第30話(最終話)「『人よ。夢を見ろ。』そういう話。」


 弁当箱片手の大淀に、カップラーメン片手の谷川。

 二人も又、珍しく休憩所にいない工多が気になって探していたようである。


 そして、話も聞いていたようだ。

 工多が迷っている理由。そして、姫城の言い分に対しての返答も。



「本当に塞がれているだけならば……」

 大淀は工多に告げる。

「君はここにいないと思うぞ」

 工多の解釈は、間違っている。

 道を塞がれてなどいない。むしろ、進み続けている。


 “沢山の人に支えられている”と。



「だって……両親には別の仕事につけって言われたし、応募先にも沢山否定されたし……どれだけ頑張っても、皆に否定され続けて」

「宇納間」


 人が話している最中に口を挟むのは無礼である。

 だが、谷川はそれを分かったうえでも、口を挟んできた。


「お前の事は何度か聞いたことがある。その上で言わせてもらうぜ?」

 工多の家庭の事情などは本人の口からきいている。その上で、谷川は答えた。





「別の職業に着けとは言われたかもしれないけどよ……『小説家になるな』って、言われたことあったか?」



「___っ!!」




 谷川の言葉に、工多が反応する。



 その言葉通り。

 両親は“小説家になるためにはまずキャリアを詰め”と口にしていた。小説家には絶対なるなと、息子の夢を否定したようなセリフは一度も吐いていない。


「お前の夢を真っ向から否定するならさ、都会に一人飛び立とうすることを後押ししないって。少なくとも、親はこう思ってるんだよ……クリエイター一つじゃ食ってくのは難しい。だから、まずは生活の基盤を立てるべきだって」


 生活の基盤。

 即ち……夢を目指すための“環境作り”。


「勉強なんてそこからでも出来るしな。初っ端からベストセラー作家になったり、映画界の大スターになれるなんて、それこそ本当に稀なんだ。後に華を飾る奴の方が多いんだよ」

「金を払わせるために間違った教育をされてるとか言う奴を見かけるが……そもそもの話、そんな面倒な考えをするくらいなら、親も子供を生まないだろう」


 谷川に続いて、大淀も親について語り出す。

 子供の事を心配しない親なんていない。心配していなければ……こうして、今という今まで、育ててくれるはずがない。


「夢を応援していない、なんてことはない。それは……“君のプライドが生み出した思い込み”じゃないのか」


 問いかける。


「考えてもみろ。何度も答えてくれた編集者の担当の何人かも……作品がつまらないとは口にしたかもしれないが、『二度と来るな』とは遠回しの表現でも言わなかったんだろう?」


 誰も、邪魔なんてしていない。

 言い方も、表現もどうであれ……皆、背中を押してくれている。


「甘やかしすぎてもいけないし、叱るときは叱らないといけない……大人というのは、誰でも不器用に成長しちゃうものなんだよ」


「……」


 工多は、黙り込むしかなかった。

 両親の事、担当の事。今まで、世話になった大人達の“否定”を思い出す。


 “否定”なんかじゃない。

 大人としての、一つの“意見”だったのだ。


「君が新しい仕事に挑戦するというのなら、誰も止めはしない。喜んで背中を押そうじゃないか」


 大淀と谷川は笑顔でそう答える。

 ようやくサンドイッチに口をつけた姫城も、工多の新しい一歩を応援するように親指を立てた。


「大淀さん、谷川さん。姫城さん……」

 工多は、ここまでに暖かい応援で、涙腺が崩れそうになる。




「まぁ、本音を言うと、もう少し社会勉強させたいのだがな。他所に行かせるのはちょっと不安というか」

「同感ですね。意見をすることは大事ですが……宇納間はまだ否定と文句ばかりで、相手の考えを尊重しませんから」

「あと、喋り下手なところがあるからな。コミュニケーションをもう少し上達させないと」


 瞬間、返ってきたのは本音のラッシュだった。不安駄々洩れの本音。


 ……泣きそうだったのに、一瞬で涙が引っ込んだ。

 ここまで不安がられていたことに対して、軽くショックを浮かべてしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 休憩時間。昼食を終えた工多が職場へと戻ってくる。


「よぉ、工多。話聞いたぜ? 選考落ちたんだって? ドンマイドンマイ」

 まるで他人事のように、笑いながら上渡川が背中を叩いて来る。他人事なんだけど。

 

 相変わらずの軽い態度が癇に障る。工多は上渡川に会って直後、ストレスがマッハで溜まりそうになった。


「……まぁ、落ちはしたけどさ」


 上渡川はスマホを開き、工多が投稿していた作品を眺める。



「槇峰の奴、お前の作品凄く面白いって誉めまくってたぜ? お世辞じゃなくてさ」


 一週間に数回程度。ランキングに乗るには至らない閲覧数ではある。


 ……だが、少なからず“評価”はされている。

 上渡川はその微かな評価に笑みを浮かべ、背を向ける。


「まっ、次があるさ。ガンバ、ってな」


 その応援は社交辞令なのか、適当なのか相変わらずわかりはしない。

 少なくとも上渡川の人格を考えても……心の底から思っての返事ではなかっただろう。所詮は他人事だ。アイツはそういう人間である。


 それだけは、胸を張って言える。付き合いも長いのだから。



「……」


 仕事場に足を踏み入れる工多。





 そこには一人、槇峰がいる。


「くすっ」


 槇峰の目線の先には、仕事用のパソコン。


「あはははっ」


 プライベートモード。履歴の残らない仕様を使い、仕事とは全く関係のないページを開いている。


 それは、工多が書いていた小説の最新話。

 昼食のフルーツバーを片手。工多の作品を眺めながら、心から“面白そうに”笑っている。



(ああ、そうか)


 作品を楽しんでくれている槇峰の姿。


(俺から、なくなっていたものって)


 工多は思う。

 まるで……いつの日かの、学生時代の自分の姿を思い出したように。




(“夢への純粋さ”だったんだ)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 四日後。イージスプラント職場入り口前。


「そ、それじゃぁ、行ってきます」


 こことは違う仕事場。他所の仕事場に赴くという事もあって、今日の工多はスーツ姿る。

 姿は形だけとはいえ、真剣に仕事をしたいという気持ちをアピールしたい。着なれないスーツに戸惑いながらも、工多は照れ笑いする。


「あぁああ……工多くんが取られちゃうよぉおお~……!!」


 槇峰はスーツ姿の工多を見て号泣してしまっている。


「いや、貸すだけであって、ここを辞めるわけじゃねーから」


 何も退職するわけじゃないし、引き取られるわけじゃない。

 上渡川は号泣するマヌケな槇峰の姿に爆笑しているようだった。



「頑張れよ。宇納間」

 姫城は心から、工多の活躍を応援する。


「向こうに迷惑をかけないようにな。こちらの信用にも関わるから」

「分からないことがあったら、連絡するんだぜ?」


 仕事の上司として、大淀と谷川も応援する。

 言葉通り、優しいのか厳しいのか分からない。不器用なお見送りだった。






「それじゃあ……」

 振り返った工多は、踏み出した。


「行ってきます!」


 夢を叶える為の、その大きな一歩を。

 人生に何度来るか分からない……“挑戦”へと。




 それは、一瞬に思えるようで非常に長い。

 人生における、最高の___







 “輝きの旅路、なのだ“




  ~おしまい~

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えごりすと 九羽原らむだ @touyakozirusi2

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