第6話 4つ目のストーリー

「神谷さん」

 本を返しに来た神谷に声を掛ける。神谷が作ったきっかけではあるが、私から業務以外のことで話しかけるのは緊張する。


「はいっ」

「この前の話で私は3冊紹介したい本があります」

「そんなに。ありがとうございます」

 私は3冊を差し出す。


「探した代わりとは言いませんが、お願いがあります。この順番に読んでいただけますか?これが、私があなたに読んで欲しい本で、順番です」

 神谷は不思議そうな顔をした。

「橘さんが・・・そうおっしゃるなら」

 私は三冊の本を渡す。シリーズものでも、作者が一緒というわけでも、ジャンルだってまばらな三冊。


 彼はいつもの席に座る。


 彼は気づくだろうか。

 遠回りで分からないかもしれないそのメッセージを。


 気づかれなかったら、『私と彼は縁が無かった』なんて、私はいつものように運命を理由に逃げるかもしれない。けれど、これが今の私の精一杯。私は机の下に忍ばせた手紙をちらっと見る。


 私は事務を行いながら、彼を観察していた。どうやら、3冊読み終わったようだ。そして、彼は3冊を見比べる。


―――もしかしたら、気づいたのかも。


 私はドキドキしながら事務を行っていく。

「橘さん、今日はなんだか一段と目がキラキラしているわね」

 館長が微笑みながら話しかけてきた。どこまで館長は把握しているのだろうか。


 彼がやってくる。

「橘さん」

「・・・はい」

「ありがとうございました」

 彼は三冊を返す。

 私は諦めたように本を受け取る。 


「これで最後ですか」

 トックンッ

 私は自分の心臓が高鳴るのを感じる。

「他の本が必要なんですか」

「いいえ、続きです」

 トックンッ

 私は無言で下を向く。


 彼は話を続ける。

「この本達の冒頭の句読点までが気になりました。最初の本の句読点までが『わたし』、次の本が『橘は』、そして最後が、『神谷さんのことが』でした」

 私は顔を上げられない。


「2冊目を読んで橘さんと同じ、橘が出てきた時はそんなものかと思いましたが、3冊目が僕の名前が出てきました。そして・・・3冊とも全く面白くないし、この図書館の本じゃない」

 私は顔が熱くなる。恥ずかしい。気づかれなければ良かった。私は急いで、その3冊を片付けようとする。

「あっ」


 彼が私の手を優しく握る。

「私は続きの本が・・・いいえ、あなたの心が読みたいです」

 私はどんな顔をしていただろうか。真っ赤になっていただろうか、わからない。

 でも、一つ言えることは、彼の真っ赤な優しそうな顔よりは赤くないと思った。

 

 私は手紙を渡す。

「読んでください!!あとまだ仕事があるので。帰ってから読んでください」

 それを受け取った彼は、急ぎ足で図書館を出て、手紙を開ける。

 帰ってからと言ったのに。


 私の心が読み解かれ、私の想いが届くのも残りわずかだろう。

 

 そして、私達の物語が始まればいいな―――


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いはで想うは言うに勝れる 西東友一 @sanadayoshitune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ