しゅみ(いつもの)

 真剣な表情でパソコンの画面を見ているものだから、邪魔しないほうがいいのか迷ってお伺いをたてた。


「真尋さん、お仕事?忙しい?」


「いや。酒井くんに似合いそうなパーカーを見つけたけど、どの色がいいか迷ってるところ」


「え、えっ?俺の服?」


 慌てて覗き込んだ画面には、確かにシンプルデザインのカラフルパーカーが並んでいる。何の特徴もなさそうなものなのに、真尋さんのお眼鏡に叶う何かしらがあったんだろうからそれはいいんだけど。


「いやいやいや、下着とか洋服とかいっぱい買って貰ってるし!家に帰らなくても生活できそうなほど買ってくれてるし!」


「ルームウェアー的なものは十分だけど、厚手のものは少ないでしょ」


「いやそんな、何もかもそろえてくれなくても大丈夫だから!必要なら持ってくるし」


「趣味だから」


「趣味でお布施はだめなやつ」


 貰いすぎ良くない。

 いくら真尋さんが十分な収入のある大人だとしても、まだ学生にして既にヒモ感なのは良くない。甘やかされすぎてダメになりそう。俺の将来が不安。


 真尋さんは真顔でじいっと俺を見上げた。完璧に可愛い。一秒で負けそう。


「……逆だったら?」


「えっ、逆?」


「立場が」


「んーと、俺が真尋さんに服を買う?」


 こくりと頷く真尋さんが可愛いのは置いといて、自分の口から出た言葉に一気に想像が駆け抜けた。


 逆の立場ってことは、俺が真尋さんに似合う服を選んで、たくさんプレゼントして着てもらって……、いつなんどきも俺が選んで買った服を真尋さんが着てるってこと?

 仕事に行くときもスーツの下に俺が買った下着を身につけて、外に出る時も着てて大衆の目に晒して、誰と話してる時も俺の贈った服を着てるってこと?!!!


 やばいやばいやばい。この綺麗な人が、絶対的に俺を選んでくれてるって見せつけるような。見せつけてくれるの?うわ、それやっばい。


「……っ、えっちすぎる!!!」


「なに着せたの」


 怪訝な顔をされてしまった。


「いや、ちがっ、へ、変な意味じゃなくてっていうか、そういうのもありとかああああああああ」


 多分なんでも着てくれますね。希望じゃない自信がある。

 いや、そうじゃなくって。

 つまり、なんていうか、要するに。

 とてつもなく執着めいた独占欲をそんな堂々と受け入れられて、その上見せびらかしてるっていう、どろっどろの欲望がえっちすぎる……。お外でいちゃいちゃしてるカップルなんかよりずっと欲望がすぎる。


 ………待って俺それされてるってこと?


 いやいやいや、そんな他意はない可能性も。純粋に困らないように準備してくれてるだけかも。

 だってお泊りの頻度が多いから、いつの間にか着替え用意してくれててすごく助かったし。洋服洗って乾かしてる間のバスローブって着慣れなくてそわそわしてたし。でもあれはあれで真尋さんのサイズじゃないしきっと準備してくれたんだろうけど!気づいてるけど!!うわ、尽くされ過ぎじゃない?


 でも趣味って。趣味って!

 もしかしたら、そういう?そういうえっちなほうの意味で?!


 俯いて視界に入る自分の洋服を見つめる。

 今日も今日とて一日中、真尋さんが買ってくれた服を着てすごしてたけど。普通に学校行って、普通にバイトもこなして、普通に真尋さんを迎えに行って帰って来たけど。

 心臓大暴走祭りなんだけど。動機息切れかんのむし?いやなんか色々交じってるまあいいやとりま鼻血でそう。


「……そういう意味で?」


 期待を込めてちらりと真尋さんへと視線を向ける。

 平然とした顔のまま、真尋さんは首を傾げる。


「どういう意味?」


「えっと…………マーキング?」


 ちょっとだけ、調子に乗りすぎてる?

 厚かましいかな。勘違いが過ぎるかな。呆れられちゃったり?


 不安が過った瞬間に、真尋さんがにやりと口の端を持ち上げた。


「稼げる大人の特権でしょ」


 全力で肯定。


「やばいやばいやばいちょっと見せびらかしたいから今から町内一週してきていい?」


「近所迷惑やめて」


「あああああだってもう、もう、爆走してる心臓に置いてかれてる追いかけなきゃ」


「大丈夫そこにあるはず」


「だってもうそんなの知った瞬間に世の中全て的に回すほどの幸せの底なし沼にどっぷり漬かり込んでもう思い残すことはないっていうか!!!」


 自分の心臓を持て余してる俺に、真尋さんは立ち上がって顔を間近に寄せてきた。

 ほんの少し伸びあがって近づいた唇が触れそうな距離で囁く。


「………本当に?」


「むり。思い残すことしかない」


 まだまだ心臓は走れるようだ。

 それにほら、俺も真尋さんにお洋服をプレゼントしたいなんて欲望が芽生えてしまった。

 センスないけど!全くこれっぽっちもセンスないけど!!

 でも多分、喜んで着てくれるんだよなぁ。


「ああああああもう可愛いがすぎる!夢なの幻想なの現実にしてはあまりにもファンタジーすぎてむしろ異世界なのチートなの!!!」


「うるさい」


 わずかに触れた唇が、笑いの音をこぼして離れた。


 本当にどんな徳を積んだならこんなに幸せ過ぎる人生を送れるだって、心底本気で思ってるけど。

 手放さないためにならどれだけでも徳を積んで見せる所存です。


「………着てくれるの」


 ほんの少しだけ不安のない交った声に、全力で頷いた。


「もう全力で着るし見せびらかすしいつか着て欲しい!!!」


 ふわりと綻んだ頬に、血色が増す。とろりと蕩けた瞳が喜びの色に染まる。

 はにかんだ唇が、うずうずとむず痒そうに揺れ動いた。


「………もちろん」


 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 とんでもなくハッピーな空間の中、俺の人生に夢と野望と趣味が一つ増えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゆめのしま【第一倉庫】 ちえ。 @chiesabu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ