47 わたしの手

 どれくらい、時間が経ったのだろう。

 長い夢を見ていた気がする。


 ―――。

 ―――――。

 ―――――――。


「アンジェラ!」

「気が付いたんですの!?」

「良かった……。一時はどうなることかと思ったよ」


 ぼんやりとした意識の中、聞き慣れた声がする。

 何度かまたたきをすると視界がだんだんとはっきりしてきた。


「レイナさん、ウルティコさん……?」


 わたしの頭上には、見慣れた女性が二人立っていた。

 外科医のレイナさんと薬学者のウルティコさんだ。


「わたし、いったい……?」


 どうやらどこかの部屋のベッドに寝かされているようだ。

 辺りをきょろきょろ見回していると、レイナさんがわたしの両頬に手を添えてくる。


「アンジェラさん! どうして、どうしてあの時、あんな無茶をなさったんですの? そのせいであなたの手は……」

「手?」


 レイナさんがひどく悲しそうにわたしを見下ろしている。

 その視線の先をたどっていくと……。


「ああ、そういうことですか……」


 わたしの両腕は、極端に短くなっていた。

 肘から先が包帯でぐるぐる巻きにされている。

 これは……あの爆発で吹き飛んでしまったのだろう。


「急いで処置をしたんですけれど……これ以上はどうしても、治せなくて……アンジェラさん、ごめんなさい」

「レイナさん。レイナさんが、治療してくださったんですね。ありがとうございます。感謝こそすれ、謝られることなんて何一つありませんよ」

「でも……!」

「ああ、いい職人の腕が無くなってしまうのは惜しいことだね」


 申し訳なさそうにしているレイナさんの横で、ウルティコさんがそうつぶやく。

 わたしはその言葉に苦笑いを浮かべた。


「ウルティコさん、そう言っていただけて嬉しいです。でもわたし、後悔はまったくしてないんですよ。あの時あれが最善の行動だと思ったから、ああしたんです。……それで、あれからいったいどうなりました?」


 わたしは、自分が気を失っている間のことを尋ねてみた。

 あの敵国の外交官は。そして、クロード様たちはいったいどうなったのか。


「ああ、あの男なら死んだよ」

「え……」

「キミが何らかの装置を爆発させたと思った瞬間、キミの両手も、あの男の首も吹き飛んでいた。ボクとレイナは、急いでキミだけを救護したんだよ」

「そうだったんですか……」

「まあ、君も覚悟の上でやったことなんだろうから、ボクももう何も言わないけれどね。無茶はたいがいにしたまえよ」

「ウルティコさん……。はい、すみません。そして、ありがとうございました」


 そうか。あの人は――死んだんだ。

 いや、殺したんだ。わたしが。


 初めて人を殺した。わたしが……。


 こんなことは、兵器を作ると決めた時からある程度覚悟をしていたことだった。わたしが作った兵器はたくさんの敵兵を殺す。ならわたしは間接的にその人たちに手を下したも同然だ。


 でも、あの人は……。

 ハロルド外交官は「わたしが直接手を下した人」になる。

 明確な殺意を持って『殺した』人。


 そのことに思い至ると、わたしはがくがくと体が震えてきた。


「あっ、あ……」

「どうした? アンジェラ」

「あ、わ、わたし……」


 なんて軟弱なんだろう。

 どこか、自分だけは清いままでいられると思っていた。でも、そんなことは甘すぎる考えで。

 戦争に加担するということは、こういうことなのだ。


 何かに突き動かされて、やった。

 後悔はしていない。それも本当だ。


 でも、でも……。「敵」だとしても、他人の人生を一瞬で終わらせてしまった。

 そのことを深く重く受け止める。

 わたしは思い出したように息を吸った。


「……はあ……っ。すみません。なんでもありません」

「そうか? 気分が悪いならしばらくここで休んでいるといい。この城は、ついさきほど石炭の国コールランドに着いたばかりだ。クロード殿下たちは今、敵の本部を急襲している。窓から見る限り、敵方が陥落するのも時間の問題だろう」

「まだ、戦っているんですか?」


 わたしは強引に体を起こすと、ウルティコさんが見ていた窓辺にふらふらと歩み寄った。慌ててウルティコさんがわたしを止める。


「お、おい! さっき手術が終わったばかりなんだ、貧血を起こすから大人しく――」

「すみませんウルティコさん。でも……」


 心配するウルティコさんをなだめつつ、わたしは窓の外を眺める。

 そこには、敵国と思しき地で戦う人々の姿があった。

 地上でも、空でも、砲弾が飛び交い、火炎が放射され、各所で爆発が起こっている。


 この城は低空で飛んでおり、眼下には敵国の要塞らしき大きな建物があった。

 そこにも何ヶ所か火の手があがっている。


 突如、どおんと大きな衝撃があり、部屋全体がぐらぐらと揺れた。


「きゃっ」

「うわあっ!」

「だ、大丈夫ですの? アンジェラさん、先生!?」


 窓辺にいたわたしたちは何も掴まるところがなかったので、大きくしりもちをついてしまった。

 ベッドサイドにいたレイナさんは、寝台に掴まりながらわたしたちを案じている。


「こ、攻撃を受けてるんですか? これ」


 尋ねると、体を起こしたウルティコさんが答える。


「ああ。防御バリアが張られているそうだから直接的な被害はないようだけれどね。でも、被弾するとこんな風にかなり揺れる」

「そんな……。もしかして、手術中も……こんな状態だったんですか?」


 ウルティコさんの説明に驚いてレイナさんの方を見ると、レイナさんは照れたように笑っていた。


「まあ、これでもわたくし、仕事は速い方ですからね。こんなことになっても、なんてことありませんでしたわ。ご安心くださいまし。アンジェラさんの傷は酷かったですけれど、なんとか機能的に問題ない程度に縫い合わせることができましたわ。これも有能な助手がいてくださったおかげ……」

「レイナ。ボクは実技のレベルは本当にかじった程度だったんだよ。でも、傷ついたアンジェラを見ていたら自然と体が動いていた」

「それは、わたくしもですわ。とにかく、多少の揺れがあったとしても、あなたを救わないという選択肢はなかったんですの」


 レイナさんと、ウルティコさんを思わず見つめる。

 こんな、こんなわたしを、救ってくれたなんて。なんというか申し訳なさでいっぱいだ。


「本当に、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」

「お礼なんていいですわ。それより、あんな無茶はもうしないと誓ってくださいまし。あなたが死んでしまったらわたくし……せっかくできた、お友達がいなくなってしまいます。そんなの、悲しすぎますわ」

「レイナさん……」

「そうだよ、アンジェラ。キミは自分をあまり大事にしないところがあるね? でも、そんなのはもうやめて欲しい。少なくともボクらは……キミがこんな目に遭ってとても悲しかったから」

「ウルティコさん……」


 二人の顔をまじまじと見つめる。

 ああ、なんてもったいない。自分にはもったいなさすぎるほどのお二人だ。素晴らしい技術を持ったお二人が、わたしがいなくなるのを惜しんでくれている。


「ありがとう、ございます。レイナさん。ウルティコさん……。でもごめんなさい。わたしにはそこまでしてもらえるほどの価値は……」

「価値? 価値なんて言ったのかい? 今?」

「え……」

「そんなもの、あるに決まっているじゃないか!! 馬鹿!!!」


 ウルティコさんはわたしの肩を両手で掴むと、ものすごい剣幕で怒鳴ってきた。


「なんでそんなことを言うんだ! ボクは、ボクらは……キミに多くのことをしてもらった。キミにあるべき幸せを取り戻してもらった。なのに、そんなキミに価値がない? 馬鹿を言うのも休み休みにしてくれたまえ。ボクらは、ボクらはもう友人だろう!」

「ウルティコさん……」

「そうですわ。あなたがいなかったらわたくしたち……今こんな風にいられなかったですわ。ですから、そんな悲しいことを言わないで。わたくしたちは、アンジェラさんにずっとずっと元気で、そして仲良くしていてほしいんです」

「レイナさん……」


 わたしは、お二人の熱い気持ちを聞いて、胸が痛くなった。

 こんなわたしにこれだけの想いを抱いてくれている。


「ありがとうございます。本当に、ありがたいです。ありがとう……」

「馬鹿。馬鹿アンジェラ!」

「そうですわ。そんな、自分をもっと大事にしてくださいな。わたくしたちのためにも……」


 わたしの肩をいつのまにか抱いて、涙声になるウルティコさん。

 レイナさんもわたしたちに近づいて、そっと抱きしめてくれた。


「ごめんなさい。レイナさん、ウルティコさん。本当に、ごめんなさい……」


 わたしは未だに複雑な気持ちのままだった。

 お二人の気持ちは嬉しい。でも、だからこそ、こんなお二人をもっと幸せにしたくて、自分にできることはまだないのかと思ってしまう。


 そうだ。


「あの、ひとつお願いがあります」

「ん? なんだ」

「なんですの、アンジェラさん」


 この腕を無くした意味。

 それはこの時にあったのかもしれない。


「わたしの作った義手を、ここに持ってきてくれませんか?」

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