三 あるはずのないこと
その後、なんだか狐に抓まれたような心持ちで、言葉少なに黙々と僕らは山中の道を戻り、さらに車を走らせるとようやく地元の市街地へ帰還した。
それから再び博物館へ赴き、撮ってきた廃村の映像を学芸員に見てもらったが、これだけでは確かなことが言えないものの、少なくとも戦後以降に廃棄された村のようには見えないので、改めてそちらでも調査に入ってみるとのことだった。
ただ、たとえ歴史の専門家が調査をしたとしても、確かな時代の特定はできないような、そんな感じがなんとなく僕にはしたのであるが……。
ともかくも、撮影自体は無事に終わったので僕らは東京の会社へと帰り、意識的にか、ディレクターも僕の記憶については一切触れぬまま、何事もなかったかのように淡々と編集作業を行って番組は出来上がった。
そして、あれから数日が経ち、番組であの廃村の回が放映される日がやってきたが、その正体はいまだわからず、大仰に〝謎の村〟と謳って流したのでそれなりに話題にはなった。
まあ、視聴率は普段よりも若干高かったようなので、番組制作としては成功だったろう。
だが、そんな仕事としての話とは別に、やはり気になった僕は実家へ寄ると、あの廃村のある地域について何か関係があるのではないかと母親に尋ねてみた。
もしかしたら、僕が知らないだけで思わぬ繋がりがあるかもしれなかったからだ。
すると、母親は考える間もなく、意外にもあっさりと……
「ああ、それならほら、あれよ。あなたが小さい頃に迷子になったっていう山。あれ、そこにある山よ。山伏が修行する聖なる山だかで有名なところだけど見なかった?」
……と答えたのである。
それを聞くまですっかり忘れてしまっていたが……そうだ。確かに子供の頃、僕はそんな騒動を引き起こしたらしいのだ。
〝らしい〟というのは、まだ幼かったこともあり、僕自身もその出来事についてよく憶えていないからだ。
大きくなってから母親をはじめ周囲の大人達に聞いた話によると、その騒動というのは次のようなものであったらしい……。
それは、僕が五歳かそこらのことだ。標高も高くなく、それほど険しい山でもなかったため、登山好きだったうちの両親は幼い僕を連れ、その年の夏の家族旅行であの廃村近くの霊山へ登ったのだそうだ。
だが、その日は運悪く深い霧に巻かれ、両親がちょっと目を離した隙に僕は行方不明になってしまった。
それから三日間、両親はもちろん、警察や地元の消防団が総出で捜索をしても見つけられず、そうなるともう、新聞やニュースで取り上げられるほどのけっこうな大騒動である。
ところが四日目の朝になって、あれほど大勢で探しても見つからなかったというのに、山の頂上にあるお堂の前にひょっこり腰かけているところを僕は登山者によって発見された。
その不可解な行方不明事件に、世間では〝神隠し〟にあったのではないかと、また違う意味で評判になったとのことである。
先程も言ったようにその時の記憶は朧げで、ぼんやりとしか憶えていないのであるが、あの廃村で思い出したことと併せて考えると、その行方不明になっていた三日間、僕はあの村で過ごしていたように思えてくる。
逆にそれ以外、子供の頃の僕とあの廃村を繋ぐ接点はないのだ。
山で霧に巻かれて迷子になり、あの麓の村へ辿り着いて保護されたのか……だが、そう考えても疑問は大いに残る。
普通、迷子の子供を保護したら、すぐに警察へ通報するものと思うんだが……それも、世間じゃニュースになっているような行方不明事件だ。
……いや、それ以前にその頃すでにあそこは廃村だったはずだ。村として存続しているんなら、地元の人達が知らないはずがない。
では、僕はタイムトラベルでもしていたというのか? それとも、
それに、この仮説通り僕があの村で過ごしていたとして、どうやってあの村まで辿り着き、また、山頂のお堂までどうやって戻ったのだろうか? 幼い子供の足ではなかなか難しいような気がするが……。
いろいろ推論を立ててみても、けっきょく謎が多すぎて、整合性のとれる答えを見つけることはできなかった。
行方不明になった僕に何があったのか? あの廃屋にまつわる記憶はいったいなんなのか? 本当のところはわからない……だが、その顔や名前は憶えていないというのに、妙に印象深く僕の脳裏に刻まれているのは、あの〝天狗の面〟を着けて踊る村の人々の姿だ。
もしかしたら遠い夏の日、僕はあの天狗達の手によって、本当に〝神隠し〟にあっていたのかもしれない……。
(おもひでの村 了)
おもひでの村 平中なごん @HiranakaNagon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます