ある意味ホラー
アナマチア
ある意味ホラー
中間テストの最終日。
長かったテスト期間を終えて、私は解放感を味わいながら下校していた。
親友の
そんな中、ひっそりとした住宅街に
そうして次の瞬間、コンマ一秒で目を離した。
──おぞましいものを見てしまった。
私は苦虫をかみつぶしたような顔になる。
よりによって真緒と一緒にいるときに、あんなものを見てしまうなんて。面倒なことになる前に、早くここから離れよう。
うん、と小さくうなずいて、私はそそくさとこの場から立ち去ろうとした。が、真緒に阻止されてしまう。──制服のそでを引っ張られて。
(ああ、さいあく)
私は深くため息をついてから、ゆっくりと振り向いた。
幼い子どものように、真緒は目を輝かせている。そして彼女は、廃屋を食い入るように見つめていた。
──聞きたくない。
が、このままでは、真緒はテコでも動かないだろう。そう思った私は、仕方なく質問することにした。
「……なにを見てるの?」
そうたずねると──少しばかり苦い声になってしまったのはご
「あたし、あそこに入ってみたい!」
「いや」
すかさず答えると、「ええー」という不満の声が上がった。真緒はむっつりと口を
──ご機嫌ななめデスネ。
私はその様子をしばらく見つめたあと、長いため息をはいた。
頭が痛い。
私は、こめかみを指で押さえた。
「……そんなに入りたいの?」
「うん!」
「どうしても?」
「どーしても!」
「じゃあ一人で行ってくれば?」
「えー、やだ」
真緒はプイッとそっぽを向く。
こ、子どもか……!
「好き好んであんなのに近寄りたがるなんて……私には理解出来ないわ」
私は不機嫌な態度をあらわにして低い声で言う。
すると真緒は、きょとんと首をかしげて、
「えー! めっちゃワクワクするじゃん!」
と、元気いっぱいに答えた。
私はやれやれと首を横に振る。
そう。アンタはそういうヤツだよ。知ってた。
それでも私はコイツに問いたい。アンタにはあの御札が見えないのか、と。
(廃屋に御札とか……マジで怖いんですけど)
この組み合わせ、怖すぎない? 最悪じゃん! これ絶対なんか封印されてるやつじゃん!!
私はなんとも言いようのない恐怖を感じて、ぶるっと身震いした。
しかし怖がる私と比べて、真緒はそんな
水を
──仕方がない。
私は覚悟を決めた。
「わかったわよ。一緒に入ればいいんでしょう?」
入れば、と私はしぶしぶ了承した。すると真緒は、きゃあと喜びの叫び声をあげた。
「
そう言って、私の腕に抱きついてくる。──いい気なものだ。
大喜びの真緒とは対照的に、私はうつろな目で
「だいじょうぶ! 心配しないでよ! 美律のことは、あたしが守ってあげるから!」
「その自信はどこからくるのよ……」
というか、なにかに襲われる前提で話すんじゃない。怖いでしょうが。
真緒はフフン、と誇らしそうに胸を張った。
「最近ね、ホラーゲームの実況を見て鍛えてるの! 私のホラー耐性すっごく上がったんだから!」
「いやそんな、レベルアップしたみたいに言われても」
全然安心出来ないんですけど。……はやまったかな。
かくして私たちは、おどろおどろしい雰囲気をかもし出している廃屋へと足を踏み入れたのである。
「おじゃましまーす……」
おじゃまします、ってなんだ。
私は心の中でツッコミを入れる。
言い出しっぺのくせに、真緒はもうすでに、へっぴり腰になっている。──正直、みっともない。
私は無表情な目つきで、真緒をじっと眺めた。
「早く入りなよ」
石造りの玄関に、私の
「わ、わかってるよっ!」
それからしばらく、私は真緒の様子を見ていた。が、真緒はなかなか動かない。
──おい。まだ玄関に入ってもいないぞ。
全く動く様子のない真緒に
真緒はきゃっと小さな悲鳴を上げる。そうして、たたらを踏みながら、ようやく敷居をまたぐことが出来た。
「む〜……」
なにか言いたそうだな。まあ、聞いてやらんけど。
真緒の恨みがましい視線を無視して、私は
荒廃した玄関に立つと、私は周囲をぐるりと見回してみた。傷んだ木の戸にボロボロの土壁。その壁からは、竹で組んだ下地材が露出していた。
──亡くなったひいおばあちゃんの家みたいだな。
玄関先に立ったまま、私は薄暗い室内をのぞき込んだ。すると暗い家の奥の方から、ホコリっぽい空気と冷気が一緒に流れてきた。私たちはホコリを手で払いながら、ゴホゴホとむせた。
とりあえず、ここでまごついていては駄目だ。さっさと終わらせてしまおう。
私は制服についたホコリを払って真緒の両肩をつかんだ。──
「先に進もう」
キリッとした表情でいうと、真緒は眉尻を下げて、こちらを振り向いた。
「あ、あたしが先頭なの……?」
私はその言葉にうなずく。──当たり前だろうが。
すると真緒はひるんだ様子で、「やっぱり止めとこうよ」なんて言い出した。わざわざここまで来て止められるわけがない。
「真緒。アンタが言い出したんだからね。しっかりしてもらわないと」
「そんなぁ〜」
自分は不幸だと嘆く真緒の肩を問答無用でぐいぐいと押していく。
「言い出しっぺは誰? 真緒、アンタでしょう……?」
後ろから耳元でささやくように言う。すると真緒は、うっと言葉に詰まってなにも言えないようだった。
「さぁ、廃屋探検は始まったばかりよ……!」
「わかったから〜! そんなに押さないでよぅ」
私は真緒という盾を手にして薄暗い廊下を進んでいく。最初の試練は、思っていたよりも早くやってきた。
──日本人形の群れだ。
えっ、うそ、ここを通り抜けるの?
「や、やっぱり帰ろっかなぁ〜」
きびすを返そうとして、ガシッと肩をつかまれた。ヒイィィィ!
「先に進もうって言ったのはだぁれ……?」
「わ、わたしですぅ〜!」
私は目に涙を浮かべながら、人形たちの横を通り抜けた。
ア、アンタたち! 今度会ったら、ただじゃおかないんだからね! アッ、ウソです、すみません、そんな目で見ないでくださいぃぃぃ!
そんなこんなで、板張りの廊下にたどり着いた。畳一枚を縦にしたような廊下が真っすぐに伸びている。
光が届いていないせいか、廊下の奥は真っ暗だった。そのため、どこまで行くと端なのか検討がつかない。
私は真緒の背に隠れるようにして、ぎしぎしと
そうして暗闇に目が慣れてくると、廊下の両側にいくつもの
どこにつながっているんだろう。座敷だろうか。もしかすると、別の廊下につながっているということもあり
私は唇に指を当てて考えた。とにかくここは慎重に──。
スパーン!
突然大きな音がして、私はビクッと肩を震わせた。
音が聞こえた方角に目を向けて、私は目を見開く。私の視線の先には、真緒がいた。彼女は、襖をスパーンと開け放った体勢のままでいる。
「うーん。ここはただの押入れみたい」
「よし! 次に行ってみよう!」と歩き出した真緒の腕を、私はガシッとつかんだ。
「……ちょっと待て」
真緒は目をパチクリさせながら、不思議そうに首をかしげる。
「
「──おい。さっきまでの恐怖心はどこへいった!? っていうかもっと慎重に行動しよう!? あとあんまり大きな音、出さないで!!」
泣くから! ガチで泣くからね!?
真緒はうーんと首をかしげた。
「でも〜、はやく探さないと!」
え? 探す? は?
「な、なにを……?」
「ええー! 美律ってば、聞いてなかったの?」
はい。聞いていませんでした。すみません。
「もー、美律ってばうっかりさん!」
あ、なんかちょっとイラッとした。あと、うっかりさんてなんだ。アンタにだけは言われたくない。
真緒は仕方がないといったふうで、えへんと胸をそらして言った。
「この屋敷にはね、呪われた人形があるんだって。ここに入った時点で呪われちゃうらしいから、呪いを
「は?」
呪いの人形? 魔除けの鈴? 屋敷に入ったら呪われる?
「私、そんなこと、聞いてない!」
私は思わず、責めるような口調で言った。すると真緒は、心外だと言わんばかりに口を
「えー、美律が聞いてくれなかったんじゃん。怖いから聞きたくない! って。あたしはちゃんと教えてあげようとしたもーん」
そう言って、真緒はぷんっと頬をふくらませる。
私は腹の底がスッと冷たくなったように感じた。
ああ、もう駄目だ。
はやくここから出よう。
うん、そうしよう。
私はきびすを返して玄関へ戻ろうとした。しかし、真緒に止められてしまう。
「駄目だよ美律! このまま帰ったら、呪い殺されちゃうかもしれないんだよ!?」
真緒が腰にしがみつく。私はハッとして真緒を見た。彼女は目に涙を浮かべていた。
(そうよ。私が自分で決めたんじゃない。真緒と一緒に、ここに入るって……)
私は胸の前で拳を握った。
「真緒」
「なぁに?」
「絶対に、ここから生きて出るわよ」
決意に満ちた顔で言うと、真緒は嬉しそうに大きくうなずいた。
「よし! そうと決まれば、さっさと魔除けの鈴を探すわよ!」
「うん!」
と、意気
「あのう」
後ろから声をかけられて、私と真緒は、驚きで肩が跳ね上がった。
おそるおそる振り返る。するとそこには──。
「──そこの廊下の突き当たり、左の壁を押してください。隠し通路になってるんで。そっちが進行方向っす。あと、他のお客さんが待ってるんで、早く先に進んでもらっていいっすか」
「「アッ、ハイ」」
係員さんの指示のおかげで、私たちは無事に「呪い人形の屋敷」から脱出することができました。
「ねぇねぇ、
「シッ! 黙って!」
私が唇に指を当てて、静かに! と指示すると、
「あたしたち、めっちゃ見られてるんだもん! なんか、有名人になったみたいだね!」
そう言って、きゃらきゃらと笑う声を聞きながら、私は顔を両手でおおった。
(まさか、入場待ちのお客さんたちに、一部始終を見られていたなんて……)
真緒と一緒に列に並んでいたときは、緊張していてモニターがあるなんて気づかなかった。中の声もつつ抜けだ。
背中に突き刺さる、無数の冷ややかな視線と
──絶対に振り返ってはいけない。
「穴があったら入りたい……」
もう二度と下校中に寄り道はしない!
私はそう、心に誓ったのだった。
ある意味ホラー アナマチア @ANAMATIA
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