45 宣戦布告

 衛兵ロボットに連れられて、敵国の外交官、ハロルド・ハーマンが制御室にやってきた。


「言われた通り、一人で来ましたよ」


 ハロルド外交官は出迎えたクロード様を見て、さらに苦虫をかみつぶしたような顔になる。


「これは明確な反逆です。弁明があるなら聞きますが、しかしもうすでに手遅れですよ」

「……」


 クロード様は無言で視線を部屋の隅に向けた。

 そこには、薬学者のウルティコさんがいる。ウルティコさんはなんともいえない複雑な笑みを浮かべていた。


「貴様はっ、ウルティコ・ケリー!」

「やあハロルド君。元気にしていたかい?」

「たわけたことを。貴様、やはりこの国に亡命していたか!」

「うん、ここを選んで正解だったよ。こうしてかくまってもらえたし……なにより解毒剤を作るという罪滅ぼしもさせてもらえたしね」

「この国の復興にも、やはり貴様が一枚噛んでいたか」


 そう言って、殺意のこもった目でお互いにらみ合う。

 そこにレイナさんが割って入った。


「貴方がわたくしの大事な先生を攫ったんですのね、この外道!」

「なんだお前は」

「わたくしはレイナ・コーディ。医療の国メディカルカントリーの女医ですわ。この国の、手足が腐る病を解明するために招聘しょうへいされましたの。ウルティコ先生は母の友人で……わたくしも幼い時から仲良くさせてもらってましたわ。ウルティコ先生がいなくなってからの母は、もう目も当てられないぐらいに落ち込んでしまって……わたくしも辛い日々を送りました。そんなこと、貴方はつゆほどもご存じないのでしょうね!」

「レイナ……」


 もういいとばかりに、ウルティコさんがレイナさんの手を引く。

 しかし、レイナさんはまだ言い足りないようだった。


「先生はずっと、人々の健康のために身命を賭しておられました! そんな方に、人を傷つける薬を作らせるだなんて! ひどすぎます。わたくし、貴方がたを絶対に許しませんわ!」

「レイナさん……」


 だからレイナさんはウルティコさんを止めようとしたんだ。

 たとえ個人的な恨みを晴らすためだとしても。口先だけの攻撃だけだとしても。これ以上、誰かを傷つけてほしくなくて――。


「わかった。レイナ、もうボクは人を傷つけないよ。あいつにも何もしない。これ以上何かしたら……キミを悲しませてしまうだけだからね」

「先生……」


 瞳を潤ませ、わっとウルティコさんに抱き着くレイナさん。

 その行動はアンチエイジングをして若返っているとはいえ、さらに幼い子供のようなふるまいだった。けれど、ウルティコさんは構わずその身を抱きしめる。


「ボクは薬学者として、してはならない罪を犯してしまった。けれど、それを生涯償っていくつもりだよ。ハロルド……キミはどうなのかな? いくら自国のためだとはいえ、キミはこの国に対しての償いをする覚悟があるのか?」

「償い、だと?」


 ウルティコさんにそう言われたハロルド外交官が、フッと嘲るような笑みを浮かべる。


「何に対してだ? 手足が腐る呪いをこの国の者たちにかけてしまったことにか? ハッ、馬鹿馬鹿しい。お前たちは『恵まれている』。だからそんなことが言える」

「恵まれて……いる?」


 わたしは少しだけ理解が追い付かなかった。

 いったいわたしたちの、どこが恵まれているというのか。


 生まれる前から戦争があって、多くの者がそれによって人生を狂わされてきた。常に貧乏で、食べるものさえ満足に手に入れられない日々。そんな絶望しかない生活を送っていたというのに。

 いったいどこが恵まれていたというのだろうか。


「お前たちは恵まれている。我が国に、比べればな」

「我が国……石炭の国コールランド?」


 敵国のこと。

 わたしたちはそれを驚くほど知らなかった。


 もともと敵国自身によって情報統制が敷かれていたこともあったが、しかし、本当に理由はそれだけだったろうか。

 知ることができないから、知ろうとしなかったのではなく。

 知りたくない、知る必要がないという思いがあったから知らずにいたのではないだろうか。 


 石炭の国は、蒸気の国スチームキングダムを侵略しようとした国だった。

 そして、多くの同胞たちに手足が腐る呪いをかけた。

 きっと残虐な人たちしか住んでいないのだと思っていた。

 石炭の産出が主な国。それしか印象のない国だった。


 けれど、ハロルド外交官は言う。


「お前たちの国は恵まれている」


 何度も。

 繰り返し。繰り返し。


「過去の技術が遺っていたお前たちの国は、恵まれている。蒸気の国は蒸気機関が。医療の国は医療が。それらの遺産が国民を生かしつづけてきた。しかし我々の国にはない。石炭という資源だけがあり、それも遠くない未来に尽きることがわかっている。我々は、だから他国から奪うことでしか生きられないのだ」


 『罪悪感』を捨てなければ生きていけない国なのだと、そうハロルド外交官は言った。


「お前たちに何がわかる! こんな、恵まれた国に産まれただけのお前たちに!」


 わたしは何とも言えなかった。

 彼もまた、絶望とともに生きてきたとわかってしまったからだ。


「ふむ」


 しかし、クロード様だけがその話に流されなかった。


「なるほど。それはそれは大変なことだな。しかし、だからといってお前たちの侵略を黙って受け入れつづけることはできない」


 クロード様はそう言って、ハロルド外交官を一蹴した。

 たしかにいくらかわいそうな境遇の国だからといって、その国から不当な扱いをされ続けるいわれはない。


「お前たちの国の事情はわかった。しかし、俺たちにも俺たちの生活がある。初めから共存の道を探ってきたならわかる。だが、お前たちは最初から俺たちをぞんざいに扱った。結果、怨嗟だけが生まれた。俺たちもまた、お前たちを見捨てることでしか生きられない」


 ゆえに反撃させてもらう、とクロード様はそう宣言した。


「反撃、だと? 貴国を包囲しているあの戦艦の群れが見えないのですか、クロード殿下!」

「見えているとも。だが、それがなんだ」


 背後のモニターには、数十機もの敵機が浮かんでいた。

 しかし、クロード様にはそれがなんの脅威にも映っていないらしい。


「あのわけのわからない毒霧兵器が投入された三十年前の戦ならいざしらず――準備が万全に整った今とあっては、あれはたいした抑止力にはならん」


 クロード様の後ろに佇まれていた王様が、そうハロルド外交官に向けてつぶやく。


「こちらはすでに、すべてをひっくり返す覚悟で臨んでいる」


 そして、クロード様の手にまた放送用のマイクが握られた。


「聞こえただろうか、我らの愛する民たちよ!」


 放送は、蒸気の国のあらゆる避難所シェルターに向けて発せられていた。

 モニターがまた変わり、それぞれの放送先が映し出される。


「我が国は、現時点を持って敵国、石炭の国コールランドに反旗を翻した! 今こそ不当な侵略から逃れる時。同盟国も後押ししてくれる手はずになっている。さあ民たちよ。お前たちの手にはすでに大いなる力を秘めた武器があるはずだ。未だ我々王族を信用できぬなら、そのままでもいい。だが、今一度この国のために立ち上がってくれないか。もしそうする覚悟があるのなら、武器を取り、空を駆け、敵を殲滅せよ!」


 モニターにははじめ戸惑う人々が映し出されていたが、やがて一人二人と声を上げる者たちが現れ、いつしか多くの者たちがクロード様に賛同するようになっていた。

 その大きなうねりは、この制御室まで届いてくるようだった。


 わたしとオリバーさんの作った義肢型の兵器を装着した人々が、次々と空に舞い上がる。


 ああ、あの火は。

 まるで小さい頃に両親に一度だけ見せてもらった花火のようだ。


 義手の先から発射された、高圧の蒸気の球が敵機の側面にぶち当たる。

 そこが爆発すると、戦闘機は急速に浮力を失い地に落ちていった。


 何機かは街の中に落下する。そこからもまた火の手があがる。しかし、衛兵ロボットたちが速やかに消火作業にあたり、それ以上の延焼には至らない。


「ああっ、くそっ何をしている! 攻撃される前に市街地の方を破壊して――」


 ロベルト外交官は次々に撃ち落されていく自国の機体を見守りながら、そう毒づいていた。

 たしかに。だが、なぜああも敵の戦艦はされるがままでいるのだろうか。

 あの中にもたくさんの兵士が乗っているはずなのに。


「アンジェラ、奴が言っていた『恵まれていない国』というのは本当だ」

「え?」

「……撃ち合い用の弾すら、枯渇している」


 クロード様曰く、石炭の国コールランドはここ数年、略奪や侵略のための戦争を周辺の国にほぼ仕掛けていないということだった。


 軍事物資の枯渇。

 それほどまでに、石炭の国コールランドの経済は行き詰っていたのだ。


「密偵を放つまでもなく、鉱山の国マイニングエリア医療の国メディカルカントリー、その他の国からの情報でわかったことだ。石炭の国コールランドは戦争を仕掛けたくても仕掛ける余力がもうない。そもそも外聞が悪く、取引をしてくれる国が減ってきていたのだ。そのせいで、石炭を売っても他の物を仕入れられなくなってきていたらしい。だから軍艦がいくらあっても、あれらはすべて張りぼてと一緒なのだ。中には戦闘に適した機体もいくつかあったのだろうが……」

「そんな馬鹿な!」


 ハロルド外交官はクロード様の話をまるで信じられないようだった。

 しかし、現実に目の前でその通りのことが起こっている。


「ここまでとは俺も思わなかった……。あの軍艦の数は、単なる威嚇のための数合わせだったのだな」

「嘘だ!!」


 信じたくないという思いからか、首を振り、深くうなだれるハロルド。

 しかし、モニターには残酷なまでの光景がずっと映し出されていたのだった。

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