其の六
『これが全てです。何も隠してはいません』彼女はそう言って、また深くため息をついた。
『・・・・』
俺はポケットに忍ばせてあったICレコーダーを取り出して、デスクの片隅に置くと、スイッチを切った。
『事後承諾のようになって申し訳ないが、今の会話は全部録音させて頂きました。』
『それを警察に?』
進藤真琴がそう言ってまた俺を見る。
『私は無駄なことはしない主義なんです。仮にこいつを警察に持って行ったところで、もう既に”疾風組”の犯行は全て公訴時効になってますからね。ただ、依頼人にだけは報告しなければなりません。』
俺が極めて事務的に答えると、
彼女は黙って頷き、暫く間を置いてから一冊の貯金通帳と印鑑、それからキャッシュカードを取り出し、それをデスクの端に置いて、
『ここに七百万円入っています。名義は柴田幸次さん・・・・つまり息子さんにしてありますから、どうかお好きに使って下さいとお伝え願えませんか?いずれお渡しする予定だったお金です。もしもご本人が”いらない”とおっしゃるなら、どこかに寄付でもして頂いて構いませんから』
『分かりました。しかし・・・・』俺はそこで少しばかり間を置き、
『柴田氏が貴方に何らかの方法で復讐を企むなどということを考えたりはしませんか?』と訊ねてみた。
しかし彼女は極めて明確に、こう答えた。
『考えないといえばウソになります。身勝手な理由で一つの家庭を破壊したことに変わりはないんですからね。仮にそうなったとしても、私は恨んだりは致しません。私たちの親も、そしてこの私も、時効になったからといって、どこかで罪の償いはしなければならないと思っていましたから』
俺は彼女の言葉を聞き終わると、そのまま立ち上がり、研究室を後にした。
さて、俺の仕事はこれで終わりだ。
え?
”お前の仕事はいつも中半端だな。もっとちゃんと話を終わらせろ”だと?
分かったよ。
俺はあれから柴田幸次氏の元を訪れ、報告書と、レコーダーの音声を聴かせた。
彼は何も言わず、ただ『ご苦労様でした』とだけ言い、既定の額の
その後?
さあ、知らんね。
ただ『僕にはこのお金はあまり必要がありませんから』と漏らしていたから、案外施設に寄付でもしたんじゃないのか?
あくまで想像に過ぎんが。
それから、ついでと言っちゃなんだが、一応”切れ者女史”にも、ことの
向こうはただ”そう”と、まるで他人事みたいに答えただけだった。
え?
”何で警察ほどの大組織が、たかがドリルビットの破片すら見逃したのか”だって?
『学問の自由』って言葉を知らんのかね?
当然大学と彼女に目をつけてたさ。
だがな、彼女は一応東西工業大学の教官だ。
分かっていたって”学内への警察官の立ち入りは如何なる理由があっても許可出来ない”と言われれば、為す
ことに彼女のいる”材料工学研究所”ってのは、一歩間違えれば軍事研究につながるし、それでなくても未だにあの大学、先鋭的な反権力思想が主流を占めているとあっちゃな。
警察だって、手の出しようがなかったって訳だろう。
切れ者女史の歯切れが悪かった原因も分からんでもない。
ああ、最後に言い忘れていた。
進藤真琴の弟・・・・十文字・・・・名前は忘れた・・・・は、両親がいなくなり、組織も解散した後、たった一人で南米の某国に渡った。
日本じゃ仕事がしにくくなったから、あっちでもう一旗揚げるつもりだったんだろうが、そう世の中上手く行くわけはない。
向こうでドジを踏んだ挙句、地下組織の逆鱗に触れて、銃撃戦の挙句ハチの巣にされたとさ。
そのことを彼女が知っていたかどうか、定かではない。
どっちにしろ、俺には関係のないことさ。
終わり
*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては、作者の想像の産物であります。
疾風(かぜ)からの償い 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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