第4話
翌朝の空は清々しいまでに晴れ渡っていた。
重たくなったボストンバッグを抱え上げ、僕は一晩を過ごした部屋を出る。
「おはようございます」
既に食堂にいた少女は、僕の姿を見てにっこりと笑う。こちらまで心が晴れ渡りそうな笑顔だ。
「よくお休みになられましたか」
「はい。本当にありがとうございます」
「御礼には及びません。こちらも、お話相手がいてくださって楽しかったですわ」
しばらくして、新堂さんが「お車の準備ができました」と彼女を呼びに来た。時計を見れば、そろそろ庄司も迎えにくる頃合いだ。
「では、ご縁がありましたらまたどこかで」
スマートフォン片手に友人を待つ僕に、鈴木さんは上品に手を振って寄越す。少女と初老の男性の組み合わせは、来たときの数倍の荷物を載せて邸宅を後にした。危なげのない運転で、黒塗りの高級車はすぐに見えなくなってしまう。一時の邂逅が嘘のような静けさが後に残された。
しばらくして、見慣れたおんぼろの車がやってくる。こちらは、どこか危なっかしい足取りだ。
「庄司! ここだ」
「見えてるよ!」
車を止めた庄司に促されるまでもなく、僕はボストンバッグを後部座席に置き、助手席へと滑り込んだ。
「あまり心配させるなよ、勅使河原」
「お前が、昨晩ちゃんと迎えに来てくれれば、こんなことにはならなかったんだ」
反論の正当性を認めたのか、彼女は直ぐに押し黙った。
「……で、どうだった?」
「僕を犯人に仕立てるつもりだったらしいね」
元よりそのつもりだったのか、偶然にも第三者を駅で拾えたのをこれ幸いと考えたのかは分からないが。
鈴木さんも新堂さんも、自分たちは絶対に指紋を付けず、逆に僕には指紋を残させようとしていた。客人に玄関扉を開けさせようとする時点からおかしいし、新堂さんは立場柄ともかく、鈴木さんも室内でずっとグローブを付けたままだったのだ。
長らく訪れていなかったことを強調していたが、思い出深い場所だと言うわりに、食堂の場所も直ぐに分からないというのは、不自然なことに思えた。
おそらく、「鈴木」と「新堂」——本名かも分からないが——がこの別荘にやってきたのは、初めてのこと。
数倍に増えた荷物の大半は、おそらく盗品だろう。
「なるほど、彼らが、例の窃盗犯だと」
「『男女の二人組』という条件を満たすしね」
なるほど、とひとつ頷いて、庄司はこう口にする。
「つまり、『ご同業』だったわけか」
僕の相方――庄司
「お前、ちゃんとマニキュア塗ってたな?」
「抜かりはないさ」
透明なマニキュアを指紋に重ねるように塗り、ヤスリなどで艶を落としておく。これだけのことで、指紋は付かなくなる。
不慣れな感覚で、グラスを取り落としそうになったりもしたが、念のための予防は正解だったわけだ。
「で、首尾は」
「あの通り」
目で示したボストンバッグの中には、二人の目を盗んで回収できた品を入れてある。
「大物には手が出なかったけどね。二対一、しかも車のあるなしじゃ分が悪い」
「さすがの怪盗・勅使河原も、『してやられた』というところかな?」
からかう口調の相方に、僕はニヤリと笑い返して見せた。
「そうでもないさ」
電波圏外のスマートフォンでも、カメラとしては使える。
出発の際、彼女らの乗る車のナンバーは確かに控えさせてもらった。あれだけの高級車だ、使い捨てではないだろうし、レンタカーだとしても記録が残るはず。高級別荘地に合わせた役作りをしていたのか、普段からのスタイルなのかは知らないが……念の入った偽装が、反って命取りになることもありうる。
「庄司。帰ったら、照合を頼むよ」
「見付けてどうする? 警察に突き出すか?」
「その前に盗品を片付けるだけのノウハウはあるだろうさ。……何より」
「何より?」
続く言葉は分かりきっていると庄司は呆れ顔で示し、僕はご期待通りの言葉を返した。
「それは、あまり美しくないな。手紙でも送ることにしようか」
——最後に勝つのは、僕たちだ。
そう宣言しておきたい気もするが、この程度に留めておこう。
「二回戦が楽しみだ……ってね」
それが、二組の盗賊の出会いだった。
(了)
嵐、来たりて 霧友正規 @nebel31
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