あなたはきっと一生、その人を忘れない
リセアがヨウキと組み、三か月が経った。
ヨウキは自らの知識を惜しみなくリセアに伝えた。魔物の見分け方、戦い方、立ち回り方は言うに及ばず、けがを負った場合の対処法、薬草をはじめとする植物について。野営の際の注意事項などなど。
リセアは乾いた砂が水を吸うようにそれらをすぐに記憶し、実践していった。
活動範囲は少しずつ広くなり、数日がかりの任務も請け負えるようになってきた。
はじめはリセアを「お情けで組んでもらっているだけのヨウキの足手まとい」と陰で揶揄していた者達も、彼女の成長ぶりを認めざるを得ない。もっとも、上級者に手取り足取り教えてもらえれば当然、と言う者はいるが。
「無責任にあれこれ言う人達の声に耳を傾けてはいけないよ」
リセアに対する中傷を耳にするたび、ヨウキは優しく忠告してくれるので、リセアも気にしなくなってきた。
兄を失った頃はうつむき気味だった彼女は、笑顔が増え、顔を上げるようになってきた。
夜、焚火を挟んでリセア達は食事を摂る。
食事を前に、ヨウキは後ろでくくっている銀髪を結わえなおした。
「髪、長いですよね。伸ばしてるんですか?」
リセアが何気なく問うた。
戦いのさなか、動きの激しい剣士は短髪の方が多い。
ヨウキの美しい銀髪は肩甲骨辺りまで伸びていて、リセアが直接話をするようになってから一度も切られたことはないはずである。
願かけかなにかで伸ばしているのだろうかとリセアは疑問に思ったのだ。
しかしヨウキの反応は予想外のものだった。
「伸ばしているというよりは、切れないという方が近いのかな」
焚火がちらちらと照らすヨウキの顔は、軽く笑っているのに寂しそうだった。
「切れない?」
「二年ぐらい前まで、パートナーがいたんだ。……僕の油断が彼女の命を奪ってしまった」
リセアは息を呑んだ。
兄を失ったあの日、ギルドで「一度もミスを犯したことはないのですか!」と本気で怒ったヨウキは、パートナーを失った時の自分をリセアに重ねてみていたのかもしれない。
「彼女が僕の髪を切ってくれていたのだけれど……、他の誰にも触らせたくなくて、でも自分でも切る勇気がわかないんだ。彼女が存在したことすら断ち切ってしまうようで」
ぐっと胸が詰まった。
パートナーと言っているが、その女性はヨウキの恋人、あるいは妻だったのかもしれない。とにかく、とても愛していて今もそれは変わらないのだ。
察すると、悲しくなった。
ヨウキが気の毒だからではない。
いや、それもあるが、何よりも。
自分はその女性の代わりかもしれないし、代わりにすらなれていないかもしれない。
そう考えると胸が苦しくなる。
沈んでしまったリセアに、ヨウキは慌てて笑みを向ける。
「ごめん。つまらない話をしてしまって」
「そんなことないです。わたしが聞いてしまったから、つらいことを思い出させてしまって、ごめんなさい」
リセアはこの時自覚したのだ。
わたしはヨウキさんが好き、と。
季節はさらに進み、ヨウキに出会って半年が経った。暑い時期を通り越しようやく過ごしやすくなってきた。
「君ももう初級冒険者卒業だね。中級冒険者の試験を受けてみては?」
リセアの実力を認めてくれるヨウキの言葉はとても嬉しいが、もしかするとパートナーの解消を言い渡されるのではという不安も頭をもたげてきた。
彼との関係は進展もせず、後退もせず。
ずっと一緒にいたい。
しかしリセアは自分の気持ちを打ち明けることはできずにいた。
愛する人への想いを宿したつややかな銀髪が少しずつ伸びていくのを見ると、とてもではないがそこに割り込めるとは思えない。
大好きな人への告白を飲み込んで、リセアは勧められるままに中級冒険者昇級試験を受け、見事、合格した。
酒場でささやかなお祝いの宴が行われた。ヨウキが呼びかけ、数人の冒険者が参加した。
美味しい料理と酒がふるまわれ、和気あいあいとした雰囲気だった。
「リセアちゃん頑張ったねー。これでヨウキも教育係は卒業だな」
心から祝ってくれているであろう冒険者の言葉が、リセアには絶望の宣告に聞こえる。
「そうですね。もう教育係とは言えないでしょう」
ヨウキは相変わらず優しい笑顔を浮かべてうなずいている。
彼の言葉に、やっぱりとリセアは悟った。
宴が終わり、夜のとばりが降りた町を、ヨウキと並んで歩く。
彼とこんなに近くにいられるのは、あと五分ほどしかない。
宿までの道をゆっくりと歩きながら、リセアは覚悟を固めた。
正直な気持ちを告げよう、と。
宿の前に着いて、ヨウキと向き合う。
月明りにほのかに照らされたヨウキの銀髪が綺麗だ。
何かを口にしようとするヨウキを遮るように、リセアは告げた。
「ヨウキさん、お願いがあります」
リセアは、そっと手を伸ばす。
「あなたの髪を、わたしに切らせてほしい」
髪に触れられ、ヨウキは驚きに息を呑んだ。
かまわずリセアは続ける。
「髪を切っても、大切な人への気持ちが断ち切られるわけではないでしょう。あなたはきっと一生、その人を忘れない。そんなあなたを、わたしは、好きです。優しくて頼もしくて、温かい、あなたが好きです」
心からの声を絞り出した。
ヨウキは困ったような顔をしたかと思ったら、ふっと息を漏らした。
「困った人だ。僕が言おうとしていたことを先に言うなんて」
彼の手がリセアの頭をそっと撫でる。
「最初は、大切な人を失った初心者を僕なりに助けたいという思いだけだった。けれど僕の髪のことを聞かれて、話した後で、あぁ、この人になら切ってもらいたいかもしれないと思えたんだ」
極上の笑みを浮かべ、ヨウキはリセアを見つめて言った。
「僕の髪を、切ってくれるかな?」
優しく胸に染み入る告白の言葉に、リセアはうれし涙を翠の瞳に浮かべて、笑顔でうなずいた。
翌日、リセアとヨウキはそろってギルドに顔を出した。二人の髪型がそっくりに――首の中ほどまでに切りそろえた短髪になっていることに、冒険者たちはからかいながらも祝福の言葉をかけた。
リセアとヨウキは顔を見合わせ、輝くような笑顔を浮かべていた。
(了)
銀の髪に込めた愛 御剣ひかる @miturugihikaru
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