知性

芳川見浪

知性


 某大陸の丘陵地帯には連邦軍の司令基地がある。小国家であるが、国一つ全てをカバーする中枢基地ゆえその規模は果てしなく大きい。一説によればペンタゴンと同等らしい。

 司令基地の背後にはキャニオンがあり、そこを抜けたところに首都がある、首都より先は大陸の中央となる。つまり司令基地が国の玄関口であり、門番の役目を担っているのだ。

 この日、司令基地は付近に出現した大型怪獣の掃討に当たっていた。 

 

「敵大型怪獣、沈黙」

「第二種警戒態勢に移行、怪獣の死亡を確認した後に撤収せよ。研究班はサンプルの回収を忘れるな」

 

 司令室からの命令が通信機を通して前線に伝えられる。司令官は一通りの命令を伝えてからフゥと深く息を吐いた。

 毎度の事ながら戦いというものは息が詰まる。そんな司令にオペレーターの一人が声を掛ける。

 

「お疲れ様です。司令」

「あぁ、今回も何とか勝てたな」

「推定ですが、こちらの被害は三個小隊程と思われます。機兵の損害はゼロ、上々の戦果だと思われます」

「そうか、あれがまた役立ったか」

 

 あれとは今回の怪獣を倒した機兵『レギオン・メイデン』である。蜘蛛のような節足動物の脚を生やした台座にアイアンメイデンが乗っかっている奇抜なデザイン、しかしそのメイデンの中にはレギオンと呼ばれる爆撃ドローンが数十機も格納された動く爆弾庫である。

 あまりにも尖りすぎた見た目のせいでこの機兵を好む者は少ない、司令も嫌いだ。しかし戦果そのものは異常に高く、爆撃ドローンが怪獣の口や肛門から体内に侵入して中で自爆するためほぼ確実に怪獣を仕留められる。

 爆撃ドローン自体も一機十数万円程度なのでローコストで扱いやすい。

 この司令基地にも十機のレギオン・メイデンが格納されている。今回そのうち一機が怪獣を撃破した。

 

「使用されたレギオン・メイデンは一機だけですので予算内で済みますね」

「それはいい事だ。だが上には予算ギリギリの出費だったと報告しておけ、奴らは隙あらば予算を削ろうとするからな」

 

 ピピとアラームが小さく鳴った。司令は何のアラームだったかと少し思考を巡らせてからそういえばと手を叩いた。

 

「そろそろだったな」

「はい、既に領空を通過中です」

 

 事前にこの基地の上をある部隊が通り過ぎると報告が来ていた。怪獣と間違って攻撃しないようその時間だけ航空警戒を緩めるのだ。時間にして僅か十数秒。程なく基地上空を真っ黒な機兵が飛びすぎていった。

 

「死神部隊とは嫌な名前だな」

「それを言うならレギオン・メイデンなんて酷いものですよ」

「やめろ」

 

 レギオン・メイデンは肛門から爆撃ドローンをねじ込むので、兵士達の間ではアナル攻めのロボ、アナル器具とか揶揄されていた。

 酷い。

 

 

 ――――――――――


 

 全部隊が撤収を終えた頃、怪獣の死骸サンプルを採取している研究班の一人が不審な穴を発見していた。

 直径にして約二メートル。

 

「これは、なんだ?」

「どうした?」

 

 研究班がその穴を覗き込む、怪獣の腹の辺りに空いた穴は暗く、またとてつもない臭気が漂っていた。防護服で全身を覆って居なければ臭いで死んでいたかもしれない。

 

「防護服を着ていてもわかる、酷い匂いだ。こりゃ処理が大変だぞ」

「燃やせば匂いなんてわからないさ、それよりもこの穴だ。なんだと思う?」「アナル器具の爆撃によった空いた穴……には見えないな。これは歯型か?」

 

 その穴はどう見ても自然に空いたものではない、調べたら中から食い破られたものだ。

 それが意味するところはつまり。

 

「不味い、直ぐに司令基地へ連ら……」

 

 彼が全てを言う事はなかった。彼は最後まで気づかなかったのだ、後ろに怪獣がいた事を、その怪獣によって研究班が全て殺されていた事を、怪獣の触手によって彼は頭を貫かれて絶命するまで気づかなかった。

 

「ぐ、ぎぎ……て、ててきてき、こうげき、こうげき、はじはじ……はじめ……ぜん……ぜんぜんぜんころせ!」

 

 その怪獣は、喋ることが出来た。

 

 

 ――――――――――


 

 それは突然に起こった。司令基地全体に危険を知らせるアラートが鳴り響く。

 

「何が起こった!」


 自室で休息をとっていた司令官が慌てた様相で司令椅子に座る。既にオペレーター達が状況の把握に務めていた。

 

「格納庫内のレギオン・メイデンが全機稼働を始めました!」

「誰がそんな許可を出した! いや誰が動かしている!」

「そ、それが……パイロットの反応はありません。コクピット内カメラには誰も映っていないんです」

「なに? つまりレギオン・メイデンは独りでに動いたというのか?」

 

 当然だがレギオン・メイデンにオートパイロットシステムは搭載されていない。ほんとうにレギオン・メイデンは勝手に動き出したのだ。

 頭が混乱する中、爆発音が聞こえた。

 

「レギオン・メイデンが隔壁を破って外に出ました」

「第一種戦闘配置! ただし迂闊に攻撃はするな!」

 

 嫌な予感がした司令は急遽基地内の兵を全て動員する事に決めた。しかしレギオン・メイデンを攻撃する事はできない、十機のレギオン・メイデンに搭載されている爆撃ドローンの火薬量をもってすれば、この基地は壊滅することうけあいだ。

 故に、攻撃はできない。

 

「各レギオン・メイデンが散開し始めました」

「偵察部隊からの報告では台座にアメーバ状の生物が張り付いているとの事」

「その生物を撃ち殺せ」

 

 モニターからタタタンと三連バーストの音が聞こえた。

 

「ダメです、アメーバ状の生物は銃弾を吸収しました」

「なら焼却……いや爆撃ドローンに引火しては」

「レギオン・メイデン開きます!」

「何!?」

 

 モニターではレギオン・メイデンの扉が開かれようとしていた。アイアンメイデンを模した爆弾庫から今まさに爆撃ドローンが飛び出したのだ。まるでアイアンメイデンを小型化したような悪趣味なドローンは基地を飛びまわる。

 そのうち数機が出てきたばかりの格納庫へと侵入した。

 遅れて格納庫が大爆発を起こす。

 

「なんて事だ」

「続けて通信塔、兵舎が崩壊しました」

「これでは遠方への応援要請は不可能だ」

 

 何が原因でこうなったのか、やはりあのアメーバ状の生物が原因か?

 しかし怪獣が機械を動かすなど聞いたことがない。

 

「司令! 丘陵地帯に怪獣の群れが現れました!」

「こんな時に!」

「数は……そんな」

「どうした!? 報告を続けろ!」

「怪獣の群れはおよそ五千体、九割は小型怪獣ですが、少なくとも6種類います。そして残りの一割が大型怪獣」

「怪獣が、徒党を組んだだと?」

 

 基本は獣と同じ。同種でチームを組むことはあっても別種で組むことはない、獣を更に凶暴に凶悪にしたもの、それが怪獣だ。

 無論そこに知性などあろうはずも無い。

 

「レギオン・メイデンによる被害甚大!」

「く……基地内にいる全ての者に告げる。この基地を放棄する! 方法は何でもいい、直ぐに撤退しろ!」

 

 レギオン・メイデンの暴走による基地襲撃、タイミングを見計らったような怪獣の群れの出現。

 偶然というにはあまりにも出来すぎていた。

 

「認めたくはないが、怪獣に知性を持つものが現れたらしい」

 

 人間に当てはめれば、内部に潜入しての破壊工作、混乱に乗じて主戦力で襲撃する。大昔から行われてきた戦争の定番だ。

 司令は痛む頭に苦悶しながら、オペレーターに告げる。

 

「君達も逃げるがいい」

「司令はどうなさるおつもりですか?」

「私にはまだやる事がある、通信塔は破壊されたがまだ近距離通信ができる。ならギリギリまで指示をだしつつ、今回の戦闘記録をまとめて送信するつもりだ」

 

 基地から十キロメートル以内なら通信が届く筈だ。最後の一人がそこを抜けるまで記録を送信し続ける。

 

「それでしたら記録は私がまとめます」

「では私は通信範囲の向上を測ります」

「よせ、ここに残るのは……」

「一人でやるよりも効率がいいですよ司令」

「司令はちゃんと指示を出してください」

 

 どうやらここには司令官の命令を忠実に聞く従順な部下はいないらしい。部下に恵まれなかった幸運を呪いながら司令は諦めて命令を出し続けた。

 

「自動防衛システムをフル稼働させろ! 一秒でもいいから時間を稼げ! 一秒あれば人間は一歩前に進めるのだから」

 


 ――――――――――

 


 そして怪獣の群れが防衛システムを跳ね除けて基地内へと侵入した。

 既にほとんどの兵士の退避が終わっており中はレギオン・メイデンぐらいしかいない。

 無人の基地内に一際不気味な雰囲気を漂わす怪獣が侵入した。口が顔の横に縦向きについたおぞましい造形の怪獣は身体から生えた触手をうねらせながら司令室を目指していた。

 程なくして辿り着いた司令室には司令官が一人鎮座していた。彼の周りには部下と思われる死体があった。どれも頭を撃ち抜いている。

 

 不気味な怪獣は縦向きの口を開いた。

 

「ぐぎぎ……ててててていこおおおおおするな」

 

 怪獣は喋った。その姿を見た司令は一瞬驚いた表情を浮かべた後、どこか諦めの表情で乾いた笑いを浮かべた。

 

「なるほど、本当に知性のある怪獣が現れたのか」

「ししししぬののはおまままたち」

「は、言語能力はまるで赤ちゃんだな」

「ぎゃりぎゃりぃぃ」

 

 謎の奇声を上げながら怪獣は触手を伸ばして司令を縛り上げた。


「貴様らがどれだけ知性を身につけようが! 勝つのは我々だ! くたばれ怪獣ども!!」

 

 司令が叫ぶやいなや、彼の手の中にある手榴弾が起爆して彼の身体を吹き飛ばした。同時に彼を縛り付けていた怪獣の触手も吹き飛ばしたので怪獣は苦悶の声をあげる。

 

「Gryyyyyooyoo」

 

 触手を引っ込め、呻きながら先程受けた言葉を反芻する。

 

「くくたばれれれれ、くたばれれられ……くたばれ」

 

 不思議な事に怪獣の言語能力は使う度に滑らかになっていく。

 

「くたばれかいじゅうどもおおお! GRRRRRRRR!!」

 

 崩壊した基地に怪獣の笑い声が響く。

 それは間違いなく、勝鬨かちどきであった。

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知性 芳川見浪 @minamikazetokitakaze

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