第22話 水子供養

 それから三日後、雨降りしきる正午のグレーテンヒルの近くのケリーサイト墓地では、六本の黒い傘が並んでいた。そのすぐそばには質素な棺が置かれ、墓石の近くには大きな穴が掘られ土のにおいが雨に濡れ、一層漂っていた。墓石には「トーマス・ヴァンシー。最愛の妻ヴァネッサとともに眠る。」と彫られていた。六人は一人ずつ棺に触れ最後の別れを交わすと、棺は墓穴へそっと入れられ、ゆっくりと土をかぶせられた。その光景を六人は、黙って見守り続けていた。

 それから数週間後、ヴァンシー邸は取り壊され更地にされ、跡形もなく姿を消した。そしてその土地はすぐに買い手が決まり、しばらくすれば新しい家が建つことになった。

そんな新しく生まれ変わっているグレーテンヒルの公園に男性と少年が、キャッチボールをしていた。

「ケヴィンさん。どこに投げてるんですか?」

「すまん、マイケル。俺キャッチボールが苦手なんだよ。」ケヴィンはそう言いながら、マイケルから受け取ったボールを再び明後日の方向に投げた。ボールは、公園近くの家の二階に向かって飛んでいった姿を最後に、見失ってしまった。すると、なにか金属が割れるような音が、ボールが飛んでいった方角から聞こえてきた。

「ケヴィン、マイケル。またお前たちか。」鬼の形相で家からマイルズが走ってきた。

「まずい。逃げるぞマイケル。」

「またですか?」マイケルがうんざりしたような声を上げると、ケヴィンはマイケルを肩に乗せて走りだした。

「またおじさんが無理してるわね。」二人のまるで親子のようにはしゃいでいる光景を、アリーとサマンサが眺めていた。

「またぎっくり腰にならないといいですけどね。」サマンサがそう言うと、向こうの方で、ケヴィンの痛そうなうめき声が聞こえてきた。二人はそのつらそうな声を聴いて、笑い始めた。

「さて、次は・・・」

「グレーテンヒル十九番地ですね。資料ならファイルしてありますよ。」アリーの考えていることをまるで先読みしているかのように、サマンサが答えた。

「もしかして、フィリップもどってきたの?」アリーが疑いの眼差しでサマンサを見た。

「違いますよ。私の実力です。私だってフィリップがいなくてもできるんですからね。」サマンサが口を尖らせて反論すると、アリーはたじたじになった。

「ごめんって。」

「早くいかないと、今日はアリーさんのおごりでステーキなんですから。」

「え?おごり?私そんなこと言った?」アリーはサマンサの発言に驚いた口調で返した。

「はい、私が初めて一人でお客さんをとれた記念のお祝いって言ってたじゃないですか?」

「仕方ないわね。今日だけ特別だからね?」

「なんか私が悪いみたいじゃないですか?」二人のまるで仲の良い姉妹のようなやり取りは、仕事中ずっと続いていた。

そんなT&Gグッティングカンパニーの事務所では、アンディが一人でパソコンとにらみ合っていた。

「ところで今年は、探してる人は見つかったの?」アンディは仕事の息抜きがてらチャッピーに話しかけていた。

「そっか。まぁまた来年だな。」アンディは、励ますように明るく答えた。

「無理して話すことはないけど、もしその人が分かれば、俺も何か手伝えるかもしれないぞ?」しばらくすると、アンディはまた優しい顔になった。

「わかった。気が向いたら話してくれ。」そう言うとアンディは再び、作業を始めた。

とある墓地では、サムソン刑事が墓石の前でしゃがんでいた。

「先輩。お久しぶりですね。ずっと先輩は生きていると信じていたんでここには来てませんでしたね。ほんとすいません。」サムソン刑事はそう言うと、ピンク色の花輪を墓石にそっと置いた。

「多分先輩には似合わないっすね。」笑っているサムソン刑事の目は少し腫れているようだった。

「あなたの身に何が起きたのか結局わからず終いでしたけど、先輩が俺に前に進めって言ってるのかななんて思いました。」そう言いながら、サムソン刑事はタバコをくわえ、火をつけた。

「あれ、サムソンさん?」どこからか自分を呼ぶ声にサムソン刑事は反応した。声の主はパトリックだった。

「お前こんなところで何やってんだ?」

 「チャーリーの散歩してんっすよ。」サムソン刑事はパトリックの足元に視線をやると、小さなパグがつぶらな瞳でサムソン刑事を見つめていた。

 「お前、犬は飼わないんじゃなかったのか?」サムソン刑事は驚いた口調で尋ねた。

 「いや僕、今まで無意識に過去に囚われていたんだなって思って、前に進もうと思いまして。」パトリックは少し恥ずかしそうに答えた。

 「そういうサムソンさんもどなたの?」そう言いながらパトリックは、墓石の文字を見た。

 「まぁなんだ。俺も前に進もうと思ってな。」

 「奇遇っすね。」パトリックが笑いながら言うと、急にサムソン刑事はパトリックの肩に手を回した。

 「ところで今日、飲みに行かないか?」タバコのにおいが、徐々に強くなっていった。

 「それが、チャーリーを置いていけなくて。宅飲みでもよければ・・・」パトリックは申し訳なさそうに提案をした。犬が嫌いなサムソン刑事は、あまり気のりせず断ろうとすると、再びチャーリーのつぶらな瞳が視界に入ってしまった。

 「オニオンリングいっぱい作ってくれ。」サムソン刑事はそう言うと、まだかなりの長さがあるタバコの火を消した。




 そしてそれから一か月後。日本のとある神社に、アリーと日本人の女性が歩いていた。二人は真っ赤な鳥居をくぐり、清めの水で手を洗うと周りにある屋台には目もくれず、ある場所へ向かった。

 「アリー、ここがあなたのお姉さんを供養するところだよ。」そこには漢字で何か書かれていた。

 「おばあちゃん、なんて書いてあるの?」アリーは漢字が読めなかった。

 「水子供養って言うんだよ。」おばあちゃんは優しく教えた。

 「ミズコクヨウ?」アリーに意味までは理解できなかった。しかし、おばあちゃんが優しくうなずくと、意味なんて関係ないと思えた。

 「これって私たちアメリカ人でも大丈夫なの?」アリーは心配そうに尋ねた。

 「大丈夫よ。あなたがお姉さんを供養したいという気持ちが大事。そういう気持ちに宗教なんて関係ないのさ。」アリーは少し安心した。

 「さぁこの人形に名前と顔を書いてあげなさい。」そう言うとおばあちゃんはペンと木彫りの顔がない人形をアリーに渡した。アリーは不思議そうにその二つを受け取ると、記憶の中にあるきららの顔思い出し、人形に書いた。

 「あら、すごく美人ね。」アリーはなぜか自分の事のようにうれしく感じた。

 「名前は?」アリーはローマ字で「KIRARA」と書いた。

 「日本の名前なのね。素敵な名前じゃない。よろしく、きららちゃん。」おばあちゃんは少し驚きながらも、優しい笑顔でその人形をまるで自分の孫のように眺めた。

 その後、不慣れながらも水子供養の手順を行っていった二人は、休憩がてら屋台で焼きそばと、りんご飴を食べながら石段に腰を掛けた。

 「お守りはいらないの?」

 「大丈夫。ありがとう。」アリーは堅いりんご飴にかじりついた。

 「そういえば、私があげたお守りは気に入らなかったのかしら?」おばあちゃんの問いかけに、アリーの時が一瞬止まった。

 「別に良いのよ。気にしないで。異文化だからいろいろと事情はあるでしょうし。」

 「いや、そういうことじゃないんだけどちょっといろいろあって。」アリーはおばあちゃんの変わらぬ優しい表情に少し安堵した。 

 「ねぇ、おばあちゃん。」アリーの呼びかけにおばあちゃんは優しく微笑みかけた。

 「おばあちゃんはアメリカ好き?」

 「もちろん、あなたの生まれ故郷なんだから好きに決まってるじゃない。」おばあちゃんは即答だった。

 「じゃあ、お母さんやきららの事は?」その問いに対しておばあちゃんは何かを察し、いつもの微笑みが消えた。アリーはその表情の変わり方を見て、少し恐怖を覚えた。

 「確かにおばあちゃんは、あなたのお姉さんが生まれる前、あなたのお母さんにひどいことをしてしまった。」

 「どんなこと?」今度はアリーが、おばあちゃんが話しやすいように、優しく言葉をかけた。

 「日本には昔から跡取りである男の子を産むことが求められていたの。」

 「変なの。」

 「そうね。古臭い文化よね。でも私はあなたのお母さんに変なプレッシャーを与えてしまい、その子がダメになってしまったことに、つらく当たってしまったのよ。」アリーは変に胃が持たれたような感じがして、焼きそばのトレーのふたをそっと閉めた。

 「それであなたのお父さんが気を利かせて、アメリカへ引っ越したのよ。」

 「それで、おばあちゃんの気持ちのこもったお守りときららの相性が悪かったってわけね。」

 「え?」アリーの心の声が漏れていたようであった。

 「なんでもないわ。」アリーは必死でごまかした。

 「とにかく、私はあなたのお母さんにひどいことをしてしまったわ。日本嫌いになっても仕方がないわ。」おばあちゃんの寂しそうな表情をアリーは初めて見た。

 「でもこれだけはわかってほしいの。」おばあちゃんは、アリーに訴えかけた。

 「私はあなたを生んでくれたお母さんのことも、生まれてくることが出来なかったあなたのお姉さんのこともあなたと変わらず愛してる。それだけは自信を持って言えるわ。」アリーはおばあちゃんの言葉に嘘を感じることはできなかった。

 「とはいっても信じてもらえないと思うけどね。」おばあちゃんはまたうつむいてしまった。そんなおばあちゃんにアリーは優しい表情を日ごろの恩返しのごとく向けた。

 「その気持ちがあるなら伝えなきゃ損よ。」おばあちゃんは、そっと顔を上げると、心配そうな表情を浮かべていた。

 「大丈夫、私も一緒だし今の話を聞いてたきららだってきっとおばあちゃんの味方よ。」アリーが優しく語りかけると、おばあちゃんの目には少し涙が乗っかっていた。

 「わかったわ。あなたの言う通りね。死ぬ前にちゃんと伝えに行くわ。」おばあちゃんは心なしか、胸が張れるようなすがすがしい気持ちになった。

 二人はりんご飴をかじりながら、冬の日本の景色を楽しんでいた。

                   

                 〜The End〜

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スピリット〜守護霊たちへのレクイエム〜 マフィン @muffin0324

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