同じクラスに死者が出た

白里りこ

こっちに来ないで2


 あなたも、わたしをころすの……?





 ──同じクラスに死者が出た。


 通学路の階段から落ちたところへ、運悪くトラックに轢かれたらしい。

 事故現場はしばらく立ち入り禁止で、わたしたちはそこを迂回して行かなければならなかった。


 被害者の日比野ひびのサヤカとは、あまり話したことがない。確かに、サヤカとはクラスの同じ女子グループに所属していた。しかし、彼女もわたしもだいたいがリーダー格の女子の話の聞き役に回っており、積極的に発言するタイプではなかった。


 加えて、事故当日は、何だか妙な雰囲気だった。有り体に言うと、リーダー格の女子たちが、サヤカを仲間外れにしようと画策したのだ。



「サヤカってむかつくよねー」



 という誰かの一言が発端だった。彼女を排斥する空気はその日のうちにクラス中に広まっていたと思う。


 もちろん、普段から彼女と言葉を交わしてこなかったわたしに、彼女を助けてやる選択肢など始めから無かった。だからいつも通り、わたしは、彼女とは口を利かなかった。

 そしてそのままサヤカは死んでしまった。


 いじめられた上に早逝してしまうだなんて、可哀想。


 翌日のクラスのホームルームでは、さすがに気まずい空気感があった。


 それからしばらくして、中学校生活は何事もなかったかのように回り始めていた。ところが、彼女と仲の良かった女子、国竹くにたけユイナがマンションから転落死してから、学校中に異様な雰囲気が漂い出した。


 同じクラスで二人もの生徒が事故死するだなんて、普通じゃない。


 国竹ユイナは日比野サヤカにのだ、という説が流布し始めた。

 ユイナはあの日、サヤカに冷たく当たっていた。これまでサヤカとは仲良くしていた、幼馴染みにもかかわらずだ。ゆえにユイナを恨んだサヤカがユイナを道連れにしたのだと。


 不謹慎な話をするなと、先生は生徒をきつく諭したが、その程度で噂が止むわけがなかった。みんなは陰で日比野サヤカの話を持ち出しては、例の階段下の道路に近寄らないようにしようと頷き合った。


 わたしには関係のない話だと思った。私はいじめに加担していないし、例の道だって少し遠回りすれば通らずに済む。


 ところが、だ。


 ある朝わたしが、グループの最後尾にくっついて、教室へと至る階段に足をかけると、何者かが私の手を掴んで引き止めた。


「え?」


 振り返ったが、そこには誰もいない。

 だが見えない力が、確かに私を引っ張っている。


 混乱のあまり全身が硬直してしまったわたしの耳元に、日比野サヤカの声が囁きかけた。


「──あなたも、わたしをころすの……?」


 キャーッとわたしは頭を抱えて踊り場にうずくまった。先を行っていた女子たちのうち何人かが、異変を察知して戻ってくる。


「どうしたの、マツナ」

「今っ、サヤカの霊が……」


 嘘、とざわめきが上がる。


「気のせいじゃないの?」

「違う。確かにサヤカだった」


 わたしは夢中で言ってから、はっと我に返った。


 こんなところでグループの足を引っ張って目立ったら、何と言われるか分からない。みんなには、特にリーダー格の子には、迷惑をかけないようにしなくちゃ。


「……ううん、やっぱり何でもないの」

「本当に?」

「大丈夫? 立てる?」

「うん。大丈夫」


 わたしは震える足を叱咤して立ち上がり、他の子に続いてゆっくりと階段を登った。


 それからというもの、わたしが階段を登っていると、必ず見えない何かに手を掴まれるようになった。

 グループの真ん中にいれば被害に遭うことはない。でも下っ端のわたしが常に望む位置を獲得できるわけがなく、如何に一人にならないように気をつけても、日に一回は引っ張られる羽目になった。


 その度に悲鳴を上げていたわたしに、グループのメンバーは次第に迷惑そうな顔を向けるようになってきた。


「またぁ?」

「大袈裟すぎじゃない?」

「ノイローゼなの? あはは」


 そして、運命の審判がリーダー格の子から下されるのを、わたしは小耳に挟んだ。



「ねえ、最近さぁ、うざくない? マツナって」



 こうして、わたしは仲間外れにされるようになった。


 廊下を歩くだけで周囲から湧く忍び笑いに、耐えなければならなかった。授業で先生に当てられた時もそう。休み時間に一人で座っている時もそう。

 体育で二人組を作る時にはいつも余り者にされるし、掃除の後は私の椅子だけ机の上に乗ったままだし、移動教室の連絡が私にだけ伝えられていないことだってあった。


 それより何より怖かったのは、サヤカの霊が前よりも頻繁に現れるようになったことだ。


 どうしよう。わたしも死ぬのだろうか。


 もう学校に行きたくなかった。


 でも、国竹ユイナの例がある。家にいても、サヤカには引っ張られる。どこにいたって安全ではない。


「あなたも、わたしをころすの……?」


 もう何度目だろうか、冷たい感触が私の手を掴んだ時、わたしは我慢の限界に達した。


「殺してなんかいないじゃない!」


 わたしは怒鳴っていた。周囲の生徒がギョッとしてわたしの方を見たが、構わずに大声で続ける。


「勝手に転んで死んだくせに、人につきまとうのはやめてよ! 私は何もしていない!」

「した……した……」

「何をしたっていうの!」

「わたしを、いじめた……」

「いじめてなんかいないっ。わたしはただ、ただ……」

わらった。けた。け者にした」


 わたしは黙りこくった。

 ──そうだ。

 わたしは所属する女子グループの為すことに従って、彼女を嗤ったし、彼女と喋ろうとしなかったし、彼女に近づこうとすらしなかった。

 まるで、今のわたしのクラスメイトが、わたしにしている仕打ちそっくりではないか。


「それは、でも」


 わたしは口ごもった。


「わ、わたしはやりたくてやったわけじゃない。仕方がなかっただけなの……」

「……丘田おかだマツナ……キサマ……」


 手首を握る力がどんどん強くなる。骨が軋んで、わたしはまたしても悲鳴を上げた。


「痛い、痛い、離してよ!」

「……離してほしい……?」

「そうだよっ」


 わたしが遮二無二手を振り回すと、パッと力が緩んだ。サヤカが急に手を離したのだ。反動で、わたしはバランスを崩し、踊り場の上から階段を転がり落ちた。


 ああ、遂に。

 サヤカに引っ張られて、落ちてしまった──


 頭を強く打ったわたしの意識が、暗転した。


 真っ暗な中で、サヤカの声がこだまする。


「素直に改心すれば良かったのに。


 キサマらのせいでわたしは死んだのに。


 ユイナがわたしを突き落としたのに。


 キサマらがわたしをいじめなければ、ユイナもわたしをころさなかったのに。

 わたしもユイナもしなずにすんだのに。


 なのに、なのに、なのに。


 ゆるせない! 


 そうだ、死ねばいいんだ。


 わたしと同じように。


 最後の一人になるまで呪い殺してやろう。


 うふふふふふふ。


 あーあ。


 ──いじめられた上に早死にするなんて、カワイソウ……」


 暗闇の中をたゆたっているわたしは、その声が、その笑いが、その恨めしい気持ちが、深く深く魂にまで浸透するのを感じた。


 わたしは、死んだのだろうか?

 分からない。

 ただ、やることは決まっていた。


 次のターゲットを探すのだ。サヤカが笑っていられるために。そうでないと、サヤカの手が私の手を握り潰してしまう。


 急げ、急げ。


 次にいじめるのは誰にしよう。

 次に殺すのは誰?

 次に私の役目を背負うのは、一体誰なの?


 ああ、早く、早く。


 サヤカは苛立って、手当たり次第に元クラスメイトを引っ張り始めている。「日比野サヤカ」は、もはや立派な怪談話になっていた。


 私は暗闇を抜け出して、クラスに残された女子グループのもとへフワフワと飛んでいく。そして以前のようにそこにスッと溶け込んだ。まるで元からメンバーの一員としてそこにいたかのように。それから、何気なく一言を投下する。みんなの耳に、聞こえるように。



「あの子って、むかつくよねー」




 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

同じクラスに死者が出た 白里りこ @Tomaten

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ