48 わたしの義手

「痛っつ……」


 腕の先の包帯が解かれ、血のにじむ縫い跡が現れる。「少々我慢してくださいませね」とレイナさんに断られてから、ファインセラミックス製の義手があてがわれた。

 真っ黒な外装。その上部にあるソケット部分に腕の先を入れると、中が真空になりぴったりと密着する。


「本気なのかい? アンジェラ」

「はい……兵器として使えるのはたぶん、今だけですので。いろいろと試しておきたいんです。それにデータも少なからずとっておきたいですし」


 わたしはウルティコさんに、義手の一つを開発室から持ってきてもらっていた。

 そしてそれをレイナさんに取り付けてもらっている。


「あの、レイナさん。できたらもう少し、痛み止めをもらえないでしょうか」


 このままでは痛すぎてうまく動かせそうになかった。なので、どうにか都合をつけてもらう。

 しかし、レイナさんは嫌そうに言った。


「本当は、行ってほしくないですわ」

「レイナさん」

「でもどうしても、あなたは行きたいんですのね?」

「はい。すみません」


 本当に申し訳ない。

 レイナさんは心配してくれているのに……わたしはそれに反して外に出て行こうとしているんだから。


「クロード様が心配なのはわかりますわ。ですけど……あそこは戦場、危険極まりないところですのよ?」

「はい、わかってます。でも――わたしはわたしの仕事を最後までしないと」

「はあ……仕方がありませんわね。あなたの強情さには舌を巻きますわ」


 そう言いつつ、レイナさんは医療バッグから鎮痛剤の入った瓶を取り出してくれる。


「いいですこと? これ以上の怪我は、絶対に許しませんわよ」

「はい。……善処いたします」


 そうしてそれぞれの腕に注射が打たれた。徐々に痛みが和らいでいく。

 わたしはさっそく義手の動作チェックをしてみた。

 手指を開閉。うん、問題なく動く。兵器として改良した義手はわたしの腕にもうまく馴染むようだった。


 手を無くす前は、こうして実際に装着することはできなかった。

 義肢装具士は『作る』ことはできる。しかし、その精密な動作を、疑似腕にはめて確認することはできても、自分自身の体ではできないのだ。

 今後はこうした『モニター』にはなれるかもしれない。

 技師として活躍することはできなくなっても、それぐらいなら……。


 いや、そんな需要はほとんどない。なぜならモニターは、実際の患者たちがいれば十分だからだ。それに、この戦いが終わったときはきっと……。


「アンジェラさん?」

「あ、いえ……なんでも。ありがとうございました」


 物思いにふけっていたわたしは、レイナさんに声をかけられてあわてて顔をあげた。

 いけない。

 今は余計なことを考えているときじゃない。


 今わたしがするべきこと。

 それは、戦場にいるクロード様たちを少しでも助けること。

 そして、ここにいるレイナさんたちを敵の手から守ること。


 それから――。戦場における、兵器用の義肢のデータをたくさんとること。

 もう二度と戦争が起こらなければ必要ない。

 でも、もしかしたらまたこういう時が来るかもしれない。そのときのために。


 これは義肢装具士としてのわたしの最後の仕事だ。

 なら、いつまでもぐずぐずしてはいられない。


 ベッドから起き上がると、わたしは愛用のジャンプブーツを履いて立ち上がった。


「では、行ってきます!」

「本当にお気を付けてくださいね」

「武運を。アンジェラ」

「はい、レイナさん、ウルティコさん! 本当にありがとうございました!」


 わたしはお礼を言うと、くるりと背を向けて部屋の外に向かった。

 廊下を走り、階段を駆け上がり、以前クロード様に連れてこられた『城の屋上』へとやってくる。


 そこには、強い風が吹いていた。

 爆発音とともに地上から、激しい上昇気流が生まれている。

 わたしは煙と火薬の臭いに包まれつつ、柵から身を乗り出した。


「早く行かなくちゃ……!」


 眼下では同胞たちがまだ戦いつづけていた。

 あそこにはクロード様もいるはずだ。さっそく柵に手をかけ、わたしは思い切り飛び降りる。


 足場を失い、わたしの体は宙を切る。

 重力に引かれてどんどんどんどん、落下していく。

 わたしはすぐさまジャンプブーツの出力を上げた。滞空モード。こうすれば一定時間その場に留まれる。しかし、装備は今はこれだけじゃない。


 兵器型の義手。それを斜め後方に向け、手のひらから高圧の蒸気のジェットを射出する。すると、その分だけ前に、そしてやや上に体が移動した。


 この使い方は他の兵士たちも知っているはずだ。

 ロボットに避難所で兵器を配らせたときに、一緒に使い方もレクチャーしておいたのだ。おかげでみなすぐに使えている。


 『呪い』は手から先に腐っていくので、わたしのように腕に義手型のスチームガン、足はジャンプブーツという組み合わせが多い。

 しかし、足までも無くしている者は、義足型のジェットブーツも装着している。ジェットブーツはジャンプブーツよりも機動力が上だ。使用時には多少Gがかかるが、その代わり自動回避の機能も付けてあるので、敵からの攻撃を喰らいにくいというメリットがある。


 わたしは戦場を見回して、それぞれの兵器が効果的に使われているかどうかを観測した。


「あれが、わたしとオリバーさんの作った、義肢……」


 敵国の人の命をたくさん奪っている。

 敵国の建物も燃え、壊れ、崩れている。

 だというのにわたしは歓喜していた。これほど他を圧倒する力を作り出せていたことに。


 わたしはずっと無力だと思っていた。

 何の価値もない者だと思っていた。

 でも今、『あれ』は我が国の自由を取り戻すための力となっている。


 これが、いい感情でないことくらいはわかってるつもりだ。

 師匠は成果を褒めつつも、心からは喜んではくれないだろう。

 以前の、無能ではあったけれども善良だったわたしを大切に思ってくれていたからだ。

 師匠や、周りの人たちを、わたしは裏切ってしまった。


 でも、善良なわたしでなくなっても、無能なわたしでなくなったことは純粋に嬉しかった。

 なぜならずっと絶望していたからだ。

 何もできない自分に。


『君の本当の希望を与えられるようになるまで、俺は俺のできることをしよう』


 いつか、クロード様がそう言ってくださったことを思い出す。

 わたしが悩んでいても、そんなの関係ないとばかりにあの方は目的のために邁進していかれた。

 そのお姿を見て、彼についていっている間は絶望から逃れられると信じた。希望があるとはそこまでは思ってなかった。ただ絶望から解放されたかっただけ。


 でも、違った。

 絶望がなくなっただけじゃなかった。それは――希望は、たしかにあった。

 ここに。

 地獄みたいなここに。

 戦場に。


 数多の破壊がわたしに希望をもたらしてくれた。

 最低だってわかってる。

 でも、わたしは嬉しくて、嬉しくて……ただ涙を流した。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」


 わたしは右腕のスチームガンに意識を集中させる。

 そして、その掌を目標物に定めた。


「目標:敵国の要塞」


 義手内の高圧蒸気機関が作動して、手のひら周辺が熱くなる。

 わたしは体をひねって真横を向くと、反対の左腕を後方に向けた。左手の掌も熱くなり、それぞれのエネルギー量が同期する。


「ごめんなさい。石炭の国コールランドのみなさん。でも、わたしは、わたしは……絶望じゃなくて、希望を抱いて生きたい・・・・の!」


 生身の腕で作動させた時とは違って、この頑丈なファインセラミックス製の義手は凶悪なそのエネルギーを暴走させることなく正確な方向に射出する。


「……スチーム・タービュランス・バレット!」


 そう叫ぶと、右腕からは高出力の蒸気の弾が生成され、射出されると、その反動を相殺させるために左腕からは同程度の蒸気のジェットが噴出した。

 わたしの放った高出力の弾は、周囲に乱気流を展開させながら素早く目標の建物にぶち当たる。

 一瞬、強い風切り音がした。だが次の瞬間には建物の一部はそのスチームバレットによって、無惨な姿と成り果て、周囲にがれきが四散する。


「これが、この兵器の威力……」


 崩れたところに人がいたかはわからない。でも、徐々に煙がただよい、他の損壊箇所同様すぐに火の手があがった。


 わたしはしばらく身動きが取れなかった。

 前後に腕をだらしなく伸ばしたまま、呆然とその被害の様子を眺める。

 自らがやったことにだんだんと意識が追い付いてきて、だらだらと汗が流れ落ちてきた。それは決して「火元が近くにあったから」だけではなくて。


 そんなふうに呆然としていると、足元にキラッと赤い光がまたたいた気がした。

 なんだろうと思っていると、それは横一列になって飛んでくる。敵の砲弾だ。


 あっと思った瞬間にはもう目前に迫っていた。

 もうほとんどないって聞いていたのに!

 倉庫の奥からなけなしの弾をかき集めてきたのだろうか。とにかく、それはわたしや近くを飛んでいる同胞たちに向かって飛んできた。


「……まずい、このままじゃ」


 迎撃しようにも速すぎて対応が間に合わない。

 いやだ。ここで、死にたくない。

 まだわたしにはやることが――!


 瞬間。

 それらの砲弾がすべて目の前で爆発した。どうやら誰かが全部撃ち落としたようだ。

 爆風のあおりを腕を覆うことでカバーする。

 そして、風がやんだとき、目の前にいたのはなんとあのクロード様だった。


「無事か。我が同胞たちよ」


 背後を振り向き、他の兵士たちをねぎらう。

 同胞たちは口々にお礼を言い、またすぐに攻撃へと転じていった。

 残されたわたしだけがクロード様をじっと見つめている。


「……アンジェラ・ノッカー」

「は、はい!」


 クロード様の呼びかけに、わたしは全力で答える。


「怪我を押してまで戦場ここに来たということは、やることは一つだぞ」

「はい、わかっております」


 クロード様が義手を駆使してわたしのところまで上昇してくる。

 クロード様はわたしと違い、片腕だけしか義手になっていない。だから、先ほどのわたしが放ったような、義手二つを駆使しないとできない高出力の蒸気の弾は撃てないはずだった。しかし、威力が劣る代わりにその速さと正確さで敵の砲弾を撃ち落としている。


 射撃の腕がものすごく上手い。

 わたしは驚愕しつつも、クロード様を出迎えた。


「すみません。手負いである上、勝手に戦場に出てきてしまい……この責めはあとでいくらでも受けますから――」

「いや。君の体に負担がないのならそれでいい。もうすぐこちらの片も付くしな」


 見れば、さっきの砲弾が最後であったかというぐらいに、敵からの攻撃はもうほとんどなくなっていた。

 同胞たちは徹底的に敵の要塞を破壊しつくし、周辺の建物に逃げ惑う人々も掃討しようとしている。


「君のことだ。あらかた、兵器のデータを取りたくて来たといったところなのだろう?」

「……おっしゃる通りです」

「それで? なにか収穫はあったか」

「はい。存分に。なによりクロード様、」

「なんだ?」


 わたしは十分に間をためると、にっこりと笑って言った。


「わたし、希望を見つけることができました」

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