めでたしめでたし

 月夜が見下ろす野辺。強く風が吹いた。

 「強い風じゃの…。」

 男は頭に被る傘を右手で少し上げ、周囲を見渡した。彼が身に着けている墨染の衣はばたばたと風になびいてる。


 法師は側の二匹の獣と一人の女に話しかけた。

 「見ろ。ここからなら、岩辺の荘園がよう見える。」

 福丸が寂しそうに言う。

 「七重と賢寿丸に別れ言わなくていいのか…。和尚…。」

 「この坊さんの決めたことじゃないか。」

 深雪狐がたしなめるが子狸は納得できていない様子だった。

 

 道西が福丸の前に座り込み、毛並みを優しく撫でた。

 「儂だって寂しい。世の中は別れの繰り返し…。それに儂はあの世界に本来いてはいけない身じゃ。」

 「後悔はございませんか?」

 女の声が道西に尋ねる。


 「仕方ないじゃろう。儂は鎌倉に謀反を考えている平家の落人なのじゃから…。」


 道西は何ともないように言うが、表情はどことなく沈んでいた。そして女に顔を向ける。

 「それよりもお前さんの倅。見事、試練に合格じゃろ。おめでとうさん…。尾花…いや、望月丸よ。」

 

 道西がそう言うと尾花の姿がみるみるうちに大きな狸の姿に変わっていった。丁寧な喋りが無骨な物言いへと変わった。


 「ああ…人間の女に化けて、女中として館の中に紛れ込んでみたが…忍び込むの遅かったな…。」

 望月丸が福丸を一瞥する。福丸はムキになった。

 「合格したんだから、もういいだろ。」


 深雪が呆れて言う。

 「最初は尻尾が付いたままだったりしたね。あんた。」

 「お前なんて、正体ばれちまったくせに。」

 「でも、あんたより先に忍び込んだから。」

 深雪が得意そうに言うと道西がからかうように言った。


 「しかし、森において望月丸を化かすことは出来なかったようじゃな。」

 その言葉に深雪がムッとした。望月丸が口を開く。

 「確かにな…。儂が尾花として花摘みに森に入った時、森や道がおかしくなったと思ったが、すぐに術が破ることができたぞ。まあ…お前の日頃の行いから他に化かされた人間がいないか探し回っていたら、時間がかかってすぐに出られなかったがな。」

 「次は必ず化かしてやるからね。」

 深雪狐は恨めしそうに言った。


 「ところでさ…。」

 福丸が道西に目を向ける。

 「和尚は本当に行くんだな。」

 「もちろん…。」

 「七重が寂しがるぞ。おいらはあいつが『道西様、道西様』と懐いているのを見てきたんだぞ。賢寿丸だってそうだ。お前のこと頼りにするようになってた。」

 そう言われ、道西の脳裏に二人の姿が浮かんだ。しかし、すぐに打ち消した。


 「留まるわけにいかん。あそこは源氏方の荘園。おまけに…儂は平家を裏切って、差し向けられた刺客を殺したのじゃから…。」

 「ああ…そうだったな。」

 福丸が荘園を見やる。


 小さな家と田畑が散らばる。その中に目代の館があった。館へ続く道に木が数本並んでいる。


 「白拍子の梅ヶ枝と八十菊も儂と同じく平家の間者…。」

 道西が静かに呟く。

 「儂が幕府の御家人の岩辺様の事を調べ上げる。梅ヶ枝と八十菊をはじめとする仲間たちが芸人や商人に化けてやって来るから、儂が調べたことを伝えるのが仕事じゃった…。」

 「でも坊さん…。あんた駒十郎っていったけ…。金もらって平家を寝泊まりさせていたっていう。あの男を役人に引き渡しちまったんだろう。」

 深雪狐が道西に語り掛ける。


 「ああそうじゃ。駒十郎は金目当てにすぎないから儂らの事を詳しくない。あいつが捕まったところで儂が平家の手先とまではバレない。奴は運がなかった。殺しの日に泊めた清丸はただの商人だから奴に不利な事を平気で喋る。儂も奴を庇う気がなかった。そのまま殺しがバレて捕まった。」

 「そして…それを知った白拍子の二人はお前さんの裏切りに気づいた。そして刺客を差し向けた。それをお前さんが返り討ちしたんだな。」

 望月丸は道西に確認する。


 「ああ…。」

 道西が思い返す。

 「儂はあの男を突き飛ばして殺した。草鞋を側の木の幹につけて木登りから落ちて頭を打ったと見せかけた。…としたんじゃが賢寿丸様の目は誤魔化せなかったようじゃな…。」

 「賢寿丸が?そりゃ一体何があったんだ?」

 福丸が興味ありげに尋ねる。それを道西が「バレるかと思ったわい」と笑いかける。

  

 「でも坊さん。あんた卑怯じゃないか。手引きしていた奴を売る。文には仲間のことを書いておく。その癖あんたは一人逃げおおせるなんてさ。」

 深雪は少しの軽蔑を込めている。道西は答えられなかった。


 望月丸が深雪を制した。

 「そう言うな深雪。和尚にそうするように俺が無理矢理言った事だから。」

 「あんたが原因なのかい?」

 深雪が驚く。


 「ああ。和尚が捕まったら福丸が嫌がるし。七重と賢寿丸も見たくもないだろうからな。それに文に仲間を書いておくと言っても全部を書いたわけじゃない。せいぜい奴らの企ての邪魔をして幕府側の警戒を強めただけだ。和尚には正体は俺だったって事にして立ち去ってもらった。何より…。」

 望月丸は暗い顔をする。


 「昔…俺のせいで和尚の兄は岩辺様に捕まったのだから…。」

 「えっ…。本当かい?」

 「ああ…。」

 深雪は開いた口が塞がらないでいる。


 「平家と源氏の戦いがあった頃、俺は藪の中で休んでいた。そこへ平家の武者が何人かやって来て驚いた俺は藪の外へ飛び出した。そしたら岩辺様が『藪の中に誰かいるに違いない』と言い出してさ…。」

 「もういいじゃろう。望月丸よ。まだ気にしておったのか。」

 道西が慌てて止めた。


 「兄上が岩辺様に見つかったのはそれだけが原因でない。兄上が自ら藪を揺らしたからじゃ。」

 深雪が口を開く。

 「自ら藪を揺らす?もしかして囮になったのかい?」

 道西が頷く。


 「ああ兄上が儂らを逃すためにな…。」

 「ちなみに和尚は怪我で兄を止めることも助け出すことも出来なかったんだ。和尚の仲間には動ける奴もいたけど。そいつらは助けるどころか和尚を押さえて動けないようにしていたんだ。和尚が無理に飛び出て自分たちまで捕まらないようにな。」

 望月丸が補足をして深雪を見つめる。これ以上、彼女に道西を卑怯者と言わせないようにしているかのようだった。


 「その後、兄上が連れていかれた後…。儂らは飲まず食わず喉もカラカラで声も出せない状況で逃げまわった。そして生き残った儂らは仲間を集め、源氏を滅ぼそうと企てたのじゃった。」

 道西はどことなく疲れ気味だ。

 

 「それで、あなたはもう源氏を倒す気はなくなったのかい?」

 深雪が尋ねる。

 「ああ…いつ頃からか分からぬが恨みが薄らいでいった。そもそも義経も頼朝も今はこの世にはいない。まだ生きている者も幕府内の争いで滅ぶ滅ぼすを行っている。儂らが手を下さずとも自然と消えていくじゃろう。無論、幕府をつけ狙う儂ら落人も同じじゃ。それでも平家の名を継いでいく意味があるのじゃろうか。幕府を倒せと躍起になる必要があるのじゃろうか。」

 道西は荘園に背を向けた。ゆっくりと歩みを進める。


 望月丸が尋ねる。

 「人の世の中はこれからはどうなると思う?」

 道西が足を止める。

 「今の幕府を見るに源氏は北条に良いようにされるだけじゃな。御家人たちはそれにどう動くか次第。まあ岩辺はまだ続く…儂はそう思う。旅をしながら世間から一歩離れた所から見てみようと思う。」

 道西は逆には望月丸に尋ねる。


 「望月丸よ。お前はどうするのじゃ?福丸の試練は終えた事だし山に帰るかの?」

 望月丸は首を振る。

 「いいや…。俺はしばらく残る。目代の館から尾花が急に消えたら騒ぎになるからな。福丸だけ先に帰ってもらう。俺はしばらくしてから適当な話をして館から暇をもらう。それで人里からバレずに立ち去る算段だ。」

 望月丸は福丸に寄り添い言い聞かせた。 

 「いいか。山に帰っても稽古を怠るなよ。母ちゃんの言う事を聞くことだ。いいな。」

 「分かってるよ。父ちゃん。」

 福丸がうるさそうに返事をする。


 深雪が毛づくろいしながら口を開く。

 「私ももう少し荘園にいさせてもらうよ。」

 「狐狩りがあったていうのにか?」

 道西は驚き、説得するように言う。


 「あれは荘園に潜む平家を探るための方便とはいえ、春の前様や六郎様の奥方を怒らせてしまったのだから。お前は人里から離れたほうがいいじゃろう。」

 「私だってそう思うよ。でも…まだ望月丸が残るって言うのなら私も残るさ。」


 福丸が飛び跳ね、金切り声を上げた。

 「深雪‼お前はまた父ちゃんに張り合う気か‼」

 深雪は歯牙もかけない様子で毅然と言う。

 「ふん。私は勝つまで望月丸を追い回すからね。」

 その台詞に福丸は深雪を睨みつけた。深雪はフンと顔を背けた。


 「これこれ。」

 道西がしゃがみ込む。二匹に手を伸ばし、笑いながら仲裁する。

 「全く…。顔を合わせればこれだ…。」

 望月丸は呆れて言う。

 道西が立ち会がる。


 「そろそろ儂は行くからの…。」

 道西が闇夜を歩き出した。後ろから福丸が声をかけた。

 「気を付けてな和尚。七重と賢寿丸の分もおいらが見送るからな。」


 七重と賢寿丸。

 その名前に道西はフッと笑みを浮かべた。

 道西は後ろを振り返ることなく去って行った。



 荘園で道西が狸だと正体を明かし立ち去った。その時、平家の落人の企みを手紙に書いて置いて行ったとか。地頭の桑次郎はそれを読むとすぐさま兵を挙げた。その手柄で幕府で重んじられるようになったとさ。そして嫡男の賢寿丸も元服すると御家人としての務めを立派に果たした。そして岩辺親子は望月丸の伝説を忘れず子や孫に語り続けていったとさ。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

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語られる 狸和尚の謎解き 桐生文香 @kiryuhumi

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