第29話「人は迷いを繰り返し、成長していくという話。」


 工多は届いたメールに表示されていた会社名と電話番号。そして、住所など諸々の情報を確認してみる。


 それは実際に存在するゲーム会社であり、アプリゲーム業界ではそれなりに名を連ね始めた企業。届いたメールは、詐欺のメールでもイタズラメールでもない事を知る。


「……」


 後日、仕事の休憩時間に工多は一人で屋上のベンチに座っていた。


 メールの内容。

『作品をご拝見』したうえでの仕事の依頼。


 即ち、工多の実力を買っての仕事の依頼だという事である。





 ……返事は既に、メールで返してある。

 まずは仕事の依頼を寄越してくれたことへのお礼。


 そして……少しだけ、考える時間が欲しいという頼み。

 仕事をしようにも、所属している会社の上司に相談する必要もある。一度、返事は保留という事にした。


 向こう側からも、依頼に対しての検討をしてくれたことに感謝のメールが届いた。

 三日間、長いようで短い期間。その猶予の末、考えることにする。



「作品を見てくれて、その腕を買う、か……」


 工多は空を見上げながら、メールの内容を思い出す。






「ぶっちゃけ、あの作品を褒められるのはなぁ……っ!!」


 しかし、褒められたことに喜ぶよりも。

 “あんな、クソをぶちまけただけのような作品”が評価されたという複雑な気持ちだけが、先行しているようだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 時は少し前。工多がまだイージスプラントに所属する前のことだ。

バイト生活を続けていた頃の話である。


 遠い場所にあるファミレス。彼はウェイトレスを担当していた。。

 仕事が出来ているかどうかと言われたら微妙。良くもなく不可もなく、言うなれば地味。というのが仕事場での印象だった。


 コミュニケーション不足という事もあって、工多は所為、浮いていた。



 そんな、ある日の事である。

 バイトが休みの日。職場に忘れ物をしている事に気づき、それを取りに行った時の話である。


『あのさぁ、工多ってやつ。ちょっと何考えてるか分かんないじゃん? メールも電話番号も教えないし、だからさ探ってみたんだけど……見つけたんだよねぇ~! アイツのSNSのアカウント!』


 ……女性の先輩の一人が高らかに自慢している。

 SNSのアカウントサーチ。一枚の画像など、関連性の高い情報をもとにSNSのアカウントを見つけ出す作業。噂で聞いたことがあったが、このファミレスの女性店員の一人が、工多のアカウントを見つけたらしい。


『あいつ、小説書いてるんだってさ~!』

「!!」


 小説を書いていることがバレてる。

 当然、入り口前で工多は背筋を凍らせた。


『どうなん? アイツの作品』

『いや、無理無理。ぶっちゃけ、キャラクターきもいし、面白くない。まぁ、あんなキモいのが書いてる作品だから底が知れてるって』



 晒し上げ。

 明確な作品の内容は言わない。ただただ、工多の人間性を否定するだけの話で盛り上がっている。人のいないところで、こんなに大はしゃぎしながら。



「クズが……!!」


 その日、工多は忘れ物を取らずに帰って行った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そう。工多が書いた作品。学園のメサイアに登場する人物。ヒロイン達とは違い、そういったシーンもなく虐殺された男子生徒と不細工な女子生徒達。そのモデルは……。



 “その職場にいた人間達”。

 今まで、彼自身が“嫌悪していた人物達”なのである。



 個人的な恨みが非常に強かった。故に、登場人物として現れたそのキャラクター達を虐殺する事には何の躊躇いもなかったし、むしろ楽しかった。心地よかった。ざまぁみろと思った。


 完璧に、あの時は思考が異常だったと本人も思っている。

 あまり名前も知られていないゲーム会社だ。好き放題やっても問題ないだろうとタカをくくっていたが……予想以上に作品がヒットし、反省する羽目になった。


「いや、まぁ、今でもあの人たち嫌いだけど……いやぁ……うん」


 正直、周りの人間をモデルにし、殺すという行為。

 これほど虚しい事になるとは思いもしなかった。この物語はフィクションであり存在する他の団体名などとは一切関係ないとはしているものの、工多本人にはやはり不安があった。


「……」


 腕が見込まれての、仕事の依頼。

 それは少なくとも……彼の望んだ“才能への依頼”である。


 認められた。

 この四年で、その努力の結果が実った瞬間ではある。






「作品、か」

 新作のアプリゲームのストーリーの一部を担当する。

 小さな仕事のように思えるが、そのゲームの今後の評価を左右するものにもなりかねない重要な仕事でもある。



「……出来る、のかな」


 工多には迷いがあった。


 それは、過去今までに得た評価。

 “自身の作品がただのエゴの塊”となってしまっている事。そのスパイラルから逃れられているかどうかが、今の彼には自信がない。


 だが、それよりも。

 最も気にしている点が、一つだけ……。



「ここにいたか。宇納間」


 迷える若人。工多の元に人影。

 コンビニのサンドイッチを片手に、いつもと変わらずクールな姫城がやってくる。


「珍しいな。こんなところで……選考の事は聞いた。残念だったな」

「……はい」


 何処か、覚束ない返事をしてしまう。


「何か、あったか?」

 あまりに震えていた声だったのか、姫城も察してしまったようだ。

「元気がないようにみえるが」

「い、いえ、何も、」

「いや」

 サンドイッチを開封する手を止め、怯えるような素振りを見せる工多の顔を覗き込んでくる。


「何かあったのなら言え。その様子では、仕事に支障が出そうで気になる」

「……」


 姫城レイカ。工多はこの先輩が苦手だ。

 とんでもない堅物。しかし、厳しくも面倒見が良い為に嫌いになり切れない。


 工多は、正直に告げることにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……なるほど、な」


 姫城は静かに話を聞き続けてくれた。

 食べる予定だったサンドイッチを口にすることもなく、隣でずっと静かに。


 選考で落ちた事へのショックではない。別の会社から脚本家としての仕事を頼まれた事。それについて迷っている事が、姫城に知られた。



(どうしよう、かなっ……)


 より、工多は怯えることになる。


『いーや、お前にこのような仕事はまだ早い!』

『立場を弁えろ!』


 そんなことを言われそうな気がして、より恐怖が増していた。

 姫城レイカとは毎日衝突していた。そして、何度も注意され、指摘された。今日もまた、そんな猛攻撃をされるのではないかと、怯え始めていた。





「いいんじゃないか?」


 しかし、帰ってきた返事は意外にも。


「やってみればいいだろう」


 良心的。賛成意見であったのだ。

 やりたいのならやってみればいい。工多にとって、言ってほしかった返答であったのだ。



「え、えっと……」

 だが、同時に不安にもなる。

「何も、言わないんですか?」

 こうもあっさり返事をされると、何か裏がありそうで。


「なんで、お前のやりたいことを否定する必要がある」

「だって……姫城さん、俺の作る作品の事、いつもダメ出しするから」


 工多の意見は幾つもボツにされ、駄目だと言われ続けてきた。

 だが、今回は特に否定することもなく即座にオーケーを出した。どういう心変わりなのかと言いたげな表情で工多が問う。



「……お前、選考のたびにSNSを見ていたよな?」

 姫城は野菜ジュースだけを口に流し込む。


「それで、好き勝手言い残して消えていく輩に対して、何か不満げな事を口にしていたな」

「見てたんですか……」

「昼食でお前が一人の時は大抵呟いてる。口に出てるぞ」


 暇なときは独り言でもする癖があるのだろうか。工多の顔が赤くなっていく。


「薄情、だと思うか?」

「……多少は」

「そうか」


 工多からの返事を聞き、姫城は携帯を開く。


「私は、何とも思わないがな」

 それはSNSなのだろうか。

 小説とは全く関係のない内容ばかりのタイムラインが表示されている。


「捨てセリフだったり、開き直りだったり。態度と姿に恥ずかしいものを見せる奴は沢山いる……が、どうであれ本人の選んだ道だ。その場から離れ、一度新しい道を探してみることは、何も悪い事とは思わない」


 新しい道を探す。

 迷った末の回答。新たな一歩。形に問題のあるケースもあるが……それは、本人が見つけた出した道なのだ。


「むしろ、それよりも……新しい一歩を踏み出そうとする奴に、いらん茶々を入れる奴の方が見ていて心地が悪い。態度を指摘するのはともかく、道を塞いだり妨害するだけのような奴はな」


 姫城はそっと携帯を閉じる。



「道を塞いだり、妨害する……分かる、気はする」


 工多もまた、覚束ない口を開き始めた。



「俺も……塞がれ続けた日々だった、から」


「いいや、宇納間」



 工多と姫城。たった二人座っているベンチ。



「その解釈は間違っていると思うぞ」


 そこへ現れたのは___

 大淀と谷川。イージスプラントで最もキャリアの長い上司の二人であった。

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