50 わたしは王子様の専属義肢装具士です

 真っ青な空が、頭上に広がっている。

 クロード様の瞳の色のような深い深い青。それが、ガラスの天井の崩落した部分から見えている。

 何にもさえぎられていない、ありのままの空。

 それが、きらきらきらきらと光っていた。


 蒸気の国スチームキングダムではいまだに、いたるところから工事の音がしている。城のロボットたち、そして国民たちが一丸となって復興に力を入れているのだ。

 あのガラスの天井も少しずつ元通りになっている。

 そして、街の方も――。


「こんなところにいたのか、アンジェラ」

「クロード様」


 そうやって街の様子を眺めていると、クロード様に見つかってしまった。

 別に隠れていたつもりはなかったのだけれど、城の屋上にいたわたしを見つけたクロード様はどこか嬉しそうである。


「腕の具合はどうだ?」

「ええ、ばっちりですよ」


 わたしは両の義手で拳を作り、笑ってみせる。

 しかしクロード様は全く信じていないご様子だった。


「やせ我慢もいい加減にしろ」

「ううっ……」


 すぐに見抜かれてしまい、わたしは困り果ててしまう。どうしよう。クロード様にご心配おかけしたくない一心でそう言ったのに……どうしてわかってしまったのだろう。

 実は、まだ傷口が傷む。

 でも早く普通の生活を送れるようになりたくて、痛み止めを飲みながらリハビリをしているのだ。


 あの反乱の日から、一週間が経っていた。


 あれからクロード様は、石炭の国コールランドという占領国を逆に征服したことを世界中に公表した。

 各国から賛辞が届き、石炭の国コールランドの処分は我が国に一任された。

 石炭の国コールランドの国民たちはすべて捕らえられ、上級の戦犯は処刑が決まり、残りは国外退去が命じられた。

 彼らの多くは難民となったようだが、我が国はもちろん、他の国も受け入れを拒否している。


 国の方針に従っていただけとはいえ、略奪行為という、世界中から憎み嫌われることをし続けていたのだ。

 彼らには当然の報いだろう。


 わたしの両親は……果たしてこんな未来を予想していただろうか。

 人生をめちゃくちゃにされ、自死を選んだ二人。わたしもずっと絶望しながら生きつづけていた。


 正直、納得はしていない。

 占領されなくなっても、あの二人は戻ってこないからだ。

 わたしのこの両手も……。


「クロード様?」


 そんなわたしの両の義手を、クロード様がまたそっとお手に取られる。

 片方はわたしがお作りした義腕。もう片方は健康的なままの普通の手。それがふわりとわたしの義手を包んでいた。


「俺の腕も、そして君のその腕も……いつかウルティコが治してくれるはずだ」

「はい。そうですね」

「そうしたら……また、俺の専属技師になってくれないか?」

「え?」

「妻として、迎えた後も……君にはずっと新しい希望を見出していてほしい。そしてそれは、俺が誰より先に一番近くで見ていたいのだ」

「クロード様……」


 ああ、この方は。

 わたしに何度でも希望を与えてくれる。

 わたしは目に熱いものがこみあげてくるのを止められなかった。


「はい。はい、必ず。誰よりも早くクロード様に、そして一番にお見せいたします」

「ああ、それでこそ君だ。俺のアンジェラだ」


 クロード様の両腕に抱かれる。

 そして、今までで一番熱い口づけが降ってきたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 管制室の窓辺には、クロードの父と弟、そして機械工学博士、外科医、薬学者らがそろいぶみしていた。

 眼下には城の屋上があり、熱く抱き合う二人がいる。


「まったく、兄上は……人の目がないとすーぐアンジェラちゃんとああなるんだから」


 クロードの弟が呆れたようにそう言うと、外科医と薬学者は思わず顔を覆った。


「ああ……アンジェラさんも、まんざらじゃなさそうなのがまた……」

「そうだね。目の前でやられなくてまだ良かったよ……」


 機械工学博士はため息をつきながら、眼鏡のブリッジを右手の中指で押し上げる。


「はあ……それで? 自分がここに呼び出されたのは、いったいどういう案件でなんですか?」

「ああ、それなのだがな」


 白銅色のあごひげをなでつけつつ、クロードの父、蒸気の国スチームキングダムの王が語る。


「あの二人は婚約したはいいが、その発表はまだまだ先であろう?」

「ええ、そうですね。それが何か? 父上」


 クロードの弟は首をかしげてみせる。


「国の復興を待たずして、王族の祝い事を公にするのははばかられる。そういったクロードの気持ちを尊重して、各国はもとより国内にもその発表は控えることとなった……。だが、それでは少しあの二人がかわいそうだと思ってな」

「父上……」


 功労者であるあの二人には誰よりも幸せになってもらいたい。

 それは、ここにいる全員が思っていることだった。

 

「だから、内々でだけでも祝いの席を開いてはどうかと――」

「名案ですわ、国王殿下!」

「ああ、ぜひともやろう!」


 その意見に真っ先に飛びついたのは、外科医と薬学者の女性陣たちだった。

 機械工学博士はいつのまにか懐から四角い端末機を取り出して、なにやら計算している。


「でしたらすぐに手配しないとですね。会場は応接室でよろしいですか? 我々以外の参列者は……」

「ああ、あとはジョセフくらいだな。ごくごく小規模でいい」

「父上……それは我々の戦勝記念も兼ねているのですか?」

「ふふ。まあ、そんなところだ」


 息子のにやりとした笑みに、父は同じような笑みで返す。



 そうして後日――。

 クロードとアンジェラの婚約パーティーが開かれたのだった。


 身内だけで開催されたその席で、クロードは儀礼用の純白の軍服、そしてアンジェラは同じく純白のドレスを身にまとっていた。

 アンジェラの師匠は感無量といった様子で終始涙を流し、二人は皆の笑顔に包まれた。


 応接室の大きな窓からは、復興の進む蒸気の国スチームキングダムの街並みが見える。

 夕日に赤く染まる中、家々の明かりがぽつぽつと灯りはじめている。

 アンジェラはそれを幸せな思いで眺め、クロードにまた優しく抱き寄せられるのだった。




 完

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スチームキングダム ~義肢装具士の少女は呪われ王子の義手に抱かれる~ 津月あおい @tsuzuki_aoi

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