タイムマシンに愛を込める

常世田健人

タイムマシンに愛を込める

 タイムマシンという代物に特別な魅力を感じてしまうのは何歳になっても同じだろう。

 手紙を埋めれば子どもの頃の思いを成人になってから手に取って読むことが出来る。

 おもちゃを埋めれば当時そのおもちゃを使って遊んでいた思い出に浸ることが出来る。

 未来の自分に向けてメッセージを送れる子ども心と、昔自分が何をタイムマシンに込めたのかという成人になってからでも楽しめる趣があるところが、タイムマシンの良いところだ。

 そして僕の母校である小学校には、タイムマシンにまつわるこんな伝説があった。

 ――小学校の近くにある桜の木の下に好きな異性の名前と思いを手紙に書いて埋めれば、二十歳になるまでにはその異性と付き合うことが出来る。

 子どもが生み出した可愛げのある噂話だろう。

小学生ということもあり男子はあまり騒ぎ立てない話ではあったが、男子よりも少し先に考えが成熟する女子は卒業間際に話題に出すことが多かったように思える。

 そして当時、僕は小学校六年生男子ながらも、浮足立ってしまった結構特殊な人材だった。

小学校の卒業式の翌日、誰にも見つからないように、とある女の子の名前と思いを込めたメッセージをビニール袋に入れて桜の木の下に埋めたのだ。

 さあ、そんなこんなで、約十年の時が経った。

 二十歳になり、地元で成人式があった。

 親の仕事の都合で中学校に入る前に引っ越ししてしまった僕はあまり地元の友達とは絡めず、二次会にも誘われることはなかった。

 午前中に成人式が終わり、手持ち無沙汰になった僕の頭にふとよぎったのは――自分が昔桜の木の下に埋めたタイムマシンだった。

「そういえば、どんな内容を書いたんだっけ」

 思えば初恋だった記憶がある。

 ショートヘアーでメガネが印象的だった綺麗な子だった。

 今ではもっと綺麗になっているのだろう。

 ろくにアタックもせず、桜の木の下の伝説に頼るしか無かったと思うと何だかこそばゆかった。

「折角だし、掘り返してみるか」

 この時間に家に帰るのも癪なので、近くのスーパーでスコップを買い、桜の木の下に行くことにした。

 ――鈴木さん。

 彼女の名前は今でも覚えている。

 今まで一時たりとも忘れたことが無い。

 あまり色恋沙汰に関わらない小学校男子の中でも、クラスの中で可愛い子は誰かという話題が挙がった際には必ず一番か二番には名前が出る女子だった。

 対して僕はというと、自分でいうのも何だが、小学校六年生の時は人気者だった覚えがある。卒業アルバムの『将来大物になりそうな人』にも『山田君』という三文字が一番に挙がっているほどだ。東京の大学で学費を稼ぐためバイトに明け暮れている今、そんな過去は欠片も見当たらないけれど。

 鈴木さんは今、どんなことをしているのだろう。昔から明るく元気な可愛い子だったから、大学生になっていたらモテまくっているんだろうなと思う。成人式では彼女の姿を見ることは出来なかった。もしかしたら参加していたのかもしれないが、人数が多かったのと、とにかく成人式で居場所が無くて基本的に俯いていたことが彼女を見付けられなかった原因かもしれない。

 それに、今更会ったところで何をどうしろと言うんだ。

 おとなしくタイムマシンの思い出に一人浸った方が良いというものだろう。

 やるせなさにも浸りながら歩いていると、件の桜の木にとうとうたどり着いた。

 若干標高が高くなっているため、後ろを振り向けば小学校が目に入る。風を感じながら、ここに手紙を埋めたなあと感慨深くなった。

 伝説は、所詮伝説だ。

 今、僕は誰とも付き合っていない。

 それどころか鈴木さんとは小学校を卒業してから一度も出会っていない。

「まあ、そんなもんでしょう」

 ため息をつきながら、朧げな記憶を頼りに桜の木の下に近づく。約十年経っているせいか、記憶の中の木よりも大きく見えるかと思っていたのだが、実際は当時より小さく見えた。成人男性の平均身長程度の僕の身長の三倍くらいしかない。小学校の頃はとてつもない大きさで力強い木だと思っていたけれど、当時の身長から見た大きさだったからだろう。

 という訳で記憶は全く当てにならなかった。大体このあたりに埋めたという見込みはあるのだが、見込み程度でしかなく、ひとまず手当たり次第掘るしかなさそうだ。

 桜の木の根元にスコップを突き刺して、土を掘りまくった。

 五回ほど土を掘ると、すぐにビニール袋に到達した。

「え、もう?」

 思わず独り言でリアクションをとってしまうほど呆気なかった。

 自分の記憶は意外と当てになるんだなと思いながらそのビニール袋を取り上げる。何だか記憶に残っていたビニール袋よりも小さいような気がしたが、先ほどの桜の木と同じ現象だろうと思い、ビニール袋を開いてみた。

 ピンク色の便箋が、中に入っていた。

 ――違う人のタイムマシンだ。

 そうか、あの伝説のせいだ。

 僕然り、伝説に乗っかって手紙を書いた人は僕以外にも沢山居るということだろう。

 中身は絶対に見てはいけないと思った。

 けれども、ピンク色の手紙の差出人の名前を見て、ピタリと動きが止まった。

 ――鈴木香保子。

 あの鈴木さんだった。

 僕の初恋の相手である鈴木さんが、誰かに向けて手紙を書いている。

 中身が気になって仕方が無い。

 ――見てしまっても良いのではないだろうか。

 十数年前の手紙だ。偶然掘り返してしまったのも何かの縁だろう。間違いなく悪いことだとは思いながら、好奇心が抑えられなかった。

「……鈴木さん、ごめんなさい」

 便箋に向けて頭を下げた後、便箋を開き、中に入っている手紙を開いてみた。

 手紙には、こう、書かれていた。


『山田君へ。

 山田君が好きです。

 世界中の誰よりも好きです。

 山田君が私以外の女の子と話しているところを想像するだけでその女の子の喉をかきむしりたくなります。山田君、お引越ししちゃうんだよね。家の中を盗聴している時に聞きました。ねえ山田君、何で私に言ってくれないの。このまま離れ離れになっても良いの。私はこんなにも山田君のことを想っているのに、何で山田君は私のことを見てくれないの。山田君のことがこんなにもこんなにも好きで好きでたまらなくてどうにかなっちゃいそうなのに。

 ねえ、山田君。

 この手紙を掘り返したのは何通目かな。

 他の手紙も掘り返してほしいな。

 私のこと、今でも好き?

 私はずっと好きだよ。

 山田君が手に入るなら死んでも良いくらい好き』


 思わず手紙を落としてしまった。

 動機が止まらない。なんだこれ、どういうことなんだ。

 鈴木さんが僕を好きでいてくれたというだけでも衝撃的なのに、その内容があまりにも受け入れがたかった。

 こんなにも深い思いを、鈴木さんは抱いている。

 僕の手は自然とスコップを握り、木の下を掘りまくっていた。

 あの小学校に伝説はずっと残っていたのだろう ――いたるところから手紙が出てくる。僕の先輩や後輩にあたる人の手紙が見つかるがその都度地面に戻し、ようやく僕と同年代の女子の手紙を掘り出すことが出来た。

 便箋を開き、中身を見た。

 山田君へと言う文字が見えた。

 その上に――赤いマーカーで大きなバツ印が刻まれていた。

 バツ印の上には――こんなメッセージが書かれていた。

『山田君を好きなのは私だけで良い』

 震えが止まらかった。

 それから一時間くらい木の根元を掘りまくった。

 僕宛ての手紙には大きな赤いバツ印と共に、同じメッセージが刻まれている。

 そのタイムマシンは、地面に戻せない。

 ああ、そうか。

 鈴木さんは、こういう人だったんだ。

 心臓の尋常ならざる鼓動が留まるところを知らない。

「アハハハハハハハハハハハ!」

 笑うしかなかった。

 これは、駄目だ。

 どうにもならない。

「山田君、久しぶり」

 後ろから綺麗な女性の声が聞こえた。

 立ち上がり、振り向く。

 そこにはショートヘアーでメガネをかけた美人が居た。

 身長は僕と同じくらいで、スレンダーな彼女。

 蠱惑的な表情を、僕に向けている。

 そんな彼女の手には――ビニール袋が何個もあった。

 僕の足元にあるビニール袋の個数と、近かった。

「鈴木さん、だよね」

「今日ここに来れば、絶対に会えると思ってた」

 僕の問いかけに応えず、鈴木さんは満面の笑みを浮かべて一歩一歩近づいてくる。

「山田君、会いたかった。私、山田君のこと、一時たりとも忘れたことは無かったんだよ」

 僕と鈴木さんは、鼻と鼻の先がぶつかりそうな位置まで近づいた。

 鈴木さんの麗しい香水の匂いが鼻から体に入り幸福感に身を包んでしまう。

 そんな僕の様子を見越したのだろう――鈴木さんは「うふふ、可愛い」と一言呟きながら、ビニール袋の中身を取り出した。

 その中には、僕が小学校六年生の時に同じクラスだったとある男子の便箋が入っていた。

 鈴木さんは便箋を開き、手紙を僕に見せつけた。


 そこには、鈴木さんの名前と――大きな赤いバツ印が記されていた。

 

「私たち、相思相愛だったんだね」

 タイムマシンにずっと思いを埋めていられれば良かった。

 でも、もう、遅い。

 僕と彼女は、約十年越しの想いから逃れることは出来ない。

「鈴木さん、タイムマシン、十三個掘った?」僕は彼女に聞く。

「掘ったよ。山田君は、二十五個、堀った?」彼女は僕に聞く。

 足元にあるビニール袋を数えると、二十個しかなかった。

 ああ、何て僕は幸せものなのだろう。

 約十年越しの彼女の想いを残り五個分感じられる幸せに、二人で浸った。

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