた。

「魔法は?魔法で傷つけられる事は無いの?」

「多少はあるだろうけど、まず傷は負わないだろうね。ドラゴンは魔力の塊だから、常に体の周りに魔法障壁があるんだよ。それを破るほどの魔力を持った者は、あんまりいないだろうね」

「ランディは?ランディの魔法ならインターフェルドを傷つけることが出来る?」

「たぶん出来るだろうけど・・・」

「そう、なら安心ね。ランディより魔力の強い人間なんてそうそう居ないわよね」

「少なくとも王立軍には居ないだろうね」

「俺の剣なら傷つけられるな、きっと」

ウォンがそう言うと、エルグレンは驚いた。

「え?ウォンの剣って、魔法の剣なの?」

「ああ、ドワーフ謹製の名剣だぜ?俺の家に代々伝わる物だ」

「いつもぞんざいに扱ってるから、大したものじゃないと思ってたわ」

「これでも気を使ってるんだぜ?」

 ウォンは壁に立て掛けてある剣を取ると、鞘から抜き出した。

「見ろよ、この輝きを。素晴らしいだろう」

「あんまり手入れしてる所見たことないけど」

ランディが言うと、ウォンは自慢げに言った。

「全く手入れはしてないぞ。それでこの輝きだ、魔法の剣じゃなくて何なんだ」

「確かに、その剣からは魔力を感じてはいたけど。一体、どんな魔法が掛かっているの?」

「知らない。よく切れるから、切れ味をよくする魔法じゃないか?」

「そんな魔法あったかなあ」

ランディは首を傾げた。切れ味をよくする魔法など、心当たりがなかった。

「ちょっと見せてみて。魔法感知するから」

そう言うとランディはウォンから剣を受け取った。剣の柄を握りながら念を込める。

「・・・なるほど、そういう訳か。あのね、この剣には魔力の盾の魔法が掛かっているよ」

「魔力の盾?どんな魔法だ?」

「魔力で出来た盾が出て来るんだよ。ただ、魔力を込めなきゃいけないから、今までのウォンには使えなかったんだね。今なら、剣を持って念じれば、盾が出て来るよ」

ランディはそう言うと、剣をウォンに返した。ウォンは言われた通りに念じてみた。

「・・・おお、凄いな!」

 ウォンが念じると、半透明の盾が現れた。剣を構えても邪魔にならず、着かず離れずと言った様子でウォンの近くにあった。

「剣を両手で持ってもいいようになってるんだよ。攻撃されたら自動的に受けてくれるよ」

ランディが言うと、ウォンは驚いていた。

「こんな魔法が込められていたのか・・・待てよ、俺の家に代々伝わる剣だぞ?なのに、俺の家系は魔力を持てなかったんだ。魔力が無いと使えないなんて、宝の持ち腐れだったんだな」

「まあ、よく切れる剣みたいだから、大事にされたんだろうね」

「ところでこの盾はどうやったら消えるんだ?」

「消えろって念じれば消えるよ」

「そうか・・・本当だ、消えた」

ウォンは剣を鞘に戻した。エルグレンは剣をじろっと見て言った。

「その剣でインターフェルドと戦闘訓練すると、怪我しそうね。ウォン、この前村に火を付けられた時に兵士が持っていた剣があるから、それを使いなさいな。あれなら、普通の剣でしょ」

「ああ、俺達が殺した王立軍のやつか」

「そう言えばあの時の死体はどうなったんだろうね?」

ランディが聞くと、エルグレンは答えた。

「村の皆で葬ったそうよ。剣は何かに使えるかと思って取っておいたらしいわ。村の倉庫に入っているわよ」

「そうか・・・あの時はつい、かっとなって殺しちまったが、別に殺すことなかったな」

「僕も夢中で魔法を打ったから・・・手加減すればよかったね」

 二人が反省していると、エルグレンは慰める様に言った。

「あの時は仕方がなかったわよ。村を焼かれて、私達も必死で火を消したわ。王立軍が悪いのよ」

「まあ、それはそうなんだが、ゴブリンを殺すのとは訳が違うからなあ」

「あんな非道をするような人間は、ゴブリン以下よ」

「・・・とにかく、次はなるべく殺さない様にしよう。後味が悪いからな」

「そうだね」

 なんとなく重い空気になった。しばらく三人は無言でいた。そして、しばらくしてからエルグレンが言った。

「じゃあ、私は帰るわね。また明日」

「ああ、ありがとうな」

「おやすみー」

 エルグレンが去り、ランディは食品の入った棚から酒を取り出した。

「ちょっと、飲もうか」

「そうだな」

二人は酒を飲み始めた。デュラ村のエルフ達が持ってきたブドウ酒の残りだった。

「それにしても、こんなに穏やかな生活は久しぶりだね」

ランディが感慨深げに言った。

「そうだな、国を出てからは初めてだな。冒険者になってからは忙しかったからな」

「国の皆、元気かなあ」

「俺達の家族はともかく、他の奴らは無事だといいがな」

「そうだね」

 二人は黙り込んで酒を飲んでいた。その日は夜遅くまで、酒が無くなるまで飲んだ。



ウォンは毎日、朝は剣の練習をして、昼を過ぎたら遺跡に向かい魔法の練習をして過ごした。ランディはインターフェルドと狩りの練習をしていた。エルグレンは毎日、食事の支度を任されていた。そんな日々を三ヶ月位続けていた。冬になり、雪がちらほらと降ってくるようになって、インターフェルドはイノシシを一人で狩れるようになった。体の色も、赤から赤褐色に落ち着いてきた。ランディは戦闘訓練を始めようと思った。訓練は、森の中の少し開けた所で行う事にした。

ウォンは王立軍の兵士の残した剣の中から一番良い物を選び、戦闘訓練に臨んだ。

 ある朝、ウォンとランディとインターフェルドは、訓練場所へ向かった。

「じゃあ、軽く行ってみようか。ウォン、インターフェルドに斬りかかって」

 インタ-フェルドは宙に浮いていた。ウォンは遠慮なしに斬りかかった。すると、ひらりとかわされてしまった。

「お、やるな?じゃあ、どんどん行くぞ」

 次々と激しい剣を繰り出すウォンに対して、インターフェルドはひらひらとかわすばかりだった。

「やるじゃないか、インターフェルド。じゃあ、今度は攻撃してみてよ」

「ウギャ」

ランディの言葉に従うように、インターフェルドはウォン目掛けて突進してきた。ウォンは慌てて剣を構えた。インターフェルドの鼻先と剣がぶつかった。

「く、結構力あるなあ」

ウォンが呻く。インターフェルドは空に舞い上がると、上空から突撃してきた。

「ウギャ!」

ウォンはまた剣で受け止めた。インターフェルドは何回も上から突撃してきた。ウォンは剣で薙ぎ払うようにインターフェルドを叩いた。インターフェルドは反動で吹き飛ばされるが、また空に飛び、下へ突っ込んでくる。

しばらく、同じことが繰り返された。ウォンは突っ込んでくるインターフェルドを受け止めるのに精一杯だった。少しでも気を抜けば、ウォンの方が吹き飛ばされる所だった。

「よーし、止め!インターフェルド、休憩しようか」

「ウギャ」

 インターフェルドは楽しそうだった。ウォンはぐったりとしていた。

「はあ、はあ、こいつ、凄い力だな。普通の人間なら吹き飛ばされてるぞ」

「何、自分は普通じゃないみたいに言うじゃん」

「俺は強いからな。王立軍の兵士と一緒にして貰っちゃあ困るぜ」

「あはは、それもそうだね。それにしても、良く戦うね、インターフェルドは。戦闘訓練はいらないかな、こりゃ」

「俺の剣をことごとくかわすし、もう実戦投入しても良いんじゃないか?」

「・・・そうだね、ちょっとやってみようか。インターフェルド、ついておいで。ウォンも」

 そう言うとランディは飛行魔法を唱え始めた。

「・・・我に翼竜の自由を!」

 ランディは飛び上がった。ウォンも慌てて飛行魔法を掛ける。少し遅れて飛び上がった。ランディが向かったのは、街道建設の工事現場だった。上空から見ると、森の端からえぐるように木が無くなっていた。しかし、半年以上前に始めた工事にしては、進み具合が遅いなとランディは思った。

 三人は工事現場の近くの茂みに降り立った。そこから覗くと、工事現場にはゴブリンを警戒しているのだろうか、作業員と兵士が入り混じっていた。

「よし、良いか、インターフェルド、あそこにいる人間たちに突っ込んでくるんだ。あ、殺しちゃいけないよ?殺さない程度に力を加減して、蹴散らしてくるんだ。炎も吐いて良いからね」

「ウギャ!」

インターフェルドは、分かったように返事をして、作業員たちの中に突っ込んで行った。悲鳴をあげながら、作業員と兵士が吹き飛んでいく。

「うわあ!何だ、敵襲か?」

「いってえ!何だ、今のは?」

兵士達が剣を構えて周りを見渡している。インターフェルドは往復する様に作業員の群れに突っ込んで行った。ぶつかった者たちは皆吹き飛ばされていた。

作業員と兵士の中を何往復もして突っ込んで行くと、次第に動くものがいなくなってきた。全員倒れると、インターフェルドはウォンとランディの元に帰って来た。

「ウギャ、ウギャ!」

「よーし、よくやったね、インターフェルド。偉いぞ」

 ランディがインターフェルドの頭を撫でた。

「キュウ!」

インターフェルドは気持ち良さそうにしている。

「じゃあ、戻るか。インターフェルド、よくやったな」

ウォンがねぎらいの言葉を掛けた。

「キュウ、キュウ!」

 インターフェルドは嬉しそうにしていた。三人は空を飛んで村へ帰った。小屋に入ると、エルグレンが食事の支度をしていた。

「あら、お帰りなさい、早かったのね。まだ出来てないわよ」

「ただいま、エルグレン、今日は凄かったよ、インターフェルドが」

「へえ、何があったの?」

 ランディは事のあらましを伝えた。エルグレンはびっくりしていた。

「ええ?もう戦ってきたの?」

「ああ、凄いんだよ、インターフェルドは。もう一人前だね」

「でも、大丈夫かしら・・・作業員まで吹き飛ばしたんでしょ?」

「まあ、仕方ないね。あの状況で兵士だけ狙うのは難しいし」

 ランディが言うと、ウォンも同調して言った。

「そうだ、あんな工事引き受ける方が悪い。自業自得だ」

「そこまで言わなくても。それで、インターフェルドは?何ともないの?」

 エルグレンは心配そうに言ったが、ランディはあっさりとしたものだった。

「ああ、傷一つ無いよ。この子はただ遊んだだけだと思ってるよ、きっと」

「ウギャ」

 まるでその通りだと言わんばかりにインターフェルドが鳴いた。

「もう、戦闘訓練なんてしなくていいだろ?このまま毎日工事現場に行って蹴散らしていれば、王立軍も撤退するんじゃないか?」

 ウォンが言うと、ランディは頷いた。

「そうだね。これから毎日行こうか、インターフェルド」

「ウギャ、ウギャ!」

インターフェルドは楽しそうに鳴いた。たくさんの人と遊んでいると思っているのだろう。

「まあ、インターフェルドに怪我が無くて良かったわ。でもまさか、殺してはないわよね?」

「ああ、たぶんね。何かヒクヒク動いてたから大丈夫でしょ」

「それならいいけど。インターフェルド、殺すのは食べる物だけだからね?分かった?」

「ウギャ!」

 インターフェルドは元気に答えた。

 次の日から、毎日工事現場を襲った。インターフェルドは遊んでいるつもりなのだろうが、襲われる方にとっては恐怖でしかなかった。突然やって来ては有無を言わさず突っ込んでくるのだ。最初は抵抗しようとしていた兵士達も、三日もするとそんな気は薄れ、ただただうろたえるばかりだった。作業員たちは次々に逃げ出して行った。十日もすると、誰もいなくなった。兵士達も王都に逃げ帰っていた。

 誰もいなくなっても、しばらくは工事現場に通い続けていたが、十日ほどたったある日、王立軍が大集団でやって来た。ウォンとランディは慌てて隠れた。

「どうする?あんな大勢で来るとはな。インターフェルドに任せるか?」

「何か魔導士もいるみたいだよ。まあ、大丈夫だろうけど」

ランディは気楽に言った。

「まあ、何かあったら俺達も出て行くか」

「インターフェルド、炎も吐いていいからね。蹴散らして来い!」

「ウギャ!」

 インターフェルドは王立軍に向かって突進して行った。今回はしっかりと準備をしてきた様で、兵士は盾を持っていた。その後ろに魔導士が控えていた。すると、魔導士から一斉に魔法が飛んできた。

 炎と雷の魔法だった。ファイアドラゴンに炎は効かないので、インターフェルドは当たると痛かった雷の魔法だけを避けていた。空中でひらひらとかわしながら突っ込んで行った。最前列にいた兵士に当たった。兵士は盾で受け止めたが、盾は真っ二つに割れてしまった。

「ウギャ!」

 インターフェルドはひと声あげると、力任せに兵士達に突っ込んで行った。陣形は崩れて、盾は次々に壊れて行った。魔導士たちはめげずに魔法を打ち続けていたが、インターフェルドに体当たりされて倒れて行った。

 何回も何回も往復して突進していた。しばらくすると、立ってる者はわらわらと逃げ出した。倒れている者は、完全に気絶していた。

 インターフェルドは逃げ去る兵士達を見て、追い駆けようとはせずにウォンとランディの元に帰って来た。

「よくやったな、インターフェルド。あれだけの数の兵士を翻弄するとは大したもんだ」

 ウォンが頭を撫でながら誉めると、インターフェルドは嬉しそうに鳴いた。

「キュ、キュウ!」

「倒れてる兵士はどうしようか?」

「気が付いたら帰るだろ?ほっとけよ。どうせ作業員もいないんだ、工事は出来ないよ」

「それもそうだね、じゃあ帰ろうか」

そう言うとランディは飛行魔法を掛けて飛んで行った。ウォンもそれに続く。インターフェルドも後をついて行った。

 キシス村に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。ウォン達は小屋に戻った。中ではエルグレンが待っていた。

「お帰りなさい、今日は遅かったのね。ご飯もう出来てるわよ」

「ありがとう、エルグレン。今日は王立軍がまた来てさあ、インターフェルドが活躍したんだよ」

 ランディがそう言うと、エルグレンは目を細めた。

「そう、活躍したの、インターフェルド。偉かったわね」

「ウギャ」

 インターフェルドは自慢げに鳴いた。

「今日はいつもの倍以上兵士が来ててさあ、インターフェルドだけじゃ危ないかなと思ったんだけど、そんな事なかったよ。圧倒的だったよ、インターフェルドは」

 ランディは少し興奮する様に言った。

「それにしても、今までもそうだったが、何でインターフェルドは炎を吐かないんだ?」

ウォンの疑問に、ランディが答える。

「たぶん、それほどの相手じゃないと思っているのかな?それか、遊んでると思ってるから吐かないのか」

「どっちにしろ、炎を吐く様な相手じゃないと思ってるんだな」

「たぶんね。王立軍にもっと強い奴がいれば実力も分かるんだけど・・・インターフェルドの力が強すぎて、相手にならないんだもんなー」

「それにしても、ちょっと強すぎじゃないか?いくらドラゴンだからって、こんなに強いものなのか?まだ生まれて三ヶ月だぞ?」

ウォンが言うと、ランディは思い出した様に言った。

「そうそう、ドラゴンの育て方の本に書いてあったけど、ドラゴン一匹で一個大隊をせん滅することもあるそうだよ」

「そんなに強くなるのか?これはもう、国を亡ぼすほどの力を持っているな。どうしようか」

 ウォンは少し不安になって来た。こんな森の中に、制御できない巨大な戦力があるのだ。サーラデン王国は黙ってはいないだろう。懐柔策を取るか、強攻策を取るか。王国がどう出るか分からず、考え込んでしまった。

「どうするって言っても、どうしようもないよ。それより、御飯食べようよ」

ランディは床に座ると、エルグレンの出してくれた昼食を食べ始めた。今日の昼食はイノシシの肉と野菜をはさんだサンドイッチだった。インターフェルドも前足を使って器用に食べていた。

「はあ、お前らは呑気でいいな。こっちは色々考えてるって言うのに」

 ウォンも座ってサンドイッチを食べ始めた。

「考えたって仕方ないじゃん。これだけ強いんだ、もうサーラデン王国を潰しちゃおうか」

 ランディが冗談とも本気ともつかない言い方をした。

「何のために潰すんだよ」

「だって、森にちょっかい出してくるし。森を守らなきゃ」

「それはそうだが。だからって潰す事ないだろ」

「でも、これ以上攻めてきたらどうする?もっと大きな戦闘になるよ?」

ランディが言うと、ウォンは覚悟を決めた。

「そうだな、全力で来るだろうな。俺達も戦わなきゃならないだろう。よし、ドライアドに見張っててもらおう。今度来たら、全面戦争だ」

「王立軍が全部来たとしたら、かなりの数になるよ。インターフェルドは大丈夫だろうけど、僕達はどうかなあ。結構厳しいかもね。まあ、ウォンが魔法使えるようになったから、大丈夫かな?インターフェルド、今度戦うときは炎を吐いてよ?体当たりだけじゃなくて」

「ウギャ、ウギャ!」

 インターフェルドはサンドイッチをほお張りながら答えた。

「でも、大丈夫なの?魔法の剣を持っている人は兵士の中にいないかしら?」

エルグレンが言うと、ウォンは心配ない、と答えた。

「大丈夫、隊長クラスでも持ってるかどうか。冒険者仲間でも持ってる奴はあんまりいなかったぞ」

「それならいいけど。二人とも、無茶はしないでね?」

「ああ、分かった。エルグレン、ドライアドに頼んでくれないか?今度王立軍が工事現場に現れたら知らせてくれって」

「分かったわ、伝えておく」

「王立軍って、何人ぐらいいるのかなあ?ウォン、知ってる?」

「四、五百人じゃないか?軍の魔導士は百人位だろ?全部来たら、俺達死ぬな」

「まあ、大丈夫でしょ。僕たち二人で雷の魔法で感電させて倒して、インターフェルドに残りを跳ね飛ばして貰って、炎で焼いて貰う。残ったのをウォンが剣で倒していく。これならいけそうじゃない?」

 ランディが気楽に言った。

「そう簡単に言うが、うまく行くかな?」

「インターフェルド次第だね。どれだけ戦力を削げるか・・・ウォンに関しては、魔力の盾があるんだ、そうそうやられたりしないよ。問題は、殺さずにやるのがちょっと難しいかな」

「まあ、急所を外すのはそんなに難しい事じゃないが。乱戦になった時に手加減できるかどうかだな」

 ウォンはそう言うと、少し考え込んだ。

「・・・雷の魔法で半分以上倒せば、いけるかな。あとはインターフェルドに頑張って貰おう。出来るか、インターフェルド?」

「ウギャ!」

インターフェルドは楽しそうだった。

「僕らより魔力がある魔導士はそうそう居ないから、一気に攻めれば無力化できるよ、きっと。ウォン、重ね掛けは出来る様になった?」

ランディが尋ねると、ウォンは首を振った。

「いいや、まだだ。ただ、飛行魔法を使いながら剣を操れるようにはなったぞ」

「凄いじゃん、じゃあ、ウォンは魔法を打ったら空を飛んでインターフェルドみたいに突っ込んで行ってよ。ウォンとインターフェルドが王立軍から離れたら僕が空から魔法を打つから」

「それが一番現実的か。よし、明日から特訓だ。連携をうまくしないとこっちがやられそうだからな」

ウォンが言うと、ランディは頷いた。

「うん、そうだね。どこでやろうか、特訓」

「工事現場でいいんじゃないか?あそこで戦うだろうし」

「あと、僕達の素性がばれないように、エルフの服を着て行った方が良いんじゃない?黒のつなぎじゃ、ばれちゃうかもしれないし」

「あくまでエルフの抵抗に見せかけた方がが良いか」

「そうそう、ギルドにも迷惑かけちゃうしね」

「ねえ、インターフェルドがお腹空かしてるみたいなんだけど」

 エルグレンが割って入って来た。

「ああ、そうか。じゃあ、托鉢に行こうか」

「托鉢?ああ、食べ物を貰って歩くのか。まだやってたのか」

「うん、狩りで取る食べ物だけじゃ足りないみたいで。そのうち、食欲も落ち着くと思うんだけど、成長期だからね、仕方ないよ」

 ランディはインターフェルドを連れて小屋から出て行った。エルグレンは立ち上がり、ウォンに向かって言った。

「いよいよ戦争が始まるのね」

「ああ、たぶんな」

「私達は手伝わなくていいの?」

「手を汚すのは俺達だけで十分だ。それにエルフは戦いを好まないんだろう?」

「それはそうだけど・・・」

「まあ、やばくなったら逃げるから、心配すんな」

「ええ・・・でも、気を付けてね」

「ああ、分かった」

 エルグレンは小屋を出て行った。一人残されたウォンは、しばらくぼおっとしていた。



 工事現場で特訓が始まった。途中、ゴブリンが出てきたりしたが、インターフェルドを見ると、本能的に危険を感じたのか、そそくさと逃げ帰ってしまった。

 ウォンは地上で、ランディは空から、それぞれ雷の魔法を撃ちまくり、敵が減った所にインターフェルドが炎を吐きながら突撃する。ウォンも剣を構え、魔力の盾を発動させながら飛行魔法で突っ込んで行く。ランディはウォンとインターフェルドの居ない所へ、上空から雷の魔法を撃つ。これが作戦の全てであった。何回も繰り返し練習して、ぶつかり合ったりしない様に気を付けた。

「単純な作戦だが、これが一番効果的だな。心配なのは殺しちまうかも知れないって事だな」

 ウォンがそう言うと、ランディはさらっと言った。

「死んだら死んだで仕方ないよ。戦争なんだから。それくらいの覚悟はあるでしょ」

「それはそうだが・・・なるべく殺さない様にしよう」

「そうだね」

 それから五日ほど、特訓は続いた。六日目の朝、ドライアドから緊急の連絡が入ったと知らされた。

「ウォン!ランディ!起きてる?」

 エルグレンが小屋に飛び込んできた。

「おはよーエルグレン、どうしたの?」

朝食のパンを食べていたウォンとランディが、驚いた顔をしていた。

「来たのよ!王立軍の兵士達が!」

「何!ついに来たか!」

「どのくらい?ねえ、どのくらい来たの?」

「五百人位だって!」

エルグレンは少し興奮している様だった。

「ドライアドの話だと、剣を持ったのが半分以上いるって!あとは魔力を持ったのが結構いるって!」

「よし、行くぞ!」

ウォンが力強く言うと、ランディも気合の入った声で言った。

「うん、行こう!」

「ウギャ!」

「私も行く!」

「ちゃんと隠れてろよ!」

 三人と一匹は小屋を出て工事現場まで空を飛んで行った。現場に着くと、エルグレンは気の陰に隠れた。ウォンは地上に降り立ち、王立軍と対峙した。ランディとインターフェルドは空中で待機している。

「貴様たちか!散々我々の邪魔をしてくれたのは!」

五百人の先頭に立った兵士が叫んだ。

「うるせえ!死にたくなければとっとと帰るんだな」

ウォンも負けじと叫んだ。

「黙れ!妖魔め!死ぬのは貴様らの方だ!者ども、行け!」

兵士達が動いた。ゆっくりと歩きながら前進してくる。ウォンはランディたちに向かって叫んだ。

「行くぞ!特訓通りにな!」

「うん!」

「ウギャ、ウギャ!」

 ランディが上空から雷の魔法を連打し始めた。ウォンは前方に向かって雷の魔法を撃ち続ける。ばたばたと、兵士達が倒れて行く。十人、二十人と兵士達は魔法にやられていった。しかし、王立軍も魔法を撃ってきた。雷と炎の魔法だった。ウォンは魔力の盾を発動させて、魔法を盾で受け止めた。ランディとインターフェルドはひらひらと空中でかわしていた。

 ウォンは雷の魔法を撃ちながら前進して言った。ランディは変わらず空から撃っている。やがて、王立軍の兵士達は半減して行った。半数が倒れ、その上を後ろから乗り越えて来た。

「今だ、インターフェルド、行けえ!」

ランディが叫ぶと、待ってましたとばかりにインターフェルドが突撃して行った。

「ウギャ、ウギャ!」

 凄いスピードで兵士の中に突っ込んで行った。十人位吹き飛ばされた。インターフェルドは嬉しそうに鳴きながら、上空に上がっては下降して突撃するのを繰り返した。その度に十人位吹き飛ばされるのを見て、兵士達に動揺が走った。

 追い打ちをかける様に、ウォンが剣を構えながら頭から突進してきた。魔力の盾を発動させているので、遠慮はなかった。兵士達の盾を貫き、鎧を壊して飛んで行った。こちらも通る度に十人位飛ばされていた。

 兵士達の士気は下がり、陣形は崩れ、逃げ出す者も出始めた。そこを容赦なく上空からランディが雷の魔法で仕留めて行った。

 立っている兵士はもう数えるほどしかいなくなっていた。その兵士達も、ふらふらとしていつ倒れてもおかしくない状況だった。気絶している者、うめき声をあげている者、感電して震えている者、中には死んでいる者もいたかも知れない。その惨状を見て、ウォン達は攻撃を止めた。

「今後、森に手を出す者は今日以上の惨劇に見舞われるだろう。帰ったら王国の偉い方に伝えるんだな。もう、森には手を出さない方が良いとな」

 ウォンが残った兵士達に叫んだ。兵士達はふらふらと歩き出して森の外へ帰って行った。

「さて、何とか勝ったな。これで当分は襲ってこないだろうな」

「何とか、じゃないよ。圧勝だったじゃん。こっちは誰も傷ついてないんだし」

 ランディがそう言うと、ウォンは苦笑した。

「俺は精一杯ギリギリのところでやってたけどな。インターフェルドはそうでもなかった様だが」

「ウギャ!」

たくさん遊んで満足したのか、インターフェルドは上機嫌だった。エルグレンが木の陰から出て来て、声を掛けて来た。

「お疲れ様。何だか凄かったわね」

「ああ、大丈夫か?」

「ええ、私は大丈夫よ。それよりも、凄かったわね。何と言うか、一方的というか」

「まあね。魔力ではこっちが上だったみたいだし、何よりもインターフェルドの強さのおかげだね」

ランディが言うと、インタ-フェルドは嬉しそうに鳴いた。

「キュウ、キュウ!」

「本当ね、凄かったわ、インターフェルド。良い子ね」

そう言ってエルグレンはインターフェルドの頭を撫でた。

「キュウ、ウギャ!」

 インターフェルドは気持ち良さそうにしていた。ウォンが剣を鞘にしまいながら言った。

「じゃあ、帰るか。飯の途中だったからな、腹が減った」

「そうだね。っと、倒れた兵士はどうする・・・まあ、勝手に帰るか。前も同じ様な事聞いたね」

「あの時はインターフェルドだけだったからな、戦ったのは。今回は俺達も戦ったが、人間だとは思われなかった様だな」

「妖魔め!って言ってたしね。エルフだと思われたんじゃない?」

「そうだな。じゃあ帰るか」

 三人は飛行魔法を唱え、空へと舞いあがった。インターフェルドと共に、村へと帰って行った。



 三人と一匹が村に帰ると、村はいつも通りだった。昼近くになっていたが、のんびりとした朝だった。

「村長には伝えておくか。皆で行くか」

 ウォンは村長のポールの家に向かった。皆も後をついて行く。

「村長、ちょっといいか」

村長の家のドアをノックして、声を掛けた。

「おお、その声はウォンか。入っておいで」

「おはよう、村長」

「エルグレンか、ランディにインターフェルドも一緒か。どうしたんだ?」

 ウォンは事の次第を話した。ポールは落ち着いて聞いていたが、相手が五百人だったと聞くと、驚きを隠せなかった。

「じゃあ、ほとんどインターフェルドが倒したのか?」

「ああ、半分以上はこいつが倒したよ。これでしばらくは王立軍も襲ってはこないだろうな。何せ、兵士がほとんどやられたんだ、立て直しにも時間がかかるだろ?」

「それはそうだな。しかし、村を守るだけじゃなく、森を守ってくれるとはな。ありがとう、インターフェルド」

 ポールはインターフェルドの頭を撫でた。インターフェルドは嬉しそうにしていた。

「キュウ、ウギャ!」

「それで、あの工事現場なんだが、そのままにしておくのか?」

 ウォンが聞くと、ポールは少し考えた。

「・・・そうだな、元の形に戻したいな。時間はかかるが、木を植えて行こうと思う。ドライアドに頼んで、成長を速めて速めて貰おう。二、三年もすれば元に戻るだろう」

「そんなに早く出来るのか?」

「ああ、出来るよ。それよりも、森の奥から木を植え替えた方が早いかな。うん、そうしよう。明日から始めるか」

「僕達も手伝うよ」

 ランディが言うと、ポールは手を振った。

「いやいや、森を救った英雄にそんな事させられんよ。ゆっくり休んでてくれ」

「俺達も何かしてないと退屈なんだよ。手伝わせてくれ」

ウォンがそう言うと、ポールは苦笑して言った。

「そうか・・・なら、頼もうか」

「よし、決まりだな。俺達は今日は勝利の酒に酔いしれる事にするよ」

「ああ、楽しんでくれ。村の皆には私から伝えておくよ。今朝のドライアドの連絡を聞いていた連中もいるだろうしな」

「そうしてくれると助かる。じゃあ、俺達は行くよ。またな」

ウォン達はそう言ってポールの家から出た。すると、ポールが後ろから声を掛けて来た。

「ありがとうな、皆。ありがとう、インターフェルド」

「ウギャ」

 インターフェルドが返事をした。ランディも手を振って答える。

「さあ、小屋に帰って乾杯だ!」

「ちょっと待っててね」

エルグレンはそう言うと自分の家に帰って行った。ウォンとランディは小屋に戻った。

「そう言えば朝御飯の途中だったね」

 食べ散らかしたテーブルを見てランディが言った。

「片づけるか。インターフェルド、残りのハムとパン、食っちまえ」

「ウギャ」

インターフェルドは残り物をぺろりと平らげた。そして、あくびをするとベッドの方に飛んで行った。そして、寝てしまった。

「今日は疲れたんだね、ゆっくりお休み」

ランディがやさしく声を掛けた。インターフェルドはもう寝息を立てていた。

「お待たせ、持って来たわよ、お酒」

エルグレンが小屋に入って来た。手には大きな酒瓶を持っていた。

「おお、そりゃブドウ酒だな。まだ残ってたのか」

「ええ、私は家では飲まなかったから」

「それじゃ、お祝いしようよ」

「そうだな、乾杯するか」

ウォンは三人分のコップを持って来て、ブドウ酒を注いだ。

「じゃあ、今日の勝利に!乾杯!」

「乾杯!」

「かんぱーい!」

 一口、二口と飲んで、皆は一息ついた。自然と笑いがこみあげて来た。

「あっはっは、それにしても凄かったな、インターフェルドは」

ウォンが楽しそうに言った。

「ふふ、本当に凄かったわね。真っ赤なドラゴンが凄いスピードで突っ込んで行くんですもの、あれじゃ兵士達もかわいそうね」

エルグレンがそう言うと、ランディは少し真面目な顔をして言った。

「インターフェルドの速さは尋常じゃないよ。僕よりも速いんじゃないかなあ。それに、あの体の強さ。剣も盾も関係なく吹き飛ばしてたでしょ。あの硬さは凄いよ」

「いつもはフニフニしてて柔らかいのにね」

エルグレンはそう言って、インターフェルドの所へ行った。そして、寝息を立てて寝ている背中をさすった。確かに柔らかかった。

「ウォンも凄かったよ。あれだけ連続して魔法が撃てるなんて、思ってもみなかったよ」

ランディが言うと、ウォンは照れ臭そうに言った。

「練習してたからな」

「それに、飛行魔法だって、もう僕と同じ位のスピードで飛べるんじゃない?」

「そうだな。それにしても、よくもまあ、五百人相手に勝ったな。まあ、半分以上はインターフェルドのお陰だけどな」

「そうだね、インターフェルドがいなかったら危なかったね」

「その英雄は疲れて寝てるけどな」

「よく頑張ってくれたよ、インターフェルドは」

 エルグレンがテーブルに戻って来た。ブドウ酒を飲み、一息ついてから言った。

「ウォン、ランディ、本当にありがとう。あなた達が居なかったら、村の皆も戻っては来れなかったでしょうし、サーラデン王国に森を蹂躙されていたでしょう。本当に感謝します」

 改まって礼を言われて、ウォンとランディは戸惑ってしまった。

「何だよ、照れ臭いじゃないか。いいよ、礼なんて」

「そうだよ、僕達の仲じゃないか」

「本当に、ありがとう・・・」

 エルグレンはそう言うと、大粒の涙をこぼした。ウォンもランディも驚いてどぎまぎし始めた。エルグレンは自分が涙をこぼしている事に気付き、慌てて言った。

「ご、ごめんなさい、これからは平和に暮らせるんだと思ったら、安心してつい・・・」

「い、良いんだよ、泣いたって。ねえ、ウォン」

「あ、ああ、そうだな」

慌てる二人を見て、エルグレンはクスッと笑った。

「ふふ、二人とも良い人ね」

「何をいまさら。最初っから良い人だっただろ?」

「あはは、それもそうね」

 ウォンの言葉を笑い飛ばすと、エルグレンは気持ちがすっきりした。こんな気分は初めてだった。ウォンとランディに巡り合っていなければ、もう死んでいただろう。二人に生かされているのだと分かった時、エルグレンは感謝してもしきれない気持ちになった。

「ありがとうね、ウォン、ランディ。これからもよろしくね」

そう言うとエルグレンは二人に抱き着いた。ウォンはコップから酒をこぼした。ランディはむせかえって咳をした。

「な、何するんだよ、エルグレン。びっくりしただろ」

「そうだよ、ゴホ、ゴホ」

「まあ、いいじゃない、乾杯しましょう!」

三人はコップを手に取り、酒を注いだ。そして、声を合わせて叫んだ。

「せーの、かんぱーい!」


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ランディ&ウォン 森と人の関係 鎌田 真二郎 @kamada-shinjiro

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