後編 保視点
俺にとってバレンタインってのは、幼馴染みの栞にチョコの作り方を教える日で、当然今年もそうなるものと思っていた。
なのに……
『今回はいいや。自分で作るから』
どうして栞は、急にあんなことを言い出したんだろう。いつも頼ってばかりで悪いと言っていたが、どうにも不自然に思えて仕方ない。
何か、特別理由があるんだろうか。栞とわかれて家に帰った後も、ずっとそれが気になっていた。
「もしかして、本命でもできたのか?」
今まで栞が作っていたのは、そのほとんどが友チョコ。あとは自分で食べる分か、俺へのお礼として渡すくらい。
そんなだから半分忘れかけていたが、本来バレンタインってのは、好きな相手にチョコを贈る日だ。もし栞に本気で好きなやつができたのなら、そいつに渡すチョコくらいは、自分一人の力で作ろうとするかもしれない。そう考えると、全て辻褄が合うような気がした。
「嘘だろ……」
無意識に零れた自らの言葉を聞いて、自分が思いの外ショックを受けていることに気づく。
どうしてこんなにもショックを受けるのか。その答えは、多分一つしかないのだろう。
~~~~~~~~~~~~
いよいよ迎えたバレンタイン当日。
学校に行こうと家を出たところで、ちょうど同じく家から出てきた栞と出くわした。
「よ、よう……」
「お、おはよう」
栞とこうして朝顔を合わせるのはしょっちゅうだし、一緒に登校するのも珍しくない。なのに、今日はなぜかいつもよりぎこちない。
いや、なぜかも何も、理由はハッキリしている。
栞が好きだ。
栞に好きなやつがいるかもしれないと思って、ショックを受けて、それでようやく気づいた自分の気持ち。遅すぎるし、栞に好きなやつがいるのなら、こんな気持ちは邪魔な嵩かもしれない。だけど一度気づいてしまった以上、意識せずにはいられなかった。
「チョコ、上手くできたか?」
「えっ!? えっと、その……」
俺の問いに、栞は視線を泳がせ、言葉を詰まらせる。
俺は、いったいどんな答えを期待しているのだろう。いっそ失敗してくれていたら、少なくとも今日は、相手の男に告白することもないかもしれない。そんな、黒い考えが頭を過る。
「できたよ、一応。けど、保に教わるより、だいぶダメダメになっちゃった。こんなんじゃ、作らない方がよかったかな」
「──そんなことないだろ」
力なく笑う栞を見て出てきたのは、さっきまでの黒い考えとは、正反対の言葉だった。
「栞が一生懸命作ったんだろ。だったら、それをもらった相手も、嬉しくないはずないだろ」
「そ、そうかな?」
このまま俺が背中を押せば、栞はその、好きな誰かにチョコを渡し、告白するかもしれない。そんなのは、正直嫌だ。
だけど、栞の頑張りを否定するのは、悲しい顔を見るのは、もっと嫌だった。
「ああ。少なくとも、俺だったら、メチャメチャ嬉しい。保証する」
これは、紛れもない俺の本心だ。
もしも自分がもらえたら。そんな都合のいい願望を少しだけ込め、エールを贈る。
すると、これまで沈んでいた栞の顔が、少しずつ元気になっていくのがわかった。
「本当だね。信じるからね、言質とったからね!」
栞は興奮ぎみにそう言うと、鞄から紙の袋を取り出す。
これが、一人で作った手作りチョコか。そう思っていると、その袋が俺に向かって突き出される。
「嬉しいなら、受け取ってくれるよね」
「えっ──?」
目の前に出された袋を見ながら、俺は言葉を失った。
くれるのか? これを、俺に?
「な、なんで……? これ、本命チョコじゃなかったのか?」
俺に渡すのなんて、毎年のことだろ。なのにどうして?
いや、今までは作り方を教えてくれたお礼としてもらっていたけど、今回は違う。当然、これはお礼チョコではないわけで、しかも、それを渡す栞の顔は真っ赤だった。
「本命だよ。こうまでされたらわかるでしょ!」
「──っ! えぇぇぇぇっ!?」
今度は俺が真っ赤になる番だった。
考えてみれば、栞と一番仲のいい男子は俺なのだから、今思えばこうなることも十分に考えられたかもしれない。なのに、栞に好きなやつがいるかもしれないってショックで、すっかりその可能性を見落としていた。
「いいのか、俺で? 本当に?」
「保がいいの。それより、いらないの? そりゃ、いつも保が手伝ってくれるのよりは、美味しくないかもしれないけどさ」
なかなか貰おうとしない俺を見て、栞が口を尖らせる。
だけど、いらないわけがないだろ。
「いつもより美味しいかどうかなんて知らねーよ。けど、今までもらったチョコの中で、一番嬉しいから」
精一杯のお礼の言葉を告げながら、ようやく俺は、それを受けとる。
お礼としてもらっていた今までとはひと味違う、最高に嬉しい本命チョコを。
本命チョコを君に 無月兄 @tukuyomimutuki
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