49 戦場で見つけた希望
その後ほどなくして敵国が白旗を挙げ、戦いは幕を下ろした。
残った市民たちは反抗の意思をほとんど見せず、我が国に大人しくしたがってくれた。そうして戦後処理はスムーズに進んだ。
わたしはクロード様とともに城の中へ戻った。すると、レイナさんとウルティコさんに出迎えられる。二人とも飛び掛かるようにしてわたしに抱き着いてきた。
「うわっ! れ、レイナさん!? ウルティコさん!?」
「ああ、アンジェラ!」
「良かった、良かったですわ本当に。無事で……!」
号泣するお二人に羽交い絞めにされて、わたしは身動きがとれなくなった。
助けを求めるようにクロード様を見ると、神妙な顔をされる。
「そうされるのも当然だ。君はずいぶんと無謀なことをしてきたのだからな」
「クロード様……」
「まったく。戦場に出てくることもそうだが、あの外交官に君があそこまでする必要はなかった。おかげでそのざまだ」
苦々しい表情でクロード様がわたしの両腕をご覧になっている。
そこには、わたしが開発した義手型の兵器がとりつけられていた。その接合部からは血がにじみだしている。麻酔が効いているから痛くはないが、きっと無理をしたせいだろう。傷口が開いたのだと思われる。
「もうそれでは――」
「はい、もう義肢装具士としては……お役に立てないでしょう。勝手なことをして、本当にすみませんでした……」
誠心誠意謝罪すると、ようやく我に返ったレイナさんとウルティコさんに解放された。
ウルティコさんはわたしの両手をとって言う。
「アンジェラ、悲しむことはない! きっといつか、ボクが失った腕を元通りにする薬を開発する。だから……」
「ウルティコ先生? アンジェラさんは戦争の呪いで手を失ったわけではないんですのよ? ただの外傷でそうなっているだけなんです。それでも元通りにできるとおっしゃるんですか?」
レイナさんがさっそく疑問を口にする。
しかし、ウルティコさんは自信満々に答えた。
「フッ、呪いだろうが、ただの外傷だろうが、ボクは必ず失った四肢を再生させる薬を作ってみせる。それがボクの最後の罪滅ぼし……。たとえ何年かかろうとも、絶対に実現してみせるさ!」
「先生……!」
キラキラと尊敬のまなざしで師を見つめるレイナさん。
わたしはそんなウルティコさんに向かって深く頭を下げた。
「本当にありがとうございます、ウルティコさん。ぜひこの国の人々のために、その薬を完成させてください。でも……たとえできたとしてもわたしは……この腕をそのままにするつもりです」
「は? 何だって?」
「アンジェラさん?」
「……どういうことだ」
目の前の三人は、理解できないという顔をしていた。
「わたしは、人を殺めてしまいました。敵だったとはいえ早まったことを……してしまいました。あの時のわたしは、ああするしかなかったんです。だからこそ、その償いをしなくてはいけません」
「償い……何を、そんなことは!」
「いいえ、クロード様」
わたしの懺悔を優しく否定しようとするクロード様。
それをわたしは微笑みで制す。
「義肢装具士でありながら、『兵器を作る』となったときから、わたしはいつしかその代償を払わねばならないと……そう考えておりました。そうしなければ、わたしの中の帳尻が合わないのです。クロード様からこのお仕事をいただいたときは、身に余る光栄でした。しかし、それとは別に、わたしはわたしでけじめをつけねばならぬと思っていたのです」
「アンジェラ……」
クロード様が苦しそうに眉根を寄せられている。
「そう、気を病まれないでください。わたしなどのために」
「だが……」
「これはわたしの問題です。そのけじめがこれなのです。わたしはこの状態に満足しています。ですから、どうか――」
これ以上気にしないでください。
もう一度、そう言おうと思っていたのに。
クロード様がわたしを急に抱きしめてきたので、続きを言えなくなってしまった。
クロード様の温かい左腕と、冷たい右の義腕が、わたしを強く抱きしめている。
「なら、俺もそのけじめをつけなくてはな」
「クロード、様……?」
「俺は君に辛い役目を負わせてしまった。ならば、こうなってしまった責任をとろう」
「……?」
腕の拘束を緩め、少し体を離したクロード様がわたしの顔をじっと見つめる。
「俺の、妻となってほしい。君を生涯俺の側に置いておきたい」
「……!?」
言葉が出ない。
驚き過ぎて。
わたしの代わりにレイナさんとウルティコさんが悲鳴を上げた。
「きゃあ~っ! どどどっ、どういうことですの!?」
「ま、まさかの……展開だ。これは」
クロード様はレイナさんたちの反応を気にすることなく、ずっとわたしを見つめ続けている。
「どうなんだ、アンジェラ。この申し出を受けてくれるか?」
「く、クロード様……」
わたしは、義手に信号を送った。
わたしの作った最高傑作は、わたしの意思を読み取って、その通りに動く。
わたしはクロード様を強く押しのけた。
「ダメです! それじゃあ帳尻が合いません! わたしは、クロード様にそんなことを言ってもらうような人間じゃないんです」
「そんなことはない」
「それじゃあ、もうひとつ告白します……」
「なんだ」
わたしは、戦場で見つけた「希望」について話すことにした。
自分の義手を見下ろし、それを抱きしめる。
「わたしは、人を殺しただけじゃない……。この義手に、『希望』を見出してしまったんです」
「希望……」
「はい。何もできなかった自分が、こんなすごい兵器を産み出せた。この兵器は素晴らしい破壊力を持っています。いままで脅威だった敵国を蹂躙しました。わたしは、そんな兵器を作れた自分に……喜んでしまったんです。初めてです。両親が亡くなってから初めてでした! こんなに生きる『希望』を感じられたのは!」
「そうか。先ほど言っていたのは、そのことだったのか」
「はい。最低な『希望』ですよね。そんな『希望』を抱いてしまうような人間なんです、わたしは。だから――」
ああ、泣いてしまいそう。
レイナさんやウルティコさんだってきっと幻滅したはず。
クロード様も……わたしの義肢装具士としての素質をいいと思って重用してくださったのに。
「だから、なんだ」
「え……」
しかし、クロード様はいたって冷静に返された。
「最低だろうがなんだろうが、君にとってそれが『希望』となったのなら結構なことじゃないか。俺は前に言った。君の本当の希望を与えられるようになるまで、俺は俺のできることをしよう、と。絶望するよりはずっといい。それがたとえ人の道に背いたことでもな」
「そんな……そんな……」
「まだ良心が傷むか」
「良心?」
「そうだ。俺は君の良心を破壊して、君に希望を授けた。そんな俺を恨むか?」
「いいえ。いいえ!」
わたしは強く首を振った。
そんなことはない。後悔なんてしてない。ただ、自分が自分で許せないだけだ。こんな、倫理に背くことで喜んではいけないのだと、自分を罰したくてしょうがないのだ。
「ならアンジェラ、その喜びを
「受け入れる……?」
「ああ。戦争なんてものは、もともと血塗られた道の先にしか平和はない。俺はこの国に平和をもたらすためにその道を歩むと決めた。そして、その道に君を引き込んだ。そのことを俺は後悔していない。恨まれてもいい。ただ結果が残ればそれでいいと。それだけを望んできた」
「……クロード様」
「俺は今、敵国を屈服させられておおいに喜んでいる。そしてその喜びを受け入れている。アンジェラ、君もその暗い喜びを受け入れろ!」
クロード様に胸倉をつかまれて、一気に引き寄せられる。
ああ、この右腕の義肢はわたしがお作りしたものだ。正確に動いている。戦を経ても、調整など必要のないくらいに。頑丈だ。
すべてはクロード様の手の上。
わたしはその深い青色の瞳を見つめた。
初めて見た時から魅入った、宝石のように美しい瞳。わたしは美しいものに目がない。
クロード様はわたしにこの瞳と、新しい義手の素材と、戦争の光景と、その先の平和をお見せしてくれた。そして、暗い希望。それらは怖いくらいにわたしを惹きつける。
ずっとこの方の側にいたら、さらにもっと素晴らしいものを見せてくださるのかもしれない。
絶望に囚われることなく、いつでも希望を見出だせるかもしれない。なら――。
「クロード様」
わたしは右の義手をクロード様の義手に重ねた。
この手を、取りたい。
クロード様と一緒に居たら、きっと絶望し続けずに済む。いつでも新しい希望を見出だせる。でも、それは……わたしだけでいいのかしら。この方の、希望は?
「ありがとうございます。わたしにこんなに優しくしてくださって……」
「アンジェラ」
「クロード様、クロード様にわたしは希望をいただきました。でも、じゃあ、クロード様の希望は? そんな風にわたしに求婚までしてくださるクロード様に、わたしは何をお返し……お渡しできるのでしょう。クロード様の希望も、見つけて差し上げたい。どうしたら、どうしたらいいのでしょうか」
困り果ててそう問うと、クロード様はふっと苦笑された。
「そんなもの。もう最初からもらっている」
「えっ?」
「出会った時から、君は俺に希望をくれた」
「な、何を……?」
「王族に対して私怨抜きで普通に接してくれた。それは俺が心から欲していたものだった。皆が皆、君のような国民であってくれたらという、未来をも夢想させてくれた。俺にはそれで十分だったよ」
「そんな……わたし……」
そこまで深く考えていなかった。
わたしの態度が、知らない間にクロード様の「希望」となっていたなんて。
わたしはただ、師匠がもともとそういう人だったから、影響を受けていただけなのに。
「君が今、俺の希望を見つけてあげたいと思ったように、俺も君に、その時希望を見つけてあげたいと思った。それだけじゃ納得できないか?」
「……いえ。そう、ですか」
わたしはクロード様に希望をあげていた。
そして、クロード様もわたしと同じ気持ちでいた……のだという。
「君は最初の態度だけじゃなく、他にも希望を見せてくれた。新しい素材の発見、義肢型の兵器の開発、そして、外交官を阻止するために自爆してみせたり、戦場にあとから応援にきたりしてくれた。それは、望んだ以上のものだったよ」
「クロード様……」
「アンジェラ、もう一度言う。俺の妻になってくれないか。ともにいて、ともに希望を与えあう関係にならないか。俺が望むからじゃない。お互いが望むから手を取りあうのだと――そう思ってくれはしないか」
そうだ。
自分のためじゃない。相手のためでもない。お互いのために手を取る。
一方通行じゃないそれぞれの希望を与えあう関係。それを、わたしも望んでいた……?
それは、かつての「家族」。
父さんも母さんも、お互いを生きがいとしていた。
わたしも、父さんと母さんを生きがいとしていた。
そこには貧しくとも希望があった。
でも、戦争がそれをあっというまに壊してしまって。
いつからか、絶望しか感じなくなってしまった。
希望もあとで壊されるなら、最初から望まなければいいと諦めて。
師匠とも、パーツ・ディレクターズ・ショップの店長ご夫妻とも、ご近所さんたちとも、つかず離れずな関係を維持してきた。
でも、みんな、わたしを心配してくれていた。みんなわたしを応援してくれていた。
だから、クロード様までたどり着くことができた。
みんなのおかげでわたしは今、ここにいる。
「クロード様。わたし今、新しい『希望』を見出しました」
「ん、なんだ?」
「家族。わたし、クロード様と家族になりたい、そう思いました。クロード様が望むからじゃない。わたしが望むからじゃない。クロード様とわたし、お互いが望んでいるから……」
だから、どうかよろしくお願いします。
そう言って、わたしはクロード様の義手を、自らの両の義手で包み込んだ。
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