死を選ばないわたし

naka-motoo

生きることは死なないことと見つけたり

「屋上が施錠されてない13階のマンションがある!そこへ行く!飛び降りて死ぬ!」


 叔母がそうタンカを切った時、わたしは電話を叩き切った。それからマイクロフォンに囁いた。


「死ぬまで生きてろ」


 叔母は死んでいない。


 13階のマンションの屋上で誰かが迎えに来るまで鉄柵に足を掛ける前のまるでダルマさんが転んだみたいなストップモーションで待ってて、鋼鉄のドアが開いた瞬間に足を掛ける。


 今も生きて自分の姑であるわたしの祖母の介護は放棄している。


 病気というものもそうだし境遇というものもそうだし自分のことだけでなく周囲との関係性を含めればほぼパターン化される生き方というものはないんだろう。


 それはわたしも同じことで義務教育ではない訳だから学費滞納によって高校を中退せざるを得なかったことは返す返すも痛恨だけれども仕方のないことだろう。


 仕方の無いことを誰でもやってる。


 わたしは祖母の介護と収入を得なければ家族が生命を繋げないというただその単純な理由から学校を辞めて就職した。


 なんでわたしが。


 というのが本音ではあるけれども誰もそんなこと聴いてくれやしない。


「死ぬ!」


 と喚いた叔母の言葉は彼女の配偶者である叔父が120%聴いてやっている。


 夫婦ってそういう関係なのか?


 疑問は嵩むけれどもそれはその夫婦が勝手に関係を築き上げればいいだけの話でわたしには関係ない。


 そう。


 関係なければどんなに良かったことか。


 関係してしまっているからわたしは夜中に突然目が覚めた時に壁を殴る。


 素手で殴ったら痛いのでランニングの際に使う、幅の細い、首にかけて使うそのタオルを拳に巻いて殴る。


 小心だから壁が崩れない程度に加減して。


「ほうちゃん、ほうちゃん。サイダー買って来て?」

「サイダーなんて売ってないよ。コーラしか売ってないよ」

「しゅわーっ、てする奴買って来て」


 わたしは70歳を超えた祖母にコーラを飲ませる。


 ものすごい罪の意識を感じる。


 どうしてサイダーやカルピスを飲ませても罪悪感を覚えないのにコーラを老人に飲ませたら恐ろしいほどの後ろめたさを感じるんだろう。


 背徳感でいっぱいになるんだろう。


 祖母の『将来』を思うと絶望してわたし自身が『終わらせたい』気分になる。


「ほうちゃん、ほうちゃん」

「なに?ばあちゃん」

「ほうちゃんの彼氏、見たいわねー」

「ははは。いないよ彼氏なんて」

「おるんでしょ?」

「いないよ」


 この短い一問一答を何回も繰り返してそれでも祖母はやめない。


「彼氏おるんでしょ?見たいわねー」

「いない!っつてんだろ!?」

「なんで居ないの?」

「(アンタらが居るからだ!)さあ」


 そういえば明日が発表だな。


 わたしが応募してた小説コンテストの結果発表。


 でもわかるさ。


 今日の時点でDMで何の連絡も無いっていうことは他の誰かにDMが行ってるんだろうな。たとえばこんな。


『大賞受賞が内定しました。受けて頂けますか?他の出版社からオファーを受けているのならば詳細をお教えください。当社の可能な範囲で先生のご希望の条件を完備したいと思います』


 死にたい。


 月並みな言葉だ。


 ある意味叔母は突き抜けてる。


『死ぬ!!』


 だよ?


 これ以上の脅迫はないだろうな。


 別にどうなっても構わないけど。


 わたしの父親も兄である叔父から割に合わない押し付けを食らってるわけだけど


 仕事の取引先が思うような条件を父親が飲まなかった時に、応接ブースでこう言ったんだって。


「ああ。この窓から落ちたらどうなるでしょうね」


 子供だよね。


 でもみんなそうなんだろう。


 自分で死ぬことを選ぶんじゃなくて死に一日一日漸近してる病気のひとたちも居るんだけど。スピードが遅いか早いかだけでわたしだって死ぬまで生きてるその時間を丁寧に丁寧に削りながら死なないでいる。


 生きてる瞬間は生きてるんじゃなくて死なないことを選び続けてるそのスマホが鳴らす連写のシャッター音みたいなもんなんだろうね。


『死なない』を連写してるから生きてるだけで。


 じゃあ『生きる』をぶつっ、て停めた時が死ぬ時なのかな?


 彼氏はいないけど彼氏候補はいる。


「ほうちゃん」

「ばあちゃんみたいに呼ばないで」

「でもほうちゃんっていうのが可愛いんだよ」

「なら彼氏になって」

「それはダメだよ」

「どうして」

「時折死にたいってことがあるから」

「キミまでそんなこと言うの?」

「誰が言うの」

「叔母が」

「叔母さんはなんで死にたいの?」

「わからない。働いてないし家事もしてないし介護もしてない。辛いことはしてないけどそれ自体がとても辛いことなんだって」

「ふうん。別にどうでもいい」

「どうでもいいって思ってもいい?」

「キミにならその資格があるよ、ほうちゃん」

「また」


 あなたは死んでもいい、って思ってもいい人間なんて彼氏候補の彼が言うみたいに居てもいいのかな?


 わからない。


 わからないまま死ぬのはちょっと寂しすぎるから、誰かが教えてくれるか、本当に分かった時に死ぬんだろうな。


 それがほんとの寿命かな。

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