魔女の使い魔は拳で語る ~テイマーしかいない世界で、【テイム能力ゼロ】の【最強武闘家】はモフモフの魔物となり【無双】を開始する

虎戸リア

第1話


「ふんぬ!!」


 上半身裸の男が裂帛の気合いと共に突き出した拳が、巨大な岩へと叩き込まれた。その瞬間に、山道を封鎖していたその岩が粉々に砕けた。


 短く刈り上げた黒髪の男は、拳を引くと砂と化した岩へとお辞儀をした。その男は一見すると細身だが、良く見れば筋肉が極限にまで引き締まっており、並ならぬ鍛錬を積んできた事が分かる。


「少し力みすぎたか……すまなかった商人よ。どうやら半年ほど前に起きた地震が原因の落石のようだ」

「お、おう。しかしあんた凄いな……魔物でもないのにそんな事が出来るのか」


 行商人が呆れたような声を出した。彼の荷車を引いている大きなトカゲのような見た目の魔物――ロックリザードが自分の主である行商人に同意するとばかりにコクコクと頷いていた。


「俺はこの山で修行しているのだが、こうしてこの山道を管理するのも仕事なんだ。新しい街道が麓に出来た今、通る旅人はすっかりいなくなってしまったので、少々管理がおろそかになっていた。謝罪する」


 男は真面目にそう返すと行商人へと頭を下げた。


「いやいやお礼を言いたいのはこっちだ! 頭を上げてくれ! いや、新しい街道は最近急に通行税が高くなってな。少々遠回りでもこっちのが結果的に利益になるんだ。立ち往生していたから助かったよ」


 落石によって山道が塞がれており、戻るかどうか行商人が迷っているところにふらりと現れたのがこの男だった。


「おかげで、無事進めそうだ。そういや、あんた名前は?」

「ザガンだ」

「俺は、太陽国のビッツだ。あんた、そういや使い魔はいないのか?」


 行商人が辺りをキョロキョロと見渡した。ほとんどの人間がテイムした魔物――使い魔を連れているはずなのに、この男はなぜか独りだった。


「……俺は己の肉体のみで生きている。テイムの才能が無かったからな」

「そうか。言い辛い事を答えさせてすまなかった。大した礼はできないが……」


 そう言って行商人は礼とばかりに荷車に積んでいた太陽国の名産品である真っ赤なりんごを数個その男――ザガンに渡すと、そのまま山道を降りていった。


「美味いな」


 リンゴに齧り付きながら、ザガンは崖の上を見つめた。


 ザガンは、幼少期より“狼神山”と呼ばれるこの山に住んでいた。この世界に住む者であれば誰もが持つ力――テイムを持たずに生まれたザガンは魔物の多いこの山に捨てられたのだ。


 その事についてザガンは顔も思い出せない両親の事を恨んではいなかった。この世界では社会のあらゆるところで使い魔の力が使われている。そんなところで、テイムする力がないまま育ったところで幸せにはならなかっただろうとザガンは思う。


 この山に住んでいた変わり者の師匠に拾われたザガンは、使い魔がいなくても生活できるようにと鍛えられた――いや、鍛えられ過ぎた。


 ザガンはリンゴを食べながら地面を蹴ると、崖を駆け上がる。崖の上にはこれまでになかった穴が山肌に開いていたので、そこへとザガンは飛び込んだ。


「あの岩はここから落ちてきたのか。しかしここは……コボルト神殿か?」


 その穴の奥には明らかに人工的に作られたであろう遺跡の通路があった。


「こんなところに繋がっていたのか」


 数年前に亡くなった師匠の話をザガンは思い出した。山の中腹にある遺跡を、師匠はコボルト神殿と呼んでおり近付く事を禁止していた。理由は分からなかったが、ザガンはそれを頑なに守っていた。そもそもコボルト神殿の入口は山の反対側にある。こんな場所まで繋がっているとは知らなかった。


 ザガンは警戒しながら通路を進んでいく。幸い、魔物はいないようだが遺跡にしては通路が妙に綺麗だった。


 通路の先は行き止まりになっており、そこには祭壇があった。その祭壇には、二足歩行している狼のような魔物の像が建てられている。像の足下には捧げ物のであろう金の杯や宝石などが沢山置いてあり、まばゆい光を放っていた。


 しかしザガンはそれらに目もくれず、その立派な像を見上げる。


「やはり……コボルトか」


 この狼神山にかつて、コボルトが集団で住んでいたという話を師匠から聞いた事がある。たまに山に迷ってやってくる野生のコボルトを見ても、こんな遺跡を作れるほど発達した文明を築けるとは思えなかった。だが、この像や遺跡内部を見れば、確かにここはコボルトを奉る場所なのかもしれない。


 実際にこの遺跡がどういう場所なのかはザガンには分からなかったが、何となくまだ死の匂いが残っている気がした。であればきっとここは墓所なのだろう。


「……勝手に入ってすまない。あの穴は塞いでおく。静かに眠るといい」


 ザガンは頭を下げて黙祷し、元来た道を戻ろうとした。その時、通路の奥から複数人の声と足音が聞こえてきた。


 ザガンは何となく嫌な予感がして、祭壇の陰に身を隠す。なぜ自分でもそうしたのかは分からなかったが、なぜかそうすべきだと思ったからだ。ザガンは、大きく息を吸うと気配を潜めた。


☆☆☆


 通路の奥から現れたのは、魔物を連れた二人の男と、一人の少女だった。


「お、おい!! 見ろ!! 本当にあったぞ金銀財宝!!」

「まさかあの古文書が本物だとはな」


 はしゃぐ二人の男は、貴族のように立派な服を着ており、それぞれの背後には護衛であろう岩人形のような魔物――ゴーレムを従えている。


「だから言ったじゃない!! あたしの解読魔術は完璧よ! ほら、ちゃんと案内したから……」


 そう口を開いた少女は、上半身には丈の短い黒いローブ、下半身にはショートパンツを着ており、ショートカットの赤い髪に勝ち気そうな光を宿す瑠璃色の瞳がよく映えていた。


 赤髪の少女が、さっさと渡しなさいとばかりに男達へと手を差し出した。


「ん? あー、報酬な。なんだっけ、確かテイムの極意が書かれた魔術書だっけ?」

「ぷっ……アハハハ!! あるわけないだろそんなもん!!」

「え?」


 男達が大笑いし、少女はあっけにとられていた。


「お前みたいなテイムも出来ない無能者が本を読んだぐらいでテイム出来るようになるわけないだろ!」

「じゃあ、あれは嘘……だったの?」


 少女が思わず地面へとへたり込んでしまう。


「嘘だよ!! さて、相棒よ手筈通りにやるか」

「そうだな。金銀財宝も見られたしな。良心は痛むが……使い魔すらいないお前みたいな魔女は殺しても問題ないだろうさ……さあ、“殺せ”、ゴーレム」


 男の一人が邪悪な笑みを浮かべながら、背後のゴーレムへと命令する。それによってゴーレムが少女へと一歩踏み出した。


「っ! 使い魔に人を襲わせるのは禁忌の術よ!」

「それを知ったお前はここで死ぬんだよ!!」


 男の叫びと共に、ゴーレムがその岩で出来た拳を少女へと振りぬいた。


「っ! ファイアボール!!」


 少女の手から火球が放たれた。しかしそれはゴーレムに当たる直前で消失する。


「馬鹿が! 攻撃魔術なんざ使い魔には効かない! そんな古くさい魔術で何ができる!」


 少女は横へと転がり、ゴーレムの拳を間一髪避けた。


「さっさと殺せ!!」


 転がった先には、もう一人の男のゴーレムが立っており、その太い腕を振り上げた。それが振り下ろされれば、少女の小さな身体はひとたまりもないだろう。


「誰か……助けて」

「馬鹿が! こんなところに誰がいる!!」


 しかし少女のそのか細い声は、確かに届いていた。


「はあああっ!!」


 少女のもとへと疾走する黒い影が、迫るゴーレムの腕へと拳を突き出した。


「ゴゴゴ!?」


 腕を弾かれたゴーレムが、バランスを崩し転倒。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとう。え、今、殴ってなかった?」


 少女の前に現れたのはザガンだった。出るタイミングを失ってしまったザガンだったが、流石に少女の命の危険を感じたので飛び出てきたのだ。


「うむ。俺はそれしか出来ないからな」


 ザガンは庇うように、へたれこむ少女の前へと出た。


「貴様! どこから! 使い魔も連れていないとは舐めているのか!?」

「ふん、誰だろうと関係ないさ。使い魔を倒せるのは使!! 行け! ゴーレム!!」


 飛び出たのは良いものの、ザガンもゴーレムを倒せるとは思っていなかった。なぜなら男の言う通り、使い魔は野生の魔物と違い、物理、魔術問わずにそのダメージを無効化するからだ。これは、使い魔となった魔物のみに与えられる加護によるもので、それを破れるのは同じ加護を持つ使い魔だけだ。


 なので各国は魔物を使役するテイマーを兵士とし、軍を組織していた。テイムが一般的ではなかった古い時代は、剣や魔術を使い人間同士で戦っていたらしいが、今となってはおとぎ話だ。


 ザガンは自分へと振るわれたゴーレムの拳を受け流すがダメージまでは殺しきれず、拳に痛みが走る。


「無理よ……人間じゃ使い魔には……」

「凄いなお前!! ゴーレム! 手加減なしでやれ!!」


 男達の命令を受けた二体のゴーレムの攻撃の猛攻をザガンが捌き、直撃を避けた。しかし身体には確実に疲労とダメージが溜まっている。


「逃げて! あんただけなら逃げられるでしょ!」


 少女がザガンの背中にそう叫ぶも、ザガンはゴーレムの前から離れなかった。


「どうして……」

「君の事情は分からん。だが、あの男達が悪だという事ぐらいは頭の悪い俺にも分かる。だからそれだけで――十分だ!」


 ザガンがダンッ! と地面を蹴り、渾身の一撃をゴーレムへと叩き込む。その一撃を食らったゴーレムの重い身体が宙に浮いた。


「なに!?」

「だが無駄だ!」


 吹っ飛んだゴーレムはしかし平然と立ち上がり、また襲いかかってくる。本来、ゴーレムを吹き飛ばすだけでも十分に逸脱した力なのだが、ザガンは悔しそうに歯を噛み締めた。


 ずっと修行してきた。それに意味はなかった。目標もなかった。

 強くなりたいとか、そういう想いはなかった。


 だけど、負けたくはなかった。野生の魔物には負ける気がしなかった。野生のゴーレムなら、片手で倒せる自負がザガンにはあった。


 なのに、全力を出しても傷一つ付けられない。むしろ殴れば殴るほどこちらの拳が壊れていく。


「あんた……もう拳が」


 ザガンの両手の拳からは血が流れており、骨が見えていた。


「俺は……負けるのか」

「生身の人間で使い魔に勝てるわけがないだろ山猿め!! ゴーレム、“ロックブレイク”だ!」

「ゴゴッ!!」


 ゴーレムの拳が岩を纏う。そこから放たれた無数の岩がザガンへと飛来。


「避けて! 魔力の含まれた一撃よ! 生身の人間じゃ耐えられない」

「耐えられないのか。なら仕方ない」


 ザガンはくるりとゴーレム達に背を向けると、少女を守るようにその小さな身体へ覆いかぶさった。


「あんた何を!」

「俺が盾になれば――ぐはっ!」


 ゴーレムの放った岩を全て身体で受け止めたザガンが少女を抱き抱えたまま吹き飛んで、背後にあったコボルトの像へと激突。像が砕け瓦礫の山が出来た。


「あーあ、あの像も高く売れたかもしれないのに。おい、宝は壊れてないだろうな」

「ち、だから魔物はクソなんだ。細かい命令が出来ない。これであの魔女も死んだだろ。さっさと宝を運び出すぞ」


 これで終わったとばかりに男達がゴーレムを使い、祭壇の捧げ物を運び始めた。


☆☆☆


「痛つつ……あんた大丈夫?」

「大丈……夫だ」


 頭から血を流すザガンが全く大丈夫そうに見えないが、少女はどうする事も出来ず、自分達が落ちてきたであろう場所を見上げた。上からは微かに光が差し込んでいる。どうやら、コボルト像の下は空洞になっており、そこへと落ちたようだ。像が崩れたおかげで落ちてきた穴は塞がっており、男達に見付かる事はなさそうだ。


 少女が自分を庇ったザガンを見ると、彼は既に満身創痍だった。落ちてきた衝撃もザガンが受けてくれたおかげで少女はかすり傷程度ですんでいる。ザガンの背中と頭からは大量の血が流れており、医療術に詳しくない少女でも、もうザガンが長く持たない事は察する事が出来た。


「あたしはヴィーネ。助けてくれてありがとう。そしてごめんなさい、巻き込んでしまって」

「俺はザガン。この山に独りで住んでいる」

「そうなんだ……あんたも、独りなんだね」

「死ぬときも……独りだと思っていた」


 ザガンがそう言って不器用に少女――ヴィーネへと笑いかけた。


「あたしが騙されたばっかりに……それに治療用の使い魔も魔術も薬も何もない……あたしが使えるのは古ぼけた攻撃魔術だけ……あとは解読魔術とか解錠魔術とかそんなの」

「ふ、俺なんて殴る蹴るしか出来ん。しかし、最後に誰かと話せて良かった」


 既に死期を悟ったザガンの言葉にヴィーネが頷いた。


「あたしもここから出られない以上、死ぬんだろうね」


 ヴィーネはため息をついた。短いながらも、ろくでもない人生だったが、まさかこんな終わり方だとは思いもしなかった。


「俺に力さえがあれば……」

「それはお互い様よ。しかしツイてないわね……何千万人に一人しかいないと言われる無能力者がこんなところで巡り会うなんて」

「元より運のない人生だった。だが……悪くはなかった」

「……そうね」


 それだけで、二人はお互いの事がなんとなく分かったのだった。この世界において、真の孤独を知る者は少ない。どんな者にもパートナーとでも呼ぶべき使い魔がいるからだ。しかし二人にはそれがいなかった。


 だが、それでも生きる術はあった。


「ここは……どこだ? 身体を少しでも動かすと……痛い。そのうえ視界もぼやけてきた」

「分からない。あのコボルト像の下にあった空間だけど……出口はなさそう」


 ヴィーネが辺りを見渡した。そこは円形の空間で、中心に台座らしき物が置いてあるがそれ以外には何もなく、出口も見えない。


「あたしが読んだ古文書によると、ここは古の時代に、儀式を行う為に作られた神殿だそうよ。……確か、こう書かれていたわ――“人は転化の儀式をもって真の戦士となる”、って」

「俺は師匠に……この山はかつてコボルト族に支配されていたと聞いた事がある」

「コボルトは多少知能のある魔物だけど、こんな高度な文明を築けたとは思えないわ」

「俺も……そう思う」


 ザガンの息が荒くなっていく。


「大丈夫?……なわけないよね」

「ああ……」

「ちょっと待ってて」


 ヴィーネが立ち上がって、空間の中央にある台座へと向かう。もしかしたら何か助けになる物があるかもしれない。


「これ、もしかして……“転化の座”」


 その台座の上に、小さな赤い玉が浮いている。ヴィーネは古文書に書かれていた記述を思い出した。確か、転化の儀式を行うのに必要なのが魔導珠と呼ばれる呪物で、それは転化の座と呼ばれる場所に封印されているはずだ。


 ヴィーネは、向こうで倒れている今にも死にそうなザガンを見つめた。もしあの儀式が本当ならば、ザガンを助けられるかもしれない。


「ザガン、一つ提案があるんだけど。どうなるか分からないし、失敗するかもしれない。でももしかしたらあんただけでも助かるかもしれない方法があるの」

「……どうせじきに俺は死ぬ。

「分かった。出来る限りやってみる」


 ヴィーネは台座に浮いていた赤い玉を手に取ると、ザガンへと向かった。仰向けに倒れているザガンの横へと立つと、赤い玉をザガンの胸の上に置いた。


「あたしの生まれた国はね、テイムの才能がなくても魔術が使えればある程度は認めてもらえる国だったの。だから一生懸命頑張って魔術の勉強をしたんだけど、結局身に付いたのは、求められた生活魔術じゃなくて、攻撃魔術だけ……。だから魔女なんて呼ばれて迫害されていたけど、なんとかそんな状況を変えようとテイムの力を模倣した魔術を作ってみたの。だけどスライムですら完璧にテイム出来なかったわ。あと少し……あと少しだったのに……」


 ヴィーネはザガンが意識を失わないように語りかけながら、思い出す。

 そもそもテイムの力については謎が多い。ヴィーネは調べてみたが、なぜそれを人が使えるようになったかは定かではないし、それが魔術的な物なのか、それとも別の力から生じる物なのかすら分かっていない。


 なのでヴィーネは魔術的なアプローチで、テイムの力を再現させようと努力した。そうして作り上げたテイム魔術とでもそれは、あと一歩で完成出来そうだった。だが、やはりそこで必要になってくるのがテイムの力の原理だった。

 それは誰もが無意識で使える物なので、詳しく記されている書物はほぼなかった。そんな中、それを記した魔術書を渡す代わりに仕事を手伝って欲しいと言ってきたのが、あの男達だった。


 心のどこかで、それは嘘で自分は騙されているとヴィーネは分かっていた。だけど、少しでも可能性があるならそれに賭けたかった。


 なのに。


 ヴィーネは後悔を振り払い、古文書に書いてあった儀式のやり方を実行する。


「結局、あたしが歩めたのは陽の当たらない道だけで、利用されて利用されて、手を汚して……結果こうなってしまった」


 ヴィーネは赤い玉へと魔力を込めていく。赤い光に照らされたヴィーネの顔には苦悶の表情が張り付いていた。


「……俺は……どうなるんだ」

「このままだと死ぬ。上手くいけば……人ならざる者に

「人ならざる者……つまり……魔物か」

「嫌ならやめるよ」

「いや……構わん。ここで死ぬぐらいなら、魔物になってでも生き延びる事を俺は選ぶ」

「あと……少し……」


 赤い玉が少しずつザガンの胸の中へと沈んでいく。


「ヴィーネよ、提案がある」

「な……に」


 汗をだらだらと流し、必死の形相で魔力を込めるヴィーネをザガンが見つめた。


「俺が魔物となったら……そのテイム魔術とやらをかけて使

「なにを馬鹿な事を。言ったでしょ? 完成しなかったって」

「師匠に、テイムについて教わった事がある。必要なのは……魔物と心を通わす力……俺らにはそれがなかった……だけど……俺と君は……もう心が繋がっている。短い時間だが……十分なほどに……だから」

「でも、それをしたらあんた……」

「生きていればなんとかなる。師匠の言葉だ」


 ザガンが笑顔を浮かべた。対照的に苦しそうなヴィーネは、無理矢理笑みを作ってそれに答えた。


「分かった……これで……最後!」


 ヴィーネがありったけの魔力を込めた。ザガンから赤い光が迸り、そして――


☆☆☆


「こんなもんか?」

「ああ。この場所は俺ら以外誰も知らない。また改めて発掘しに来ればいいさ。壁も全部ぶち壊して探そうぜ」


 遺跡の出口から財宝を運び出したのは、ゴーレムを従えたあの二人の男達だった。運ぶのにかなり時間が掛かってしまい、日もすっかり暮れて辺りは暗くなっていた。空には大きな月が出ており、優しく辺りを照らしている。


 固く閉ざされていたはずの遺跡の扉は地震のせいで歪んで壊れており、ゴーレム二体が悠々通れるほどの隙間が出来ていた。そのおかげで、男達は遺跡内部に侵入できたのだ。


「笑いが止まらないな……これを売っぱらえば一生安泰だ!」

「しかし、あの魔女、殺さずにどっかに売れば良かったんじゃないか? 顔は悪くなかった」

「あん? なんだよお前、あんなガキが好みなのか? どうせ無能力者には明るい未来はない。殺してやるのが優しさだろ」

「まあな」


 二人の男が松明を持って会話していると、突如地響きが鳴り、地面、否、


「じ、地震か!?」


 うろたえる二人の前で、二体のゴーレムが遺跡の入口を警戒し始めた。


「な、なんだゴーレム! 何が来るだって?」


 二人の男が生唾を飲み込んで、遺跡の入口へと視線を向けた。


 暗闇から現れたのは――赤髪の少女だった。


「あ、あの魔女なんで生きている!?」


 少女――ヴィーネは男達に目もくれず、大きく伸びをした。


「んー、そんなに時間経っていないのに外の空気が美味しく感じる」

「ゴーレム! そいつを殺せ!」


 男が命令すると、ゴーレムが動き出した。


 ヴィーネに、二体のゴーレムが迫る。


「不思議なものね。あんなに怖かったはずなのに――今はただのお人形にしか見えない。“”」


 ヴィーネの言葉と同時に、男達は遺跡の入口で爛々らんらんと光る赤い三つの光を見た。それは残像である赤い線を残し、気付けばゴーレムのすぐ前へと移動。


「はあああ!!」


 その赤い光は月明かりを反射した瞳と胸に埋めこまれた宝珠の輝きだった。その瞳の主が気合いと共に踏み出して、ゴーレムが放った拳へとを振りかぶった。


 その拳がゴーレムの拳に当たった瞬間に、乾いた破裂音が辺りに響く。その衝撃はゴーレムの拳から腕、そして全身へと伝わり、結果ゴーレムは砕け、砂となって散った。


「ば、馬鹿な!? まさかあの男も生きていたのか!?」

「だとしても使い魔には攻撃が効かないはずだ!!」


 後ずさりするもう一体のゴーレムとその後ろで喚く男達の前に、それは――現れた。


 月光を浴びながら出て来たのは、端的に言えば歩く狼だった。


 銀色のふさふさの毛皮に覆われたその身体は引き締まっており、その分厚い皮の下には筋肉が束になっていた。頭には先っぽだけが黒くなった三角形の耳が生えており、長い顎には牙が並んでいる。下半身には服を身につけていて、その背後には耳と同じように先っぽだけ黒く染まった尻尾が揺れていた。


 その血のように真っ赤な瞳には、どこか知性を感じさせる光を宿している。


「こ、コボルトだと!? あの魔女は無能力者だったはずだ!! なぜ使い魔が!?」

「コボルトなわけあるか! ゴーレムを一撃で倒すコボルトなんて聞いた事がない!」


 あわてふためく男達へとヴィーネが一歩踏み出して、笑みを浮かべた。


「馬鹿ね。ただのコボルトなわけないでしょ? あれ、試しにやってみるよザガン!」

「サンダーボルト!」


 ヴィーネの手から雷が放たれた。


「馬鹿が! 使い魔に魔術は効かないと何度言ったら分かる!!」

「そうね。でも、使なら話は別よ!」 


 ヴィーネの放った雷が、


 その雷撃はコボルト――となったザガンの身体を覆う体毛へと分散されていく。帯電したザガンはバチバチと音を鳴らすその青い雷撃をその身体に纏っていた。


「なんだそれは!! くそ! ライトプロテクト!!」


 男が魔術をゴーレムに向かって放つと、ゴーレムが淡い光に包まれた。


 本来、テイマーは支援魔術と呼ばれる物を使い、使い魔を援護する。例えば、ライトプロテクトという支援魔術は対象の物理防御力を高める力があるのだが、ヴィーネはそういった魔術を一切使えなかった。


 だが、ヴィーネはテイム魔術が成功したおかげで自分が使役している魔物の特性について、完璧に理解していた。


 転化の儀式によってザガンが変貌したその魔物の名は――コボルト・フェンリル。


 コボルト種の最上位種であり、その毛皮はあらゆる魔術を弾くだけでなく、その魔術の特性を一時的に帯びる事が可能なのだ。


 ゆえに――本来は何の役にも立たないはずのヴィーネの攻撃魔術が一転、最高の支援魔術と化したのだった。 


「なるほど。少々痺れるが、使える――なっ!」


 雷の特性を帯びたザガンが雷光の如き速度で地面を蹴り、同時に身体を捻る。


「はああ!! 雷狼脚!!」


 その回転と共に身体を覆っていた青い稲妻が足へと集中。雷纏う蹴りがもう一体のゴーレムに直撃し、眩しいほどの雷撃と轟音を放った。


 その一撃を耐える事すら出来ず、砕けたゴーレムが断末魔と共に散る。


「う、嘘だ……魔術を纏う上に喋るコボルトだなんてそんなのいるわけが……」

「俺の……ゴーレムが……一撃で」


 男達が同時に、地面へとへたり込んだ。使い魔を倒されたという事は、負けたという事なのだ。こうなってしまった以上、彼らは抵抗する術を持たない。


「さてと……街に連れて帰って、こいつらを衛兵達に突き出しましょ!」


 男達をロープで手早く捕縛したヴィーネが満足そうにパンパンと手を叩いた。


「ああ。ふむ……しかしこの身体も悪くないな。関節の動かしやすさが違う」


 ザガンが自分の身体の調子を確かめるように関節や筋を伸ばしていく。

 ヴィーネはその姿が昔、自分に懐いていた野良犬の仕草になんとなく似ていて、妙に可愛く感じたのだった。


「モフモフで可愛いしね」

「そこは賛同しかねる」


 不満そうな声を出すザガンだが、その困り顔がヴィーネは嫌いじゃなかった。


「なんでよ~。かっこいいし可愛いし最高じゃない」

「……まあとりあえずはこれでいい。君はようやくテイム魔術を完成させる事が出来て、俺は生き延びた。今はそれを喜ぼう」

「……大丈夫。人間に戻る方法はきっとある」

「信じるよ。それまでは、俺が君を守ろう」


 ザガンは相変わらず不器用に笑いながら、その大きな手をヴィーネへと差し出した。


「よろしくね、ザガン」


 ヴィーネは自分の何倍もあるその小さな手を握ると、飛びっきりの笑顔を浮かべたのだった。


☆☆☆


 山の麓にある街の衛兵に男達を突き出したザガン達は、今後について話し合っていた。


 人目の付かないところという事で、宿屋の屋根の上へとザガンはヴィーネを抱き抱えて飛翔し、そこに腰を下ろす。


 二人は持ってきた瓶入りのビールを手に持つと、カチンと瓶を合わせ乾杯した。

 

 月光の下、一匹の獣と少女が寄り添って語り合う。


「とりあえず……転化の儀式については上手くいったけど……人間に戻る方法は調べないと分からないわね」

「どこに行けば分かる?」

「私の祖国にある魔導図書館に行けばあるいは……まあ、あんまり帰りたくないんだけどね。今は頼れる相棒がいるから良いんだけど」

「俺が守るさ。それしか能がないからな」


 そう言って、ザガンがヴィーネへと笑いかけた。ヴィーネはアルコールのせいかそれとも別の事が原因なのかほんのりと赤くなった顔を逸らせた。


「つ、ついでにテイマーギルドの試験でも受けようかしら! ギルド認定のテイマーになれば色々と優遇されるらしいし」

「それも面白そうだな。一流テイマーの魔物は野生の物とは比べ物にならないほど強いと聞く。良い修行になりそうだ」

「じゃ、決まりね」


 二人は一気にビールを飲み干すと、空いた瓶をまた打ち合わせた。

 春の夜風はまだ冷たく、ヴィーネがその小さな身体を震わせた。するとザガンはさりげなく、自分の長く太い尻尾をヴィーネへと巻き付けた。


「あっ……ありがとうザガン。凄く暖かい……し何よりモフモフ!!」


 ヴィーネが尻尾に顔を埋めてスリスリと頬ずりをしていた。


「こ、こら! あんまり触るな!」

「良いじゃない! 減る物でもないし! これは命令よ! モフモフさせなさい!!」

「め、命令なら仕方ない……のか?」


 首を傾げるザガンへと顔を上げたヴィーネが、笑みを浮かべた。


「改めて、よろしくねザガン」


 その笑顔を見て、ぽりぽりと頭を掻いたザガンがその言葉に応えた。


「こちらこそよろしく頼む――マスター」


 こうしてザガンとヴィーネは、人間と使い魔という、この世界では極々当たり前の関係性となり、旅に出る事になった。


 後に二人は、史上最強とまで謳われた魔物――【コボルトの武王】、そしてそれを従える最強の魔女として、伝説に名を残す事になる。

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