魔法少女になってくれ!

ヘイ

第1話

「やあ……」

 呑気な声が聞こえて、江橋えばし光聖こうせいは振り返った。

「江橋光聖くん。君は不幸にも、不運にも、不遇にも、死んでしまった。別に僕のせいじゃないさ。それはイヤホンをつけながら歩いて、画面を注視して、君が信号を無視したのが悪いんだよ」

 笑みは絶やさず、その声の主人であろう透明な少年が言う。

 透明、というのは比喩表現だ。色がない、と言いたくなるほどに、その少年は真っ白で、その目だけが宇宙の深淵のような色をしていた。

 江橋は床の上に座りっぱなしで、辺りを見回してみると、自分とその無色の少年以外にはこの場所には何もない。

「さて、君は車の運転手、その家族、その運転手の友人、君自身の家族に不幸を振りまいた」

「…………」

「どうあっても、君は死んでしまって責任逃れする事になる……。そんなのは正義の神の僕には許せなくてね」

「は?」

「君は、転生してもらうよ」

 笑顔を讃えたその少年は突拍子もない事を言い出した。

「転生? なんだそれ。意味がわからん」

「君には非力でひ弱な存在になってもらうよ。そして、悪魔を百体殺すか、魔王を一体殺すか」

「何で、そんな事を俺がしなきゃならないんだよ……。第一、ここはどこだ」

「……これは君が罪を償う為」

「罪?」

「……被害者ヅラしてんじゃねぇぞ、ゴミ野郎。僕は君みたいな奴が嫌いなんだよ」

 軽蔑するような顔。

 この時、正義の神は初めて、江橋に笑顔以外の顔を見せた。

 その冷め切った顔と、絶対零度の視線があまりにも恐ろしくて江橋は寒気を感じる。

「そんな君に贖罪の機会を与えているんだ。魔王を殺すか、木っ端悪魔を多く殺すか」

「待てよ」

「条件は一つ。どんな方法を使ってもいい。君は少女に契約を持ちかける。その少女と共に戦い、悪魔を殺す。その戦いで少女が死んだとしても、君の罪は増えない。それだけ悪魔が脅威なんだよ。オーケー?」

「待てって」

「待つ理由が分からないな」

「俺はやらねぇぞ」

「君に拒否権があると思っているのか。ない事はないけど、その場合、君は苦しい思いをする事になる」

「だとしても……」

「君の痛覚を五千倍にして、気絶できないようにしてから足先からやすりにかけても良いんだな。そして、それは君の感覚で一ヶ月、休みなく行われる」

「本当に出来るのかよ、んな事」

 信じられるわけがない。

「君は神の言葉が信じられないのか?」

 神はフィンガースナップを打ち鳴らす。その瞬間、この空間は阿鼻叫喚の地獄になった。

「僕は正義の神であり、裁きの神である」

 凄惨たる世界。

 血だらけの床。腐ったような臭いと、鉄のような臭いが混ざって、吐き出してしまいそうだ。

「ほら」

 指を刺された方向に目を向ければ、そこには下半身が削られた女性の姿が。

「嫌ァアアアア! いだい、痛い、いだ……、ァアアアアァアアアア!」

 その光景はひたすらに恐ろしく、江橋は口元を押さえて蹲った。

 その横に立っていた無色の彼は尋ねる。

「彼女は連続強盗殺人。この世界では二十年間、あれが続くよ。でも、それでも君は一ヶ月で済むから問題ないのか」

 痛みに叫ぶ女性が、助けてくれと手を伸ばすが誰も助けようなどしない。女は罪人で、周りは裁くものだけ。

「で、どうする。君は他の人の人生をめちゃくちゃにしたけど、人は殺してない。もしかしたら、自殺するかもしれないけど」

 それに関しては死んでしまった君ではどうにもならない事だ。

 などと、神は告げた。

「ああ、なりたくなかったら頷く事だよ。そしたら、自殺なんて一切起きないだろうし」

「どういう……」

 吐きそうになりながらも江橋がそう尋ねると、神は答えた。

「それはね。君があの世界にいたっていう証を全て消して仕舞えばいいと言う話だよ」

「は?」

「君がいなければ車の運転手は殺人犯にならずに済んだ。君がいなければ家族が悲しまずに済んだ。だから、君をあの世界から消す。それが君に出来る罪の贖いだよ」

「意味、わかんねぇよ……」

「意味がわからなくともいいさ。君は悪魔を殺すだけでいいんだ」

 非常な空間で少年は優しく語りかける。

「君には特別な力をあげよう」

 血だらけの世界、神は江橋の顔を両手で包み込んだ。

「……それは『契約』と言ってね、君が契約した相手の能力を大幅に上げるんだ」

 再度、少年はフィンガースナップを打ち鳴らした。空間は最初にいた場所に戻る。

「契約ができるのは、君が見えるものだけ」

 合掌をした瞬間に、黒い門が現れて、江橋を引き摺り込む。

「君さえ生きていれば何とかなるから。少しの犠牲は承知の上さ」

 正義に犠牲は付き物だから。

「それと、君は死んだら元どおり罪人扱いになるから、頑張りなよ」

 江橋が完全に門に引き摺り込まれたことで、その門は姿を消した。

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