46 悪あがき

 わたしとオリバーさんの作った『兵器』が、敵国を圧倒している。


 自動照準機能の付いた義手型のスチームガンと、ジャンプブーツよりはるかに長く滞空できる義足型のジェットブーツ。

 そのふたつが、敵艦隊を次々と撃ち落としている。


 三十年前にはこんな高性能の武器はなかった。

 けれど、今のこの装備であれば――。


 この機は逃せない。

 もし今勝てなかったら、「王族たちが反乱した」という罪だけが残る。そしてまた経済支配をくらうのだ。

 そうなったら、今度は今までのようなぬるい支配ではなくなるだろう。きっともっと過酷で厳しいものとなるはずだ

 

 そんな未来は嫌だ。

 誰だって。

 だから今、市民たちは立ち上がってくれている。


 しかし彼らは知らない。

 わたしも、知らなかった。

 

 今の敵国――石炭の国コールランドには、もう他国を支配できるほどの軍事物資が残っていないことを。

 やつらは三十年前に植え付けた恐怖だけで、ハッタリをきかせていたのだ。


 それは驚くべきことだった。

 今までのわたしたちはいったい何におびえていたのか?

 反抗する気力が幻のように消え失せていただなんて。それを、三十数年も続けていたなんて。信じられなかった。


 でも、それはたしかに目の前で起こっていて。


 そして驚愕しているのはわたしだけじゃなかった。

 敵国の外交官、ハロルド氏も同じ。


「我が国には、動力となる燃料しかなかった……だと? それなのに、上層部は我々をこの地に――。嘘だ。嘘だ!」


 しきりと悪態をついている。

 彼もまた、自国の武力を過剰に信じ込まされていた一人のようだった。

 石炭の国コールランドはどこまで狂った行いをつづけるのだろう。

 そんなことでは誰も、幸せにできるわけがないのに。


「……!?」


 急に、劣勢だった敵国の軍勢が動き出した。

 なぜだかぞわりと粟肌が立つ。


「ははははっ! そうか、そういうことか! 見ろ、これがお前たちへの天罰だ!!」


 ハロルド外交官はそう、狂ったように叫んだ。


 見ると、敵国の軍艦は自ら地上に落下していた。

 「降下」ではない。

 あの速度と角度は「墜落」だ。

 機体をもって弾とする、捨て身の攻撃――特攻だった。


「なんてこと……」


 それらはみな街の中心に向かっていっている。


「愚かな」


 クロード様は軽蔑しきった表情でそれをご覧になっている。

 

 あまりの数に誰もどうにもできない。

 地上で消火作業に当たっているロボットたちも、対応が追いつかないようだった。


 街が、まるごと火の海に呑まれていく。


 衝撃を受け止めきれなくて、中層地区まで陥没したところもあった。

 モニターにはいくつもの被害地域が表示され、アラームが鳴りっぱなしである。


 みんなはどうしているだろう。


「師匠、大丈夫かしら」


 パーツ・ディレクターズ・ショップの店長さんたちも。

 みんなみんな、無事でいてほしい。

 そう思っていると、クロード様がすばやく指示を出された。


「オリバー、外天井の消火装置を作動させろ。あと、このままではここも被害を受ける。浮上するぞ」

「浮上……正気ですか! 天井の開閉機能は空港にしかないんですよ?」

「ああ、この場に留まっていてもいずれ落下してきた敵国の戦艦と心中するだけだ。火の雨をくぐって、どうにかして空港に向かえ」

「そんな無茶な!」


 悲鳴をあげながら、それでもオリバーさんは迅速に各装置を起動させはじめる。

 空中戦艦である蒸気の国のお城が、動きだした。



 ◇ ◇ ◇



「総員に告ぐ」


 クロード様がまたマイクをとる。


「現在上層地区に大きな被害が発生している。火元に近いものから消火作業に当たれ。消火が困難な場合はその地域を放棄し、我が城『スチームバレット』とともに空港の上空に出ろ。そこからそのまま石炭の国コールランドに攻めかかる」

「石炭の国に……?」


 それはわたしが言った言葉ではなかった。

 わたしのそばにいた、敵国の外交官だった。ハロルド氏はみるみる顔を紅潮させ、わたしの方に突進してくる。


「えっ、えっ?」

「うああああああっ!」


 怒声とともに掴みかかられ、わたしはあっというまにハロルド外交官に捕らえられてしまった。

 首に片腕を回されがっちりと固定される。


「くっ、うっ……!」

「動くな!」


 逃げようともがいていたら、首筋に小さな刃物を突き付けられた。

 ハロルド外交官は反対の手でもぞもぞと外した腕時計をいじっている。どうやらそこに仕込まれていたようだ。


「アンジェラさん!」

「アンジェラ!」


 みんながわたしの方を見て、心配そうに声をかけてくれる。

 その中でもクロード様は苦虫をかみつぶしたような表情をされていた。


「なにをしている……」


 ああ、なんというヘマをしてしまったんだろう。

 クロード様が怒るのも当然だ。

 ここ一番という大事なときに、みなの足を引っ張ってしまった。ああどうか、お気にせず。わたしの命など元からあってなかったようなものなのですから。


「お前たちの思い通りにはさせんぞ! 武器を捨てろ!」


 周りを見回しながら、そう威嚇するハロルド外交官。

 しかし、みんなはじりじりと距離を詰めてきていた。


 もう、四肢が腐る呪いも解けたし、義肢型の兵器も完成したし、敵国の艦隊も撃ち落としたし、このままいけばきっと敵の本陣も制圧できるだろう。

 だから。

 もうわたしに悔いなんてない。


「クロード様、すみません。わたし――」

「おいしゃべるな! いいか、もう一度動いたら容赦しないぞ」

「……」

「お前がただの義肢装具士だろうと、人質として利用させてもらう!」

「わたしに、人質としての価値なんてないですよ」

「そうか? 見る限り、お前はこの場で必要とされている人間のようだ。さあ、クロード殿下! この戦艦をただちに止めてください。さもなくばこの娘の命はありませんよ」


 ハロルド外交官がクロード様にそう迫る。

 しかし、クロード様は何も返事をされなかった。


「……? 聞こえなかったですか? それとも、この娘がどうなってもかまわないと? ……絶対に、我が国に行かせるわけにはまいりせん。お前たちは、ここで我々と滅ぶんだ!」

「わからんな」

「……!?」


 クロード様は腰から大剣を抜きながらつぶやく。

 周囲に放たれた殺気によって、わたしもハロルド外交官も瞬時に動けなくなった。


「お前たちの負けは、まだ確定していない。それなのになぜ、多くの戦力をここで無駄にしようとしている? 本国にはまだいくらか戦力が残っているはずだ。我々の反乱を阻止しようと思えばいくらでもーー」

「ハッ。つくづくおめでたい方々ですね。あなた方の反乱を阻止?」


 あざけるような笑い声があびせられる。


「我々は、あくまでも調査をしてこいと言われただけですよ。大勢で行って威嚇しろともね。ですが……所詮、戦局が悪くなれば切って捨てられる、それだけの存在です。……もともとろくな装備を持たされずに寄越されたとわかったら、やることは一つです。なりふりかまわず、最大限の報復を行えと。ただそれだけです」

「戦艦もタダじゃない。それをみすみすドブに捨てようというのか。なぜこんな無駄なことをする。そもそも……」


 クロード様は窓の外に広がる破壊された市街地を見下ろした。


「支配する土地がずたずたになっては、搾取できる総量も減ってしまうだろう。お前たちはいったい何を考えている? 何をしようとしているんだ」

「ふっ……」


 ハロルド外交官は諦めたように苦笑した。


「何をしようとしている? 決まってるでしょう。我々は別に搾取したり・・・・・支配したりするのが・・・・・・・・・目的じゃないから・・・・・・・・ですよ」

「なんだと?」

「まあ、たしかに? そうしていろいろなものを納めてもらうことで助かっている面もありますがね。しかし、上層部は……いや正確に言うなら石炭の国の王は……恵まれた国がただただ憎いだけなんですよ。恵まれた国を、恵まれなくさせたいだけなんです」

「は……?」

「だから、支配が困難になるとこうなるんです。全部めちゃくちゃになればいいって、ね」


 意味が、わからない。

 わたしも、クロード様も、他のみんなも同じことを思っているようだった。

 そんな身勝手な考えで、我々は辛い目に遭わされてきたのか。

 まさかそんなことを考える人がいるなんて。そして、その人にずっと付き従っていかなきゃいけない人たちがいるなんてこと。想像もできていなかった。


「反抗するまで三十年あまり、ですか、よくもった方ですね。もう少し早くこうでてくるかと思ってたんですが、案外あの薬が効き過ぎたんですかね?」


 あの薬、とはウルティコさんが作らされた『四肢が腐る呪いの薬』のことだろう。

 ウルティコさんがものすごい目でハロルド外交官をにらみつけている。


「――石炭の国の守りは強固です。燃料だけはありますから、それなりの攻城戦はできるでしょう。でも、私はそんなことを本部にさせるわけにはいかない。できる仕事を最後までやります。私には、それしか価値がないのですから。せいぜい悪あがきさせてもらいますね」


 そう言って、またわたしの首に刃物を突き付けてくる。


「さあ、艦を止めてください。そして、空からやってくる私の仲間たちとともに、あの世に行きましょう」

「ふ、ざけたことをっ……!」


 クロード様がなんとかハロルド外交官の隙をつけないかと、機をうかがっている。

 しかし、わたしは。

 自分でこの状況をどうにかしたかった。わたしも、わたしの仕事をしなくては――。


「ハロルドさん、すみません。貴方にはその……直接的な恨みはないのですが」

「なんだ?」

「一緒に、あの世に行くのはわたしとだけです」


 首筋に刃物が当たっているのも構わず、わたしはくるりと振り返った。そしてまっすぐ両腕を伸ばす。そこには義肢型兵器の一部のパーツが握られていた。


 それは高圧蒸気機関のプロトタイプ。

 そのスイッチをすばやく押す。

 するとパーツ内に蒸気が充たされ、そのエネルギーは外へ外へと向かいはじめた。わたしはそれを、まるごとハロルド外交官の胸に押しあてる。


「なっ……!」


 瞬間、肉がはじけ、空気の切り裂かれる嫌な音が響き渡った。

 あとは何も、わからなくなった。

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