第 9 話 第二ユニバース:殺害(9) 1985年12月13日(金)

 書類の山が減らないのに、なんとも気になって、先週の土曜日に射殺された日本人の大学生の調書を調べていた。マーガレットも言っていたが、ニューヨーク市立大学(CUNT)であって、ニューヨーク大学(NYU)じゃない。大学の格で言えばニューヨーク大学だが、彼女の専攻が犯罪心理学なので納得がいった。ニューヨーク市立大学の上級カレッジのジョン・ジェイ刑事司法大学への進学を狙っていた、ということだ。犯罪心理学とはなんとまあ珍しいことだ。それも女性の日本人留学生が専攻課程に選ぶとは。日本の警察ではあまり需要がないと思うんだがなあ。


 俺は彼女のピータークーパービレッジの部屋から持ってきた大学の研究ファイルのVolume 06、08、11を眺めた。日本語の手書きと英語のコピー資料がキレイに目次を付けられてファイリングされていた。


 なぜ俺がVolume 06、08、11を持ってきたかというと、Volume 06には、マンソン・ファミリーとシャロン・テート殺害事件の資料がファイリングされており、Volume 08にはジョン・ヒンクリー、ブッシュファミリーとCIA、FBI、ピンカートン社の資料があり、Volume 11には、FBIのNCAVC(国立暴力犯罪分析センター)と凶暴犯逮捕プログラム、プロファイリングの技術資料が含まれていたからだ。マーガレットの言うようにこの娘は何か臭う。偶発的に射殺されたとは思えない。何をこの娘はしていたんだ?タダの大学生とは思えなかった。


 60年代に娼婦の息子として生まれたチャールズ・マンソンは、何度もムショ生活を送っていた。若い女性たちをクイモノにしていって、取り巻きの彼女たちを使って男たちを取り込み、信奉者を集めてファミリーを形成した。フリーセックスとドラッグのキチガイ集団だ。ただ、奴らは最終戦争「ヘルター・スケルター」に備えて武器を集め、訓練までしていた武装集団で狂信的なカルト信者でもあった。

 ファミリーは、マンソンが逆恨みしてた音楽プロデューサーのテリー・メルチャーの住むシエロ・ドライブを復讐のために襲撃した。ところが、メルチャーは引っ越していて、そこに住んでいたのは、映画監督ロマン・ポランスキーとその妻の26歳の女優シャロン・テートだった。あのホラー映画の『ローズマリーの赤ちゃん』で有名だ。この映画は、悪魔崇拝者たちに捕らえられた女性が悪魔の子どもを妊娠する、という話だが、偶然にもこの時シャロン・テートは妊娠8ヶ月だった。


 ジョン・ヒンクリーは、1981年3月30日、ワシントンD.C.のヒルトン・ホテルでレーガン大統領を暗殺しようとして未遂事件を起こした男だ。ヒンクリーは1982年の裁判では13の罪で起訴された。検察当局の報告書は、彼は法律上健全であるとした。弁護側は、彼は精神の病気に罹っているという精神医学上の報告書提出した。裁判所の判事は、なんと、ヒンクリーは精神の病気にかかっており、責任能力がないと判断し、無罪判決が出された。ヒンクリーの事件に先立つ裁判では、重罪事件の裁判の2%未満で精神異常での免罪が使用され、その80%が敗訴した。

 ジョン・ヒンクリーは、『タクシードライバー』『羊たちの沈黙』で有名な女優ジョディ・フォスターへのストーカーでもあった。

 そして、ヒンクリーの家と当時副大統領で元CIA長官のブッシュ家とは関係があった。ヒンクリーの父親ジョン・ウォーノック・ヒンクリーは、レーガン政権下で副大統領のジョージ・H・W・ブッシュへの一番の寄付を行っていた。レーガン暗殺未遂事件の数時間前に、ヒンクリーの兄弟、スコット・ヒンクリーの会社ヴァンダービルト・エナジーは不適切な価格設定によりエネルギー省から警告を受けていた。


 元CIA長官のブッシュだが、そのCIAはFBIと極めて仲が悪い。CIAは米国中央情報局で、大統領直属の機関だ。国家安全保障会議に必要な情報を提供することを主任務とし、他国の国家秘密の探索や情報収集、政治工作、反米的団体の監視などを行っている。海外担当だな。FBIは、連邦捜査局、司法省に属し、連邦法違反に対する捜査や公安情報の収集などを行う。捜査対象はあくまで国内での事件だ。


 テリトリーが違うのだから、仲がわるいはずがないだろうと思うかもしれないが、そもそも、CIAはスパイなどの諜報活動をする側で、FBIは諜報活動を取り締まる側。CIAは大統領直属で、FBIは大統領の犯罪すら取り締まれる司法省直属。大統領のスパイ組織と司法省のスパイ取締組織。なんとなく仲が悪いのもわかるような気がする。


 ピンカートン社は、探偵小説にもよく出てくるが、タダの探偵会社ではない。民間監視ビジネス会社だ。この会社、外見は、警備会社の形態を取っているが、既存の警備会社に市民監視を依頼はしない。市民監視のために、CIA、FBI、NSA等のOB達によって、創立された会社だ。飲酒癖・窃盗癖・強姦・収賄等で、CIA、FBI、NSAを解雇された犯罪者・ゴロツキの再就職先となっている。


 FBIのNCAVC(国立暴力犯罪分析センター)と凶暴犯逮捕プログラム、プロファイリング?う~ん?


 FBIは米国バージニア州クアンティコのFBIアカデミーに「反復殺人者の素性を割り出して犯人をつきとめる」目的でNCAVC(国立暴力犯罪分析センター)が設立され、全国規模の情報交換センターとしてデータベースと専門家を集約し、全米における凶暴犯逮捕プログラムとプロファイリングの中核施設とした。NCAVCの行動科学部特別捜査官に配属されるためには、最低でも修士の学位と一定以上の捜査経験が求められる。


 う~ん?エミ・モリのようなニューヨーク市立大学の大学院研究生でも、正規配属ではなく、研究生という身分なら、大学に所属しながら、クアンティコの一員として、『犯罪捜査コンサルタント』アシスタント程度にならなれるかもしれんな?


 彼女は、FBI側のなんらかの資料を収集していて、FBIと仲の悪い元CIA長官で、副大統領のブッシュ、または、ブッシュ家に都合の悪い資料にぶち当たったとしたら?いやいや、そんな小説のような陰謀論があるわけがない。おまけに彼女はアメリカ人でもない。日本人の27才の娘っ子だぜ?う~ん?


 ぼんやりとオフィスの受付の方を見ていると、昨日の日本人弁護士が回りを見渡していた。俺は腕時計を見た。9時22分。まったく、日本人ってヤツは時間に正確にできている。俺は受付に歩いていって彼女に挨拶した。「ミス・シマヅ、ヨウコ、おはよう。時間に実に正確じゃないか?」「ノーマン、こちらは・・・」と紹介しようとするので、「会議室に行こうか。座って話をしよう」と行って、汚いデスクの間をぬって会議室に案内した。


 長机の俺の前に三人が並んで座った。「森さん、明彦、こちらがインスペクター・ノーマン、日本の警視に当たるわ」と日本語でいった。それで俺に「インスペクター・ノーマン、こちらがエミ・モリの母親のリョウコ・モリ、こちらがエミ・モリの恋人のアキヒコ・ミヤベです」と英語で紹介した。「ヨウコ、俺はインスペクターじゃないよ。Deputy Inspector、警視の下だ。Captain(警部)の上だ。まあ、いいや、ミセス・モリ、ミスター・ミヤベ、英語はわかりますか?」と俺は彼らに訊いた。ミヤベはだいたい分かると言った。まあ、そこそこの英語だ。ミセス・モリはかなり流暢に話した。「第二次大戦のあと、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)でお国のダグラス・マッカーサーの下の部署で働いていました。英語は専門用語以外ならわかりますわ」と答えた。ヨウコもミヤベも知らなかったようでビックリして彼女の顔を見た。俺も驚いた。彼女が綺麗なクイーンズイングリッシュのアクセントで答えたからだ。そういえば、マッカーサーの家は元スコットランド貴族だったな、と俺は思った。どうも俺のステレオタイプの日本人に対するイメージは捨てないといけないな。出っ歯でもチビでもない、カメラを首からぶら下げているわけでもない。日本とフランスの弁護士資格をもっていて、俺よりも流暢に英語を話す日本人のネーチャンなんか知りもしなかった。


「英語はみんな大丈夫そうだな。昨日もヨウコには説明したのだが、この事件には少々疑問がある。普通の通り魔による銃撃事件とは違うかもしれん。もしかすると長引くのかもしれん。それは知っておいて欲しい。まだ、調書でもできていないから、詳しくは話せない。まずは、モルグに行って、本人確認をしてもらい、担当監察医のドクター・タナーから死因解剖の説明をしてもらおうと思う。そのあと、俺が話してもいいこと、話せることはあなた方に説明する。それでいいかね?」と言うと、ヨウコが「わかったわ。お母さん、明彦くん、それでいいわね?」と訊いて彼らは了解したようだ。


「さてっと、ヨウコはホテルからここまで歩いてきたのか?」と訊いた。「まさか。ペニンシュラホテルからこのNYPD(ニューヨーク市警察)第17分署までは徒歩でも15分くらいで着くけど、ニューヨークは物騒だし、こういう事情では車を使うしかないじゃない?車は正面のヒルトンに車を駐車したわ。ニューヨークで路駐なんてキチガイじみているもの。駐車料金を払ってもホテルに駐車が一番よ」と洋子は言った。


「そうか。じゃあ、俺とは別にその車でモルグまで行くか。モルグの行き方はわかるかね?」とヨウコに訊くと、説明してくれという。


「モルグ(死体安置所)は、被害者の、エミ・モリの通っていた市立大学のすぐ横の一番街沿いの建物だ。ドクター・タナーのオフィスのある主任監察医事務所と隣り合っている。第17分署からは、三番街に出て、右折して東52番街から二番街を北に行き、左折して東42番街から国連本部ビル前のFDRドライブに入って、東26番街で右折するとドクター・タナーのオフィスだ。しかし、彼女は今モルグ(死体安置所)にいるんだ。俺の車をヒルトンの玄関に回す。そこで待っているから、パーキングからヨウコの車を出して、俺の車のあとに着いてきて欲しい。それから、ドクター・タナーの方の用事が済んだら、エミ・モリの住まいが、大学から一番街を400メートルほど行ったピータークーパービレッジにある。不動産屋から鍵を預かっているので、彼女の部屋も見て欲しい」と言った。「オッケー、じゃあ、行きましょうか」とヨウコが言ってみんな立ち上がった。


 俺がヒルトンの玄関で待っていると、彼女等は待っていた。ベルボーイが車をパーキングから乗り付けてくる。キャデラックの1982年型フリートウッドだ。おいおい、排気量4,500ccの戦車だぜ、この車は。当たり前のようにヨウコが運転席に座った。エミの母親とミヤベはリアシートに座った。運転席の窓ガラスを下ろして「さあ、ノーマン、まいりましょう」とヨウコが言った。「ヨウコ、でかい車だな?」と俺が言うと「ハーツで大きくてぶつけられても壊れないアメ車って言ったらこれを貸してくれたのよ。ノーマン、まさか私がドイツ車にでも乗ってくると思った?アメリカンプレッピーじゃあるまいし」という。俺たちはマーガレットの待つモルグに向かった。


A piece of rum raisin

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