罰の焼却処分

リペア(純文学)

本文

「いるのァわかってんだ!」


 警察手帳を上に曲げた腕から垂らし、薄暗く、埃に眩む廊下を歩いて行く。左に洗面所、右に寝室とあり、奥に行くと目の前に現れたのはリビングへのドア。そのくもりガラスには、内部の黄緑色の光が映し出されている。


 扉を音を立てないよう開けると、中には一人、髭が伸び髪が伸び、パーカーにジーパンの男がいた。カーテンを閉めて電気もつけない部屋の中。ヘッドホンをつけ、部屋唯一の光を放つパソコンを腰を曲げながら操作している。男は笑みに近い、人ならぬ表情をして画面に食いついて離れない。

 いきなり乗り込んできた来たというのに、サトウに対して振り向こうともしない。まるでサトウがこの空間に居ないような感覚がするまでに、男の集中は誰の存在よりもかがやいていた。


「おい、聞こえてんのか」


 それでも男は気づかない。そこで男のヘッドホンを剥いだ。

 やっとのことで男と視線が合った。でも男の不気味な表情は続いた。


「へへッ、なんの用ッすか」


 男は浮ついた口調であった。


「お前には脅迫と誘拐未遂の罪が問われている。時期に令状が出ると思うが今日は俺一人でお前に聴取をしに来た。とりあえず今すぐパソコンの電源を切れ」


 サトウは無理やり電源を落とそうとした。それを男は妨げた。


「いやなんもしてないッて」


 そう言って男は肩を竦めた。



「お前のしてきた罪はもうとっくに調べあげてんだよ」


「…あぁ、俺がオンナを誘拐しようとしたってやつか。あのオンナ、俺にすがってきたよぉ…ククク…



 アハハハハハ!!!!!」



 突然男が背を反って笑いだした。


「何がおかしい」


「だ……だって…クク…だって、ホントに面白いじゃん…、あのオンナがバカすぎてよォ」





「お前の誘拐未遂で人が苦しんでんだぞ…?笑ってんじゃねぇ!!少しも悪いと思ってねぇのかよ!!」


 サトウの右手は自然と男の胸ぐらを掴んでいた。


 人の持つ良心を男にぶつけたが、男から返ってきた言葉に私は仰天した。


「うん」


「は?」


「だから、俺は悪いと思ってない」



 瞬く間に男は押し倒された。パーカーのフードと左腕は強く握られ、四肢を広げられている。

 一方のサトウはこれでもかという程の眼力で男を刺し殺そうとしている。ただ、その刃は男をかすめるだけ、心に刺さった感触はしない。


「オイオイ、そんなムキになんなって」


「お前ッ……オマエッ……」


 サトウの言葉は潰れていた。サトウの目からは血涙が出て、それが一滴ずつ男のグレーのパーカーに染みていた。こめかみに血管が浮き出るほどに、男を睨んでいた。


「殺したいか、俺を」


 男の問いに切歯扼腕しつつ、深く頷いた。しかし、その思いを胸ポケットの警察手帳が阻んだ。


「殺してみろよ。なァ!」


 涙を滲ませながら、解放できない憎悪に駆られて身体は震えていた。今にも男の首を両手で砕いてしまいそうな程に、息が荒くなっていた。



「…俺にすがってきたあのオンナはお前の娘だってことは知ってんだよ」


…ツ…。



「俺があのオンナを家に連れてきた時、あいつはこう言ってた。



“もう、死にたい” ってな。



 詳しく聞こうと思ったが、あのオンナの頬にあるアザで察したよ。お前がDVしてるってな。」



 ─!



 サトウは一発男の顔を殴った。今にでも殺してやりたい、その押し殺した感情を拳に代えた。それでも男の訴えは止まらなかった。



「それで俺はあいつをかくまおうとした。俺が、守ってやろうとしたんだ!



 でも、まだ中学生だったあいつには、人生経験をさせたくて、お前に見つからないようにしろよと念を押して通学させていた。



 でも、お前はあいつを見つけ出して、また自宅という檻に閉じ込めたんだ!



 それで俺が誘拐未遂だなんて…おかしいだろ…」



 男は必死にサトウへ訴えた。拳のように硬いその訴えで、目の前に映る頬を殴り返すように。

 ただ、それはサトウの顔を掠めるだけ、憎悪と殺意に満ちた心には届かなかった。



 ウッ……



 サトウは男の首を絞めた。収束する神経を潰すように、骨を砕くように、男の心を砕くように、そして言葉が出なくなるまで息が出来なくなるように。









「サトウ先輩、今日の朝刊見ました!?“古いアパートが火災。逃げ遅れた一人の遺体は身元不明。放火か。”」


「あぁ、それなら見た。全く、んだろうな」

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