第21話 しばしの別れ
辺り一面の暗闇もなくなり、いつの間にか現実の世界では夕方になっており、西日がヴァンシー邸に差し込んでいた。日の光に照らされ、白い霧はだんだんと薄くなりはじめ、守護霊などの霊界の人々の姿も薄くなり始めた。
「アリーさん、あなたの守護霊が誰なのか分かったようね。」ヴァネッサはアリーの近くにゆっくりと近づいてきた。
「はい、私の姉でした。」アリーはそう言いながら、きららの方を見るときららは笑顔でお辞儀をした。
「そうなのね。しばしの別れになるから、今のうちに話したいことは話しておいてね。」ヴァネッサはそう言うと、また静かにアリーの元を離れようとした。
「ヴァンシー夫人。」アリーが呼び止めると、ヴァネッサはゆっくりと振り向いた。
「さっき私を助けてくれたのはトムじいさんではなくて、トムじいさんの姿をしたあなたですよね。」するとそれを聞いていたトーマスが、不思議そうな顔でアリーを見ていた。
「ありがとうございます。」アリーはそう言うと深々とお辞儀をした。するとヴァネッサは優しく微笑みながら、首を横に振った。
「何を言っているの?私はこの屋敷を守ろうとしてくれたあなたの手助けをしただけよ。だから、お礼を言うのは私の方ね。」するとトーマスもアリーに近づいてきた。
「私からも、本当にありがとう。」二人が感謝を述べると、アリーは恥ずかしそうに、首を横に振り謙遜をした。
すると、どこからともなく犬の鳴き声が聞こえたかと思うと、ヴァネッサの周りを走り回り始めた。
「あら、あなたたちはお別れの挨拶は済んだの?」ヴァネッサはそう言いながら、二匹の犬を優しく撫でた。すると、パトリックが二匹を追いかけるように現れた。
「はい、久しぶりにアレックスにも会えたし、マックスともちゃんとお別れが言えました。」パトリックは涙を流しながらも、顔はとてもすがすがしい表情をしていた。
「なぁアレックス、お前は俺が飼い主で幸せだったか?」パトリックがそう尋ねると、アレックスは、一回吠えると舌を出してまるで笑っているかのような表情をすると、マックスとともに姿を消した。
「さて、そろそろ私の番ね。」今度はミスタージェイルのおばあちゃんがそう言うと、ミスタージェイルの元へ近づいた。
「まず、あなたはこんなことやめて定職に就く、それからいいお嫁さんをもらう。そして・・・」おばあちゃんはまっすぐとミスタージェイルを見た。
「自分を許すこと。」ミスタージェイルの表情は変わらないものの、瞳から勢いよく涙が零れ落ち、止まらなかった。
「あなたには、マイルズっていう両親からもらった立派な名前があるんだから、今後変な名前を名乗ったら、両親にあなたがやった悪いことを全部話しますからね。」マイルズは、無言でうなずくと涙をぬぐった。
「マイルズ、あなたはずっと私の自慢の孫よ。」そう言うと、マイルズのおばあちゃんも姿を消した。
「ありがとう。おばあちゃん。」マイルズはそう言うと、身に着けていた防護服や幽霊退治用の道具を脱ぎ捨てた。
「何これ?順番があるわけ?」ケヴィンは辺りを見回した。
「全くなんでそういうところが似ちまうんだろうな?」
「仕方ないだろ?親子なんだから。」ケヴィンは子供のようにふてくされた。
「でも、お前の執念は母さん譲りだな。」ダンテがそう言うと、ケヴィンが真剣な顔つきになった。
「なぁ親父。俺もそっちに連れて行ってくれないか?」思いがけない言葉に聞いていた周りも、反対しようと思う反面、口出しが出来なかった。
「魂を肉体から解放し、あの世へ連れて行くのも守護霊の役目。ってやつか?」
「もう、俺は親父の無実を晴らせた今、もう人生もあまり残っていないのなら、もうこの世に未練はない。」すると、ダンテは大笑いをし始めた。
「契約違反」ダンテはケヴィンに人差し指を指した。
「それにお前、まだ俺が自殺した理由がわかっていないじゃないか。それに無実を晴らしたって言ったけど、真実を知ってんのはここにいる数人だろ?」ダンテの言葉に、ケヴィンはうつむいたまま黙ってしまった。
「お前には、まだこの世でやることが山ほどある。それは俺の無実を証明することじゃなく、自分の人生を全うすることだ。」ケヴィンは、ダンテの言葉を聞いてゆっくりと顔を上げた。
「お前にはまだ時間がある。その時間を有意義に使ってからこっちにこい。お前の居場所はまだあの世にはないってことよ。」
「そういう親父は、自分で人生終わらせてんじゃんか。」ケヴィンは、子供の揚げ足取りのように、口をとがらせながら反論した。
「それは俺にもやることがあるってことだよ。お前があの世に来た時に、お前のかあさんがいなかったら嫌だろ?」そう言うとダンテは、ゆっくりとケヴィンに近づいた。
「お前の母さんは俺が必ず助け出す。だからそれまでお前はこっちに来るな。」ケヴィンは必死に目からあふれ出そうな涙をこらえた。
「わかったよ。待っててやるって。その代わりしくじったら俺がそっちに行って選手交代だからな。」ケヴィンは陽気な口調でごまかした。
「何ガキが生意気言ってんだよ。」
「ガキって俺はもう四十だぞ。」
「いつまでたっても親にとって子供は子供なんだよ。」ダンテはそう言うと、トーマスやヴァネッサの元へ戻っていった。
「元気でな。息子よ。」ダンテはケヴィンに聞こえないくらいの声でつぶやくと、姿を消した。
「では皆さん。本当にありがとうございました。最後のお願いです。私の遺体を埋葬していただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「私からもお願いします。」二人は頭を下げた。
「責任をもって、埋葬させていただきます。」パトリックがそう言うと、皆うなずいた。すると、二人は安心した表情を浮かべながら、後ろを向いた。
「そういえば、君はアリーさんの手助けをしたと言っていたが、何をしたんだい。」トーマスは、無邪気な表情で尋ねた。
「あなたの姿になって過去の出来事を見せたりしただけよ。」ヴァネッサは楽しそうな表情で答えた。
「なぜ私の姿に?」
「その方が面白いじゃない?」
「全く、昔から何も変わってないな。」トーマスは嬉しそうに笑った。
「あなたは、ずいぶんと老け込んだわね。」ヴァネッサがおちょくるように言うと、トーマスは、にやりと笑った。
「それはどうかな?」そう言うと、トーマスの姿は三十年前の姿になった。
「カルマの特権かしら?」
「まぁ別にいいじゃないか。」二人の嬉しそうなやり取りをしていると、光る魂が再び現れ、二人の周りを囲んだ。すると光る魂は次々とモーニングやドレスを身にまとった男女の姿に変わり、二人に拍手を送っていた。
「そうだ、ヴァネッサ。」
「何?」
「誕生日おめでとう。」光る魂に包まれた二人は幸せそうに姿を消した。すると、白い霧もすっかり晴れてきた。
「きらら、これからもよろしく。」アリーがそう言うと、きららは笑顔をアリーに向け消えていった。
「行っちゃいましたね。」サマンサがどこか嬉しそうにつぶやいた。すると、アリーがゆっくりとサマンサの方を見た。
「行っちゃいましたねじゃないわよ。あなたなんでここに来たのよ。危ないじゃない。」アリーは、サマンサを叱りつけた。
「だって、アリーさんがヴァンシー夫人の真実を知りたいって行動したように、私もアリーさんを守りたいと思って行動しただけです。」アリーは今までの弱弱しい女の子ではない強い信念を持った女性になっていたサマンサに、返す言葉がなかった。
「まぁお前ら似た者同士ってことだな。」アンディはそう言うと、誰もしゃべっていないのに相槌をし始めた。
「そうだな。チャッピー。」アンディは急に笑い始めた。そのやり取りにサマンサは顔を曇らせた。
「心配?」アリーが顔を覗き込むと、サマンサはすぐに笑顔を作った。
「いえ、いつもの事ですから。必ず帰ってきます。」しかし、サマンサにはいつもとは違う変な胸騒ぎがしているのであった。
「そっか。」サマンサはアリーに無理矢理作った笑顔を見せた。
「で、皆さんはなぜここに?」アリーは、マイルズとケヴィンとパトリックに尋ねた。
「俺はケヴィンさんに呼ばれて。」パトリックが答えた。
「僕もケヴィンさんから電話があって。」マイルズが答えた。
「俺はジェイルさんに電話したら、トムじいさんのところに連れてこられたんだよ。」ケヴィンが答えた。
「まぁなんでもいいですね。どちらにしても助かったことは確かなので。」アリーは面倒くさくなってしまった。
「ブードゥーの話をジェイルさんに言ったら、ジェイルさんがトムじいさんの家につれて行ってくれて、そこでトムさんにお袋がブードゥーの信者だったことを話したら、急に知り合いを集めてくれって言われたけど・・・」
「ちょっと待ってください。僕が呼ばれて理由ってそれですか?」パトリックが不満そうな顔をした。
「仕方ないだろ?アリーは連絡取れないし、かと言ってあの子連れて行くわけにもいかないじゃんか?」ケヴィンは口を尖らせた。
「いや知り合い少なすぎでしょ?」マイルズが的確な突っ込みを入れると、サマンサが話に入った。
「あのすみません。マイルズさんですよね?あのバチルダをとらえていたものとか、白い霧とかっていったい何なのですか?」すると、三人は一斉にトーマスの亡骸に視線を向けた。
「実は、すべてトムさんの指示通りに動いただけで、なぜ電解質が幽霊をとらえることが出来て、あの白い霧がなぜ、霊体を可視化させることが出来るのかわからないんだ。」マイルズは、難しい顔をしながら話した。
「だから残念ながら、あの一連の出来事についての説明が誰にもつけられないので、このヴァンシー邸での事件は、未解決事件と言うことで処理させていただこうと思っています。」パトリックは、そういうとアリーに視線を向けた。アリーは少し顔を曇らせていたが、納得している様子であった。
「死人に口なしじゃあ仕方がないな。」アンディがなぜか少し偉そうに言った。
「この世のものでは説明できないですもんね。」サマンサはアンディのヘイトがいかないように、ごまかした。
「カルマねぇ。果たしてカルマとかあの霧も霊界のものなのか、今回の出来事で俺は疑問だけどな。フィリップってやつがあのローブの人間を追いかけたのも、なんか引っかかるし。」ケヴィンは腕を組みながら真剣な顔つきで言うと、各々難しい顔になった。
「なんか少し後味が悪い結果になってしまいましたね。」サマンサは悲しそうな表情でつぶやいた。
そんな雰囲気の中、トーマスの亡骸は安らかな表情でまるで眠っているように大広間の階段の前に横たわっていた。ヴァンシー邸に差し込んでいた西日は次第に沈み、気づけば少し肌寒い夜になっており、月光がヴァンシー邸を優しく照らしていた。今夜はハロウィン。辺りにはちらほらと小さな光がちらついていたが、その場にいた人間は誰も気が付かなかった。
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