荘園の狸7

夕暮れ時。青い空と白い雲が真っ赤に染まる。


「まさか…道西様が狸だったとは…。」

賢寿丸の横で桑次郎が溜息をつく。

三人は夕日の下を通り抜けながら、館へ続く道を歩んでいた。


「ええ…。父上。驚きですよね。」

「道理で福丸に優しいはずです。私がどんなに福丸のした事を伝えて怒っても道西様は庇われたのですから。」

 賢寿丸と七重は桑次郎の手前。丁寧な物言いをした。


 その時、桑次郎が二人を見回して言った。

 「わざわざ、そのような言い方はしなくてもよろしい。お前たちは普段より無理矢理に礼儀正しくして見せていたのであろう。」

 「え…?」

 賢寿丸は驚き桑次郎を見た。七重は目を見開いている。


 「上手く化けたつもりでも親の目を簡単に誤魔化せるもんではない。それにお堂に着いた時、お前たちは思わず普段の姿になっていた。」

 「あ‼」


(どうだ?)

(声どころか物音もしない…。いないみたい。)

(留守か…。)


 あの時、道西を探そうと必死になっていた。桑次郎が目の前にいるというのに素を出していた。


 「あの…父上…。」

 賢寿丸がしどろもどろに誤魔化そうとした。七重はああと頭を抱え込んでいる。

 「良い良い。そのままで。儂の前でも七重に話すような口ぶりで構わん。」

 「父上…。」

 賢寿丸ははっと顔を見あげた。桑次郎は温かい笑みを浮かべ、二人を見つめる。


 「疲れることであろう。」

 「……。」

 「だが、客人…特に義姉上の前だけは…丁寧にしてもらうからな。」

 「はい‼」

 賢寿丸は元気よく返事をした。七重はくすっと笑っている。

 

 「それよりも狸…儂は平家の手先だとばかり…。」

 「えっ?」

 賢寿丸は呆気に取られた。


 「実は平家の残党を気にしていての。道西様が怪しいと思ってたのだ。」

 そう言って桑次郎は頭を掻き始めた。

「荘園には出入りする旅の商人や芸人が多い。その中に間者が混じっていてもおかしくはない。そして去年、道西様が空のお堂に住まうことを申し出たのだ。あの法師は素性を聞いてもはぐらかしてばかりいる。だから何かにつけて呼び寄せてはいろいろと話をきこうとした。まあ、のらりくらりとして何も聞けずだった。儂が鎌倉に戻った後も六郎に道西様の様子を見張らせておいた。」

 七重から聞いた話が思い出される。


 (道西様は諸国を巡ってきたって話をするから岩辺様と父上に呼ばれて)

 (岩辺様がお帰りになられた後も父上が度々招き寄せて)


 賢寿丸は父の顔を見あげた。精悍と思慮深い顔だ。


 化かされていた…。


 こちらでは七重と一緒に道西の正体をあれこれと考えて狸ではないかと言っていた。桑次郎たちはなぜ道西の素性を疑わないのかと思っていた。


 しかし、実際は違った。

 平家の手先と疑いを持ち、監視し荘園内を探らすように手を回していたのだ。能天気に道西を慕い入れ込んでいると見せかけて。


 「平家を手引きしていた駒十郎を捕まえさせたのは辻褄が合わないと思っていたが…。どうやら私の思い違いだったようじゃな…。こんな物を残していきおった。」

 と桑次郎が折り文をひらひらさせた。賢寿丸はそれを見て尋ねた。

 「それなんですか?」

 「平家の残党が今どうしているのかが書かれていた。」

 「⁉」

 耳を疑う答えが返ってきたが桑次郎は平然としている。


 「これには『狸の姿で野山を駆けまわった所、平家の者が密談しているのを見つけた』と始まり、平家が普段どこに隠れているのか、どうやって我らを嗅ぎまわっているのかが書かれていた。平家の手先ならばこんな物を残すわけがない。」

 賢寿丸が桑次郎から文を受け取り広げると確かにそんなことが書かれていた。


 「まあ…この文に真のことが書かれていたらの話だが…。調べて見る必要がある。早速、兵を遣わそうと思う。おっ尾花。」

 

 目の前に館の門が見えた。中から尾花が迎え出てている。

 「おかえりなさいませ皆様。」

 「おお…尾花よ。突然だが六郎を呼んできてくれ。」

 「坂井様ですか…。」

 尾花は困ったような顔をする。


 「坂井様は今…皆様がお帰りになられる少し前にお出かけになられました。」

 「何?入れ違いになったか。」

 桑次郎が言うと七重が首を傾げながら口を開いた。

 「父上は一体何の用事で出て行ったの?私たちが道西様のお堂に行こうとする時に父上がちょうど帰ってきたけど、『一仕事してます』とか『お帰りをお待ちしてます』とか言ってたのに。」

 

 「そういえば…確かに…。」

 賢寿丸が桑次郎を連れてお堂へ引き返した時の事を思い出した。

 確かに六郎は館に残り、賢寿丸たちの帰りを待つつもりでいる口ぶりであった。そして六郎は館へと入って行ったのを覚えている。


 その時…。

 「岩辺様…何かありましたか?」

 神妙な顔つきで六郎が歩いて来た。一同の怪訝な心情を察しているようだ。


 「おお六郎。帰って来たか。この文を道西様のお堂で見つけたが…。」

 六郎がはっと驚いたように言う。

 「道西様のお堂…。そこへ行かれたのですか?」

 その言葉に桑次郎が目を見開く。


 「何を行っておる…。お前は儂がお堂へ行くときに、その話を聞いておったはずではないか…。」

 「いっ…いえ…。私は今しがた帰った所で岩辺様がお堂まで行かれたのは存じてませんでした。」

 「何?」

 いきなり斬りるけられたかのように桑次郎は驚愕する。

 

 賢寿丸はその様子を見て尾花に尋ねた。

 「ねえ、尾花が見送ったっていう六郎は変わったことしていなかった?」

 「いえ…別に…。」

 尾花は首を傾げる。そしてあっと声を上げた。


 「そういえば…。門に向かって何かしていたような…。ほら、あそこの門で。」

 尾花の指す先で門が大きく開け放たれている。賢寿丸はそこへ駆け出した。

 見ると小さく狸を描いた悪戯描きがされていた。


 (まずは人間に化けてバレずに目代の館に忍び込めってさ)

 (おいら館に忍び込んだら、その証残してやるからな)


 子狸の憎たらしい笑みが頭をよぎる。

 「福丸め…。」

 賢寿丸はポツリと呟いた。

 

 

 

 

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