清朝末期の荒廃しきった紫禁城、その一角にある廟に、西太后に仕えたという妖しい老宦官に導かれながら踏み入っていく。
彼が老婆の声で語る過去は興味深いが、どこか冷たく湿った妖しさがある。その老宦官が西太后の命により漢語に翻訳したと言うのは、読む者を狂わせる、かの邪悪の経典――。
清朝末期の退廃の空気に没入していた読者は、ここで思わず立ち上がることでしょう。なんという名状しがたいマリアージュ。
その高揚をもたらすのは、読んだ時のリズムまで考えられて練りに練られた文章の美しさです。中華ものは読めそうで読めない、読めるんだけど多分違う名詞や人名、それらに振られたり振られなかったりするルビのために不得手としている方も多いかと思いますが、この作品はルビを含んだ文章として磨きあげられているのです。
文章だけで一読の価値があると思わせてくれる作品です。
まずはその筆致に圧倒される。
嘗て、ラブクラフト全集を初めて手に取った時のような、若かりし頃のあの興奮を思い出させるその筆致に、それも中華世界を舞台に描き切った作者に私は賛辞を惜しまない。素晴らしい!
見事な文章に酔いしれながらも、宇宙的恐怖が徐々にその恐怖の全貌を露にする様は、怪奇幻想小説を愛する私には大層刺さる。
これは良い! なぜもっと早く読まなかったのか!
正道にして正当なるクトゥルフ神話がここにある。
忌まわしき魔書に誘われるかのように「私」が進んだ先には何があるのか。
案内役たる老いた宦官は何を語るのか。
クトゥルフ神話を愛する皆様、同胞たる方々には、自らの目で確かめていただきたい。
実に素晴らしい! 完璧なまでの再現度です。
重厚にして退廃的、おぞましくもある種の美学を決して忘れない中華版クトゥルフ神話の深淵がここにはありました!
ファンならば是非とも目を通しておくべき作品であります。
私はラブクラフト先生の未発表新作ではないのかと、我が目を疑ったくらいなのですから。ただまぁその、原理主義者の方には「オチが違うだろ」とお怒りになる方もいるかもしれませんが…そこは現代風という事でどうかご容赦を。
禁断の魔導書、忌まわしい邪神、信者たちの凄まじい経歴と成れの果て。
あらゆる要素がクトゥルフでありながら中国の文化を踏まえた独自の神話として再構築されていました。
これこそ正に暗黒神話であり、コズミックホラー!
クトゥルフ神話好きのSAN値ゼロな諸兄は必読ですぞ!