自殺を試みた。

 このビルから飛び降りる。僕は死ぬ。もし僕がこの世界の語り手だったら、僕が死ぬと同時にこの世界も消えるだろう。しかし語り手が僕ではない誰かだったとしたら、この文章はWeb小説として残るはずだ。遠い場所の誰かが僕の星空の残滓を読むのだろう。もしこの物語を読んだならば先ほどの続き、僕がプーさんを抱きかかえてからの物語を書いてほしい。そうしてくれれば、僕の星空は死んでもなお広がり続ける。僕は星空の中で生き続ける。星空で生きる僕と、消えなかった世界で生き続けるあなたは、この世界の物語形態の秘密をちょっぴり暴いたことになる。この世界は、僕の一人称視点の世界では無かった、ということを証明をしたことになる。

 

 ビルの屋上で強い風に吹かれながらパソコンをカタカタと叩く。屋外でパソコンを触るというのは、少しだけ変な感じがする。身体がぶるッと震えた。怖いのではない。風で身体が冷えただけだ。そろそろ潮時だろうか。何処かからニャーニャー聞こえる。あたりを見回しても猫はどこにもいない。


 決意を固めた。空を見上げる。冬の風のニオイがした。高いところでは、世界が小さく見える。高いところで感じる恐怖は、何も落下死への恐怖だけではない。いつもの馴染んだ世界が、頼りなく小さくなり遠く離れた場所へ行ってしまった寂しさ。自分の生きる物語世界に突き放されるほど怖いことはない。しかし、その世界に帰ろうと焦るあまり一歩足を踏み出してしまえば、却って自分から物語世界を突き放してしまうこととなる。吸い込まれて行きたい欲望と死の恐怖。その板挟みの立場に置かれることで、人は激しい葛藤状態を突きつけられ、混乱に似た状態となるのだ。


 ただし、今、私は世界を突き放す覚悟をしたのだ。板挟み状態から逃れた私は、混乱から抜け出して小さな世界のありのままの姿を見つめる。さあ、物語に終止符を打ち、最後の星屑を輝かせよう。このWeb小説を読んでくれている人(ここまで苦痛に耐えて読み進めてくれた人がいるか分からないが)はこれを遺書と捉えてもらって構わない。飛び降りる前に、投稿ボタンを押すのを忘れないようにしなければ。他に何かやらなければいけないことがあったかな・・・・・・。何をやっても今更遅い気がする。指が冷えてきた。キーボードをうまく打てない。デリートキーを何度も押している。そろそろなのかもしれない。


 最後に、大事なことをもう一度。物語は嘘によって作られる。物語の中では2+2=5でもあるし、銀河鉄道は夜を駆ける。嘘と真実の境界線は存在しないのだ。


 これで、この世界が僕の一人称視点の世界ではなかったことの証明とする。

 

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小説家として物語を作り出す僕は、僕自身もある物語の登場人物にすぎないと気づき、相棒のネコとともにその証明としての物語をここに示し、自殺を試みた。 雑務 @PEG

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