第7話 孤児院での戦い

福祉局でもらった地図を片手に着いたところは、お世辞にも立派とは言えない古びた家だった。広めの庭があり、小学生くらいと思われる子供たちが何やら作業をしていた。子供たちは入り口で突っ立っている俺を見て寄ってくる。


「おい、なんだお前は。あやしー奴だな。」


リーダーらしき大き目の男の子が俺を見て言う。ほかの子はその子の影に隠れて興味津々とった様子で俺を見ている。


「こんにちは。俺はカオル。今日からここで暮らせって福祉局に言われて来た。院長さんはいるかな?」


「お前おっきいくせに孤児院なのか?情けない奴だなー。仕方ねえ、俺はな、ここのボスのコリンだ。コリン様って呼んでいいぞ!」


コリンと名乗る子供が偉そうに言う。


「わあ、またコリンがあたらしい子にえらそうにしてるー。いけないんだー。エルマ先生に言っちゃおうーっと」


「コリンはねー、えらそうだけど全然つよくなくてよく泣いちゃうんだよー」


周りの子供たちがはやし立てる。


「おまえら、バカ!やめろ!」


コリンは大慌てで周囲に怒鳴るも、ちょっと涙ぐんでいて可哀そうになってきた。


「承知しました。コリン様。これからよろしくお願いします。」


俺はコリンに合わせてみた。


「お、おう!カオルだな。子分としてかわいがってやろう!院長先生は出かけてるけどエルマ先生がいるから呼んできてやるぞ。」


コリンはそう言って、家の中に走っていった。かわいい。


「カオルはやさしーのね。あたしはミラ。よろしくね、おにーちゃん。」


「カオルおにーちゃん!」「カオルにぃ!」


何々、ミラにアスタにレイか。よろしくね。

そうこうしているうちにコリンがエルマと思しき女性を連れて戻ってくる。


「初めまして。私はエルマと言います。市の職員なんですがこちらの孤児院に派遣されて色々お手伝いをしています。ちょっと今院長先生がいないので家の中で待ってもらうことになるけど…あなた、記憶がないとか?姉から少し聞いたんだけど」


エルマは姉のエリンよりずいぶんと背が高い。が、ちょっと痩せすぎじゃないか?肌にツヤが無く、疲れが見える。


「はい、森で暮らしていたのですが街の近くでクマに襲われているところをエリンさんたちに助けてもらいました。カオルです。」


一応丁寧に挨拶してみた。なんかエルマさん疲れてるみたいだから面倒かけないようにしないとな…。


「コイツは俺の子分だからな。エルマ先生よろしく頼むぞ!」


「あらコリン。また子分が増えたのねえ。良かったわねえ。」


胸をはるコリン様にエルマさんが優しく微笑む。ほんといい人みたいだな。しかしどうしてこんなに疲れているんだ?孤児院の運営はそれなりに大変だとは思うけど…。


「おや、新しい子かな?」


子供たちと遊んでいると司祭っぽい服を来た男が近づいてくる。


「おやおや、ずいぶん大きな子だね。私はデミアス。イルナティオ教の司祭でこの孤児院の院長をやらせてもらっている。今福祉局に行っていてね、カオル君だったね。君のことを聞いてきたよ。記憶がないというのは大変だと思うがイルナティオ教は全ての人間を拒まない。落ち着くまでここで暮らすといい。」


デミアスと名乗った司祭はそう言ってゆったりとした態度で俺を眺める。が、俺にはわかる。コイツ、優しそうな目をしながら俺の動きや筋肉のつき方、手の平に武器タコがないかなどちらちら見てやがる。まあ俺は転生したばかりではっきりいって筋肉なんて全然ないヒョロヒョロだから問題ないだろう。


「デミアス院長、カオルと言います。よろしくお願いします。」


俺はできるだけ怪しく見えないよう、丁寧に言った。

孤児院でのルールや手伝いなどをその日は覚えて終わった。初めて来た世界で初めての夜だ。いきなり熊に襲われるわ大変な一日だった…。ここで晩御飯をご馳走になったが全てが薄い塩味でとても味気ない食事だった。まあ孤児院だからお金ないだろうしな、余裕ができたら何か美味しいものでも作ってあげたい。


でも、死んでから言うのもおかしな話だけど生きてるって素晴らしい。自分の足で立ち、動けることに感謝しかない。馬老師に恩返しないとな…などと考えていると何やら怪しい気配。俺はすっと立ち上がると柱に手を当てる。微細な振動が増幅されて音声として聞こえてきた。なんでこんなことができるのかはわからないけどどうしたらいいかはなぜか分かる。神パワーと思うことにしよう。


「記憶の無い少年だと…。計画に支障があるようであれば…。」


「いえ、ただのヒョロヒョロのガキです…。邪魔になれば何とでもなるかと…。」


「政府の雌犬、エルマと言ったか…。アレの状況はどうだ?」


「間もなく対処も終わります。精霊力が無くなれば子供以下ですので…」


どうやらデミアスと誰かが話しているようだが、ろくな内容ではなかった。やっぱりエリンの言う通りこの孤児院には何か裏がある。デミアスという司祭だけか、イルナティオ教が問題なのか…。どうやら外で話しているようだ。今のうちにちょっとエルマさんの様子を見てみよう。俺は周りで寝ているコリン様たちを起こさないようにしつつ、音を立てずに2階へと足を運ぶ。


孤児院の部屋には鍵などはついていないようで、俺はやましい気持ちなど無いと内心で言い訳しつつエルマさんの部屋に忍び込む。

そこには、静かな寝息で眠るエルマさん。だがやけに苦しそうだ。む、ベッドの下に何かがいる。俺はかがんでベッド下の暗闇を凝視する。すると、なにか変な生き物らしき不定形の物体がエルマさんに触手を延ばしていることに気づいた。どうする?これが原因のようだが…。騒ぎを起こすのもまずいな。俺はそっと窓を開けると、ベッド下の生き物をさっと手でつかむと窓から飛び降りた。


庭に降り立つと、そこにはデミアスともう一人、フードをかぶった男が居た。俺は謎の生き物を掴んだままデミアスを睨みつける。


「デミアス院長、説明してもらえますか?」


驚くデミアス。フードの男が言う。


「デミアス、どういうことだ。これが今日来た子供か?なぜ聖餐を持っている?いずれにせよこれはお前の失態だ。きちんと後始末はしておけよ。」


そう言ってフードの男は夜の闇にまぎれ消えていく。


「くそっ、ガキだと思って油断したわ。ガキめ、ただの馬鹿か政府の犬か知らんが愚かな奴よ。お前が今手にしているのは我が教会の聖餐だ。お前が死ぬまで取れんわ。そのまま死ね!」


えっこれ取れないの?俺はブンブンと腕を振るが確かにへばりついていて取れそうもない。そいつはじくじくと俺の腕に触手を延ばし、ヒルのように何かを吸っているようだ。栄養かな?


「聖餐は我が教会の秘儀よ。取り付いた相手の精霊力を吸って魔力に変換。魔力が蓄積された聖餐は我ら魔王軍の糧となる。それを知った以上生かしては返さん。ま、もう死ぬだろうがな。」


色々言っちゃったよこの人…大丈夫かそんなんで?デミアスは魔王軍と…。デミアス自身が魔族であるとすれば見た目では全然わからないってことか。この聖餐って奴もあまり長いことくっつけているのもまずそうだ。ふむ…。俺は腰を少し落とすとゆらりと両手を広げ、一瞬の間を置いて勁を放つ。


「陳家太極拳!纏絲勁!」


超高速高回転で振るわれ、一瞬の発勁を受けた聖餐?は瞬時に弾け飛ぶ。まあ一々技名を叫ぶ必要は全くないんだけどせっかくだから中国拳法のすごさをこの世界に知らしめたい。

ちなみに陳家太極拳は全ての太極拳の祖とされる流派で、日本だと健康体操みたいな認識の太極拳だけど立派な中国武術でもある。


「なんだそれは…。聖餐が剥がれるだと!」


慌てた様子でデミアスが腰に吊るした剣を抜く。


「なぜエルマ先生を狙った!」


俺はジリジリとデミアスへと距離を詰めながら問う。


「貴様の知ったことか!この孤児院のガキ共は魔族化の兆しがある。こちらで少しずつ魔力を与えて育ったところで教会本部に送るのがこの孤児院の役目だ。それをあのエルマが政府から派遣されて色々やりにくくなってきたから殺す。それだけの話だ!そこまで知ったからにはお前は生かしてはおけん。ここで殺す!」


すごく丁寧に説明してくれたぞこの人…。なるほどなるほど。その教会とやらが魔族の本拠地ってことだな。


「ならば見せよう。中国拳法の極地を!放長撃遠…劈掛遠撃掌!!」


少し離れたところからの攻撃には劈掛拳が最適だ。俺は地を蹴りデミアスに飛びかかると同時に自由になった両手を広げ、遠心力を利用して上から手刀で斬りかかる。大地を蹴るエネルギーを腕の振りに連携させ、相手を叩き切るつもりで振り下ろす!


「ふう…。さてどうしたもんか。」


俺の前には泡を吹いて痙攣するデミアス。殺しちゃうのはちょっとまずいかと思ってとっさに手刀から掌打に切り替えて首筋を打ってみた。俺はデミアスを引きずりながら衛兵の詰め所に向かった。

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中国拳法が弱いなんて誰が言った?俺が本物の中国拳法を見せてあげますよ。異世界に渡った僕が剣も魔法もぶっ飛ばす。 荔枝 @lizhi

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