鯰土竜

安良巻祐介

 家の前の道を何やら細長い亀裂が走っていくなと思って見ていたら、篳篥ひちりきしょうの音色がどこからか聞こえてきて、ささくれ立った土の合間から尖った黒い鼻がフイと出て、しきりに空の臭いを嗅ぐ様子である。それを見て、この辺りで祀られているなまず土竜むぐらだと気がついた。三管のうち龍笛の音色だけが欠けているのも、龍種に似たこの神霊の御幸の際のお決まりであり、完全な龍でないことを暗示しているのだという。奏者のない雅楽の音色に戦慄しながらそんな事を考えていた私の前で、黒い鼻面は何か思案するようにひくひくと蠢き、くるくると空を掻いている。それを見ていると、何やら異様な空気が辺りに混じり込んでくるように感ぜられ、辰の印を切ってから、家族に声をかけ、ほうほうのていで逃げ出した。我が家のあった場所が地割れに呑まれたのは三日後の事であった。

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鯰土竜 安良巻祐介 @aramaki88

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